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読めない君が笑う時  作者: ゆー
2章 迷子の季節
32/66

第29話 緋く彩られる夜に

「葵」

『はい』


「それ何」

『お面です』


「うん、それはまぁ、分かる。…分かるけど」

『?』


待ちに待った祭りの日。

宣言に違わずたこ焼き屋台でパーリーをエンジョイしていたピーポーたる俺の目の前には、絶世の浴衣美人。隠すまでもなく葵である。

お馴染み無表情(多分)のまま、謎に覇気の無いダブルピースをしながら可愛らしく(?)小首を傾げる葵の今の姿は、彼女自身が普段纏うクールな雰囲気をより引き立たせる、藍色を基調に白の差し色、そして可憐な華が所々にあしらわれた浴衣。…あおいだけにあおい。何でもない。


後頭部で緩く纏めあげられた艷やかな長髪との相乗効果で、どこか神秘的かつ静謐な美しさを醸し出している。


そしてその整ったご尊顔の上には


『極々一般的な般若のお面ですが』

「チョイスよ」


その尽くを帳消しにする般若。

想像してほしい。道を歩いていれば鼻腔を擽る、何とも食欲を唆る香ばしいソースの良い匂い。お、これは?おや?そこにイケメン(中の下)が焼くたこ焼き屋台があるではないか。これは行くしかねえ買うしかねえ。そう思って弾む足を向けたその店先には。




仁王立つプロポーション抜群の般若美人(サクラ)が待ち構えているのだ。




…………。





「まあ、有り、か?」

『ですね』


顔が見えないからこそ色んな想像が捗ることも無きにしも、かな。…捗る?ふざけるな何を想像しているうちの子に変な目を向けるんじゃない。


因みに屋台の店主殿と言うと、今は運営に顔を出しているので不在である。

開店準備の最中突然ひょこりと現れ、健気にも手伝いを申し出た謎のかわい子ちゃんにテンション爆上がりで『これは売れる!』ということで客寄せパンダとしてお手伝いしてもらうことを即決していたのだが、まさか自分がちょっと目を離した隙にお店で鬼神が爆誕しているとは夢にも思うまい。夢は夢でも悪夢だけど。


『何やら今年はひょっとこが人気だそうで、売れ残っていました』

「…もっとさ、他にあったんじゃないかな……」

『ありましたよ。能面、天狗にホッケーマスク。変わり種としてはTHIS MAN』

「どういうことなの」


この町のセンスは狂っている。そこはどら猫とかあんぱんとか、子供に人気のキャラクター物とかを可愛らしく陳列するものじゃないのかな。子供もれなくトラウマやろがい。ハロウィンじゃないんだぞ。

……いや、でもなんつうか改めて周りをよくよく見渡してみるとやけにひょっとこ着けた子供多いな。なんだこれ、地獄か?絶対、何者かが布教してるだろこんなの。心当たりがありすぎるぞ。


『では、葵、出ます』

「ああ…うん……」


因みにというか、意外にもと言うべきか、アルバイトの経験を活かして店先に立つことを決めたのは他ならぬ葵。有り難いが、けれどこの美しい姿を誰彼構わず見られるのも……いや、葵自身もちょっと恥ずかしいだろうな、という理由から何気なくお面を買いに行かせたのだが、まさか嬉々としてこれをチョイスしてくるとは思わなかっ…ごめん、ちょっと思ってた。

…でも良かった。また暗示とか始めなくて。あの形で兄さん兄さんぼそぼそ呟いていたらいよいよだからね。あのバイトは間違いなく良い経験になったということだ。


『たこ焼き、如何ですかー』


道行く人が横からかけられる落ち着いた透き通る声に耳を傾け、視線を向け、そして足早に去っていく。

客寄せという意味では明らかに逆効果なのだが、葵なりに頑張って声を出しているというのにそれを否定するだなんて、僕にはとても出来ない。皆さんだってそうでしょう?


『……お客さん、来ませんね』

「………だな」

『なにゆえ』

「(残当)」


暫しの悪戦苦闘の後、心底不思議そうに首を傾げながら般若が店へと帰還する。たおやかに腕を組んで考え込むそのお姿は、首から上さえ見なければ本当に絵になるのだが。


「……流石に暑いです」


この容赦無い気候の中、声出しまでしたものだから汗をかいてしまったのだろう。

葵がお面を上にずらせば、途端に顕になるばちくそ整ったお顔。その額に滲んだ汗をハンカチで拭う。


「……ん……」


それどころか、襟元を少し引っ張って首元周辺に垂れる汗まで。

一瞬、僅かにだが隙間から豊かな谷間が垣間見えてしまい、俺は慌てて目を逸らす。

暑さで火照った色づいた顔。汗で張り付いた前髪が大変扇情的で目の毒以外の何者でも無い。ましてや、こんな可愛らしい女の子が。


そして、そう思うのは当然、俺だけではなく。


「おや?」

「………………ぁ゙?」


突然、店に出来上がる大行列。店前でしなだれる浴衣美人にでれでれと鼻の下を伸ばした愚かな男共が見事に釣り上げられた。大漁である。何ならちらほら知った顔もいるし。じゃあもっと早く買いに来いよクラスメイト。…来れないか般若だもんな。

まあいいぼったくってやる。


「突然、どうしたのでしょう?」

「さあ?………おいで葵、…後、悪いけどお面着けて。今すぐ」

「……?はい」


俺の醜い心中になど何一つ気づく事無く、葵はすすすと隣にやって来てお面を装着する。…何にせよ、これだけ大盛況ならば店主殿は大満足であろう。代わりに俺が死ぬが。












「総護。……なんだ、やけに繁盛してるな」

「やっと来た救世主」

「時間ぴったりだろ」


『…救世主?』


どれ程の時間が過ぎただろうか。

いつ頃からか、生地を回すその過程を目を光らせて興味津々に眺める葵を横に侍らせながら、俺はただただたこ焼きを作るマシーンと化していた。

そのうち、俺が今何を必要としているのかを見ていただけで理解した葵が、何も言わずにドンピシャなタイミングで調味料を差し出してくれたのが地味に有り難い。


空は直に色を無くし、提灯が鮮やかに町を彩る時間帯。汗だくになって正直へとへとな俺の視界の隅に入り込むのは、よくよく見知った大柄な身体。


『先輩』

「っ……ああ、従妹か」

「こんばんは」

「おう」


横から突如ぬるっと現れた般若に流石に一瞬肩を震わせた隼人であったが、そのお面の下から現れたかわい子ちゃんにほっと肩の力を抜いて仲良く頭を下げる。よく出来た子らやでほんま。


「約束通り代わるぞ」

「ああ、ほんと助かる〜。ありがとう隼人様…」

「ま、気にすんな。報酬はちゃんと貰うし、…今更だ」


軽く手を振りなんて事のない様子でそんな照れくさくなる台詞を吐きながら、隼人が店に入り込むと金髪を豪快にぎゅぎゅっとタオルで縛る。あっという間に熟練の店員の出来上がりである。………祭り……屋台……強面の店員………。


「見れば見るほどその筋っすよね」

「うるせえぞ」


鬱陶しそうな感情を存分に表現したお顔で、雑に隼人が一つ、俺が作ったばかりのたこ焼きをこちらの胸に押し付ける。出来立て熱々の袋をあちちと受け取りながら、俺は先程から唖然と俺達を眺めていた葵に振り向くと、笑いかけた。


「助っ人、頼んどいてさ。これで一緒に祭り回れるぞ」

『……兄さん……』


持つべきは優しくて頼れるついでにたこ焼き作れるお友達である。幾度ものたこパを経験した僕と君はずっとたこ友。でも暫くたこは見たくないです。


お面をずらし、ゆっくりと近づいてきた葵が俺の横に並ぶと、腰を折って隼人に頭を下げる。肩をすくめてこちらを手で振り払う様にすると、さっさと作業に没頭してしまうそのつれない様子が、彼なりの照れ隠しであろうことを俺はよく知っている。


「…デレた?」

「デレましたね」

「…おい兄妹。いちゃつくなら他所でやれ」


いちゃついているのは寧ろ俺とお前だと思うけど。

まあいい、これ以上気分を損ねる前に存分に厚意に甘えさせてもらうとしよう。当然、お土産を見繕うのも忘れずに。


「行こうか、葵」

「…はい、兄さん」


手を差し出す……のは、流石に恥ずかしくて出来なかったけれど。店の外に一歩踏み出せば、小さく背中を引っ張られる感覚。見れば、一歩後ろから俺の裾をおずおずと掴んで、からからと小気味良い足音を立てながら葵がくっついていた。


「…はぐれてしまいますから」

「…だな。いや、…“ですか“?」

「む」


彼女の口癖を真似するように口にすれば、途端に眉を寄せる、怖くも何ともない可愛らしい拗ねた顔。…その顔が、ほんのりと赤く色づいている様に見えたのは、きっとこの無数の提灯のせいなのだろう。


ほんの僅か、指2本分程度の範囲しか掴まれていないというのに、そこから身体中に熱が伝わる様な奇妙な錯覚。今の俺のばくばく跳ね回る情けない鼓動の音にどうか気づかれません様にと願いながら、互いに言葉少なな中、俺達は喧騒の中へと足を踏み入れるのだった。













「香ばしい匂いに誘われて私推さーん。たこ焼きのことならたこ峰にお任せっ……あれ?あーちゃん達がいると聞いたのに……本職の方だけ?」

「誰が本職だ」

「と思ったらどかた…もとい土方先輩でした」

「何だお前も来たのか」

「よ。先輩スラマッパギ。風峰の助太刀いります?お安くしますよ?」

「いらん」

「あれぇ?……ま、いいや。じゃ、たこ焼きくださいな」

「…またこいつはころころころころ……ほらよ」

「わーい。…ところで、こんなかわい子ちゃんがお店でたこ焼き美味しそうに頬張ってたら満員御礼、売り切れ御免じゃないですか?先輩もそう思いません?風峰サクラいましょうか?…というか一人は寂しいのです」

「…多分もう十分だろ。それより、居座るのは構わんが邪魔だからもっと隅に寄れこのたこ」

「このたこはもう純然たる悪口では!?」

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