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読めない君が笑う時  作者: ゆー
それから。
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数年越しに貴方へ

「お誕生日おめでとうございます、兄さん」

「え?」


ある日、葵が優しい微笑みと共に丁寧に包装された包みを差し出してくる。

その言葉に込められた温かい祝福の気持ちとは裏腹な、ただただ唖然とした心地で、俺はその包みを言われるがままに胸に抱え込んだ。


驚きが頭の中を支配する。

再会してから俺が葵に誕生日について話したことは無かった。それでも以前、彼女はプレゼントをくれた。

『母さんに聞いた』。その時はそんな事を言っていた気がするが、きっと最初から俺の誕生日を知っていたのだろう。いや、忘れないでいてくれたのだろう。


幼い頃、互いに誕生日を祝った頃の記憶が思い起こされる。

あの時の葵は、年相応の満面の笑みを存分に表しながら、嬉しそうに皆から貰ったプレゼントを大切に大切に抱え込んでいた。ケーキを食べる時も、眠る時も、頑なに。


あの頃、俺は何をあげたんだったか。一度記憶を失ったせいか、流石に小さな頃の記憶は朧げだ。

確か、白い真っ白なリボンが結ばれていた様な気がする。店員さんに包んでもらった時、幼い少年の眼には中々に大人っぽいデザインに映ったものだからそれだけがやけに記憶に残っていた。


そう、ちょうど今、葵の髪を結ぶリボンの様に……




………ポニーテールじゃん。


葵ポニーテールじゃん。ポニーテール葵じゃん。


え、可愛い。頭の高いところで結ぶポニーテールめっちゃ似合うじゃん。

何かすごい凛々しい感じする。袴とか似合いそう。剣道少女って感じ。


何か何か初めてじゃない筈なのに、今更気になり出すとめっちゃ可愛く見える。

良くない?ポニーテール。良いよね、ポニーテール。俺、ポニーテールフェチだったりするのかな。それともうなじかな。肌白。


悶々。恋人に向けるには正しく、家族に向けるには邪なそんな俺の感情に気づくこと無く葵はまた背後を向いて何やらごそごそ動いている。


…少々、話が脱線しすぎた様だ。

今、気にするべきは幼少期の記憶でも、ポニーテール葵の可愛さでもない。


というか、今の話を聞いて皆さんは薄々お分かりになると思うのだが、そんな微笑ましい記憶を吹き飛ばす恐ろしい出来事が、たった今、目の前で起きているのだ。




そう。






俺、別に誕生日じゃない。






「お誕生日おめでとうございます、兄さん」

「え!?」

「お誕生日おめでとうございます、兄さん」

「ちょ」

「お誕生日おめでとうございます、兄さん」

「怖い怖い怖い!!!」

「お誕生日おめでとうございます、兄さん」

「ひい!?」


お誕生日お祝いbotと化した愛しい恋人から、次々と手渡される謎の包み。

どれを見たところで中身が判別出来る訳でも無いが、少なくとも大きさも、デザインも千差万別。触った感じではノートの様なものも確認出来た。今、俺の胸は葵のお気持ちでいっぱいいっぱいである。二つの意味で。


「お誕生日おめでとうございます、兄さん」

「……ぁ………………ありがとう……ございます……」


何回、同じ台詞が再生されただろうか。10回近くあった気はするが、目の前に突如現れた、全く同じ声色で全く同じ動作を無機質に繰り返すお誕生日お祝いマシーンの衝撃が大きすぎて数えている場合では無かった。


「ふう」

「…………あの、……葵、さん…」

「はい?」


どうやら、終わったらしい。

謎のやりきった感を出しているところ申し訳無いが、俺はやりきられては大変困る。何でもないこんな日に、いくつものプレゼントを贈られる覚えは無いのだ。


「これ、……何?」

「お誕生日プレゼントです」

「それは分かる」


嫌という程。


「兄さんへのお誕生日プレゼントです」

「だからなん…」

「8年分」

「…………」


何気なく投げかけられたその言葉の意味に気づかぬ程、鈍くはなかった。


8年。


変な言い方になってしまうが、記憶が確かなら、俺が記憶を失くしたのも大体それくらいだろうか。

俺の中から葵という少女が抜け落ち、消えて無くなってから、葵は俺の前から姿を消した。罪の意識、或いは俺を守る為に。


母も、父も、そしておじさん達も、一切葵について言及することは無かった。

家族間で話合ったのもあるだろうが、恐らくは葵自身が口止めしていたのだろう。それがきっと、お互いのためなのだと信じて。

結局、何処かの馬鹿が無理するせいで放っておけなくなったみたいだけれど。


もう、顔を合わせる事は、無い。

けれど、それでも葵は毎年プレゼントを用意していた。贈ることが叶わないプレゼントを、ずっと。


腕の中の包みを見る。経年による劣化はあれど、皺も無い。埃も被っていない。丁寧に扱われていた証拠だ。

一体、どんな気持ちで用意していたのだろう。当時の葵の気持ちを思うと、胸が締めつけられる錯覚に陥ってしまう。


そして何より、気付いてしまったのだ。

包みに微かに残された、小さな雫が零れた跡に。


「…………」

「あの、迷惑でしたら捨てて大丈夫ですから。私も、せめて渡したかっただけなので…」


大量の包みを見つめたまま黙り込んでしまった俺を、困っていると誤解したのだろう。葵がとんでもない事を言い出した。

そんな事、出来る訳が無いというのに。


「葵」

「は、はい…」

「開けていいかな」

「………」


こくり。


言葉は無かったけれど、確かに葵が頷いた。

彼女を安心させる為に軽く微笑むと、俺は手渡された順番に包みを並べ直して、破いたりしない様に細心の注意を払いながら一つ一つ、丁寧に開けていく。


包まれていた状態からも分かるように、中身は本当に様々だった。

やんちゃ盛りな子供が好きそうな玩具から、小学生用のノートや自由帳、そして勉強や受験に役立ちそうな参考書等。

勤勉で真面目なラインナップが多いことは何とも葵らしい。


パラパラと、ノートを捲る。思い出が綴られていく筈だったページは未だ白紙のままだ。


「流石に自由帳なんてもう使いませんね」

「使う」

「え」

「使う」


葵の寂しそうな笑みが目に入ってしまい、つい思いの外、強い語調で宣言してしまった。


白紙だと言うなら、これから綴っていけばいい。簡単な事ではないか。

勉強に使ってもいい。日記に使ってもいい。


ああ、そうだ。葵がいなかった頃の思い出を出来うる限り書き記していくのも悪くないかもしれない。

そしてそれを葵に読んでもらうのだ。

葵がいなかった時間、俺がどんな学生生活を送っていたのか、どんな思い出があったのか、それを知ってもらえれば、葵の寂しさをほんの僅かでも埋められるかもしれない。


交換日記にしてもいいかもしれない。

葵は口数が少ない。勿論、だからといってそれで俺が葵の事を誤解するだなどと、今更そんな事起こりはしないが、文章に記す事で俺が気付けなかった葵の言葉に乗せなかった気持ちを、葵が何を感じているのかをより鮮明に知ることが出来る。

そうすれば、より深く、互いを理解出来る。好きになれる。


「絶対使う」

「……ですか」

「葵」

「……はい」


「ありがとう」

「………………ん」


心からの感謝の念を。俺の胸の中の温かさを。ありったけ伝えたい。

なのに、俺の口から絞り出せるのはたった5文字だけだ。

だから、言葉以外の手段として、頭を撫でる。葵はくすぐったそうに身動ぎしながらも、目を閉じて甘んじて掌を受け入れてくれる。


「……ふ………」


心地良さそうに頭上に頭を擦り寄せる、猫の様な仕草。

顔を上げているせいで、口元がお留守になっている。

それを確認すると、俺は彼女に不意打ち気味に小さく口付けを落とした。


「――――――」


堪らず目を見開いた葵が、顔を真っ赤にしてこちらを見つめている。

小さく吹き出すと、俺はまた手を伸ばして葵の頭を撫でた。


今度は少し強めに。葵の顔が上がらない様にくしゃくしゃと。


「に、に、ぃ、さん」

「次は、俺があげるから」


俺の言葉を聞くやいなや、抗議する様に手を上げ下げしていた葵の身体が途端に停止する。

その細い手は、俺の手を通り過ぎて胸元に寄せられると、服の裾をぎゅっと握りしめた。


小さな震えが、彼女の押し隠していた気持ちを痛々しい程に伝えてくる。


それを止めたかったのか、俺は無意識に葵を胸の中に抱き込んでいた。


「楽しみにしててくれ」

「………兄さん、私の誕生日覚えています?」

「…………………も、勿論…………」


何となくここかな、と朧げに覚えてはいるが………後で、母さんにそれとなく答え合わせしておこう。素晴らしく格好つかないところであるが。


「ふふ。ですか。……では、楽しみにしていますね、8年分」

「難問だぁ」

「ですね」


そんな胸中など既にお見通しなのか、くすくすと身体を揺らす葵の手が背中に回される。そのまま暫しの間、俺達は無言で抱き締め合うのだった。




随分と長い間、遠回りをしてしまった。

だからこそ、離れていた時間の寂しさを埋められる程の幸せを、君に。

いきなりとんでもない課題を与えられてしまったものだけれど。

悩む事がこんなにも楽しいと感じる事は、初めてだった。











「先輩先ぱーい。あーちゃんに贈る誕生日プレゼントを考えているんですけど…あーちゃんって何が好きなんですかね?」

「葵の好きなもの?………………………………











………………………………………俺?」

「うるせえです」

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