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読めない君が笑う時  作者: ゆー
3章 長くて遠い回り道
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第42話 急転直下

『や』

「そういやいたわ非現実」


真っ白な空間だった。


何もない白い、白い空間。そこに俺は以下略。


「何だよ。今、お前の時期じゃないだろルール守れよ」

『ひ、人を季節の風物詩みたいに…っ』


ここに来ると、いつもぼんやりしていた記憶が綺麗に蘇る。これで何回目か、何だいつものことか、みたいなレベルで色々省略してだらしなく肘をついて横に寝そべると、少女は滅茶苦茶呆れ果てた顔と目で腕を組んで、俺を見下し始める。

残念ながら、俺にロリにナメられて喜ぶ特殊性癖は備わっていなかったので、改めて姿勢を正して向かい合うも、少女はどこか重苦しい雰囲気。深々と溜息をつくと、改めてその小さな口を開く。


『別に私も出てくる気は無かったんだけどさぁ、出てこざるを得ないよねぇ』

「そりゃまた何で」

『あ、やっぱ覚えてない?』

「だから何が?」


やれやれと。出来の悪い弟に呆れ果てる姉の様なその仕草に、何故かつい反抗する様に噛みついてしまい…


『君、今死にかけてるけど』

「…………」


……………。




…………………。






「………は?」

『ゆーあーがけっぷち』



……………は?????












それは、本当に突然の出来事だった。


出会いはいつだって突然に、だなんてよく聞く言葉だけれど、事件との出会いもそれに含まれていただなんて。そんな馬鹿な事を考えてしまう程に。






「―――で、結局クレープ屋になったんですか?」

「そう。何がどうしてそうなったんだろうな」


最早お馴染みとなった気がしなくもない葵と二人きりの時間。

これまたお馴染みのにぎにぎしい町を闊歩しながら他愛無い話に花を咲かせる。話題は勿論、フェスティバル。


紆余曲折の結果、我がクラスは外でクレープ屋台を出すこととなったらしい。果たしてその結果を得るまでにどんな大冒険があったのか。何故、我がクラスが誇るイケメンはあんなにも皆に責められていたのか。この中で、イケメンをやっかんだことの無い男の子だけが石を投げなさい。皆が迷わず投げました。


「多分、あれですね」

「どれですね?」

「ウチのクラスがじゃんけんで喫茶店枠を勝ち取ったそうなので。兄さんのクラスが負けたんですね」

「お主のせいか」

「つまり兄さんは敗北者」

「取り消せよ…!!」


そして秒で真相解明。オマエノシワザダタノカ。

くそう。まだまだ暑さ冷めやらぬしち面倒くさいこの時期に外でパーリーなんてやってられないよお。僕は文明の利器様のお側から離れたくないのにい。


しかも


「コスプレだけは頑なに譲らないんだもんなぁ……」

「ふふ。兄さんのクラスは本当にお祭りが好きなんですね」

「多分祭りもクラスも関係ない……」


コスプレクレープ屋台って何やねん。何処を目指しとんねん。

あれか?セクシーな衣装着て客引きすんのんか?ええんか?この学園は止めへんぞ?

私達のクレープ(意味深)で貴方のハートも包んじゃお♡、なんてね。くだらね。


………ところで、セクシーな衣装着るのって女子だけ……だよな?…信じていいんだよな?最近の手芸女子を中心とした一帯から迸るピンクのオーラに寒気が止まりませぬ。


「私達のお店はOGでもあるマスターが力を貸してくれることになりました。制服も貸してくれるそうですよ?皆喜んでくれて。私が話をつけました」

「…楽しそうだな」

「………。ですか?」


我が従妹は気づいているのだろうか。本日の自分のお口がよく回ることに。指を立てて得意気にぺらぺらと話す勝者にほんの少しの意地悪を込めて突ついてやれば、葵ははっとした様に自らの頬を手でぺたぺた触り始める。


ここ最近、葵の姿を目にした時、いつも葵は小さな輪の中にいる。ハンカチを噛み締めながら悔しそうに歯噛みしていた風っ子は置いておいて、学生として享受すべき青春を楽しんでいることは何よりも嬉しく思う。それを見るたびに俺は後方腕組みお兄さんとなるのだ。若干、おじさん臭い気はするが。


何故、そんなにもお前は葵の姿を目にするのかって?それは……あ、あれだよ。兄心。


「…しかし、どこもかしこも手が込んでいましたね」

「そりゃ学園の売りだからな」


ひとたび外へと飛び出せば、あちこちで学生達が器用に組み立て作業を行っているし、元気な力強い声が四方を飛び交っている。勿論、看板だって飾りだって切って塗るまで、全てが自家製。この時期こそが美術系の生徒が最も輝ける時期なのではないか。おかげで、デザインセンスが皆無な俺みたいなパンピーは言われた事をひたすらこなすだけのパシりとなるしかないのだ。

別に悔しくないよ。言われた事をこなすっていうのは立派な才能だからね。社会人の皆はもっと自信持って。でも思考を停止しちゃ駄目だよ。成人前に既にガタが来てる歯車との約束だ。


「あおい〜」

「あおいだー」

「ちゃんあお〜」

「む」


公園の前を通りがかれば、中で遊んでいた女児達が数人、俺達に気づいて駆け寄ってくる。どっかで聞いたことがあるようなコンビネーションだが、まさか全員お姉ちゃんとかいたりするのだろうか。


「ぐ」

「あそぼうあおい」

「あおいあそぼう」

「ちゃんあおあそべ」

「むむ」


俺を無遠慮に吹き飛ばした女児共に両手を拘束され、背後からタックルをかまされ見事に包囲されて目を丸くしていた葵が困った様にこちらを見る。

以前、勉強を教えてからというもの懐かれてしまったのか、子供達が葵を恐れる様子は無い。人の本質を見れるその素直さは何よりの宝だと思いますですはい。

欲を言えば、もう少し優しいお兄さんの扱い方を考え直してほしいかな。お兄さんガラスのハートだから。今、俺がどんな気持ちで地面に倒れ伏しているか分かる?分からねえだろうなぁっ。


「兄さん」

「いーよいーよ…俺あっちにいるから」

「ですか」


別にいーし。俺には男の子がいるし。やっぱり野郎は野郎でつるむのが一番だし。

しかし、大変残念なことに、今公園の中に見知ったチビ共の姿は無い。

テツでもトモでもいいからポケットなモンスターみたいに草藪の中に隠れてたりしないかな、などと期待してはみたが、結局、俺は一人寂しく入り口近くのベンチできゃっきゃっうふふする花園を眺める事しか出来ないのであった。


娘を持ったお父さんってこんな感じなのかなぁ…。












「―――――んぐ…」


疲れからか、ついつい半分寝入ってしまっていたらしい。

急に鼻を封じられた息苦しさに、意識をじわじわと覚醒させる。


「おはようございます。と言っても、夕方ですが」

「……あおい」

「はい、葵ですよ。ぶーさん…いえ、兄さん」


どうやら人様の鼻をレバガチャが如く弄くり回していたのは、愛しの我が従妹だったらしい。そういうの寿命を早めるから止めた方がいいよ。お兄ちゃんの鼻がガバガバになって勝手に横移動とかし始めちゃったらどうするの?買い直そうにもまた値上がりしてついに5桁いったんだからね?


「ぁ゙〜…何だ…終わったのか?」

「はい。皆さんあちらにいますよ」


葵が手で示した先に目を向ければ、既に小さくなった三人組のお姿が。俺達がこちらを向いていることに気付くと、三人は大手を振ってにこやかに……


『『『バイバーイ、あおいーー…………とおまけ』』』

「の野郎……っ」

「どうどう」


俺は悪口と小銭が落ちる音だけは聞き逃さないと定評だぞ悪女共めが。

俺が立ち上りかければ、悪女はきゃーきゃー言いながら四方、いや三方へと散らばっていく。

全く、親御さんにはよくよく教育しておいてほしいね。『あのお兄ちゃんはクソザコメンタルだから広い慈悲の心を持って接してあげようね』って。

後ろから俺を羽交い絞める細い腕をタップして、改めて俺たちも帰路につくため荷物に手を伸ばす。


『お兄ちゃん!あおー!!』

「ん?」

「お」


そんな中で、公園を出た俺たちの耳に届く元気なお声。

二人揃って振り向けば、道路を挟んだ向こう側から見覚えのある小さな女の子が手をぶんぶん振り回しながら走り寄ってきて、赤信号でたたらを踏んで止まるところだった。


「あおさんですね」

「あおさんですな」


知った顔に出会えたからだろうか。嬉しさを全面に押し出したその走り。となると、少し後ろに見えるのは、噂のお姉ちゃんだろうか。

お姉ちゃんさんの『危ないよ』という静止の声も何のその。最早、俺たちしか目に入っていないのか、あおは信号が青に切り替わるやいなや、俺たちの方へと再度走り出して



それで






……それで……?







……………。











………………―――











『―――無茶したのか、それとも。信号が切り替わるそのスレスレを無理に攻めた車が、飛びだしたあおに向かっていった』

『…………』


ああ。そうだったっけ。


『誰より速く動いたのは、意外にも妹だったね。私も驚いちゃった』

『…………』

『いや、意外ではないのかな?あの子は君に憧れていたから』


憧れるなど。そんな大層な人間になった覚えは無い。

葵は最初から優しかった。薄い表情の奥に隠れてしまっていただけで。

だから、俺を放っておけなかったし、あおを放っておけなかった。それだけのことなんだ。


『そしてあおを庇った葵を、君が庇った』

「二人は?」

『無事だよ。掠り傷だけ』


女の子のにこやかな笑顔に、強張っていた体の力が抜けていく。良かった。ちゃんと護れたのか。安堵の息を深くついて


『君と違って』


止まる。


『―――間一髪だったね。けど、君は頭を強く打って昏倒。絶賛、意識不明、と』


彼女がとん、と俺の胸を突く。ただそれだけで、不思議なくらいに容易く俺の身体は地面に押し倒されて…。何故だろう。現実の出来事を思い出した瞬間、全身からすっと力が抜けていく様にだるくなる。

思えば、ここはどう考えたって普通ではない空間だったし、ひょっとしなくてもこいつは俺を迎えに来てくれた某、ということなのだろうか。


『もういいじゃないか』、と。『楽になろう』、と。頭の中で何かが囁やきかけている。


ただ……ただ、遠くで、その声とも違う何かが、聞こえて、来る よう な。


ああ、でも駄目だな。『どうでもいいや』。寝てしまえば、どうせ何も聞こえなくなる。


…お前もそれで満足なんだろう?










『んな訳あるかい』

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