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読めない君が笑う時  作者: ゆー
幕間 兆し
35/66

第32話 二人の小さな変化 

「残念。繰り上がりを忘れてる」

「そうみえるじゃん?」

「見えてる時点で駄目なんすよね」


夏休みも終わりに差し掛かったとある休日、小さい頃から見知った近所のお母さん軍団に頼まれて、公園の休息場にて暫しの間、時間つぶしの突発ミニ青空教室を開いてみる。

遊ぶのは大切だが宿題はやりたまえよおチビ達。後悔するのは自分だぜ?経験者は語る。


「くもりなきめでみようよ」

「見た結果ですね」

「ケチ!なりあがり!」

「真っ当に生きてきたわい」


何なら人より善行積んどるわい(押し付け)。


無駄に繰り上がりに反抗してくるんじゃないよ全くもう。

やいのやいのと喚き向かってくるちっこい頭を上から抑え込みながら、視線だけを動かしてその向こうを覗く。


『お姉ちゃんできた!』

『はい、どれどれ』


そこでは、俺と同じ様に数名の女の子に囲まれて、葵が勉強を教えていた。

頬にかかる長い髪をかき分け、手渡された答案をサラサラと添削するその姿。まるで冷静沈着な美人教師と言えなくもない。スーツ着せたらとても似合いそうである。


「………」


息を呑む女の子。周りの子も固唾を呑んでその様子を窺っている。…あの一帯だけ受験勉強か何か?


「……はい。よくできました。花丸です」

「っ!!!、!?」


何とも可愛らしい花丸の記された用紙が返された。

感極まったのか、くりくりした大きな目をまん丸にして、あたふたと謎の動きを繰り返す女の子にもごく自然に接するその姿。最近は目に見えて、雰囲気が柔らかくなったと思う。俺もどこか、肩の力が抜けて自然に彼女と接することが出来るようになった気がするし。子供達も葵を恐れる様子が無い。


「やったー!にー!!」

「にー」


まぁ、無表情の口元を人差し指で持ち上げて無理やり笑顔を作っているのはご愛嬌、というところか。それでも大きな変化だと思う。


「あーちゃん先生。私もお願いしますー!」

「あお、あおっ!わたしも!わたしぃ!!」

「どうどう」


そんな微笑ましかった空間から妙に大人びた声が聞こえてきた。…奇妙に思いよく見れば、小さい女の子の中に一人だけちょっと大きな女の子が混ざっている。

子供の様にはしゃいでいるものだから気づかなかったけど、あれ風峰さんじゃん。何やってんの…と、もう一人は…。


「ふふふのふ…。良い子の皆。この夕莉お姉様のぱーふぇくつっぷりをとくと見習うと良いですよ」

「「「ブーーーー!!」」」

「ふふふブーイングは止めなさい泣きますよ私は。私は泣けますよ」


いいんですか?そんな謎の脅迫と共に大変大人気なくも子供達を差し置いて葵に添削されながら、髪をふぁさぁ……と流した後、ズアッと花◯院みたいな謎のポーズとドヤ顔を決める風峰さん。

驚いた。チビっ子にマウントを取る高校生がいるとは思わなかったなぁ。あれうちの子のお友達なんですよ。


「そう!まさに!この私こそは選ばれし完全無欠の良い子ちゃん!ザ・「やり直し」そんなばかな!!」


「皆さんはこのお姉ちゃんのようになってはいけませんよ」

「「「はーい!!」」」

「いいお返事!!」


…何やってんの。

俺の隣で一緒に見ていたおチビ共も、向こうで吠える自称ザ・やり直しを凄い冷めた目で見ている。


返された答案をぐずりながら眺める大きな子供の頭を、憐れに思ったのか優しく撫でて慰める小さな女の子達。その真っ直ぐな優しさに心打たれたのか、それとも自らの惨めさを痛感したのかは知らないが、大きな子供が小さな子供達を両脇に抱きしめて頬擦りする。…あの、めっちゃウザそうな顔されてるよ。


老若男女の乾いた笑いが公園のあちこちから…。いやー…今日も平和だこと。












「兄さん。今日のご飯はなんでしょう」

「葵の好きな肉じゃがかな」

「ほう…」


その日の夜、帰ってきたお母様方からゲットした特売情報により安く手に入れた食材を台所で調理する俺の手元を隣から覗き込んで、心なしか目を輝かせる葵。近頃の葵はこれまでに増して距離が近い。

しかしてその輝きは直ぐに奥へと引っ込んでしまい、代わりに現れたのは何処か暗い瞳。


「どうした?」

「…共に一つ屋根の下に暮らす身として、兄さんに全ての料理を任すというのはやはりどうなのかと思いまして」

「代わりに掃除とか洗濯してくれるじゃないか」

「それは兄さんもしています」

「まあ…」


確かに、彼女は料理をすることは無い。ただ、別に面倒くさいから押し付けている様子も無いし、代わりと言ってはなんだが、進んで掃除やら洗濯などはしてくれるし、俺も別にこれまで不満を持ったことは無かった。まぁ強いて言うなら、躊躇なくパンツを干されるのは正直照れくさくはあるが。俺は流石に下着まではやれない。気にしないと言われたが何とか説得したくらいだ。


「…いえ、そもそも年頃の女子として料理の一つもできないというのは…」

「そういうものかな」

「そういうものです」


顎に手を当てて葵が考え込む。そんな些細な所作も、元々彼女が持つ怜悧な雰囲気によく合っていて様になるのだからかわ…、うん。何か最近ちょっとあれだな。自分で自分がちょっと心配になってきた。


「……時に兄さん。スプラッター映画やカニバリズムに興味はありますか?」

「何作る気!?」

「ふ・ふ・ふ」


無表情でとんでもない事を言い出す魔女に思わず包丁を握る手が震えた。

え〜そのレベルなの?まぁ、そういうもの、か?

しかし、意欲というものは時に何者にも勝る時はある。せっかくこうしてやる気になっているのだから彼女の力になることも吝かではないだろう。


というわけで。


「…じゃあ、一緒にやってみるか」

「え」












「…………」

「葵」

「…………」

「あーおーい」


無言。そして無心。ただひたすらに皮を向く彼女の手の中には、素晴らしく形の整った真円のじゃがいもが握られている。あそこまで綺麗に丸くする人なんてそれこそ中国の海王くらいではないだろうか。

そして彼女は誇らしげに打岩…じゃない水晶じゃがを俺に見せつけた。


「出来ました兄さん」

「うん。申し訳ないけど、切るんだ」

「…………………ですか」


やり遂げた表情が一転、絶望に叩き落される。まあ、無表情ではあるんだけど。

物憂げな眼差しで見つめる葵の視線の先、作り上げられた傑作にさくっと包丁を入れれば、背中に添えられた手にぎゅっと無念が込められたのが感じられた。ごめんねー。


「………ふふ」

「?」


まばらに切り揃えられた具材を見つめながら、ふと息が漏れる。

…しかし、いいかもなこれ。ちょっと狭いけど、二人並んで料理するって何だか新鮮で楽しい。まるで新こ…


「痛」


などとアホな事を考えていたからか、指先を軽く切ってしまった。ジワリと滲む僅かな血。教える立場の自分が下手をうつとは、情けないこと極まりない。


「兄さん?」

「ああ、ごめん大丈夫」


声を上げた俺の様子に気付いたのだろう。葵が優しく俺の手をとる。…これはもしかしてあれだろうか。指を口にアレしてアレするウフフなアレだろうか。


そして葵は何事もなくティッシュを取って俺の傷跡にあてる。


「絆創膏持ってきますね」

「………うん」

「?」


まぁ、ですよね。ちょっと期待とかしてしまった自分が色々と恥ずかしい。

しょぼくれる俺を気にも留めず救急箱の入った棚へとさっさと歩き出す従妹の背に、俺は戒めやら自制やらを色々ふんだんに盛り込んだ深い溜息をつくのだった。







「美味しいです」

「それは重畳」


机に並べられた料理を口にして、葵が無表情で満足そうに頷いている。

最初にとんでもない事を言い出したせいで不安に駆られたものの、やはり何だかんだ彼女はセンスが良かった。結局のところ、良き師に恵まれなかった事が思い悩む原因だったのだろう。…………あれ?ということは葵のお母さんって………考えては駄目だ。


「よく頑張ったな」

「…切っただけです」

「これからだよ」

「…ですね」

「………」


繰り言ではあるが…この頃、葵は変わった。何がどう変わったかのかと聞かれたらちょっと言葉にしにくいけれど…。




…なんというか、俺以外に興味を持ち始めた、というか。




………。




いや、別に自意識過剰とかそういう訳ではなく、あくまで主観ね主観。変な風に考えないでね俺は至って普通のお兄ちゃんだから。


「兄さん」

「ん?」

「私、明日マスターのところでアルバイト、してきます」

「へ、…へぇ〜」


ほらぁ!!ほら見ろよ!いや聞いたか!?葵が進んでバイトだってよぉ!!!

『人間なんて汚い』みたいなオーラそこはかとなく醸し出してた葵ちゃんがよぉ!!

これで俺が自意識過剰ではないことが証明された訳ですねぇQ.E.D!


「兄さん?」

「うん。良いんじゃないか?ちょっと驚いたけど」

「ですか」


勿論、そんな俺の荒れた胸中など表に出す筈もなく。

優しく笑ってみせる俺から目を逸らし、心做しか先程よりも早いペースで黙々とご飯をかきこんでいく葵。

表情など無くとも、彼女が褒められて照れていることなど手を取るように分かる。俺も随分と葵検定に通じたものだ。そう考えると、変わったのは俺もなのかもしれない。


子の成長は早い。きっとそう遠くない未来、葵が俺の元から離れ自立する日が来るのだろう。そもそも俺が危なっかしいからここに来た、ということは置いておいて。

そう思うと、……うん、寂しいな。素直に認める。


「頑張ってな」

「はい。ぶちかましてきます」

「ぶちかましては駄目かな」


けれど俺はお兄ちゃん。可愛い妹の成長を阻むことなど許される筈もない。

ふんすと気合いを入れる葵に悟られない様、その頭を撫でながら、俺は笑顔の裏で小さく肩を落とすのだった。


………。






そして次の日、喫茶店でマスクとグラサンをフル装備しながら、新人のバイトをじろじろ眺める怪しい男性が目撃されたとかされなかったとか。


当然、秒でバレた。

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