第10話① リーアの新しい生活
【side リーア】
「じゃあ、いってくるよ」
「いってらっしゃいませ。主様」
そう言って賢者ライブラ様……ううん。
わたしの夫――えへへ…… が村の外の森入口まで出かけた
そうして主様に手を振る、わたしの薬指には透明でキラキラした"だいやのゆびわ"。
主様が"れんせい"っていうので木から作った。
"ふうふ"の証だって! 主様の指にもおんなじ物をはめてる。お・そ・ろ・い!
主様は、昨晩、"ぱあてえしょん"を作るのに切った木を片付けに行った。
……あのときはすごくびっくりしたわね。
リムが家に居たい! わたしがダメって言い争ってたら突然、
主様が立ち上がって無言で外に駆け出しちゃった。
わたしは呆然。リムは「らいぶらさまを怒らせちゃったんだ」って大泣き。
もしかしたら、怒って村を出てっちゃったのかも……て焦りだしてすぐ、
主様が息を荒げて……たくさんの木をふわふわ引き連れて戻ってきた。
浮かんでる木を不思議に思い、主様が戻ってこられたって安心してたら、
木が勝手にどんどん形が変わってつるつるの"板"っていうのに変わっちゃった。
主様はリムが住むこと事態は問題なかったみたい。
だけど、わたしを抱いてるとこをリムに見せたくなかったらしい。
主様がいた場所では、そういうのは誰にも見せないようにするものだって。
そりゃあ知らない人には見せたくないけど、知ってる村人にはそんなに抵抗ないんだけど。
そう言ったら、主様は絶対に駄目だって。
「リーアのお胸やお股はオレだけが見ていい。特に他の男には絶対ダメっ」 ……だって。
それに同じ女性なら体を見せるのは、問題ないらしいけど、
性交時は同じ女性でもダメ、特に子供の前はマズイらしい。
なんでも主様が元いたところでは、やたらに見せるのは"掟"で罪なんだそうだ。
よくわからないけど、強い口調で言われたので守ろうと思う。
でも、なんだかそう言ってる主様すごく子供っぽく見えた。
いつもは、とってもりりしい方なんだけど……その時はないしょだけど、ちょっと可愛かった。
それにそこまでわたしのこと独り占めしたいんだっていう主様の思いが伝わるようでうれしい。
…………でも、最初の晩、お婆さまの家で初めて主様に抱かれたとき、
外から村人たちもリムもみんな見てたのに気付かなかったのかしら…………
あの晩は、主様がわたしにしたこと。わたしが命じられて主様にしたこと。
そんなやり方を知らなかった村の衆が、わたしたちを見て真似しだしたらしく――
お婆さまの家の周りでみんな頑張って、大騒ぎだったみたいだし。
……………言わない方がよさそうね。主様、そういうのは隠すべきってお考えの方みたいだし。
…………
今日は、昨晩、その"ぱあてえしょん"を作ったその時に
主様が勢いで切り倒したままのたくさんの木が獣道やらを塞がってたみたいで――
そのことを今朝がた猛獣が現れたって泣きついてきた、リクゥちゃんに教えてもらった。
主様は、それを片付けて、ついでに村を広げるのにさらに森を切って開拓ってのをするみたい。
わたしは主様からのご指示どおりに頑張る。
まずは、女衆のまとめ役であるチロさんに、主様から指示されたことを伝える。
「………ってそうやって、この"磁石"っていうので、これにくっつく砂を集めるんだって。
色は黒いだろうって。くっ付いた砂を集めて乾かして、またその中でくっつくか試してって……
4回繰り返して、ほんとにくっつく砂だけを集めるようにだってさ。それを壺に集めてって。
コレがたくさん集まると、昨日、みんなが主様からもらったのよりすごいのができるんだって」
「へぇえ?……あの道具よりもかい? あの"短剣"っていうの。
昨晩つかってみたけどそりゃあ、すごかったよ。肉を切るのも木を削るにもさくさくできたさ。
それ以上のって、さすがは賢者様……すごいもんだなあ……」
「そうね。ああ、あと、変わったものとか、新しいやり方を思いついたら、主様に話してみて。
主様がそれを認められた場合、考えた人に美味しいものをくれるみたい。皆に言っておいて。
ああそう。その砂鉄っていうのを集めるのも大事だけど、今までのお仕事を優先するようにって。
あと、赤ちゃんと子供たちを育てるのがもっと大事なことだから、無理しないようにってさ」
「おうさ。うんうん。さすが賢者様。大事なことわかってらっしゃる。
男衆どもには、それがわかってないヤツが多すぎるさね……わかった。
砂鉄集めは大きい子らにさせるようにするさ。
ところで……その、あるじさまってのは賢者様のことだよな? 呼び方変わったんかい?」
「ええ。昨日の夜から、わたしにはそう呼んでほしいって~」
「そうかい、そうかい。リーア様……じゃなかった"奥方様"が幸せそうならいいことさね。
巫女様やってるときの奥方様は、今よりちょっと堅かったからね。
……はやく、賢者様の丈夫なお子様を産むんだよ?」
「ええ。ありがとう。子供たちにあまり村から離れすぎないように言っておいてね」
うん。さすがわたしの主様。子供が大切な女衆のことも、ちゃあんとわかってる。
それからチロさんにお婆さまのことを頼んでおく。
チロさんは笑って了解してくれたけど……
チロさんと握った手の"だいやのゆびわ"をとてもうらやましそうに見てた。
リムもうちに来たことで、お婆さま、お一人であの大きな家に住むようになっちゃった。
わたしがちゃんと面倒をみないといけないんだけど、
主様から頂いたお仕事で、あまり時間が取れそうにないから。
心苦しいけどお婆さまも主様の方を優先するようにって言うし。
………………
それから、男衆のまとめ役のタスケさんにも指示を出す。
「…………うん。そう。昨日主様が言った通り、そんな土。あと獣のフンとか。
なんでもそういうのを混ぜて田んぼに入れると、来年できる米とか増えるんだって。
あとね。昨日言うの忘れたみたいだけど……
今日狩りで一番の獲物を捕らえた人には、弓を強くする弦をくれるって言ってたわ。
だから、指示された、土ばっかりじゃなくて――
いつもの狩りとか木の実採取とか普段のこともしっかり、忘れないようにって」
タスケさんはうんうん、頷いている。
必要な時は大きな声を出す人だけど、この人、普段無口なのよね。
「あと、森の中でね。
こんな――"竹"、"蚕"、"石灰岩"、"石炭"っていうらしんだけど、どれか知ってるのある?
あ、似てるけど石灰岩は、お塩の岩じゃないからね」
主様から朝に渡された絵を手渡す。すごくきれいに描かれてる。わたしも見習わらなくっちゃ。
絵の内容は、私はそれほど森の奥には入ったことがないからよく知らなかった。
……そういえば、お塩の岩かと聞いた時はなにか驚かれたみたいだけど。
「むう。この"蚕"っちゅう虫と黒い石は知らんが……この"竹"っちゅうのは、フュムの村近くと……
あと、西っ側ちょいと奥の方にたくさん生えておるな。"石灰岩"ちゅうのはあっちこっちにあるぞ」
「まあ。そうなの? 森によく入るのに、わたしは知らなかったわ……
じゃあ……とりあえず、竹というのを数本。狩りに余裕があればお願い。
これも弓を強くするのに必要みたい。他にも利用するみたいだけど……
あと、まだ必要ないらしいけど、石灰岩というの、あとでたくさん集めてもらうから、お願いね。
もし、蚕も石炭も見つけたら教えて。あとで、その絵を他の人にも見させておいて」
「む。承知した。リーアさま」
タスケさんにチロさんに言ったことと同じように、
変わったものを見つけたり、新しいやり方を思いついた場合のご褒美のことも話しておく。
主様だけの知恵だけじゃなくって皆の知恵を集めて、
皆でいっしょに発展させるって気概を持たせるためだって、そう仰ってた。
そうしないと主様にだっこ状態になって、村人が何も考えなくなっちゃうし、怠ける様になるって
あと、自分たちの村だっていう誇りを持たせるためにだって。
あとその、ご褒美も最初はともかく、だんだんわたしたちが作れるものにしてくみたい。
すごいなあ。主様の深謀思慮には感嘆だ。それともこれも3000年の蓄積なのかしら……
「ふうむ。それなら自分だけで、秘密のやり方をしてるものがいるみたいですし……
あとで、賢者様のところに行くように勧めておきます」
「ええ、お願い。いい知恵は皆で広めていきましょ。
あ、忘れるとこだったわ。男衆で狩りが苦手で、だけどすごく力持ちとかの人がいたわよね。
主様が村を広げるためって、村の東で木を切り倒してるから手伝いにいくよう言っておいて」
「ムオヌですな。それとヌルウも行かせましょう。力は普通ですが要領がいいヤツです」
「頼むわね。主様お一人で頑張ってらっしゃるみたいだから」
とりあえず主様からの指示を伝えた。わたしも主様から頂いたお仕事をしないと。
主様とわたしの家に向かう。
お婆さまの家より大きい、他とは違った形のお家がある。主様の服と同じ色をしたお家だ。
つやつやして、光が放ってるような薄い……だけどとても丈夫そうな布でできてる。
不思議なことに入口を閉めると、外からの声は中で聞こえるけど、中からの声は外で聞こえない。
今朝、村人たちが突然現れた、とても大きくて奇妙なものに恐れてて、大騒ぎだったけど、
中からわたしたちが出てきたときの皆の衝撃の表情といったら…………
なんだか昨日のわたしたちの驚きの顔を見たみたいで、すこしおかしかった。
主様をみると、なんだかいたずらっ子のような顔をされてた。ふふふ。ちょっと可愛かったわね。
お家に入る。
"てえぶる"の上の色鉛筆……わたし用に新たに作って頂いた――
たくさんいろいろなものが入ってるという、主様の腕の輪から元になる色鉛筆を取り出して――
同じ物をいくらでも作りだせることができる、もう一つの腕の輪を使って生み出したものらしい。
…………めちゃくちゃだわ。なによそれ、インチキよ。本音言うとそんな風に思ったわ……
だから、くりいむパンもホントは、簡単に作れるみたい。
主様は滅多に作れないとか皆の前では言ってたけど、実はいつでも作れるんだって。
朝、寝てるリムに内緒で3つ頂いた。 やっぱり美味しかった。あと"おれんじじゅうす"も。
その色鉛筆とわたしの"のおと"を手に取って、正確な"地図"を描くために出かける。
これは最優先でやってほしいって。
昨日、うろ覚えで途中まで書いた地図を見ながら、主様は言った。
村のどこに何があるか、水路とか斜面とか…湖や、あと田んぼの形とか、
これからの計画を立てるのに必要みたい。最初に見張り台の上から見てみようと思う。
わたしたちのおうちから、お婆さまの家をはさんでちょうど向こう側の、見張り台に行く途中。
リムがいた。
たぶん、"といれ"だろう。主様の指示で、糞尿をするときは決められた場所でするようにって
昨日の集会のあと、強い口調で言われたんだ。
それで、家の裏に主様はとても深くて長細い穴を術で開けられた。
今までのやり方は"えいせいじょう"とてもよくないみたい。これは村人には今朝すぐ言われた。
家ごとに穴を掘ってするようにって、で、匂わないように、木でフタをつくるよう指示された。
これだけで、病気になる人が減るみたい。
これは絶対しなきゃだめ。当たり前って感じで言われた。
この"えいせいじょう"しなくちゃいけないのは、とてもたくさんある。すごく大変。
「あ、おねえちゃん。らいぶらさまはどこ?」
「もう。最初は、おはよう、よ。ねぼすけさん。主様は村の東で木を切ってるわよ」
「んーー? わかった」
「あ、ダメよ。近づいちゃ。
どんどん切り倒すから、子供は近づいたら危ないって主様言ってらしたから。
それより昨日、主様からお絵かきするように言われたでしょ? それをしたら?
あ、あと。チロさんのとこで砂鉄集めでもどうかしら? 大事な集めモノみたいよ?」
「ぶぅー。らいぶらさまのとこ、いっちゃだめなの?」
「ええ、近づいちゃダメって主様からのご指示よ?」
「ん。じゃあ、お絵かきする」
「ハイハイ。"てえぶる"にリムのための色鉛筆があるからそれを使いなさい。
……危険な場所いっちゃだめよ」
「ん」
リムはぱたぱたとお家の方へ駈けて行った。
……なんだかあの子、主様にすごくなついちゃってるわね。
今までずっと、わたしのあとに付いてきたのに。 ちょっとさびしい……
まずは、地図をつくりましょう。
完全、完璧じゃなくても良いって言われたけど、どうせならちゃんとしたいじゃない?
主様に褒めて頂くにはね? また頭を撫でて貰いたいし。
でも、もう一つ今日中にしなくちゃいけないのもあるのよね。
それは、美味しいご飯を作れるようになること。
主様がいうには妻の大事なお仕事みたい。
歓迎の宴会のときのご飯は、主様のお口には、味気なくそれに美味しくなかったみたい。
まあ、くりいむパンみたいなのをいつも食べてればそうよね。昨日の"かれえ"も味が強かったし
……それでも主様は宴会のとき、ちゃんと全部食べられたけど。
たぶん、わたしたちに恥をかかせないためだったと思う。……とてもお優しい方よね。
汚名返上しないとね。
主様から頂いた、"ちょうみりょう"というのを使って――それを"ひんと"に新しい"調味料"を作って
主様が美味しいって言えるようなのを作らないといけない。
ある程度のそれの使い方は教えていただいたけど、それ以上の結果をださないとね。
主様からの調味料も最終的にはなしで、
わたしたちだけで新しい調味料っていうのを作らないといけないって言った。
だけど、自分たちの調味料を作るのは何年もかかるかも、って言ってたから
そっちはすぐに必要じゃないらしいけど。
まずはおいしいご飯。それが大事よね。
主様のお力を回復するためには、わたしと寝ても回復できず、食事をするしかなく。
そのうえ、主様が作ったものじゃダメみたいだから。
見張り台に登り、村中を見渡すと、東の門の向こうが広く開けているのがすぐわかった。
昨日まではこの村――四方すべて森に囲まれていて――
村の柵は森境のぎりぎりの場所につくってあったのに……
東門の周辺と北門のあたりまで、川がすっぽり入るくらい広く木が切り倒されている。
主様のお姿はここから見えなくても、どこにいるのかはすぐわかった。
……わたしが村の絵を描いている間……ほんの短い間だけでも10回。
まず枝がすべて一瞬で無くなって、落ちた枝はこれもいつの間にか分解されてる。
で、そうなった木がすぐ倒れる。それがすごい速さで別の場所に動く。
だから、ああ、あそこに主様いるんだってわかる。
…………
がんばってるなぁ……
そのあと村を回って細かいところなんかを描く。
頑張って働いている子供たちや女衆がわたしの"のおと"とやってることを見て、
おもしろそうで楽しそうだっていったけど、
「主様から指示されたとても大事なお仕事よ」って言い返した。
あと、なんでもシュイくんが砂鉄をたくさんある場所を見つけたって大騒ぎしてた。
それにいろいろ集め方を工夫してたみたい。
子供たちのご褒美。第一号は決まりかな?
初めての子は"めろん"というのがご褒美らしい。主様も好きなものらしい。
そのあと、女衆と協力しながらご飯のおいしい作り方をいっしょに考える。
とりあえず"くろこしょう"というのと"かがくちょうみりょう"が使いやすいみたい。
あと"さとう"と"しょうゆ"、"みりん"。
元からわたしたちが使ってた、お塩とあわせるといろいろ味が変わる。
それと、"がらむまさら"っていうのも味がかわりやすい。
ただし、"さとう"はあんまり使いすぎるなって言われた。美味しいのに。
"かがくちょうみりょう"もあまり使わないようにって言われた。
あと、"ばにらえっせんす"っていうのが、今のところどう使ったらいいかわからないけど
頑張って、何とか使えるようにしようって"けんきゅう"することになった。