ぷろろーぐ② 魔軍侵攻
『……ハイ。落丁を確認しました。第7調査部発行の下界東方植物図鑑ですね。
再入荷指示を出しておきます。 あとで、書類の提出もお願いします』
『ええ。お願いします。……で、この落丁本ですが――』
『ふふ。またですか? ええ、そちらで好きなように処分してかまいません。
――代行さん、ホントに本好きですねぇ……下界の図鑑なんて調査員でもないのに……』
『ははっ。なんとなくです。落丁しててもどうも本を燃やすのは抵抗がありましてね
……コレクションみたいなもんですよ』
天界人の総務部長さんと念話をつなぎ、視覚共有して落丁を確認してもらった。
図書館内部では、なぜか携帯電話がうまく繋がらないんだ。
新しい入荷をお願いしておき、落丁本は≪ポケット≫に放り込む。
落丁本やら、古くなって処分する本やらをコレクションしだして結構たつ。
≪ポケット≫のなかも3割くらい、そんな本ばかりで埋め尽くされてしまっている。
整理しなきゃなぁといつも思うが、
なまじ≪ポケット≫が便利過ぎるので、そのままずるずると数十年だ。
溜息を一つついて、再入荷依頼書を書き終え、総務部宛の転送ロッカーにしまう。
さきほどまで、術関連書を求める軍人さんが沢山いたが、
今はもういつもどおりの人気のないフロアだ。
このフロアの司書は見習いも含めて所属員は1000人ほどいるが、
常にいるのはそのうち5,6人だけだ。
働かなくても生活できるせいか、おおくの死人は気が向いたときに働くのみで、
オレのようにワーカーホリック? ぎみは死人の中では極めて稀だ。
オレにとっては単に図書館が好きで、本にかこまれたここは居心地がいいだけだが。
さしあたっての仕事が片付いたので、≪ポケット≫のなかから、
オレンジジュースとポテチ、読みかけの小説を取り出して
術の精度を上げるため、探知術を展開したまま、カウンターでのんびり読書にふける。
「おつかれさまですー」
「代行、おつかれさまでーす」
そのまま、特に仕事がなく定時になり司書たちは帰宅した。
……中には若干、呆れたような視線もあったが気にしない。気にしてはいけない。
オレは複製した最新魔導具カタログを手に司書長室に入った。
≪ポケット≫から包丁とまな板、なべ、コンロ、水や食材をテーブルの上に乗っけて調理。
じゃがいもの皮とか生ゴミは袋に入れて≪ポケット≫に戻す。
炊き上がってるごはんを≪ポケット≫から皿に直接取り出して、
できたカレーと福神漬けを乗っける。
テレビを見ながら雑誌を片手に飯を食う。
どこか義務的な食事。20年以上同じこと繰りかえしていれば流れもとてもスピーディだ。
食い終ったら、術で皿を洗浄してテーブルの上のもの、
余ったカレーもなべごとすべて≪ポケット≫に戻した。
テレビをつけたまま、カタログ片手にベットに寝転んだ。
……司書長代行になってから、家に帰ってない。
それどころか、魔導具を買いに行くぐらいしか、図書館から外にあまり出ない。
必要なものはほとんど、ここに直接通販だ。
まさしく引き籠りだ。仕事場に。
肉体がないから体は汚れるわけでもない。
風呂は不要だし、寝る場所さえあればまったく問題がない。性欲もないし。
服は汚れることがあるが――術ですぐきれいにできる。
超絶便利すぎる魔導具のおかげで存分に引きこもれる。
右腕の≪コピーリング≫、左腕の≪ポケット≫……左腕にはめた腕輪、
≪ポケットリング≫との影響がおおきい。
特にD級以上に販売許可されている ≪ポケットリング≫、通称≪ポケット≫。
ドラ○もんの4次元ポケットほどの無制限でもなく、腕輪内に圧縮空間があるだけだが、
機能重視のオレの腕輪はだいたいアパート12畳ほどの広さがある。
内部時間軸が止まってるので、いくら食材を入れても腐らない。
だいたい3~4カ月分くらいはまとめて入れてある。
大抵の死人がもつ≪ポケット≫はちょっと大きめのリュックサックぐらいで
広くても一畳ほどしか容量がないことを考えると、かなり高機能だとわかってもらえると思う。
右腕の≪コピーリング≫と同じように機能重視で無骨な感じだが、
この二つは高給料の半分近くをつぎ込んで性能をじょじょに上げてるうちにこうなった。
他の魔導具も便利なのがいっぱいだ。
ドラ○もんの秘密道具ほどのデタラメさはないが、下界の電化製品なみには便利。
趣味は術研磨と読書。高価な術本も買わずに図書館ですべて読んでる。
服は72年前から変わらず、司書服のみ。
食事は霊力が回復できれば気にしない。主にカレーとシチュー。たまに甘いもの。
死人にも味覚はある……というか霊力修行のうちに身につけた。
お腹が減るわけじゃないけど、食事の楽しみは味だからな。霊力回復のためだと食うきおこらん。
生前はオタク気味でゲームや漫画にはまってたが、死んだあとはパッタリやる気なくした。
天界でもゲームはあるし下界から輸入されてもいるが、なんかやる気が起らん。
天界で人気のレジャーやら、スポーツとか、賭けごととか、酒とか……
下界にも存在しない楽しみとかもいろいろあるらしいが―― まったく興味ないし。
「まぁ……自分でもダメダメのような気がしないでもないが、誰かに迷惑かけてるでもないし……」
転生するまでこのままだろーなって思っている。
できれば転生しないで天界人になって司書を続けたいが。
このままなら司書長さんに天界人にしてもらえるだろ、 と
だからこのままでいいさ、と思い直して眠りについた。
―― PiPiPi…… PiPiPi…… ――
携帯電話のアラームが6時を告げる。
寝ぼけなまこでアラームを止め、携帯は≪ポケット≫へ。
ここ10年、アラームがわりににしか使ってなく、携帯電話としての役割を全うさせていない。
その割には半年まえに機種変したばかりだ。
昨夜は久しぶりに自身を振り返ってみたせいか、
今日はしゃきっとした目覚めではなく、ちょっと眠い。
それになんだが、今日は大気中の霊気が濃いような気がする。
というより……霊波が狂ってる? なんのこっちゃ?
ベットからでてそのまま仕事場へ。
服も司書服のまんま。特殊な服でしわなんて付かない。
20年以上、この服を脱いでない。
顔も洗う必要もない。ビバ精神体。
こればっかりは、死人のほうが受肉している天界人より優れてるよな……
≪ポケット≫に買いだめしてあるクリームパンをくわえながら、ぼんやりと廊下を歩く。
「…っ!!……だっ!」「急げっ!! …………いっ!!!」
「――ろ! ……ないぞ!!」「なんでこんなことにっ!!!……だ!」
? よくわからんが……なんだか今日はとても騒がしい。
書架の一斉配置換えでもしてるのかな? あるいはお偉いさんが緊急訪問とか?
それにしては錯乱状態の人が多いような気がするが。
青く血相を変えた顔見知りの3階司書のにいちゃんが階段を駆け下りてくる。
「……ほーぃ。にいさんや。そんな慌てて、なんかあったのか~い?」
「……」
……
華麗にスルーされて、オレの横を駆け抜けていった……
…………あの、えーーと。
――おいおい。こりゃ、なんだか只事じゃなさそうだな。
「中央にいってみるか……」
1階中央部――総務部や館長室があるエリアだ。
若干駆け出し気味に総務部室の入り口をくぐる。
くぐった途端に戦場のごとき騒音がオレの鼓膜に響いた。
「援軍っ!援軍はいつくるのかっっ!」「なぜだっ! なぜ魔軍がここに!」
「大至急だ! ……なに?……ばかな?!」
「結界師はなにをしていたんだっ!!」「軍は何と言ってる?!!」
「すでに都市の周囲すべて……」「住民の避難は?! …………急げっ!!」
「遠征中のオーディン閣下が3か月後には……」「味方の戦力は……」「ああ、もうだめだ……」
「わからんっ!! 事前の反応が全くなかったっ!!」「稀少本を退避させねばっ!!急げ!」
「連中の目的はここでは?!」「ここには、高くて中級術者が数人しか……」
「……神族の方々は? ……わかった……そのまま」「逃げ場は?!」
「遺跡?! どこにそんな?!」「馬鹿な?! それではこの都市ごと?! ……再考をっ?!」
「…ええい、そんな無茶苦茶なっ??!!」
「魔軍の目的は?! この都市を落として何の意味がっ?」「すぐにでも都市に攻撃が……」
「まにあわんっ! 100倍の戦力差で3か月ももつわけがないっ!!」
……OK。状況はわかった。錯乱気味の通信士やら、どなり散らすだけの他エリアの司書長、
絶望している死人。冷静だがどこか諦めている軍人。
断片的に聞こえる情報も状況が絶望的なのはよ~くわかった。
総務部の外に漏れないように『静寂』の術が使われていたようだが、
飛び交う念話フィールドや、通信波の影響で
部屋の外でも霊波が乱れてたんだなあ……と現実逃避。
…………ああ、いかんいかん。
こんなところでボーッとしてるわけにはいかんわな。
魔軍相手に天界人でも軍人でもないオレがどうこうできるわけもない。
多少、霊術ができたってあくまで死人にしては……ってレベルだし。
さっさと逃げ場を探さんと……
……う~ん……ないな。ボードに張ってある魔軍の予想陣営を確認してみたが
実に隙のない陣形だ。まさしく殲滅用。もしくは捕獲?
この都市に重要人物でもいるのか? あるいは物か。
絶対逃がさないっていわんばかりだ。
隙のない陣形が4段ってよほどの戦力差がないとできんぞ?
……くそう。どうしたら……どうしたら……いいんだよ……。