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読めない君が笑う時  作者: ゆー
3章 長くて遠い回り道
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第37話 可愛いは気づける?

「…最近あーちゃんはつれませんっ」

「……?」


それはいつも通りのお昼時。

さて今日はどうしようか、と思った矢先に背後からのしかかる重み。そして背中に押し付けられる……ふむ、少し成長しているような。なんて。


「重いです」

「レディに何たる事をっ」


勿論、そんな胸中を表にだす訳もなく。

懐から手鏡を取り出して覗き込めば、何と言う事でしょう。大変怖ろしいことに、私の肩の辺りに唇を尖らせぶーぶー拗ねる女の子の霊が。


「…少し前までは1に風峰、2に風峰。3、4が無くて5に夕莉。みたいな感じだったのに〜…」


霊は私の顔の左右から腕を伸ばすと、更に深く体重を預け覆い被さってくる。

甘んじてその霊障を受けながら、私は顎に手を当てると考え込む素振り。


「ふむ、大分記憶が捏造されている気がしますが。そして、それが今や1に兄さん、2に兄さん」

「3、4が無くて、5に夕?」

「飯」

「そう、夕r……、ゆうはん!?あれぇ!?風峰は!?私は!?」

「じゅうさん」

「じ、じゅ、13!!??まさかの13!!?え、…12は?」

「近所の野良猫さん」

「野良ぁ!!?風峰、近所の野良にすら負けるんですかぁ!?」

「野良峰は粗相が多いので…」

「トイレだってちゃんとするのにぃ!」


ですね。それが出来なかったらまずランク外ですからね。

ああ、駄目ですよ野良峰、そんなに吠えたら近所迷惑です。めっ。


「……などと言っていたら……すみません、あーちゃんトイレ…」

「私をトイレ呼ばわりしていいのは兄さんだけです」

「まさか過ぎる返しに今風峰の脳内ビッグバン起きてますからね」

「冗談です」テヘペロ(虚無)

「せめて表情作る努力くらい見せてくださいよ!?帰ってくるまでに反省しておいてくださいよほんとに!!」


特に何か変なことしたつもりも無かったのだが。

そんなに鬼気迫る程もよおしていたのか、激しく動揺した様子で教室を飛び出していく夕莉を見送ると、私は机の中から一冊の本を取り出して、その表紙を眺める。


「ふむ」


『くそぼっち・ガチ陰キャな惨めなお前でも出来る友達の作り方・上巻』、図書室で恥を忍んで借りてみましたが、返却した方がよさそうですね。図書委員の方の凄く気まずそうな視線をもう一度浴びることになるが。

私なりにユーモアというものを実践してみたつもりだったが、どうやらこれは私には似合わないらしい。




「水無月さん」

「……ん?」


そんないつも通りの変わらぬ学生生活を過ごし、彼女が戻る前に準備だけでも進めようかと思い立ち上がりかけたところにかけられる、少し遠慮がちな声。


見ればクラスメイトが数人、おずおずとした様子でこちらを見つめていた。


「何でしょう?」

「あ、あのさ、よかったらご飯、一緒にどう?」

「え」


つい間抜けな声と共に目を丸くしてしまう。


それはあまりに予想外な誘い。言っていて悲しくなるがあまりに予想外な誘い。

自慢ではないが、私は未だ夕莉以外のクラスメイトとは事務的な会話しかしたことが無い。それも一言二言で終わる類の。兄さんのクラスの先輩方はやけに私にかまってくるが、寧ろあれが異端なのだろう。


もしかしてあれだろうか。『よ〜よ〜最近調子に乗ってるみたいじゃ〜ん』的なあれだろうか。調子に乗った覚えがとんと無いが……いや、もしかして、もしかしてあれだろうか。


近頃、皆大好き兄さんの周りを飛び回るいけ好かないお邪魔虫とか、そういうことだろうか。兄さんは人気があって当然ですから。当然、ですから。

それなら大いに覚えがある。だって甘えに甘えて浮き足立った日々を過ごしている自覚があるのだから。


「あの」

「「「え?」」」


そうか。そういうことか。






「お、お金ならありません…」

「「「何で????」」」


違った。







「何か、水無月さん、最近雰囲気が柔らかくなった、というか?」

「うん、今まではちょっと話しかけづらかったんだけど」

「そうそう、孤高のかっこよさに圧倒された的な?」

「………?」


あっという間に私を包囲してしまったクラスメイトによる、四方から飛び交う姦しい声。無表情の裏でどうしてこうなったのかに若干冷たい汗を流しながらも、その言葉を耳にして、私はつい皆を見上げてしまう。


「…そんなに変わりましたか?」

「変わったね〜」

「前は私達の事視界にも入ってない感じだったし」

「…まあ、夕莉が懐いてる時点で良い人なんだとは思ってたけど」


判断基準はあの子なのか。まあ、確かに初対面の方への警戒心が強いし、それ故に一度懐に潜り込むとインファイターの如く距離を詰めて離れない傾向があるが。

私も最初は中々に警戒されたもの……いや、あの子から声をかけてきましたね。何故か私に興味津々だった様な。

しかしどうして今になって。……ま、まさかこの本が……?


「なので、良い機会だから私達も水無月さん、いやあおちゃんと仲良くなろうと思って!!」

「あおちゃん……」

「あ、流石に馴れ馴れしかった?」

「いえ…」


あーちゃんだの、ちゃんあおだのは呼ばれ慣れているが、あおちゃん…いや、おばさんがいた。同年代ではないからつい外して…おばさんが泣いてしまいそうなので止めておきましょう。


「ふふ〜。じゃあおちゃんで!で!!だけどっ」

「ん?」


あおちゃん呼びしてきた子とはまた別の子が、何やら鼻息荒く机に手をついて、私の顔を覗き込んでくる。その瞳は何故か幼子の様に爛々と輝いていた。


「あおちゃんはあの先輩とどういう関係なの!!?」

「『あの先輩』?」


どの先輩だろう。思わず首を傾げる私に焦れた様に、彼女は鬼気迫る顔で更に私と距離を詰めてくる。鼻先が触れ合うのではないかという薔薇の咲く距離に、思わず私もつんのめる。


「ほらっあの、え〜と、ちょいちょいお節介で…パシリで…倒れた…冴えない…」

「ああ……」


兄さんか。

先輩という感覚ではなかったからつい。

私の望んでいたリアクションを引き出せたからか、彼女は口元を猫の様にニヤリとさせて、そして直ぐに噤んでしまう。


「……てか、そこにいる……」

「え?」


何事かと思いきやボソリと飛び出したその言葉に、私達は揃いも揃って同じタイミングで仲良く横を振り向いた。

教室の入口には、見間違える筈もない。


「あ、…ども」

「兄さんっ」


予想外のその姿に、思わず席を立ってしまう。

どうしたんだろう、態々こちらのクラスまで。もしかして私に会いに?

直ぐ様包囲を突破して、兄さんの方に足を踏み出そうとして、気づく。


「「「………」」」


クラスメイトの皆さんが、大変珍しい物を発見したかの様に目を真ん丸くして私を見つめていた。

そして、その目は直ぐに大変面白い物を発見したかの様にいやらしく。


………。


「……何か?」

「いやぁ?」

「な・る・ほ・ど……」

「ねえ?」

「……………何か?」

「「「いえいえいえ」」」


三位一体の息のあったリアクションに何ともやりにくい心地を感じながらも、ここで迂闊に首を突っ込んでは何やらまずい気がしたので私は黙って兄さんの元へと歩き出す。

背中に感じる、今度は直接的でないその重み。見られていると分かりながらも、その霊障に対して私が抗する術は無い。

どうか私の不自然さに気づかないでと願いながら、私は兄さんと向かい合う。


「兄さん、どうかしましたか?」

「いや、まあ、ちょっと顔見に来ただけ、…というか?」

「分かりました、ではどうぞ」

「は?」


そういうことならば是非も無い。

早速、私は兄さんの顔を掌で挟み込むとじっと顔を近づける。

至近距離で互いの瞳が交差して、目をぱちくりと、おばさんに似た端正な顔が間近に迫っ


「「………………」」


……私は何をしているのだろう。自然を演じているつもりが不自然極まりないではないか。


言葉を失い、ただただ見つめ合う奇妙な時間。

更に増した周りからの興味と奇異と羨望?の視線をひしひしと感じながら、私はこれまた無言で顔を離す。


「…こほん。……如何でしたか?」

「…うん、まあ……元気そうで……何より?」

「……ですか……」


うん。兄さんも元気そうで。それは良かった。……良かった、それは。うん。


「「………………」」




「そっ!れっより……!!」

「は、はいっ?」


再び訪れる無音を切り裂いたのは、慌てた様な兄さんの声。

兄さんは扉の死角から細い腕を引っ張ると、そこに隠れていた小さな影を引きずり出す。

それは私もよく知るお人。


「そう!!風の字が何故か扉の前でわなわな震えてたけど…」

「………………」


というかお花を摘みに行っていた幽霊。

夕莉は光を失った目で私を見つめると、ぷるぷる震える小さな手で私の肩を掴む。


「…夕莉?」

「……あーちゃん……」


あまりにあまりな様子に思わず私も佇まいを正してしまう。


「…結婚したのですか、私以外の奴と…」

「していません」

「…あーちゃんと結婚するのは、私だと思ってた……」

「しません」

「古くね?」


兄さんは何故か苦笑いしているけれど、私は彼女が何を言っているのかさっぱり分からない。

夕莉は離した手を握り締めると、何かを堪えるようにまたまた震えるバイブレーション峰、略してバブ峰と化してしまう。


「くっ……くぅー!……あーちゃんが可愛いことを知る人が増えることは嬉しい……!嬉しいけれどっ、けれどやっぱりそれは私だけが知っていたかったという醜い独占欲がぁ……!」

「……俺も知ってるけど」

「家族はのーかん!!」

「あ、はい」


「(………ぁう……)」


何やらぶつぶつ念仏でも唱えだした夕莉にダル絡みされて笑っている兄さん。聞こえていないと思っているのだろうが、ぽつりと静かに呟いたそれを私はばっちりはっきり耳にしてしまい、ぽぽぽと顔に熱が灯る。


『やっぱ古いて』

『何ですか!では風の子のこのことでも言えば良いんですか!!ぬん!』

『俺今季正義超人派なんで』


吠える夕莉に、年上らしく受け流す兄さん、そして照れる私。

果てさて、この騒がしい場をどう収集するべきか。頭を悩ませながらも私はその光景に胸の奥に温かいものを感じずにいられない。


「ふふ」

「―――」


そして勢いよく私を振り向くやいなや、何故か大きな目を更に大きく丸くした夕莉がガバっと私に抱き着いて頬を擦り寄せてくる。


「あーちゃん!!」

「お゙おう」

「今夜は帰したくない!!」

「いえ帰ります、普通に」

「いけずぅ!!」

「学校ですし」

「確かに!」


私は気づかない。

この後、席に戻った私に待ち受けるであろうさらなる苦難に。

興味を殊更顔に浮かべたクラスメイト達の姿が先程よりも倍以上増えていることに。




私は気づかない。

私達を見つめる兄さんの、その優しい瞳の奥底に隠された小さな小さなその想いに。











「「「………」」」

「何か」

「うん」

「やっぱあおちゃんって」

「可愛いかも?」











さらにその後。


「この本、返却をお願いします」

「!!!」

「とても参考になりました」

「!!!!????」

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