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読めない君が笑う時  作者: ゆー
2章 迷子の季節
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第24話 珈琲は疲れた身に染みる

「「………」」


何とも気まずい朝食だった。


俺が前世で一体どんな大罪を犯したのかは知らないが、兄妹仲良くまさかまさかの同時起床。

腕の中の彼女とばっちり目があった時のあの瞬間といったら。少なくとも今生は諦めたね。総ちゃんの来世にご期待ください。


そう思っていたのに。


『………ゅめ?』


葵選手、ここに来てまさかまさか、まさかぁの二度寝。俺の胸の中にもう一度すぽっと収まり頭を擦り寄せると、再度規則正しい寝息を立て始める。


当然、俺が眠れるはずもなく。何ならより強く胸に縋り付かれて起きることも出来ず。


そして恐らくは人生で一番長かったであろう、約十分後。


『…………ん?』

『お、……おはよう、……ございます』

『………………………え』


腕の中の彼女とばっちり目があった時のあの瞬間といったら。少なくとも来世は諦めたね。貴様が輪廻転生の輪にもう一度加われることにご期待ください。






「………」


そして現在、朝のご機嫌な食事時。何の解決策も思い浮かばないまま無情にも時は過ぎる。せっかく煎れた珈琲も手をつけないまま冷めてしまった。可哀想に。


「…おっほん。…葵、さん」

「…はい」


されどこの重たすぎる沈黙に耐えきれず、俺はついに意を決して声をかけた。逃げも隠れもせず、正々堂々葵がじっと俺を見る。長い前髪の奥の瞳が潤んでいる様に見えるのは、都合の良い錯覚かはたまた。


さりとて、はてさて。ここで取るべき我が選択肢として、正しいものとは一体なんぞや。足りぬ頭をぶち切れそうなほどに捻りまくって考える。俺の中のイマジナリーほむほむが束になればこの程度。


①昨日はよく眠れたかい?

②あれは役得だったぜHAHAHA!!

③ごはんおいしいね(^o^)


っし、何とか三択にまで絞り込めたぜ。この間、約1秒。

②は無いな。俺だったら腹パンされても文句言わない。

かと言って①もどうだ?お前はそこからどう広げていこうと言うのだ?最悪、『はいお陰様で』とか言われてそこで会話が終わる可能性だって大いにあるぜ?葵だぜ?

③論外。あれ?誰一人役に立たねえ。


「えー……」

「すみませんでした」

「え」


話しかけておきながら、言葉に詰まる情けない兄。それを見かねたのか、いや恐らくは違うだろうけど、先に動き出したのは葵だった。

一言。たった一言簡潔な言葉を残して丁寧に頭を下げる。

まさかの四択目に言葉を失った俺を放って、葵は言葉を続けるべく、下げた頭を上げる。


「…寝ぼけて、いました」

「うん、そりゃあ、まあ、分かる、けど」

「…決してやましい何かがあった訳では…うん、な、無かったです…」


言いたいことは分かりますとも。けれど、その微妙などもりは一体。そしてそれは寧ろ男側の台詞だったりはしないんだろうか。


「…俺も勝手なことしてすまなかった」


ともあれ、こうして葵から改めて切り出してくれたことにより、俺も幾ばくかの落ち着きを取り戻す事が出来た。改めて俺もまた葵と向き合い、頭を下げる。


「誓って変なことはしてないから。誓って」

「それは、まあ、分かります、けど」

「決してやましい何かはありませんでした。これっっぽっちも」

「……む」


これだけ言えば、彼女も信じてくれるだろう。いや信じてほしいです。

なのに何故だろう。彼女の不機嫌メーターが上昇した様な錯覚を受けるのは。

思いが通じたことを信じて、改めて俺達は朝食を摂る。雰囲気は軽くなれど、残念なことに沈黙が続くことには変わりない。冷めた珈琲の香りだけが、俺の気を紛らわしてくれる唯一の味方だった。







「葵。俺バイト行ってくるな」

「…あ、はい。……今日は何のバイトでしたでしょうか?」


朝食からまた暫くの時が経ち、本日の葵は水仕事に精を出していた。料理が出来ぬならせめて他で、とのこと。何とも素晴らしい献身が胸を温かくしてくれる。


長い髪を真白いリボンでポニーテールに纏め上げ、酔っぱらったアル中がある日『これ絶対似合うから!あおちゃん着てぇ!!』とか言って急に買ってきたフリフリフリルのエプロンを身に着け、家事に着手するその姿は紛うこと無き新妻。惜しむらくは俺達との間に甘〜いいちゃらぶなど存在しないこと。…しないから。 


そして俺が廊下から声をかければ直ぐに手を止め、濡れた手を拭いながら葵がぱたぱたと後ろから雛鳥の如くついて来る。


「ん?ああ、喫茶店だよ、3丁目の」

「…ああ、そうでした」

「うん」

「……」

「……」

「……ところで、制服とか着たりするんですか?」

「え?…そう、だな。エプロンとか着けたりするな。ちょうど今の葵みたいに」

「それは……独創的、ですね………」

「至って普通のエプロンですからね?」


何気ない会話を広げながら、見送りの為にわざわざ玄関までついてきて、何やら興味津々に顎に手を当てる葵を背後に、俺は深く考えることも無く靴を履く。


「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。お気をつけて」


一人暮らしだった己がこうして送り出される事に妙なむずむずを感じながらちらりと後ろを振り向けば、エプロンを着けた葵がこれまたわざわざ外まで出てきてまだ小さく手を振っていた。

俺も同じく手を振り返そうとして、はたと止まる。


「………」


こ、これは何だか恥ずかしい。…新婚さんというのは毎日こんな気分を味わっているのだろうか。羨ましい様でけしからん様で。少なくとも今の俺にはその羞恥を乗り越えるための経験値が圧倒的に不足しておられる様だ。


「……っ!」


そして掲げかけた手は振られることなく、何故か天高く突き上げられる。果たしてそれは一体何を意味するというのか。俺には分からない。


『??』


勿論、葵にも分からない。

首を傾げ暫し硬直した後、彼女もまた腕を突き上げる。

多分、帰ってきたらもう一度『兄さん』と呼んでくれるのだろう。×印は無いけど。


すれ違った近所のおばさんが『若いっていいわね』とか言っていたのがばっちり耳に入ってしまい、俺は足早にその場を逃げ去るのだった。












「や〜ありがとね少年、助かっちゃった」

「いえいえ、俺の方こそ久しぶりで……」

「い〜のい〜の。寧ろごめんね気づかず無理させて……いや倒れる程無理してたんなら先言わんかい」

「すんません」


お昼のラッシュタイムをどうにかこうにか乗り越え、ガラガラになってしまった寂しい店内にて、俺は差し出された珈琲を有り難くいただいていた。


「聞いたよぉ。可愛いコレと同棲してるんだって?」

「今時小指て」


何とも下卑た笑顔と共に小指を立てて、うっしっしと意地悪そうに笑うのは、この小洒落た喫茶店のマスター。

喫茶店のマスターと聞くと年配をイメージしそうだが、まだまだ二十代、春真っ盛りのお姉さんである。俺の中では中身はどっかで入れ替わった中年のおっさんの疑惑が濃厚だが。

因みに店長ではなくマスターなのは彼女たっての希望。理由は『なんかナウい』から。俺はもう駄目だと思う。


「どうなの?激マブ?可愛い系?綺麗系?何で連れてこなかったの?」


貴方がこうなるからです。


「眩くはありませんけど、……可愛い……ですよ」

「ひゅ〜」


溜息と共に答えてやれば、両の人差し指でつんつん俺の肩を刺すマスター。これはウザい。


「へ〜可愛いんだ〜」

「………」

「ねーねーそれってあの子とどっちが可愛い??」

「ん?」


ちょっかいを出し終わったマスターが、つんつんしていた指を今度は窓の外へと向ける。

人を指差すなと叱りたいとこだったが、それを言葉にする前に俺の口は固まってしまう。彼女の指し示す先にはとても華やかな、まさにお嬢様とも言うべき美しい女性が立っていたのだ。しゃらん、とかなんかそういう効果音が耳に聞こえてくる様なそんな美人が。


そしてその後ろには、大きなキャスケット帽を目深に被り、この暑い中サングラスとマスクをフル装備した背の高い女性。恐らくは変装した護衛か何かなのだろう。というか、あの不釣り合いさはそうとしか見えない。


「わお。あの子可愛い〜。ざ・お嬢様って感じ?」

「…そう…、すね?」

「お?こっち来る?客?お客さん??」


けれど何故だろう。この内から溢れ出る違和感は。

彼女が店に近づいてくる。一歩一歩、育ちの良さを感じられる凛とした足取りで姿勢良く。…一歩、一歩、彼女が近づく度に俺の中の違和感がどんどんと膨れ上がっていく。


「ごめんあそばせ」

「いらっしゃいませ〜」


ついに美人が店の扉を開けて、軽やかに入店してきた。勿論、護衛らしき人も。

ふぁさぁ、と髪をかき上げふわぁ、となんか光を反射させながら彼女は優雅に窓際の席につくと、指でぱちんと俺を呼ぶ。護衛は物言わず、じっとサングラス越しに俺を見つめていた。


「…ご注文でしょうか」

「お任せで構わないわ。この私に見合う珈琲をいただけるかしら?」

「はぁ」


マスターをちらりと見る。

そして、俺は目の前の彼女の死角で指を動かしてマスターに向かって合図を出す。それはこの店における暗号の様なもの。

マスターが『なんかしゃれおつじゃない??』と、素晴らしくおばかな理由で無理矢理覚えさせられた無駄に洗練された無駄のない無駄なオーダーの方法である。今のところ俺しか使っていない。というか俺しか覚えようとしない。

マスターはそれを確認して一瞬固まった後、戸惑いながらも注文されたそれを作るべく引っ込んでいく。


「お待たせいたしました」

「…あら、早いのね」


そして直ぐに出来上がったそれを、俺は彼女に差し出した。


彼女は立ち上る香りを上品に暫し堪能すると、そのまま徐ろに口にする。口にした瞬間、びくっ、と肩が跳ねたのだが、多分熱かったのだろう。そりゃそうだ。


「ふ、ふ〜……。良い腕ね店員さん。豆も良いものを使っていらっしゃるわ」

「……はあ、どうも」

「うふふ…これはどこの豆かしら。ブラジル?ベトナム辺り?それともコロンビアとか?逆に敢えての国産??」

「………」

「どれにしてもこれ以上別の何かを足すだなんて無粋ね。いえ、邪道と言ってもいいかもしれない。この全身に染み渡る高級感溢れる苦みが、この雑然とした世界に疲れ果てた私の身体を癒してくれるわ…」

「ありがとうございますこちら一番安いインスタントになります」

「店員さんお砂糖とミルクくーださーいなー!勿論たっぷりね!!」

「何してんの風峰さん」

「な、何故バレたぁ!?」


正体現したね。

いともたやすく化けの皮が剥がれた似非お嬢。あまりにも髪型と雰囲気が違うものだから一見別人としか思えなかったが、こうして目の前まで来ると流石に分かる。

そしてこれが風峰さんだというのならば、このグラサンマスクは当然。


「…葵は何飲む?」

「…………………………こ、……こぉひぃ……」


この年下共は一体何をしているのか。

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