外伝 ハロウィンSS 恐怖のあの子
ハロウィンに投稿して、諸事情で引っ込めたお話です。(予約投稿出来なくなっただけ)
本日はハロウィン。そして俺は本日もアルバイト。お声がかかったマスターのお店で絶賛、社会の畜生と化している。
と言っても、今回は俺一人ではない。いや、最近は『今回も』と言うべきか。
「うーむ…」
そこはかとない不安の込もった唸り声を上げながら、俺は気が気でない様子で向こう側へと目を向ける。
『………はろうぃんせーーる………』
そこではデフォルメされたカボチャを頭に被り、身体を包み込む大きなマントを身に着けた魔女が、店の前でお菓子の入った籠を持って覚束ない様子でゆらゆらしている。多分、頭が重いのだろう。
無論、言うまでもなく、水無月さんちの葵ちゃんである。俺が町のハロウィンの催しの手伝いに駆り出されようとした際、同じく手伝いを申し出てくれたのだが…せめてかぼちゃは外すべきだったか。やはりマスコット的な可愛さではなく、正統派の小悪魔ちっくな妖艶さで攻めるのが吉だったか?…被せたのは、まあ、俺なんだけど。何でって…その、……似合っていたからこそ、みたいな?
『悪いこはいねがー』
というかいつの間にか魔女じゃなくなっていた。聞こえてきた台詞に思わずずっこけかける。
何故、ハロウィンになまはげ殿が出張しているのかは知らないが、どうやら今年のなまはげ(仮)は子供達にお菓子を配る優しさを持ち合わせている模様だ。にしては少々可愛いすぎるが。…かぼちゃの話だよ?
果たして、そんなものでピュアな子供のハートを鷲掴めるものなのか。
「「「わーーー!!」」」
『…………ぉ゙………』
いや、前言撤回。被りものも合わせて効果は抜群。瞬く間に恐れるものなど何も無い無敵の人たるやんちゃな子供達が四方六方八方から押し寄せ、葵…じゃなくて魔女…いや、なまはげ(?)は包囲されてしまう。
俺には分かる。あのなまはげ魔女、十中八九落ち着いているように見えて緊張している。だって、こっちを見つめる顔からは遠くからでも『助けてオーラ』とぼ◯ぼのみたいな汗が頭上から迸っているのが感じられるから。顔見えないけど。
「トリック・オア・トリート!」
『………』
その証拠に四方を完全包囲されて尚、直立不動。
ぽく・ぽく・ぽく。子供達が物言わぬかぼちゃにぼちぼち疑問を覚え始めたその時、遂に事態に変化が訪れる。
『………貴方は良い子ですか?』
「え…?」
『良い子ですか?』
「…う、うん………たぶん……」
『ですか…』
ぎぎぎと、ロボットの様に首を動かして、かぼちゃは問いかける。
『…何を持って自らを良い子だと証明しますか?』
「ええ……!?」
…め、面倒くさ。あのまじょはげ面倒くさいぞ。多分本人もテンパってるぞ。
それは、間違いなく大人だろうが子供だろうが答えに詰まるであろう、善悪を測る問い。突然の無理難題に、子供は困惑しながらも考え込む。悪戯はとうに頭から抜け落ちているらしい。どうかそのまま素直に育ってください。
「ご」
『ご?』
「……ご飯残さず食べた……」
『……………』
「……………」
『…………………』
「…………………」
『いえすトリート』
「……わ、……わーい………?」
『はい。わーいです』
喜びと戸惑い1:9くらいでお菓子を恐る恐る受け取っている子供に気づいているのかいないのか、葵は常変わらぬ低いテンションのまま、次々と子供達にお菓子を配っていく。
『貴方は』
「お母さんの肩もんだ!」
『いえすトリート』
『ゆーあー』
「部屋の掃除した!」
『いえすトリート』
『せい』
「赤点回避しましたよあーちゃん!!」
『…………まぁ、いいでしょう』
最後に何処かで見たことがある様な気がする大きな子供に菓子を手渡して、その終点に残るのは。
「ん?」
『どうぞ兄さん。トリートです』
後ろで場を見守っていた俺の手をとり、葵が優しく飴を握らせてくれる。
配っていたものとはまた別の、恐らくは自前だろう。何味かな。ハッカは嫌だな。
じゃなくて。
「俺にも?というか、俺には聞かないの?」
『兄さんはいつも助けられています。文句なしにトリートですよ』
「お、おう…」
思いの外、優しい声が聞こえてきて、にぎにぎされている手に力が込もる。
きっとかぼちゃの下には柔らかく微笑む我が従妹がいるのだろう。全くもって、見えない事が何とも口惜しい。いつの間にか趣旨が変わっている気がしなくもないが。
後、まあ、ついでにトリックだったら一体何がどーなるのかなぁー?何て気になったりならなかったり。ん?この場合、イタズラするのは寧ろ俺か?
………。
「葵」
『はい?』
「トリックオアトリート」
『え』
尽きぬ興味。固まるかぼちゃ。
俺は見逃さない。葵が手に持つ籠の中、大量にあったお菓子の詰め合わせは綺麗さっぱり無くなっていることに。
『…今、お菓子はあげた筈ですが?』
「俺まだトリックオアトリートなんて言ってなかったしぃ〜」
『む』
飴もそういくつも持っていることも無いだろう。つまり今、葵にトリートする術は無い。詰みである。多分。
完全に勝てる勝負に気づいていきなり調子に乗り始めたクソガキに、葵が妥当で残当な不満の声を上げる。
『むう…。致し方ありません』
すぽ。
「ふぅ…」
呆れた声を出した葵が、被っていたかぼちゃを徐ろに脱ぎ捨てれば、出てくるのは流石に暑かったのか、蒸れて仄かに赤く色づいた艶っぽいお顔。汗で張り付いた長い前髪が、彼女が元々持ち合わせている年齢不相応なその色っぽさを殊更に強調している。
「どうぞ兄さん」
そして何一つ抵抗する様子も無く、葵は俺に無防備に顔を差し出して手を広げてくる。ご丁寧に目まで瞑って。
赤い顔。柔らかな肢体。委ねられる意志。つまりは悪戯し放題あんなこともそんなこともやりたい放題という訳なのだが。
「………」
「兄さん?」
「参りました」
「……??」
それが出来るお兄ちゃんなら何一つ苦労しない訳で。
「あう」
あまりに無防備が過ぎる可愛い従妹のその信頼に苦い苦い笑いを滲ませて、俺は葵の艷やかな髪をくしゃくしゃに撫でるくらいしかできないのであった。
■
「トリックオアトリートですよ、兄さん」
「何だと」
その晩、居間で寛いでいた折に突如耳に届いたその言葉。
頂いた余り物のパンプキンスイーツを堪能していた俺が思わず目を向けた先には、微かに悪戯心を潜ませた瞳でこちらを見つめるクールな少女。その姿は、既にいつも通りの葵ちゃんに戻っている。
「…そ、その台詞を言いたいなら、コスプレくらいはしないと」
「…ふむ?」
しかし、このままでは、俺は葵のたおやかな手であんなことやそんなことをされてしまいかねない。と言う訳で、それはその場しのぎの細やかな抵抗でもあった。
今、俺が口に入れたクッキーが最後の一枚だったからなぁ。機を伺っていたな?この知将め。
…何でコスプレなどと口走ってしまったかについては、実のところ葵が気づかないところで何枚か写真を撮らせてもらっていたりしたのだが、やはりせっかくのハロウィンなのだからもうちょっとサービスを、という下ごこ…いや、そんな目で見ないで。
あ、因みに写真はあくまで宣伝の為だからね。ホントホント。顔は見せないし。
「ですか。では、少しお待ちを」
「え?出来るの?」
「秘密です」
とはいえ、衣装はもう返却して……と残念無念に思ってばかりいたのだが、葵は何事も無いかの様にそんな事を言ったと思いきや、部屋を静かに出ていく。
もしかして、店から衣装をもらったりしたのだろうか。先程はマントに隠れていたが、あの衣装、実は胸元空いていたし、脇丸出し背中丸出しだったしで正直気が気じゃなかったんだけど。ちくしょうマスターときたら全くいい趣味してるぜ。言い値で買お…じゃなくてお説教ね。
そんなうふふな衣装を二人きりの、この狭い部屋で?……ごくり。
「なんて」
そんな馬鹿な事あるわけ無いか。そう思ってとっとと頭に浮かんだ馬鹿な考えを霧散させ、トリートを探そうと立ち上がろうとしたその時であった。
「お?」
唐突に部屋が暗くなる。…停電か?いや恐らくは。
ははぁ成程、葵の悪戯はもう始まっている、と。中々に茶目っ気出てきたじゃないか。これでもう少し感情出てたら尚良いんだけどね。
思った通り、明かりは10秒と経たず元に戻った。
小さく息をつくと、俺はお茶を飲もうとして
凍りついた。
「……………」
何も無かった筈の入り口に、いつの間にか青白い女性が立っていたのだ。
明かりが消えて再び点くまでのたった数秒間で、一切の音もなく、気配も無く。
いや、青白いかどうかは判別できない。何故なら、汚れ一つ無い真白いワンピースを身に纏うその女性の顔は、深く深く俯いているせいで長い前髪に隠されてようとして窺えないから。
ゆらゆら。ゆらゆら。女性は不安定に揺れている。足は………ある。
ざっ。
ざっ。
歪な動きで一歩、一歩と、女性がゆっくりと近づいてくる。
「あ、葵?」
「…………………」
え、怖い。
「―――――――」
「え?」
『………ぁ゙………ぁ゙……』
『…………タ…………す……………け……………………テ……………』
「…………」
『ぁ゙、ぁ゙、ぁ゙、ぁ゙、ぁ゙…』
地の底から響く様なおどろおどろしい掠れた声。そして。
…皆様は、テレビでやっている怖い話でたまに見たりしないだろうか。ゆっくりゆっくり動いているかと思えば、一瞬、急に早送りの様に動き出すあの歪な動きを。
俺はあれを編集だと思っていました。でもね、目の前の幽霊がその動きしてるんですわ。無編集なんですわ。
冷や汗がだらだらどころかどばどばと。
『『『 あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙!? 』』』
「!!?」
幽霊が突然苦しそうに両手で頭を抱え、続けて悲痛な奇声を上げたと思った次の瞬間、急加速して飛びかかってくる。
あまりに突然な出来事、そして訳も分からぬ恐怖に固まっていた俺は完全に不意を突かれ、いとも容易く押し倒されてしまう。
「〜〜〜〜〜っ!!!」
「ひ…!!」
腹の上で猟奇的に髪を振り乱しながら発狂するその現実離れした光景を目の当たりにし、漸く俺は現状を理解する。これは葵じゃない、本物の……――
どん!!!
けたたましい音を立てながら、幽霊が俺の顔を挟み込む様に両手をつく。
もう逃げられない。これは可愛い従妹に下劣な下心を向けた天罰なのか。
こちらを覗き込む赤黒く血走った目には、抑えきれない純粋な殺意が溢れ――
殺され…………
「とりっくおあとりーーーと」
「……………」
ちら。突然ぴたりと落ち着いた幽霊が、長い前髪をのけて上からこちらを覗き込んでくる。
幽霊が赤くなった目をごしごしと擦れば、そこにはいつも通りの可愛い従妹のお姿が。
「兄さん。悪戯の次はとりーとですよ。ぎぶみーとりーと」
「あ……あおい……?」
「葵ですよ?」
いきなり何を言っているのか。とでも言いたげに首を傾げる幽れ、葵。
迫り来る命の危機に止まらなかった汗が、ゆっくり落ち着いていく。
未だばくばくと鳴り止まない心の臓を落ち着かせる為に長い長い息を吐いて、
そして
「…葵だあぁ!」
「ぉ゙………!?」
心の底からの安堵で、勢い余って感極まって、俺はその細い腰に手を回して、眼前の葵を思いっきり抱きしめる。
胸の中で聞こえてきた呻き声も何のその。たった今味わった死の恐怖に比べれば何するものぞ。
「良かった…!本当良かったぁ!!マジでトラウマになるとこだった…!!」
「〜〜〜〜っ!!………、…!?」
というか、うちの従妹そんな演技力高かったんかい。それとも、こういう役にとんでもない素質があっただけ?いや、もうどうでもいい。幽霊はいない、葵がいる。それだけでもう今はお腹いっぱい。ひとりじゃない、何も考えたくない、もう何も怖くない。
「あ〜本当…死ぬかと思ったぁ……」
抱き枕の様に葵を掻き抱いたまま、全身の力を抜く。胸の上の人肌、その柔らかさが今、どうしようもなく安心できる。思わずその艷やかな髪に頬を擦り寄せたくなる程に。
今夜はもう葵無しではトイレに行けないかもしれない。絶対に一人になりたくない。しないで。
「…………ぅ゙、ぁ゙、ぁ゙、う……………」
「ん?」
などとごちゃごちゃ考えて、件の葵が先程からまともに言葉を発していないことに気づいて、そっと身体を離せば。
「ぁ゙、ぁ゙、う……」
真っ白だった顔を、煙が出そうな程に真っ赤っかに茹だらせて震えるあお…い、が……――
「っっっっっ!!!!!!」
「ぅ゙ぐ!!?」
「あっごめっ、…………ごめんなさい!!!!」
そして次の瞬間、何故かまたもや幽霊モードになって暴れ出したと思いきや、俺の顎に凄まじい頭突きを叩き込みすかさず横に転がって拘束から華麗に脱出し、終いにはクラウチングスタートを決めて(俺達の)部屋に立て籠もってしまった従妹を、俺は扉の外で日付が変わるまで必死に宥めすかすことになるのであった。




