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読めない君が笑う時  作者: ゆー
幕間 兆し
36/66

第33話 “君“へ、“貴方“へ。

「………」

「…………」


とあるお食事時、葵が無の表情で虚空を見つめて完全に停止している。

…なんか、動物には見えないものが見える、みたいな話何処かで聞いた気がする。葵は猫っぽいし、ひょっとしたら俺には見えない世界を覗き込んでいたりするのだろうか。


それとも、まさか既に迷い込んでいたり。


「あの」


たらりと、冷たい汗が一筋頬を伝るのを感じながら、愛する家族を呼び戻すべく俺は意を決して口を開く。


「はい?」


されども大変拍子抜けなことに、間髪を入れず返事が返ってきた。その声色にいつもと違うものは無い。いつもと同じ平坦な声。でも何故か目だけは俺をめっちゃ睨んでいる。


「ご飯…不味かった、かな?」

「?いえ、美味しいです」


目玉焼きを一口。満足そうに頷くその姿にも嘘はない。……無いん、だよな?梅干し食ってる時並に眉間に皺寄ってるから自信無いけど。


「美味しいです」


そしてもう一度。

ご飯は綺麗に平らげたけれど、皺は解けず。その頑なな様相に、知らず知らずに何かしてしまったのかとビクビク情けなく震えながら、俺は食事をちびちびと進めるのだった。












「はぁ…」


久々に自宅に帰ってきていた私は、自室の壁にかけたカレンダーを眺めながら、小さく溜息をついた。私が見つめるその先には、赤ペンでマークの付いた日が一つ。


「兄さんの、誕生日………」


そう。あの人の誕生日がもうすぐだった。

暫く前から、ずっと、何度も何度も考えていた。あの人に何を渡せば喜んでもらえるか。とりあえずバイトで資金は集めたものの、集めただけだ。


「………よいしょ」


そっとクローゼットを開けてその奥、隅の隅に押し込まれた箱をどうにかこうにか引きずり出す。

その中には子供が好きそうな絵本から、学生の役に立ちそうな教材まで様々なものが丁寧に詰め込まれていた。


「流石に重すぎるでしょうか…」


これは、兄さんに渡せなかった約10年分の誕生日プレゼント。渡せず終いで溜まりに溜まった私の10年分の想い。

…重い。ぽっと出の従妹が突然こんな物を渡してきたら、兄さんはすわ何事かと思うだろう。誰だって思う。私もそう思う。


そもそもの話、私が兄さんの誕生日を祝うって果たしてどうなのだろう。

まだここに来て然程時間が経っている訳でもない。そんな新参者が自分の誕生日を完璧に把握していて、尚且つプレゼントまで寄越してくるって何か恐くないだろうか。


「はあ〜……」


また頭を抱えて。無意識に眉間に皺が寄っているのを感じとって指で無理やり解した。何を思うでも無く、中身を一つ一つ取り出して眺めては、ため息と共にまたしまい込んだ。


「…あ……」


何度か繰り返して、一番端の物を取り出した時、箱の隅に細い何かを見つけて思わず間抜けな声が出た。

それは真白く、細長い布。別に飾り気がある訳でもない何の変哲もないリボン。


「……懐かしい…」


これは昔、兄さんがくれたプレゼント―――




―を包んでいたリボン。当時から長かった髪を結ぶのにちょうどよかったから抜き取ったもの。……嘘だ。プレゼントに浮かれまくって、兄さんがくれたものは何もかも大切だからとリボンや包装すら後生大事に保管していたのだ。…うん。重い。


リボンは使ってはいたけれど、やはりあの事故の後は─


「…うん」


でも不思議だ。今なら、もう一度向き合える気がする。

多少埃を被っていても、染み一つ無いリボンを高く結んでポニーテールに。

ドキドキする心臓を抑えながら鏡の前に立てば、懐かしい姿がそこにあってじわりと心が温かくなった。












「という訳でお知恵をお貸しください、お姉ちゃんさん」

「………はああぁぁぁ……」

「お姉ちゃんさん?」


道端に二人並んで座り込んで、私は隣に座り込む彼女に声をかける。

物凄く複雑そうな顔と死んだ目で空を眺める小さな女の子に。


「…………私ね?これでも自分がメタルなモンスターなんて目じゃないくらいのレアキャラだって自負してるの」

「はぁ」

「今風に言うなら★5・SSRレベルの限定キャラすら相手にならないね」

「ほし……えす……えすあーる?」


ぶつぶつと、彼女が何か言っている。

私の生返事が気に入らなかったのか、じろりと睨まれた。…やはり似ている。

きっと成長したらもっともっと綺麗になる…のだろう。


「それがね?まさか『よ。元気してる?』みたいな面でもう一度顔を合わせるとは思わないじゃん?ていうか、なんで散歩のついでみたいな感覚で私に辿り着いてんの?妹ほんとに人間?」

「私も気晴らしの散歩に出てみれば、同じ場所で全く同じ光景を見ることになるとは思いませんでしたが」

「ううううるしゃいなぁ!!」

「失礼」


全く全く全くもう、と、何とも愛らしく頬を膨らませてそっぽを向くお姉ちゃんさん。その顔に兄さんとも異なる何かの面影を感じるような気がするのだが、彼女といる時は不思議と頭がぼんやりとしてしまうおかげで未だその理由にはっきりとは辿り着けずにいた。


「けど、これがほんとに最後だからね!こないだだってあの後大目玉食らったんだから!ほんとはこんなの駄目なんだから!!今だけの期間限定なんだから!!!」

「分かりました(分かってない)。嫌よ嫌よも……ということですね?」

「駄目よ駄目よの禁止カードっつってるんじゃいっ!!」

「おおう」


両腕を振り回しながら彼女が吠える。どれだけ威嚇しようと私の目には可愛らしい少女しか映っていないのだが、言わぬが花なのだろう。


「あ〜…それで…?誕生日プレゼント…だっけ…?」

「はい」


何だかんだ一緒に考えてくれるところが、やはり。そんな近似している部分を見つける度に私の心が揺れる。嬉しさと、虚しさで。


どれだけ願おうと、きっと今この瞬間は夏の暑さが見せた泡沫でしかないのだから。


「まぁ?あの子が妹なんかよりもお姉ちゃん至上主義なことは今更分かりきったことだし…ここはやっぱりお姉ちゃん物のどーじんしとか」

「………は?」

「ひぃ、嘘でしゅごめんなさい…!!」


別に怒ってはないのだけれど。


ふむ、お姉ちゃん物は置いておいて、…従妹物…中々にニッチだ。いや、そも何故誕生日に兄さんの性癖を曲げる必要があるのか。でも、兄さんのフェチは把握しておくのも吝かではないかもしれない。別に変な意味は無く、あくまで後学の為に。






─それからも、様々な意見は出たといえば出た。ゲーム。漫画。玩具。…玩具?


「ワニワ◯パニックって神ゲーだよね。次のあぷでいつ?」

「無いです」

「え!?最近のゲームって当たり判定とか挙動とかぱっちで修正するものじゃないの!?」


事ここに至り漸く、私は相談相手を間違えた事にぼちぼち気づく。それはそうか。彼女の年齢を考えてみれば……、……?


「…そう言えばお姉ちゃんさんは何歳なのですか?」

「え〜?女の子に年を聞くとかぁ…♡」

「……」

「うっすすんません。…でも気にする必要は無いんじゃないかなぁ。私は私だよ。……だから怒んないで怖い」

「…ですか」


…別に怒ってはないのだけれど。

まぁ、察しろ、ということらしい。何を?


「…アイデア自体は有り難く受け取りますが、やはり決めてに欠けますね」

「…………」


顎に手を中てて暫し考え込む。

ふと、私はやけに静かな隣に気付いて何気なく視線を向けた。今までの年相応の幼い顔ではなく、大人びた、何処か固い表情がそこにあり、思わず私も目を瞠ってしまう。


「……あの、…妹さ」

「はい」


もじもじと指を組み替えながら、恐る恐るといった様子で彼女が徐ろに私を見る。


「…私のお願い、一つだけ聞いてくれる?」

「はい」

「即答なんだ」


言い辛そうに口籠っていたけど私は迷うこと無く即答した。別に何もおかしなことなんて無いはずなのに。だって貴方は


…貴方は?


「変でしょうか?」

「ううん。らしいや」


首を傾げる私に苦笑する彼女。そして彼女は懐から取り出したそれを、私に差し出した。


「あのね―――」













「――…………?………暑い」


気づけば、私は実家の布団にいた。いつ帰ってきたのか、そもそもどちらが現実だったのか。未だ夢現の様な感覚でふらふらと起き上がり、水分を求めて立ち上がる。

一歩踏み出して、気付いた。殆ど物が無い形だけの文机の上に、記憶に新しい物が鎮座している。


それを丁寧に拾いあげると、私は小さく息をついた。


「………」


…まぁ、今年くらい彼女に譲ってあげてもいいだろう。

私が自ら考えて送るのは、まだちょっと。…勇気が足りないから。











「兄さん。お誕生日おめでとうございます」

「え」


目を瞬かせる兄さんに緊張を悟られない様徹底しながら、私はあくまで何食わぬ顔でそれを手渡した。


「…知ってたのか?」

「おばさんに教えてもらいました」


この後はおばさんがケーキを買って帰ってくるはずだから丸っ切り嘘ではないけれど、兄さんは特に疑問に思う事なくそれを受け取ってくれた。

今のところ私に怪しげなところは無いだろう。こういう時、歪な自分というのは役に立つ。


「おお…」


兄さんの手には四葉のクローバーの押し花があしらわれた簡素な栞。クローバー以外は私が作ったもの。つまりは私と彼女の合作。機嫌を損ねなければいいけれど。


「へー…うまいもんだなー」

「………」


兄さんが感心したように栞を眺めているのを、息を呑んで見守る。本を読むことは嫌いじゃないはずだから勝手にそうさせてもらったけれど、今の時代、電子という可能性も大いにあるし、やはり早計だっただろうか。今さらながら心に不安が滾々と湧き出てくる。


「ありがとう。葵」

「………」


そしてその一言と笑顔だけで、一瞬で不安は何処かに吹き飛ばされた。…何て現金な。

良かった。喜んでもらえた。この結果なら、お姉ちゃんさんもきっと満足してくれるだろう。…というわけで。


「………」

「ん?」


すすす、と。努めて自然に見える様に私は頭を下げた。

頭上から兄さんの困惑が伝わってくる。そして暫し迷った末、兄さんは静かに私の頭に手を乗せて、撫で始める。


「(………ふふ………)」


…ああ、駄目だ。たったこれだけで私の中からは色々な感情が一気に溢れ出てしまう。

喜怒哀楽。怒は無いので、三つの感情せめぎ合う心を必死に抑えながら、私は暫し無言でそれを享受し続けていた。






申し訳ないけれど、今、これは私だけの特権。

だから、あんまり拗ねないでくださいね?

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