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読めない君が笑う時  作者: ゆー
それから。
64/66

知りたくなかったあのねなこと

1話目をここに投稿してから1年が経ちました。

そんな日に私は何を書いているんでしょうね。

「…これは?」


それは、皆で一緒に勉強を終えた日のことだった。

半泣きでべそをかいて子鹿の様な覚束ない足取りの夕莉と、いつも通りの土方先輩と別れた帰り道、部屋に戻ってみれば、机の上には自分のものではないノートが。


「忘れてしまったのですね」


夕莉か、はたまた土方先輩か。兄さんは先輩と共に勉強後のストレスを発散するそうで、夕莉を送りがてらそのまま二人で一緒に町へ繰り出すらしい。流石にそこに割って入る程無粋ではない。私とて、空気は読める。


「…まあ、確認すれば分かりますね」


たかがノート一冊であれこれ長々と悩むのも馬鹿馬鹿しい。

候補は多くても3人しかいない。中身を見てしまえば、自ずと持ち主など分かるのだから。


そう思って、私は何気なくノートを開いた。











『だ、……駄目です、お兄様……私達…従兄妹なのに……!』

『俺達の愛の前にそんなものは関係ないだろう…?何も考えなくていい…さあ、全てを委ねて……』

『あんっ……駄目です、…そんなところ……あ、やっ……』

『もうこんなにとろとろにして……期待していたのかい?悪い子だ……』

『あーーーーん♡』











「…………………………ぉおぅ…………」


そこに広がるのは、私などでは到底想像もつかないであろう耽美な世界。

何と言うか、…何と言うか、何と言うのだろう、この感情。

兄さんの部屋の漫画とは違う、何か花の散りばめられた背景の中で何か身体を弓なりに反らせて何か叫んでいる何かキラキラとした女の子。


生憎と、私はこてこての少女漫画を読んで育つ様な殊勝な子供時代を送った訳では無かったので、何と言うか、何と言うかなのである。何と言うか。


…も、もしかして、私も兄さんとあんなことをしている時はこんなことになっているのだろうか。いや、まさか……。まさかそんなこと……。


「……夕莉…絵、上手なんですね……」


しかし、知らなかった。これは新たな発見だ。一度も聞いたことは無かったので、恐らくは隠しているのだろうが。

大変申し訳ないと思いながら、もう一度ちらりと薄目で絵を見る。


『ああっ…!お兄様…!お兄様のお兄様がお兄様してしまいます…!』

『いいんだ。存分に俺の俺の俺で俺してくれ』

『お兄様あアッーー!』


…凄い。色んな意味で。

何と言うか、私が思う女子高生の絵とは大違いだ。鉛筆描きながら、その繊細かつ緻密な描き込みについ引き込まれてしまいそうになる。内容は別として。


そして何より。


「……『従兄妹』………?」


従兄妹でいちゃいちゃしている、何処かで見覚えのありすぎる光景。

よく見れば、二人は性格こそ違えど、顔のつくりは何処か似ている気がしなくもないし、髪型に至っては同じだ。


…まさか、あの子は私達をモデルにしていたというのか。

……た、頼んだら、指定したポーズやシチュエーションの兄さんとか書いてくれるだろうか。


「じゃなくて」


頭を振って馬鹿な考えを吹き飛ばす。

さて、どうしよう。どうしたらいいんだろう。

何事も無く知らないふりで返す事が正しいのだろうが、ここで問題なのは、下手に何かをツッコまれた時、私はいつも通りの無を貫き通す事が出来るのかだ。


「(…難しい、かも…)」


ここに来て、取り戻した感情が邪魔をする。

兄さんに相談…?いや、あの人にまで知られたと知ったら、夕莉のことだ。家に引きこもって学校に来なくなる可能性が無きにしも。あれでいて繊細な子なのだ。あれでいてというか、そのまんま。


ノートを持ったままその場で立ち尽くして、私は頭を抱えて考える。

最も荒波が立つことなく、それでいて上手いこと場を切り抜けられる、そんな都合の良い方法が無いものかと。


「う〜〜〜〜」

「おう、従妹後輩」

「〜ん??」


その時だった。


三人で揃って家を出た筈の土方先輩が、いつの間にか戻ってきていた。

おや、どうかしたのだろうか。もしや、先輩も何か忘れ物したのだろうか。


「…どうかされましたか?」


取り敢えず平静を取り繕って振り返り、私は先輩と向かい合う。

ぽりぽりと頬を掻いて、普段通りの変わらない落ち着いた様子で、先輩が口を開いた。


「そのノートなんだが、悪いが返してくれるか?」





















「……………………………………………………ぇ??????????」


私は己が耳を疑った。それはもう疑った。


だって、いま、かれは、なんと、いった。


『カエシテ』。


私の聞き間違いでなければ、私の耳にそんな響きが届いたのだが。


ぇ。



え。




え゙!?




「…………あの………」

「ん?」


声が震える。背筋に冷たい汗が流れている。

まさかと思いたい。でも、否定する訳にもいかない。

人は見かけによらないことなんて、見た目だけなら深窓の令嬢たる夕莉で分かっていたことではないか。


それでも、私は一文字を発することにすら尋常ではない覚悟を要する程に、動揺していた。




「もしかして先輩…(これ先輩のなんですか??)」


「ん?ああ、まあな(騒がしい後輩に頼まれて)」


「へ、へー………(どうしようどうしようどう反応しよう)」


「?まあ、いつものことだし別に珍しくもないだろ(あいつがそそっかしいのは)」


「………いつもの………こと……?(つまりこういうお話をまだいくつも……?)」


「そんな気にしなくていいぞ(慣れてるから)」


「気にします。したくなくてもします。しまくります」


「兄貴だって似たようなもんだろ?(頼まれ事)」


「兄さんも!!??」


「…?何ならさっきも(近所の人に何か頼まれていた)」


「何ならさっきもぉ!!!???」




もう度肝が抜かれるどころの話ではなかった。

まさか、兄さんが皆で勉強している最中に、そんなまさか。

バレずにどこまで出来るでしょうドッキリみたいなチャレンジをしていただなんて。

その並外れた胆力を褒めるべきなのか、不真面目さを諌めるべきなのか。


い、いや、おち、おち落ち着こう。まだ兄さんが何を書いたかは分かっていない。


で、でも。も、もしや、兄さんは実はこんな女の子が好きだった、ということなのだろうか。

ここ、こういう、可愛い反応をして、み、淫らに、ぁぇぐ、そんな、女の子、が、良かった、から、せめて絵にしてその情欲をぶつけている、とか。


え、で、でも、わた、わたし、だって、いつもいっぱいいっぱいだけど、ちゃんと、…きもちよく…、なってる、し…、できてると、おもってた、のに。


それじゃ、だめ、なのかな…。


〜〜ッ兄さん、兄さんっ、兄さん!私は今何をどうすればよいのですか!?これから貴方にどんな顔をして、どんな声を出せば……!!?


私は、私は……っ!!




「…なぁ、何かさっきから変じゃ―――」

「あーちゃんあーちゃんあーちゃんおああああああぁ゙ーーーーーっ!!?」


私の頭から一切の色が失われていく。

そこにけたたましく鳴り響いたのは、忙しなく家に飛び込んできた夕莉の咆哮だった。私が持つノートを見て、扉を開け放ったままの不自然な体勢で固まっている。


「ゆうり……」

「…何だお前、結局来たのか」

「そそそそそのノート…!…あーちゃん、読んじゃったんですか!?」

「…にーさん…わたしは……わたし……あん、あん。…あーん……」

「ひぃ…!?あーちゃんが虚ろな顔で何か喘いでいる……!!」

「もうどういう状況なんだよ」


何もかもがパンクして完全に思考を停止した私の手から、先輩がひょいっとノートを取り上げた。その瞬間、ただでさえ顔を青くして固まっていた夕莉の顔が、それを通り越して土気色に染まっていく。


「にいさん……かゆい……うま……」

「せ、先輩!触っちゃ駄目です!見ちゃもっと駄目です!!」

「はあ?そもそもへろへろのお前がノート忘れたってぐずるからこうして取りに戻ってやったんだろうが」

「そうだけどぉ!まさかそっちのノートだと思わなくてぇ!!かえしてぇ……!」

「にいさんや ああにいさんや にいさんや」

「どいつもこいつもさっきから訳が分からん。……何がそっちの――――」


己に飛びかからんとする夕莉の頭を、たくましい腕で押さえ込みながら、先輩が一体全体何事なのかという様子で片手で器用にノートを開き、


そして停止した。


恐らくは、眼前に広がる魅惑の新世界に心囚われ、そして理解したのだろう。

先程の私達がどういう会話をしていたのかを。


「ああ、あ゙あ〜…っ、あうあう……」

「………………」


そして同時に、この反応で私の先輩に対する誤解は解けた訳だが、兄さんに対する疑惑までは。

無言でノートを閉じた先輩がそれを優しく手渡せば、私達二人の光の無い目に見つめられて震える夕莉が、顔を覆って崩れ落ちた。


「違うんです……違うんですぅ……。最近、お勉強ばかりで気が滅入ってたから、ちょっと気晴らしに書いてみたらつい止まらなくなっちゃってぇ……」


別に責める気など無い。素直に凄い絵だと思うし。熱中できることがあるのも良いことだと思うし(先にやるべき事があるのは置いておいて)。責める気など無かったのだ。


重要なのは、ただ一つ。


「…私に似てますね…」

「…ダチに似てんなぁ…」

「……ご、」


…これさえなければ。


「…夕莉の中の私ってこんな風に喘ぐんですね…」

「…お前の中のあいつって爽やかドSなのか……」

「ご、………」


許可無くモデルにされた自分によく似たキャラクターが、肌色多めで淫らに喘ぐ。

ここに来て漸く、私は湧き上がった感情を理解した。したくはなかった。


「「………気まず…………」」

「ごめんなしゃああい……っ!!」


知らない方が良いこともある。

それをよく理解したそんな日。星の輝く満天の夜空に夕莉の悲痛な叫びが木霊するのだった。











「兄さん」

「どうした?葵」


「………」

「葵?」


「………」

「………」


「……あ」

「あ?」






「『あーーーーん♡♡♡』」






「…………」

「…………」



「………どうですか?」

「……………」




「………………………どうした…?葵………」

「…………どうもしないですごめんなさい忘れてください……………」

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