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読めない君が笑う時  作者: ゆー
3章 長くて遠い回り道
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第40話 天国と地獄

「いたたた痛いいだい」

「はいはい我慢がまーん」


ちょんちょんと当てられる綿がじくじくと鈍い痛みを顔面へと伝える。

切れた唇に手慣れた様子で治療を行うのは、俺より先に保健室の住人となっていたトイレの神様ならぬ保健室の女神様こと月城さん。先程までベッドで横になっていたようだが、今はそれなりに体調は回復したらしくて何よりである。


こんなにも慈悲に満ちた可愛い子ちゃんが(青い顔で)ベッドの上でウェルカムようこそしてくれたというのに、土の子たる隼人きゅんときたら近くにいると浄化でもされてしまうのか、未だビクつく風の子の首根っこを引っ掴んでさっさとすたこらさっさしてしまった。先生に騒ぎの事情を説明してくるとは言っていたものの、それにしたって突然どうしたというのか。普段であれば自ら教師に近づくことなんて滅多にしないくせに。何かに勘づいたご様子だったけど。忘れ物?

…まあ、あまり後輩に見せたい顔ではないやね。それを言うなら、目の前の彼女にもだけれど。


「先生は?」

「職員会議」


けれど、心優しい月城さんは嫌な顔一つせずに手早く治療道具一式を取り出したと思えば、ぱぱっと俺に治癒魔法・ショードックをかけてくれる。

勝手知ったる自分の家と言わんばかりに保健室内の配置を把握していることは今は置いておこう。当然の様に自由に拝借しているのも。


「慣れてるね」

「賢くんはちっちゃい頃からよく怪我をしてたからね。いつの間にか身に付いたんだ」

「仲がいいことで…」

「ふふ。ありがとう」


別に褒めてはいないけれど。ま、彼女はこと自分の身内に関してはポジティブぶっちぎっているからいつものことといえばいつものことだけど。


「子供は風の子って言うけど、あの頃の賢くんは最早風神の申し子といっても過言じゃないよね」

「大分過言だよ」


近所を駆けずり回るだけのハナタレが神の贈り物を称するのは過ぎた言葉すぎるよ。知らぬ間に認知してない子が出来たら風神も困っちゃうよ。今のご時世なら余計に。バッシング受けた結果、神様の座から引きずり降ろされてそのままフェードアウトするかもしれないじゃん。


そんな何か凄い存在の幼馴染だった月城神は、顔を傾けじっと俺の顔を覗き込むと、意味深に微笑みかけてくる。


「喧嘩?」

「まさか」

「そっか。自分で自分を叱りたい時って、あるよね」

「だとしても拳は出ないよ」


そんな『私は思春期に理解ありますよ』みたいな顔されましても。痛々しく腫れてらっしゃいますよ。これを自分でやるには中々の度胸、もしくはイカれたメンタルがいると思うのですが。


「…ちょっと絡まれただけだって。大したこと無し」

「ふむふむ、成程」


勿論、彼女自身本気で言っているつもりもないだろう。話しながらも止まる事の無いスーパードクター染みた手つきで消毒を終わらせ、最後に頬にペタリと湿布を貼れば、そこにはいつもニコニコ月城さ…


「そういうとこだよ」

「………」


ん…はいなかった。ニコニコではなくおこおこだった。

大きな目を細め、こちらを冷たく睨みつける温厚だったはずのお顔の迫力たるや。普段怒らない人を怒らせるとやばいのは万物の理。良い子の皆はそんな経験しないように。


「私は何があったのか深く聞くつもりはないけど、少なくともこれは『大したこと』だよ」

「………」

「…見たところ拳は痛めてないし、やり返しはしなかったんだね。…それは偉いと思うけど…」


『けど』、それはつまりいいようにいたぶられていた証拠であり。

怒り半分、悲しみ半分、そんな複雑そうな顔で、月城さんは再度俺の目を真っ直ぐと見つめる。


「誰かを大切にしたいのなら、まず自分を大切にしなきゃ」

「………」

「自分が傷つけばはいおしまい、なんておめでたい話そうそう無いよ。……近しい人なら余計にね」

「はい……」


まるで何もかも見ていたかの様な言葉。そしてそれは、奇しくも葵に言われたことと似た言葉。

そして今更ながらに思い出す。身体の弱い彼女だからこそ、自分を粗末にする人や、むざむざ危険に晒す人に対しては殊更に怒りを顕にする。

例えば、ウチのクラスのイケメン。あいつ自分の顔の影響力ちゃんと分かってなくてあちこちでナオンにいい顔するもんだから、要らぬ恨み妬み嫉みを買うことが多かったりするからね。

そこで炸裂します、彼女ご自慢の口癖『そういうとこだよ』。俺も久々に食らったな。何か新鮮。そういうとこやぞ。


「…………。………経験談?」

「さて、どうでしょう?」


軽い感じで笑っているけど、色々あるのだろう。気遣いも、気遣われることも、彼女にとってはどうしようもなく切っても切り離せぬものだ。


「…すみませんでした」

「私に謝る必要はないけれど、取り敢えず受取りはしましょう」

「あと、ありがとうございました」

「うん」


深々と頭を下げれば、話は終わりだ。そう言わんばかりにパンッと小気味良く手を叩き合わせ、ぷんぷん丸の月城さんはいつものニコニコ顔に戻る。切り替えが早いのも、彼女の長所だろう。まあ、あの幼馴染相手にぐだぐだしてると呑まれるからなお互いに。


しかしまあ。


「月城さんは良い女だなぁ。惚れちゃいそう」

「あ」

「え?」

「あ、ん、いや、うん。ありがとう〜」


それは間違いなく本心、そして冗談のつもりでも言った言葉。けれど思った反応は返ってこなかった。それどころか。

聡い彼女なら察してくれると思ったのだが、そうも気まずい顔されるとは思わず。両者に流れる気まずい空気。まさにつらたん。


「…うん。治療も終わったし、私はこれで失礼しようかな」

「え、あ、うん」


ニコニコ笑顔。けれど心做しか珍しく逸る様子でさっさと立ち上がってしまう月城さんに俺も釣られる様に立ち上がってしまう。

余裕の無い証拠だろう。何せ俺は俺で、これからどうやってこの痛々しい頬を某従妹に華麗に誤魔化してみせるのか気が気でないのだから。


「重ね重ねありがとう。月城さん」

「うん。お大事にね」


一瞬目を丸くして、月城さんは自分の頬、つまりは俺の腫れた頬の部分を指差してふにゃりと柔らかく微笑む。


と、思えばニッと。これまた珍しく白い歯を見せて小悪魔ちっくに笑ったと思えば―






「じゃあ、後はよろしくね?葵ちゃん」

「…………………………」

「あ、付き添ってくれてありがとね」





……………。




………………。





…………………???????





「ぇ゙」


そう理解出来ない言葉を言い捨てるだけ言い捨てて、月城さんは足早に去ってしまった。『今、何と仰いましたでございましょ〜か』。そんな台詞を吐く暇も無く、俺は虚空に手を伸ばしかけたまま停止する。有り金全部溶かしたような顔で。


…多分聞き間違いだろう。きっと月城さんが言ったのは『あおいじゃん』、…いや、そう、あれだよ、チャン・アオイ的な人を日本版で呼んだんだと思う。カワイの親戚みたいな。そうに決まってる。よくあるドッキリ的な。何だよぉカメラ回してたのかよぉ言えよぉ。


シャッ。


勢い良く、そして気持ちよい音を立てて、俺達の死角、月城さんが寝ていたベッドの向こう側のカーテンが開く。直後、保健室を包み込んだそのプレッシャーに、思わず全身から噴き出す冷たい汗。


一言も発することなくツカツカと近づいてきて、ベッドの上に座り込む俺の前の席に腕を組んでどかりと座り込み、ニーハイに包まれた眩しいお御足で登場したるは。


「………………………………………………………」

「(………………ぉ゙ぅ……………)」


チャンはチャンでもミナヅキ・アオイ・チャン。常なら感情など覗かせない筈のその整ったお顔どころか、全身から不機嫌という不機嫌の黒いオーラをこれでもかと言わんばかりに立ち昇らせたクールビューティー。紛うことなき御本人登場である。


テッテレー。ドッキリ大☆成☆功☆




終わりの始まりであった。

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