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悠遠時代に生まれた少女の物理世界で好きなもの

作者: 佐位守

人類が惑星に寄生する生命体から、恒星に寄生する生命体へと移り変わって数万年。


惑星における途方もない資源争奪戦争は今は昔、無限のエネルギーを手に入れた人類は悠久のときを過ごしていた。


太陽系から数光年離れた恒星にある生物圏群(バイオスペース)


そのうちの一つが少女に宛がわれた世界。


その世界の中を少女は歩く。

少女はこの瞬間が好きだ。


仮想空間から目覚めてポッドが開き、物理世界に足を踏み出す瞬間。


世界の境界が上から取り除かれる高揚感と、否が応でも生身の体に飛び込んでくる刺激の知覚が、堪らなく心地よい。


「ーーー」


一つ伸びをして、少女はお気に入りのスポットを目指して歩き出す。


ーーー


仮想空間と物理世界。


今の人類は2つの世界を行き来して生活している。


物理世界上で人類には一人一つの生物圏(バイオスペース)を与えられている。


生物圏は自由にカスタマイズでき、王になるもの、神になるもの、楽園をつくるもの、あるいは仮想空間から一切でないもの、それぞれの理想を実現できる世界で人類は生きている。


色とりどりの花が咲く庭園。


それが少女に与えられた世界。


古代から現代にかけて存在したあらゆる植物が育てられている。


裸足で踏む土の感触、手にあてる花葉の感覚、体にあたるそよ風の感覚。


混ざりあう花の香りは、風が吹くその瞬間だけの特別な空間を生み出している。


しばらく歩くと庭園の中頃にある東屋に着く。


白で統一された建物に入ると、正面に浮き上がったディスプレイが表示を始める。


映しだされたのは人類のふるさと、地球。


人類が飛び出した地球は、過去に数度あった大量絶滅に模した気候変動によって人類がいた痕跡が跡形もなく消されたあと、新たな知的生命体を生み出すための実験場になった。


そんな蒼い惑星は、それまでの幾億年と変わりなく太陽の周りを回り続けている。


ただし、その速さは人類がいたころよりも早い。


人類は実験の効率を上げるために太陽系全体の重力を大きく変更して、相対的に太陽系の時間を早くしている。


いまも目前に映る惑星は目まぐるしく昼夜が入れ替わっている。


少女は想う、『時よ止まれ』、と。


素早く明滅していた地球は緩やかにその周期を長くしていき、やがて時が止まったかのように太陽に照らされたままになった。


実際に時が止まっているわけではなく、地球の時間の流れと同期しただけだ。


上下左右の壁がスクリーンになり、少女は宇宙に放り出されたかのような感覚を得る。


スゥーっと地球に視点が近づいてゆく。


緑の大地めがけて落ちていき、多くの点が目に付くようになり、点に見えていた動植物がある大きさで拡大が止まる。


少女は地球に立った。


見渡す限りの草原と遠くに見える山脈。


そこに生きる動植物たち。


肉食動物に追いかけられている草食動物の群れが少女をすり抜ける。


少女は実際の地球上に立っているわけではなく、リアルタイムの地球を再現した空間にいる。


この空間の中では実際の感覚を味わえる。


動物たちが駆けるときに生じる風や土埃や臭い。


生物圏でも同じものを再現できるが、少女は地球に実際に存在する彼らの息づかいが好きだった。


少女は日が暮れるまで散歩をした。


太陽が山脈の裏に隠れる。


空は黒色が濃くなって、恒星の輝きが目立つようになる。


昼と夜の狭間、山脈の上の空はまだオレンジだが、反対の方向を向くと星空が広がっている。


この時間も少女は好きだった。


やがて完全に日は沈み、静寂と暗闇が世界を支配している。


満点の星空のもとで少女は一人、空を見上げている。


手を伸ばせば手に取れそうな輝きたち。


この景色もまた、少女は好きだった。


星空を名残惜しそうに見つめながら少女は目を閉じる。


目を開けるとそこは花畑の東屋だった。


少女は東屋を出て歩き出す。


今日もお気に入りのスポットを巡れて満足だった。


そして少女はいつものようにポットに戻り、仮想空間へ向かう。

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