第12話 死。命の流れは
森の木々が寂しくなってきたころ。
年貢を納めに行っていたヌルウ、ムオヌたち10人が戻ってきた。
行く前と、戻ってきた後ですっかり村が変貌しているのを感じ、
自分たちが流れに乗っていないようで、残念がっているように見えた。
そう。たった、60日の間だけでも村は大きく変わった。
すぐ、目にするのは、村人の服だろう。
灰色やら、黒、白などに染められた、しなやかで厚く、丈夫、ゴムに近い不思議な服だ。
非常に質がいいので、しばらく絹はいらないと思える。
オレも樹皮なんぞで服を作っちまうとは想像もしてなかったが……
その服――今までの貫頭衣ではなく、西洋服……オレに似てる――
だがオレのよりわざと簡略化したような服だ。上は半袖で、ズボンは膝までの半ズボン。
長袖も、足首までの長いズボンもリーア用のはできてるのに自分たちは短くしている。
それでも寒いわけじゃなく、服の内側には木綿によって防寒もばっちり。
そして狩人――ハンターたちの格好は調子に乗ったオレがつくった装備。
トップハンターのタスケの装備はこうだ。
武器:青龍偃月刀
頭:赤羽付き鉢金
胴:赤毛と皮付き鎖帷子
手:赤毛付き鉄の小手
腰:黒大羽と鎖の腰掛け
足:赤羽付き鉄いり靴
全体的にタスケが良く狩る、大鳥――コカトリス? チョコボ?
そんな感じの獣の羽と骨、それと鉄を、いたる所に使ったコーディネイト。
見るからに派手で重たそうだが――本人はすごく喜んでたし、
試練を耐えたことによる基礎体力等の向上で、モンハンなみのでかい装備も余裕っぽい。
他のハンターたちもそんな感じ。自分の背丈なみの大剣を使うやつもいる。
……ネタで作ったやつなのに……喜んで使うから困る。
……しかもちゃんと成果を出すし。
彼らハンターは子供たちのあこがれの的だ。
…………まあ、ネタ全開のあいつらはともかく。
村人の格好は変わり過ぎた。
弥生貫頭衣からいきなり西洋服だ。…………ただし……パンツ穿いてない。
まぁ、オレのを参考だし。オレ基本的に温泉とリーアの前でしか服脱がんからな……
知らなきゃどうしようもないか。
ああ、うむ。それと変わったのは、その温泉だ。
冬で寒いからか、村の真ん中辺に建てた温泉は毎日大入りだ。
そして温泉からの湯気も村に入ると見える。
そしてあがったあとは、きゅっと牛乳を一杯飲む。
湯気を上げているのは温泉だけではない。
『術式溶鉱炉』の排気筒からも上がっている。
村の――柵がある旧村の境から出ている高熱で危険な煙だ。
毒性とかは、一酸化炭素以外あるわけではないが、――きわめて熱い。
これらの熱で村は、村の外よりも暖かい。
それでも冬に入り、それなりに寒さが感じられる。
そう言う訳で――村人の家がいつの間にか移動している。無駄に力がある男衆の仕業だ。
主に自分の働き場に近い場所や――子供たちは温泉の近くだったり。
溶鉱炉の排気筒の近く――指定した危険域ギリギリ。
まあ寒いからしゃあないなと、それ以上は危険だから近づくなと容認した。
……家が移っても、まだ、竪穴住居だが。
家は春まで――いや、来年の冬までになんとかしたい。
やろうと思えば、すぐ建てれるが――現在は準備中だ。
事実、牛舎や、ひよこ小屋。温泉小屋なんかはバリバリ木造だし。
……村人がすぐ気付くかもしれんが。
農地は冬の間は特にやることはない。
冬の間やるべきことは別にある。
村の前で直接出迎えたオレが、ヌルウたちに新しい村を案内した。
牛舎と溶鉱炉を案内し……温泉に浸かわせてから年貢について詳しい話を聞く。
温泉から出た、彼らの服も新しい樹皮の服に変わっている。
「年貢は無事。ツルの町に納めてまいりました。
また、賢者様の指示通り、賢者様の事は村から出た後は誰も話さないようにしました。
道中のヤトの他の村もルルウが変わりつつあることは把握していないようです。
賢者様がご指示された他の村の動向ですが……
キギの村が今年年貢が払えず巫女を差し出しました。
来年はもう巫女がおられない上に、年貢を納めるのが困難な状況になると予想されます。
トロの村は今年はぎりぎり。来年は危険になる可能性が高いです。
他はフェム、ヤオ、シイ、チール、フロの村を確認しましたが、さしあたって危険ではないようです。
むしろ我がルルアの心配をされました。
残り、コフウ、コトウ、リーグ、テオの村は道中から離れてますので確認できませんでした。
ツルの町においては、門前での年貢引き渡しでいたので、
残念ながら貴人と思わしき人物と会う事はなかったですが、
他の部族で今年。貴人に部族ごと滅ぼされたところがあったようです。
それと盗み聞きした内容で噂程度ですが、貴人たちが大規模な戦争の準備をすると……
そんな噂が広がっています。
それで再来年以降、年貢が上がる可能性もあるとのことです。
また、賢者様の策で、何時もより小人数で向かったことを問われましたが予定通り、
伝染病で倒れているためと伝えました。
そのおかげかはわかりませんが、来年の年貢は増えることなく据え置きとなりました。
策どおり、減らしてもらうよう演技しましたが……据え置きが精いっぱいでした。
それ以上は殺される恐れがあったため、演技指導で受けた通りしぶしぶ受け入れました」
隊の団長を務めたヌルウからの報告。
来年の年貢軽減は無理だったか…… まあできるなら……って程度だしな。
まあ伝染病扱いしたんだ。よりこっちにこようとはしなくなるだろ。
だがうむ。ちゃんと問題なく勤めを果たせたな。うん、コイツ使える…… なかなか頭が切れるな。
しかし、戦争ね……貴人は世界を支配しきってるわけじゃないのかな?
あとはキギとトロの村か…… まあ来年うちが余ったら、こっそり支援でもしてあげようかな?
ヤト全体にオレの存在が知られた時、味方をつくる必要があるしね……
彼らに独自に調査させたヤトの状況と、長老たちから聞いた情報を使って作りだしている最中の
未完成な地図の前で考える。
続いて副団長ムオヌの報告。
「戻みゃ…………戻りまじだ。賢者様。
賢者様がいってたとーり、途中で山賊がきやしたが、賢者様から頂いたこの2つの斧で
みーんなぶったぎってやりました。たくさんきたけど、おら一人でコテンパンにしてやりました。
あと、みんないつもなら重てえ荷も、試練のおかげで楽に持てたみてえです。
いつもの年の半分で行ったのに、全然つかれねかっだです」
かみかみ。
ふむ。村でたくさん作業させたかったから、わざと少人数で行かせたけど、なんとかなったな。
実は結構賭けだったけど。 まあ大丈夫だとは思ってたけどさ。
ムオヌをはじめ、随行させた人員はすべて、『身体強化』術の被験者――試練を超えたもの。
そのうえで団長以外は、効果が高いものを中心に選んだしな。
特にコイツ。ムオヌは完全に人間ばなれしたな……コイツが一番高い効果あった。
槍も弓も使えんっていうんで、こいつ用に作った斧は、見た目はごく普通の大きめな石斧。
だけど、見た目が木の部分は、中に鉄を仕込んである。
刃にも、石の中に鉄を――『錬成』で頑丈にしまくった鋼鉄を仕込んだ超特別製。
刃の部分だけを石から出してあるが、見た目にはさっぱりわからない。
石の色も黒っぽく同化させてあるからだ。
当然、目茶苦茶重い。普通の大人2人がかりで運んだ斧だ。
使えるかな? ってある意味実験だったが―― 片手で軽々扱いやがった。
あまりに軽々扱うんで、もう1個同じのつくって2本扱わせてみた。
――余裕だったが。
その上で、素早く動けるんだから――間違いなくこの村最強の戦士だろうな。
そう言って出発前に斧を贈った。
そしたら大泣きして喜びやがった。
なんでも今まで狩りが一番下手糞で、皆から木偶の坊よばわりされてたみたいで――
初めて認めてくれたオレに、大感謝してなんでもしますっ! ってすごい勢いで頭下げた。
まあ優秀な戦士の忠誠を得たということでオレも得したからいいが――暑っ苦しくてかなわん。
護衛しますっ! って出発前はオレの後着いてこようとするし……
……まあ全力で拒否して、君は村の守護者だっ! って煽ててスルーしたけど。
でもこの後は、コイツは狩りができんから……とりあえず鍛冶でもやらせるか――
「うん。みんな御苦労! 他の8人も少人数でよくやってくれた! 今日は1日ゆっくり休むといい。
明日からまた頼むぞ! 明日からの指示はタスケの方に伝えておくから。
また、褒美――ビールをたくさん用意しておいてあるから、今日は大いに飲んで喰ってくれ!」
2人と同行者8人。誇らしげな表情で立ち去った。
冬の間は、村の防衛網――村全体をレンガで囲もうと思う。
現在、農地と牛舎は村の柵から出た場所に作られている。
農地の方は、まだなにも植えていないのでともかく、
牛舎の方は簡単な柵だけで出入りを防いでいる。
また、村全体が暖かいから、森の獣が冬の間来ようとする可能性が高い。
暖かい場所は村の柵の中ではあるが―― あまり当てになる柵でもないし。
このレンガによる壁作りは、村人の自立を促すうえでも、術を一切使わないでやろうと思う。
農地改革で使ったレンガはオレが術でつくあげたものだったし。
溶鉱炉もできたことだ、彼らに任せるとする。
鍛冶屋に任命したものたち――およびその手伝い者に大量のレンガを作るように指示。
作成された様々な形のレンガ――なぜか赤茶ではなく、どこか白っぽいレンガだったが――
作られたレンガを厚くなるよう、"フランドル積み"と呼ばれる手法で重ね、積上げていく。
この積み方は不規則な並びになるが、書で見た感じもっとも厚く頑丈そうに見えたやり方だ。
村人たちは、大変そうではあったが――どこか楽しそうに作業している。
また、壁の厚さはおおよそ50センチ。高さはとりあえず2メートルといったところだ。
高さ的にずいぶん低いと思うが、先に村を囲ってしまう方を優先した。
で、壁ができたら外に堀を作れば、まあ獣くらいなら平気だろう。
男衆は頑張って、型に粘土をいれ、レンガを焼き、作り、積み重ねる。隙間にはセメント。
女衆はそれを手伝い、服や、土器――いや、すでに陶器―を溶鉱炉を利用して……新たに作る。
子供たちも頑張ってお手伝いをする。
寒い冬の間でもルルウの村は活気だっている。
そして、1日が終わると松脂で明かりがともる、温泉でゆっくり休む。
もうほとんどオレの褒美は必要ない。
オレの指示することをしていけば、自分たちの生活が良くなるとわかっているから。
そして、その間にオレは、春の農作業や、大きくなったひよこを入れる鶏小屋を準備。
作る予定のオレの家の設計。村人用の家の設計……と
新たな術の習得と訓練などを頑張っている。
だが――
順調で、いいことばかりではなかった。
生まれたばかりの男の子――まだ生まれて一年にも満たない小さな命が失われた。
秋口に農地改革をしていたころから、具合が悪かったらしく。
……だが。
オレに赤子の一人が危険だと、報告が来たのは亡くなるわずか7日前であった。
……オレは……なにもできなかった。
…………
村に来たばかりの時、治癒術を勉強しようって思ってたが、他の面に――改革に目が向いてた。
治癒術の書に目を通してすらいなかった。
報告があって、必死で治癒術を勉強した。昼も夜もほとんど休まず。術書を追い、
自らの体を切って、『錬成』に頼らない『治癒』を課すことでできるように努力した。
だが、『治癒』術は非常に複雑な業。
『錬成』では物質的な一部の細胞をくっ付けたりする程度しかできない。
それ以上は人体内の精霊が抵抗して反発してしまう。『錬成』は精霊を操る術じゃない。
もっとも神族クラスとなると、魂さえあれば何もないところから身体を生み出したり、
死んでても魂から蘇生したり……はたまた骨から新しく人間を作り上げてしまうほど、
『錬成』と『治癒』それに『蘇生』の境とかの意味がなくなってしまうが。
ま、それはともかく。
『治癒』術は、生命の本来のあり方を真っ向から反発する術だ。
命は死に、他の命の糧になる。
それが天界が考える、自然のありかた。命を延ばすために他の命を奪う。
延ばした命も逆らえない定めによって他の命の糧になる。
それが自然、下界のルール。
それから外れたのが、天界であり、天界人、神族などになる。
当然のように、下界においては命を不自然に伸ばしかねない治癒術は発動すらしにくい。
オレのもつ不自然な膨大な霊力をもってしても、繊細な力の行使を必要とする治癒術は――
たった7日程度で――今まさに消え去ろうとする命を救えるほど安易なことではなかった。
ただ、わかったのが、その子の命を奪おうとする原因が――
ただの風邪からくる肺炎である、ということだけだった。
どんなに努力しても、ひとつの命をたすけることが、ついにできなかった。
赤子が亡くなった瞬間。
体からその子の霊体が抜け出し……、そのまま薄く、虚空に消え去った。
後に残ったのは体という有機物。
それに宿った残り僅かな霊気と、魂が消えたことを嘆く体内の精霊たち。
……この子の清らかな魂はおそらく天界に行くだろう。
だが、、まだ自我がない状態では……
100年先の転生までふらふらと霊体で霊気をもったまま意味もなく漂うだけだろう。
ああ……。自我がまだないとはいえ、100年の孤独。
それを止められなかったのはオレ。
止められる状況にあった。 少しでも早く報告が来ていれば。
そして村に来たときから治癒術を学んでいれば!
風邪というのは治癒術ではもっとも回復しやすいものの一つだ。
あと7日。倍の時間があれば―― 治癒できたっ!
それなのに…………
わかってる。こんなのいまさら遅い。どんなに深い悔恨にとらわれようとも意味がない。
いや、リーアと共になる前のオレなら、もっとさばさばしてたかもしれない。いや、してただろうな。
時代が時代だ。たくさん産んで、リスク分散。そんな言葉を言ってただろう。
だが、夫婦になって――「リーアの子、オレの子」というものを考えるようになったから……
その死はオレには人ごとのようには思えなくなっていた。……ようだ。
…………
ただ天界で暮らしていたせいか、何もできず死なせてしまったっていう悔恨も強いが――
それ以外に……魂に100年の孤独を確定させてしまった。
身に宿る霊気が無意味になるっていう事実の方もかなり悔しい。
目を閉じ、この子が味わう100年の孤独を想う。
――切望する。どうか来世は常に笑みを浮かべれる生活になるようにと。
……
そして、魂が去った、僅かな霊気が残っている有機物。
放っておけば3日足らずで、その霊気は消え去ってしまいそうだ……
……
……その身の内で嘆く精霊たちよ。
どうか、残りの霊気を吸い、他の命へ向かいたまえ。
幼き命つきたる身にある霊気を糧に、他の同朋の命を守護したまえ。
オレは忘れない。お前たちがこの子を守護してきたことを。
そしてオレは誓おう。次にお前たちが守護するものをできうる限りオレも守ることを」
亡骸から霊気が急速に失われ、精霊が運び、この場にいる者たちに溶け込む。
霊気がなくなった亡骸はすぐに堅く、冷たくなった。
殆ど霊気が残っていない有機物をみる。
これ以上霊気をとると灰になってしまうからある程度――形を維持するギリギリの霊気は残した。
流石に母親の前で形を崩して、灰にするのはマズイだろうしな。
くそっ……。
……守ろう。もうこんなくだらない風邪なんかで死なせたくねえっ!
こんな風邪なんかで――もう誰も死なせない。
……周りを見ると、みんな静まり返っている。
子供の死を悲しんでいるから……って感じじゃなさそうな?
「あ、主様? それは…… どういう……?」
「ん? なにが?」 リーアは何が言いたいんだ?
「い、いえ……その」
「らいぶらさま。"せいれー"とか"しゅご"とか言ってた」
「え? オレ、口に出してた?」
「………(コクン)」 二人揃って頷く。
「…ありゃ。出してたか…… まあ、命の価値観というか……
何だかんだいってもオレ、天界の価値観に染まってるからなあ……
下界の人の命の価値観とは――ちと違うかもしれん。
命を失うのも悲しむべきことだけど……
それ以上に、命を――霊気を無駄にするってのが我慢できんようになっててさ。
このまま体に残ったままで消える霊気がもったいないというか――
だが、まぁ、そうだな……言い方を――逆に考えて――皆にはこういうべきか――
"この子の短い一生は無駄ではなかった。この子の死は皆を生かし守るためにあった"
……とでも。事実この子の命を動かしてた力――霊気は皆に流れたしな」
―――― ざわっ 周りが息を呑んだように感じられた。
「……あぁ……
――では……賢者様、この子は、わたしの息子は――村の衆のお役に立てて――
なにもできずに――死んだんじゃないんですね? みんなの力になっているんですね?」
静かに泣いていた母親が、どこか懇願したように尋ねてきた。
「……ああ。オレがこの子に残ってた力を……
この子を守れず悲しんでいた精霊に頼んで、みんなに宿すように頼んだ」
「ああっ!! そうですか……そうですか。ありがとうございます。賢者様。
息子は、息子は……ありがとうございます。ありがとうございます…………」
ちょい心苦しい。語った言葉は間違っちゃいないが……
体に残ってた残りくずのような霊気を分配したようなものだしな。
この子の魂は天界に、大部分の霊気を持って無意味に漂っている状態にあるし。
だが、息子の死が無駄じゃなかったと、悲しみの中に希望を灯す母親にそれは打ち明けれん。
ただオレは、この失敗を忘れず『治癒』術を早急に習得することだけだ。
……同時に――
「みなに言っておく。オレはこの子の命を救うことができなかった。
そして、同じように他の子を死なせたくない。
7日後、すべての赤子と体調が悪い者をオレが診察をする。
確実にすべての命を救えるとは絶対に言えん。だが少しでも死を減らす事はできるだろう。
だから簡単に命を落とさせるようなマネはするな。
赤子で体調が悪い子は優先的にオレのもとにすぐ連れてくるように。
また、オレが今まで教えたトイレや、温泉。温泉で体を洗うこと。料理の前に手を洗うこと。
湖の水を飲まないように、料理に使わないように。貯水槽からひいた水を使うようにすること。
牛乳を飲む習慣―― これらは死を、病気を遠ざけることができる。みんな習慣づけるように」
……コレくらいしかできん。
………………
…………
「ふう。んっ~~~!!! ああ、くそっ!!」
温泉で、舌打ち。
絶対、『治癒』術、覚えてやる!!
「………くそ……ちくしょ……う…………」
舌打ちして悔しさと後悔をぶちまけ…………発散させようとして失敗した。
「………貴方……」
あ。リーアが隣にいるの忘れてた…………
「コホン! あ―― リーア。……すまんな助けれんかった」
「ううん。貴方、ここ7日間ほとんど寝ないで努力してたでしょ? 皆も、あの母親も知ってるわ」
「……努力したって助けれなきゃ意味ないだろ?」
「………あのね。こういうのはどうかと思うケド……赤ちゃんが死ぬの。珍しくないのよ?
ううん。特に冬は、死なない冬なんてないわ。毎年10人近くは死んでるのよ?
貴方も前に言ってたでしょ? たくさん死ぬからたくさん産むんだって」
「ああ。わかってたけどね……」 わかってたダケ……だったけどね。
「そんな中で、一人の赤ちゃんを助けるためにあんなに頑張った貴方のこと、
皆、尊敬して感謝してるのよ? いつもは悲しいけど諦めるだけだったんだから。
それで、霊気だっけ? 体に残ったわずかだろうと……
それを皆のために分けてくれたんだもの。母親なんて感激してたわよ?」
「……………」
「ふう。もう、元気になって、貴方……貴方がそんなんじゃ、あの母親、まいっちゃうわよ?」
「ああ。……そうかもな。甘く見てたかもな、下界――いや世界を。
こんなに簡単に人が死ぬなんてな……
いや、うん。わかってけど。
……いや、そうじゃないな。オレがここまで凹むことを自分で思ってなかったみたいだな」
「貴方……そのね、ここでは――貴方の生前の世界は違うみたいだけど――
14歳の成人の儀まで――生まれた3人に1人しか生き残れないの。
それ以外でも簡単に死んじゃうし。
…………あの、ね。
わたしとリムの間、にね。ホントは3人いたの。
弟が2人と、妹がもう1人。……ああ、すぐ死んじゃったけどリムの下にもう1人。
弟の1人は成人の儀のあと、お父さんといっしょに狩りにでたとき死んじゃって、
あとの3人は成人の儀の前に病気で死んじゃった。
村人の死に慣れて――とは言わないけど。
貴方は死んでしまう人以上に、生かして、病気にさせないようにしてくれてるでしょ?
だから……そう考えて? でないと村人みんな悲しむわ」
「…………ああ。わかった。…………リーア」
「なあに?」
「ありがとう」
ああ。ままならないものだ。
神ならぬこの身。
死ぬものを無くすことはできない。そんな傲慢な考えはもてない。
だからせめて……自分が守りたいものだけは絶対に。
村人たちもできうる限り……死なせないようにしよう。
―― あの子の中にいた精霊に誓って。
……6日後、風邪と軽い怪我程度、そして軽い毒なら完治できる『治癒』術を習得できた。
だが、これ以上は霊力量の問題ではないので、年単位の研鑚が必要だろうと思う。
すぐさま村人全員を診察し、うち8人に治癒を施した。
…………
……だが、結局、冬の間に3人の子と、お年寄り1人が亡くなった。
死因が風邪からくるものではなかったので、現在のオレにはどうしようもなかった。
村人から懇願され、死後4人ともあの子のように精霊を介して霊気の分配をおこなった。
一方、冬の間に新たに11人の赤ん坊が生まれた。
オレは生まれた子の中に新たに宿った精霊に守護を強く願った。