第8話 仮そめの家族
高田馬場、マンション『ラ・マルシェ高田馬場』305号室。
藤吠双臥が家主のマンションの一室。
ドアが破壊され、廊下には血が飛び散っている。
「ここにも、ありませんでしたね」
「あぁ……」
リビングにバリーとリチャードが座っている。
彼らのすぐそばには肉塊が転がっていた。
何の肉であるのか?
ただ———絞られた雑巾のようにねじれ、節々から赤い血が流れていた。
謎の塊からは緑色の衣服のような布の繊維がはみ出したり、白い骨のような固形がはみ出したりしているが、元の姿は想像もつかない。
「ソーガは二十年前。確かに我々を呼ぶと約束してくれていた。だからこそこの世界でユグドラシルを発動させてくれるはずだったのに……彼はしなかった!」
リチャードは憤り、机に拳をぶつけた。
「あぁ……だが、ユグドラシルの核となる虹のカケラは奴が持っているはずだ。でなればこうもこの町周辺だけで〝門〟が開くような現象は起こらない。どこか、どこかにあるはずだ。すぐ近くに……」
「ふむ……」
リチャードがその部屋にあるタンスや箱の中を漁ってみる。何か重要な手掛かりがあると思っての行動だが、動物の生態や構造に関する書類がほとんどだ。
「ん?」
と、そこである写真立てを発見する。
家族写真だ。
藤吠双臥とその妻。そして、高校生ぐらいの少年が映っている。
「ソーガは息子がいましたね。あなたと同じ」
「ああ」
納得したようにリチャードは写真立てを置き、
「この子に聞いてみますか。他に心当たりはないですし」
「その心配には及ばない」
「どいうことです? 娘がいる身としては子供を殺すという手段はとりたくない、そういう甘い考えですか?」
「違う」
バリーが銃を取り出し、家族写真へと向けた。
———打ち抜く。
藤吠双臥の頭部に風穴が空き、吹き飛ぶが空中で再びピタリと静止した。
「もう、マックスを向かわせている」
「ああ」
リチャードは笑みを浮かべ、右手をスッと横にスライドさせた。
「改変」
破壊された部屋が元に戻っていく。
ねじれた肉塊すら元に戻っていき、女性の姿を形作る。
そして、パッとした瞬間にいきなり別のチャンネルに切り替わったのかと思うほど景色が一変する。
鉄筋コンクリートのマンションが、レンガ造りの建物へ姿を変え、埃が積もっている暖炉や木組みのテーブルが出現する。
普通の現代日本の住宅が、ファンタジーゲームの一室のような光景に切り替わってしまう。
倒れていた女性も、黒髪に緑のエプロンを付けていた普通の日本の主婦だったのが、赤い髪にディアンドルと呼ばれるヨーロッパ風の衣装を身にまとった、白人に変化していた。
バリーとリチャードは立ち上がり、入口へ向かって歩いていく。
時計の針が進み始める。
「これからもいい日々をお過ごしください。ミューラ・ナイト」
扉を閉めると同時に赤髪の女性の目が覚める。
体を起こし、
「あら? どうして床に倒れているのかしら……それよりも、夕食の準備をしないと!」
ミューラ・ナイトは商人の妻だ。五人の息子は夫の仕事を継ぐために日夜、父の背中を見て勉強している。そんな子供たちを腹いっぱい膨らませるために、ミューラは日夜頑張っているのだ。