第25話 従妹、初めての…?
「…つまり、俺の制服姿が見てみたかった、と?」
「そ、その人のエプロン姿からしか得られない何かがあると、先人の尊き教えがありまして、……私の中の知的好奇心が抑えられず、つい」
「…ゆるい先人だなぁ」
「ぱふぇおいしい(^o^)」
パフェをばくばくご機嫌に食べている風峰さんを横目に、俺は改めてサングラスとマスクを外した葵と話していた。今、葵は母親に怒られた子供の様に、大きなキャスケットを両手で押さえて縮こまっている。
店内にはちょうど他のお客さんもいないということもあって、客と話し込む俺の行為を咎めるような人は誰もいない。
「でも一人で行くのもちょっと心細かったので」
ちらり。葵が風峰さんに視線を向ければ、待ってましたと言わんばかりに似非お嬢が舌を出して謎のダブルピース。
「この私に白羽の矢が立ったという訳ですねぇ。改めましてキャバ峰です本日はご指名ありがとうございます」
「その微妙な変装は?」
「あれ?無視??」
「この子の提案で…」
「白羽の矢抜くべきだったなぁ…」
「先輩いず失礼!風峰今夜はドンペリで呑み明かしちゃおうかなぁ!?」
どうぞご自由に。…正直、この個性的なお嬢様さえ来なければ俺は何を思うことなくちょっと個性的な客として接したと思うよ。
「で?」
「…で?」
「ご感想は?」
「う」
まあ、バレてしまったものは仕方ないし、ここは素直に真っ向から目的を果たしてもらうとしようか。せっかくだから、百文字以上の感想文も添えて。
自分で言うのも何だが、ここの制服は男物も女物もお洒落で話題だからね。お陰でこっ恥ずかしいの何の。
「………か」
「か?」
「か、…」
『少年少ねんしょうねんねーん』
「ん?」
『かっこいい』・『可愛らしい』・『勘弁しろよ調子のんな』。果たして葵の答えは。
息を飲んで俺が死の宣告を待っていたその時、後ろから俺を呼ぶ適度に適当な気だるいお声が。
見ればマスターが裏からひょっこり顔を出して、申し訳無さそうに俺を手招きしているではないか。申し訳無い人の声色ではなかったけど。
俺が何事かと思い馳せ参じれば、直ぐ様手を合わせてマスターが頭を下げる。
「この後来るはずだった子が急に熱出しちゃったみたいでさー、申し訳ないんだけど少年、延長お願いしてもいい?」
「構いま、……あー……」
ということらしい。俺自体は一向に構わんなのだが、あまり深い考えも無しに無理をすると、それはそれは良くない顔をする怖くて可愛い見張り番が只今あちらにいらっしゃる訳で。
「なぁ、葵」
「?」
俺とマスターは今度は揃って葵の下へと馳せ参じる。何故か風峰さんにパフェをあーんしていた葵が俺達を見て何事かと首を傾げる。風女め羨まけしからん。
「もう少しバイト続けてもいいかな?ちょい手が足りないみたいで…」
「……また断りきれずに無理していませんか?」
「いや、そんな、はずは、ないと、思いますですはい」
分かってはいたが、良い顔されるはずもなく。
けれど、ちゃんと理由があるのならば葵とて納得せざるを得ない。今、必要なのは葵を安心させられる何かなのだが。果てさて。
「要は少年が心配ってこと?」
無言で熱く見つめ合う俺達。その背中からまたもひょっこり顔を出したのは件のマスター。彼女は不躾に葵の顔をあちこち舐め回す様に眺めると、徐ろに口を開く。
「………」
「なら彼女ちゃん、いや妹ちゃんなんだっけ?君もやる?」
「え」
「ちょうど制服余ってるからさ。隣でお兄ちゃん見てればいんじゃない?」
「え」
「はい一名様ご案な〜い」
「ぇ゙」
それはあまりに突然の出来事。何も言えずただ顔を見合わせ見送るだけの俺と風峰後輩を置いて、さっさとさっさか背中を押され、ドナドナと葵が奥へと連れ去られて行く。
何だろう、葵は年上のおもち…年上に可愛がられる星の下に生まれたりしたのだろうか。どうかこれにめげずに強く生きてほしい。
■
「じゃじゃんっ」
「…着ました」
制服を身に纏った葵が、改めて俺達の下へと。
「(………)」
俺のど貧困なボキャブラリーで頑張って説明すると、古式ゆかしい清楚なメイド服、と言った所だろうか。安易に短いスカートで脚をさらけ出す、なんてことは無く、落ち着いた装いで長いスカートをはためかせるその姿は葵が持つ怜悧な雰囲気を際立たせ、中世の使用人の様な上品さを醸し出している。
「おお〜あーちゃん可愛い〜♡これはお金取れますぜ!」
「確かに。お姉さんもちょっと予想外。どう?着心地」
「胸がきついです」
「む…」
何とも男にとって反応しづらいお言葉。そして片肘を押さえ、もぞもぞと身じろぎするものだから、その言葉が意味するものが大変分かりやすく強調されてしまい。俺は黙って距離を取る。
「ひゅ〜。お姉さんちょっぴり大興奮」
「あーちゃんあーちゃん、今度指名してもいいですか?アフター行きましょう!」
「ウチそういうお店じゃないから。そういうのはマスター限定残念でした」
「あ、ズルい!」
「大人だからね」
「………」
きゃいきゃい姦しくはしゃぐ黄色い声を右から左に聞き流しながら、俺は葵から目を離せずにいた。決して自分がメイドフェチだとか、そういう趣向は無かったはずなのだが、決して無かったはずなのだが、何と言うか、今の葵は、とんでもなく。
「(…とんでもなく?)」
「どうでしょうか、兄さん」
「へ」
気づけば、放心していた俺の前にいつの間にか葵が立っている。知らぬ間に瞬歩が使える様になっていたのというのか。下から俺を見上げるお顔は、ほんのり色づいている。
「…似合って、いますか?」
上目遣いで首を傾げるその姿は、例え表情が薄かろうと、いや、薄いからこそ、だろうか。その見上げる視線の奥にどんな言葉を求めているのかが鮮明に。
「うん、まあ………か」
「か?」
「……か、」
…ちら。マスターを見る。風峰さんと並んでニヤニヤこちらを見る嫌らしい笑顔。今度は横槍を入れるつもりは全く一切これっぽっちも無いらしい。
………。
「……可愛い。と、思います、です、……はい」
「…………………」
「…………はぃ…………」
「…………ですか」
「「ひゅ〜」」
うるせぇ外野。後輩貴様人見知りはどうした。
長い髪で頬を隠す葵の何時になくいじらしい姿に気まずさ半分、恥ずかしさ半分で俺はさっさと更に後ろに下がると女性陣にその場を譲る。
マスターが再び葵をじろじろじろりと。相対する葵は、前だけを見据えて無表情。
けれど俺には何となく分かる。多分めちゃくちゃ緊張してらっしゃる。
「ん〜…でもやっぱ表情が固いね」
「…ですか」
「妹ちゃんちょっと笑顔作ってみて」
「………えがお」
葵が助けを求める様に視線を俺に向けるが、今は取り敢えず余計な口は挟まない。
葵だって、出会った頃と比べれば幾分か笑みを見せることが増えてきた。彼女がいつも通り家で過ごす様に笑う事が出来るのなら何の問題も
「…………………………ぬへ」
「う〜〜〜〜〜〜〜〜ん…これは………これは、……少年?」
「聞かれましても」
無い事は無かった。引き攣りまくった歪な笑顔。努力の成果は窺えるものの、接客する立場としてはクレーム待ったなしの代物。入店早々、ぶぶ漬けを勧められたようなものである。
「いや、まあ、考え方によっては……有りか?塩対応喫茶店」
「クレーム来ますよ」
「風峰もそう思う」
「…男ってね?刺激に飢えてるのよ」
何か妖艶な表情でそれっぽいこと言ってるけど、俺達未成年の顔がもれなく冷めきっている事に彼女は気づいておられるのか。というか、女性も来るでしょうが。
「…冷たい目で見られることを刺激にカウントしていいのかね?」
「…いや、まあ、…確かにあーちゃんの視線なら……?…はい風峰有りだと思う」
「後輩お口チャックしようか」
「いけず〜」
毎度のことながらこの子がいると喉が渇くね本当。
作り物感マシマシの0円スマイルにマスターは暫くうんうんと唸りを上げていたが、覚悟が決まったのか、葵の背を押し、俺達の前へ。
「ま、いっか。いきなりあれしろこれしろなんて言うつもりはないしね。あくまでお試しよ。フォローしてあげなよ?少年、いやお兄ちゃん♡」
「もちろん」
底意地が悪い笑みでにやにや擦り寄ってくるマスター。馴れ馴れしく肩に置かれる肘はさっさと振り払わせていただく。
そんなこと言われるまでもないのだから。先輩としても、お兄ちゃんとしても。
「いいえ」
けれどもそんな俺の決意を覆したのは、件の御本人。
「兄さんの…お店の足を引っ張る訳にはいきません。やると決めたならばやり遂げましょう。笑えと言うのなら笑いましょう。例え、二度と後戻り出来なくなろうとも」
強く、真っ直ぐな顔で葵は俺達を正面から見据える。その決意に満ち満ちた瞳を前に俺達は反論の言葉すら無くす。今の葵ならば必ず何かを成し遂げてくれる。そんな確信が俺達の間にあったのだ。
「…笑顔にそんな重たい要素ありましたっけ…?」
「さあ…?」
あったのだったらあったのだ。
そしてひそひそ話し込む俺達を他所に、仕事のノウハウをマスターから熱心に教わる葵。
十数分後、そこにはぱーふぇくつに出来上がった熟練の店員さん(バイト初日)のお姿が。
それではご覧ください。
「お客は兄さんお客は兄さんお客は兄さんお客は兄さんはお客は兄さんはお客は兄さん兄さんはお客兄さんはお客兄さんはお客兄さんは兄さんで兄さんの兄さん」
「俺は俺だし客じゃなくて店員だけど」
「ホラー始まります?」
「…妹カフェ、か。コンセプト的には有りかな?」
「「無ーい」」




