ぷろろーぐ① 司書長代行
「……おそいっ! いつまで待たせるんだっ!
早く持ってこいっていってるだろっ! ……さっさとしろよっ!」
「もうしわけありませんっ……も、もう少々おまちくださいっ……うぅ、ぐす……」
落丁があると利用者からクレームがきた下界東方植物図鑑を1ページづつ確認していると、
男性のどなり声と泣きそうな女性の声が静かなフロアに響いた。
まだ死後3年の見習い司書……ミヤさん、彼女はまだ、探知術がうまく使えなかったハズだ。
まだ自転車の補助輪にあたる、見習い杖を使って、
うまくいっても探知に10分以上かかってしまう。
おそらく若くして亡くなったんだろう、
落ち着いて行動できず、利用者の怒りでパニくってしまっている。
死後何年たってもこういった人格がらみは、生前からうまく成長できにくいんだ。
急ぎの利用者の場合はオレに回すよう言っておいたのに……頭が回ってないようだ。
……やれやれ。
「申し訳ございません、ご利用者様。彼女はまだ見習いでして……
お探しの本はなんでございましょうか?」
「……ちっ、見習いかよ……炎術の本だ。
東方系の炎術の書式がわかるやつが欲しい。探してくれ」
「炎術の書式ですか。神炎術と魔炎術、精霊炎術とございますが……」
「……精霊炎術で頼む。
……ああ、初級から中級で、なるべく交霊がわかりやすいやつな。部下に覚えさせなきゃいかん」
「かしこまりました」
ふむ。精霊術がらみはD56エリアだったな……探知……ヒット。
飛翔してきた3冊の書を片手で受け止める。
「ごらんの3冊が対象になりますが……どうされますか?」
「……ほぉ。なかなか術展開が早いな……やるじゃねえか……
うむ。…………うーん……こっちの2冊をそれぞれ10部づつくれ。
あいつらバカだから絵がないと読まん」
「わかりました、少々おまちください」
左手に一冊手に取り、右手の腕輪に霊力を通す。
10冊分の複製を作ると、もう一冊も10冊複製する。
「お待たせいたしました。利用者カードか身分カードをご提出ください」
「……お、お前さんA級死人かい。めずらしいな……」
天界人以外ではA級死人以上に販売許可されている≪コピーリング≫。
それを眼に止めて驚く利用者さん。
まぁ、普通はカウンターに設置した≪コピー機≫を使うからな。
それにオレの≪コピーリング≫は機能重視で選んだから、
見た目無骨な腕輪だが複製レベルが高いし。
軽く頭を下げ、受け取った身分カードを魔具にかざして、2冊のバーコードをスキャン。
10と打ち込む。
めずらしいもん見たと好奇の視線を向けた利用者さんは、
カードと本20冊を≪ポケット≫にしまうと、
「あいつら覚えられるかなぁ」と愚痴をこぼしてフロアを後にした。
「……あの……すみません、代行」
「ああ、気にするな、まだ3年目なんだ。探知術だって経験積めば早くできるようになるさ。
……最近、魔軍の侵攻が近いって天界人さんたちピリピリしてるからね。
ちょっと運が悪かっただけさ」
「ううっ……、でも代行みたいに……かっこよく早く術が使えるようになりたいです……」
「まぁこればっかりは……経験がものをいうしね……
……そうだ! オレのコレクションの中にかなり分かりやすい本があったから、複製あげるよ。
今、装丁を補修中だからすぐってわけにはいかないけどさ……」
「!ほんとですか? ありがとうございますっ!」
「うん。 ま、とりあえず今日は運が悪かったね。
ああそうだ……ピリピリしてるから、怖そうなヒトだったらこっちに回してくれればいいから。
まあ、情勢が落ち着くまでなるべく天界人さんたちを怒らせないようにがんばろう」
「ハイ。……がんばりますっ」
しょんぼりと落ち込んでいたミヤさんを励まして発破をかけると、
むん、とどこかコミカルに気合を込めるミヤさん。……あいかわらず面白い娘だ。
「でも――魔軍の侵攻……戦争ですか……天国も平和ってわけでもないんですね……」
「…まあね。
でもま、ここ数百年、魔軍の侵攻があっても
小競り合い程度で中立世界でドンパチやる程度らしいよ?」
「じゃあ。私たちに危険とかはないんですね」
「らしいね。特に天界に魔軍が入り込むようなことは、5000年以上ないらしい。
ついでに言えば、天界でも中枢部ではあるけど……
政治的に外れたこの都市には今まで一回も戦乱の影響がないそうだよ?」
「そうですか――なら大丈夫ですねっ」
切り替えの早いミヤさんは、不安がまったく感じさせない様子で書架の掃除に戻った。
見習いの場合、書架を覚えるため手で掃除だ。
先ほどの利用者が持って行った本のオリジナルを元の棚に術で飛ばして戻すと
オレは先ほどまでやってた落丁本の検査に戻った。
ここは、天界屈指(特S級)の大図書館『ミーミル大図書館』。
天界でも最も歴史ある施設の一つだ。館長は『最高神議会議員』のオーディン様。
オレが司書長代行しているのは、一階東方関連管轄エリアだ。
本来ならいくらA級でも死人が司書長の代行なんてありえないなんだが……
神族である司書長がなまけもので仕事をしたがらず、
『司書長代行』なんて存在しなかった役をでっちあげて押しつけたのだ。
まぁ、そのおかげで給料も結構あがったし、
権限も高くなったので本来許可されない本も読めるようになったので
オレとしては文句どころか大満足なんだが。
ついでに死人についても説明しておこう。
死人……まぁ死んだヒトだ。生前の罪に応じて天国(天界)か地獄(魔界)にいくわけだ。
良い順にS、A、B、C……、J,Kで、S級からE級までが天界行き、それ以下は地獄行きになる。
で、オレはA級なわけで――
大体100万人から1000万人に一人ってぐらい生前の罪がないってことになる。
ああ、罪は生まれたときからの減点式な。ちなみにS級は100億人から1000億人に一人らしい。
そう聞けば諸氏は、オレのことよほどの善人だとおもうかもしれないが……
ここで問題なのが、この罪って判断で――
はっきりいって下界の価値観と天魔界の価値観、罪の判断って全然違うんだ。
もっとも大きい違いが殺傷の扱いだ。
殺傷が罪なのは変わらないが、コレは人以外も対象で動物はもちろん虫や、
はたまた植物も対象になってるのだ。
たとえば――庭の雑草を刈りました……コレ罪扱い。
学校で教師に強制され草むしりした……無罪。教師は有罪。
花壇の花を教室に飾るため摘んだ……有罪。
畳の下のシロアリを駆除した……無罪――自らの健康維持のため。
軒下の蜘蛛を殺した……有罪――景観だけ、自身に蜘蛛の生死は影響ないから。毒蜘蛛は別。
子供がカエルの尻に爆竹を入れて殺した……大罪。子供とか大人とか関係なし。
戦争で徴兵されて他国の兵を1万人殺した……無罪。自身および家族のため強制された。
金のための傭兵は大罪。
イジメられっ子がイジメっ子を殺した……無罪。自身の防衛のため。
道で歩いてて知らず知らずに蟻を踏んで殺した……無罪。意図しない犯罪。
食べるために豚を殺した……無罪。
レストランで、出された豚肉を残した……有罪。生命の侮辱。
買ってきた豚肉を腐らせて捨てた……有罪。同上
命を奪うことは基本的に罪。ただし殺した時の意思が問題になる。
意図せず、やむを得ず、自身の体のため、家族のため、生きるため――は罪にならない。
景観や欲、なんかは罪。
で、罪の大きさにもいろいろあって基本的に殺したのが意識ある存在だとより罪が大きくなる。
あるいは殺した理由でも罪の大きさは変わる。
植物なんかは罪ではあるがさほど大きな罪ではない。
殺傷以外でも――
親より先に死んだ……罪。
子供を産まず死んだ……罪。男の場合、買春してでも孕ませたなら無罪。
レイプは有罪。
孕んだ女性が中絶……罪。自身の体のため、生活苦のためなら無罪。
それ以外でも下界の法律とか価値観なんて知ったことかって言わんばかりに
天界独自の神族による変わった判断をされる。
んで、オレなんだが――下界での価値観でも犯罪行為をしたことないし――
スピード違反はあったケド――天界判断ではまったく罪じゃないみたい。
草むしりなんて自発的に絶対しないし、子供の時から虫とか殺さないし、
部屋に蜘蛛がいても気にしない。
出された飯は米粒ひとつ残さずきっちり食うし。金がないから食材を無駄にしない。
両親は20のとき事故で死んだ。
妻どころか恋人もいなかったが――
……風俗好きだった(死んだ時点でもオレが3人孕ませてたらしい……産んだかどうかは知らん)
そんな感じでいろいろ意図せずA級らしい……いいのかコレで?
天界にこれた死人は、そこで100年生きる(生きる? まぁ微妙)
生活しやすいように自身が望む年齢まで若返ったり、
逆に――滅多にないが加齢することができる。
霊体なので、肉体がないから病気や怪我はありえない。ただし力あるものに殺されることはある。
この場合、精神が消滅してしまい
魂というエネルギーのような状態で100年たつまで転生できない。
100年間何をするかというと――別に何もしなくてもいいし、遊んでいても問題ない。
――だから望んですぐ死ぬ人(転生待ちになる人)もけっこういる――
だが、天界人や神族に奉仕すると天界での生活に潤いを持たせれるし、
給料がでるから天界の飯や道具を買える。
それに功績があって100年生き抜くと望んだ転生先を選べたりできる。
あるいは功績があり、神族に認められた場合、そのまま天界人になることもできる。
オレは生前29歳までプログラマしてたが、死ぬ36歳まで市立図書館で司書をしてたし
A級ってこともあって天界で一番の図書館で司書になれたんで、どうせならとなることにした。
で――ここは、馬鹿でっかい図書館なんで管理はほとんど術を使ってやってる。
先輩から霊術を習って――本の探知術とか、
道具を使うために基本的な霊力の使い方を学ぶわけだ。
これが、また面白い。A級だから販売許可される魔道具とか――もうすごく便利。
のめり込むように練習した結果、死後50年ぐらいで、
この1階では死人のなかでも、たぶん一番の術者になれた。
で、とんとん拍子で出世して、一階東方関連管轄エリアの司書長代理になったわけだ。
現在、死後72年目。