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読めない君が笑う時  作者: ゆー
それから。
66/66

『ハッピーバースデー』

夢を見た。


『ほらほら遅いよ〜葵ー』

『待ってください、お姉ちゃん』


それは、あり得たかもしれない光景。

けれどもあり得なかった光景。だから、それで終わっている。


『ほら1年坊!ダッシュ!急がないと売り切れちゃうじゃん!』

『私はインドアなんです…』

『私が1年の頃はもっと走ってたゾ!!』

『お姉ちゃん万年帰宅部でしょうに』


きっと、私達は積み重なった奇跡の果てにここにいる。

数センチ、いや数ミリ何かがズレたその時、きっと私は兄さんの横にはいなかったのだろう。


『……一体、何を買うんですか?』

『んー?』


だから、お姉ちゃんが兄さんの横にいたのなら、そこに私の居場所はきっと無かった。私達はコインの表と裏の様なものだ。どれだけ手を伸ばしても、決して重なることは無い。それはとても悲しくて、やるせないことだけど。


『それはね―――――』

















「あおちゃんあおちゃん!!おばさんと二人でデートしな」

「「……………」」

「ぉあ゙……」


それは、とある休日のこと。


特に理由は無いけれど、兄さんと何となくいい雰囲気になって何となく兄さんの膝の上に跨って何となく兄さんの唇を食んでいたとある休日のこと。


「………………………………………………ぁー………………」

「こんにちは、おばさん」

「嘘だろ葵」


まるで見られたくない場面を一番見られたくない人に見られてしまったかの様に顔を掌で覆って天を仰ぐ兄さんの膝の上で、私はおばさんに向かって頭を下げて挨拶した。


「こっ、ここ、こんにちは〜……?」


おばさんは何故か引き攣った笑顔でぎこちなく挨拶を返してくる。

何か変な事でもあっただろうか?と、首を傾げながら、私は取り敢えず兄さんの顔を覆う掌をどかして頬に手を添えると、キスを再開し―――


「嘘だろ葵!!!」

「あう」


ようとしたら、兄さんに間に手を差し込まれて拒まれてしまった。

これはまさか、倦怠期…?

密かに戦慄く私を他所に、兄さんはおばさんに向けて形容し難い顔を向けている。そんな顔すらカッコいいだなんて、流石は私の兄さん。ちゅーしたい。しよう。


一方、そんなおばさんと言えば、気まずそうにしつつも立ち去る事無く、私達の攻防をその場で興味津々にじーっと観察しているのだが。


「ふ、ふふん…、人目を気にせずいちゃらぶ出来る…流石は私の家系……。で、でも息子のいちゃらぶってこうして実際に目の当たりにすると、こう、何か……後ろめたさやばいわね……ゾクゾクするわ…♡」

「じゃあ出てってくださいません…?」

「いや、こうして息子の"男"としての器の成長を測るのも母親としての役目かな〜って」

「ねーよ」

「しますか?しましょう。したいです」

「うちの女性陣はさぁ!!」

















「……さて、ついにこの日が来たわね。二人とも、準備は出来ている?」

「「…………」」


さて、小さな一騒動を終えて居間に集まれば、ご機嫌なヒゲメガネを装着して神妙な面持ちで腕を組んだおばさんが、何やら期待に満ち満ちた瞳で私達を見つめている。


「………」


黙って兄さんを見る。

『何が何やら』という感情をありありと乗せた横顔はいつ見てもかっこいいが、恐らく今はそういう話ではないのだろう。


「………!」

「…………」

「…………!!」

「………?」


鼻息荒く身振り手振りで何かを催促するおばさんに、首を傾げる兄さん。

どうやら本当に理解出来ていないらしい。おばさんの瞳が若干潤んできている。

仕方ないから、私から手を差し伸べよう。


「おばさん。お誕生日おめでとうございます」

「……………………………………………………………………………………ぁ゙」

「ぁ゙お゙ぢゃ゙〜〜〜〜〜〜ん゙……!!貴方だけが私の希望……!私にとっての新たな光……!!」

「ヴッッ」


私のその言葉に、兄さんがやらかしたという感じで顔を真っ青にし、穴という穴から色々と垂れ流しながらおばさんがヒゲメガネを放り出して物凄い勢いで抱きついてきた。いいところに入った衝撃に私の息が止まる。


「ああ〜良い子。あおちゃん本っ当良い子。流石は私の義娘。ちゅきちゅき♡」

「あぃあおうお゙あいあう(ありがとうございます)」

「…………」

「それに比べて何だおめーは。しゃらくせえ」

「いや……流石に面目ない……」


兄さんに唾を飛ばすおばさんの頭を撫でて宥めすかす。

多少、機嫌は直ったとはいえ、おばさんの頬は膨れたままだ。


「…えーっと、そう。母さん。幾つになったんだっけ?」

「かぁーっ!妙齢の美魔女に年齢を聞くとか!!これだからうちの男共は!!」

「うぐ…」

「41よ」

「言うんですね」


私は忘れていなかったけれど。

しかしまあ考えてみると、今の時勢を考えてみると中々に度胸のあるものだ。

果たして自分が7年、いや、もう6年後か?その時が訪れた時、果たして兄さんの子を産む決断が出来るだろうか。


「(………に、…、兄さんとの…………こども?)」


何だろう。顔が熱い。もしかして今、自分はとんでもないことを考えやしなかっただろうか。

身体に熱が灯り、全身にもどかしさが広がっていく。

それを必死に誤魔化すように身体に力を込めた。


『あれ?あおちゃんちょっと力が…あ、いたたた痛い痛い。でもあおちゃんぱい柔らかい……』


別に兄さんの子を孕むことが嫌な訳ではない。そんな訳無い。でも、やはりそういうことは私達二人だけの間では済まない大きな責任を伴うことであるし、別に兄さんの子供を産むことが嫌な訳ではないけどやっぱりもう少し恋人としての兄さんとの二人だけの時間を楽しみたい気持ちもある訳でだからといって兄さんと愛し合う回数が減るのもそれはそれで大変困る訳でございましてそれはつまり兄さんの兄さんが兄さんな訳で兄さんの子供欲しい。


『いだだだだだだ死ぬしぬあおちゃんおばさんじぬ゙っ゙』

『葵ー?葵ーー?とりあえず母さん放そう?』

「はっ!?」


気が付けば、おばさんが青い顔でぜえぜえ荒い呼吸を繰り返していた。


「す、すみません。おばさん。お膝どうぞ……」

「あうあう…」


いけない。私はなんてことを。

ふらふらと膝に頭を預けて心地良さそうに寛ぐおばさんに、兄さんが申し訳なさそうに苦笑いしながら声をかける。


「あー…と。か、母さん。買い物でも行こうか。今日は何でも付き合うよ」

「…ふーんだ。妻の誕生日に仕事を優先する誰かさんも、そもそも母の誕生日を忘れていやがる愚か者もいらないもん。私はあおちゃんと駆け落ちするもん」

「駆け落ちは出来ませんが、デートでもしましょうか?おばさん。本日は私がエスコートさせていただきます」

「きゅん♡何て罪なあおちゃん。うん♡しゅるのぉ♡」

「ですか」


抱きついてくるおばさんの頭を撫でて、私は兄さんに視線を向ける。

せっかく時間を作ってあげたのだ。どうか今のうちに。目と目で通じ合った兄さんが深く頷くのを確認して、私は小さく微笑んだ。

















「―――付き合わせて悪いわね、あおちゃん」

「いえ」


兄さんのお父さん…おじさんに仕事を優先されてすっかりお冠なおばさんと存分に遊び回り、デートの締めに私はとある場所へと連れてこられていた。


「来たわよ。まも」

「…………」


おばさんの娘。そして兄さんの姉。真守さんが眠る墓だ。


おばさんが愛おしそうに墓を拭く横で、私は花瓶を綺麗に掃除すると、道中で買ってきた花を古い花と取り替える。


「誕生日はねー、毎年来るの」

「………」

「また無事に一年が経ったよ〜って報告するんだけど、…この子からしたらやっぱり嫌味かな?」

「いえ」


そんなはずは無い。そんなことあるはずが無い。

家族が一年元気に生きて、何も悪いことがあるはずが、無い。

そう言いたいのに、目の前で手を合わせる小さな背中にかける言葉が出てこない。


だって、私にはこの人が抱える悲しみの深さを分かち合えない。兄さんも恐らく真の意味では分かち合えない。


唯一分かち合えるのは、ただ一人。


身を包む悔しさに、静かに拳を握り締めた。


「――――っ」


その時だ。

私達の間に、大きな風が吹いた。

地面に落ちた落ち葉や花びらが舞い上がり、私達を包み込む。


乱れた髪を押さえていると、霞む視界の向こう側に小さな影が映り込んだ気がした。


「(ああ)」



「おわー……凄い突風だったわねぇ。あおちゃん大丈夫?」

「…そうでしたね」

「…あおちゃん?」


「おばさん」


私の掌に吸い込まれる様に落ちて来た三つ葉のクローバーを、そっと墓に添えた。




「『いつまでも元気で』」




「お姉ちゃんさんならきっと笑ってそう言うと思います」

「…………」


気づけば私は、おばさんに笑いかけていた。

あの人が守り、兄さんを通じて届けてくれた私の感情。

その喜びを、愛おしさを、今度は私から彼女に伝える。


それが今、あの人に託された想いだと思うから。


「あおちゃんは…」

「はい?」

「時々、不思議なところがあるわよねぇ」

「…ですか」


おばさんのその言葉に、思わず肩が跳ねた。

私自身、夢か現かも定かではない朧な感覚なのだ。自分でもあやふやなそれを説明したところでおばさんを困らせるだけだろう。


「でも、あおちゃんが言うと本当にそう思えてしまうんだから、もう本っ当不思議よねぇ」

「…変でしょうか?」

「んー?全然」


しゃがんでいたおばさんが楽しそうに手招きするので、私も横にしゃがみ込む。


「わぷ」


手を広げたおばさんにすかさず抱き締められた。朝とは違う優しい抱擁。


「ありがと、あおちゃん。貴方がいてくれて良かったわ」

「…はい。私も」


背中を優しく撫でてくれるおばさんの背に私も手を回す。暫くの間、私達は無言で抱き合っていた。






「お?」


おばさんのポケットの中の端末がぶるぶると震えたのは、耳元で鼻を啜る音が止んだ頃。


端末を取り出したおばさんがきょとんと目を丸くする。けれど、そこには明らかな喜びが滲み出ていた。


「兄さんですか?」

「んー?んふふふふ…りょーほー」

「りょーほー…。ああ、ひょっとして?」

「うん!旦那と息子が家で待ってるってさっ」


そう言うと、弾む様に勢い良くおばさんが立ち上がる。


「ほら!行きましょ!あおちゃんっ」

「…私もですか?」


満面の笑みに圧倒される私を楽しそうに歯を見せて笑いながら、おばさんが手を差し出してくる。


「なーに言ってんのよ!当たり前でしょーが!!」




「『家族なんだから!』」




ああ。そうやって笑うと、本当にそっくりだ。


「ですか」


私もまた笑みを浮かべると、その手をとって立ち上がる。

おばさんと目を合わせて、二人で小さく笑い合った。


「(また来ますね)」


私の手を引きご機嫌に歩を進めるおばさんの後ろで、気づかれない様に小さく、そっとお墓に向かって手を振った。


心地よい、風が吹いた。

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