第34話 英雄バリー
「おかえり兄貴」
「あ、た、ただいま……」
兄妹の時間だ。
俺とローナは邪魔しちゃいけないとなるべく音を立てずに後ろに下がり始めた。
その時だった————、
「時戒」
時が止まった。
「いい場面ですね~……感動的な場面ですねぇ~……無駄ですが」
俺たちの背後に二人の男がいた。
パチパチと拍手をしながらにやけているオールバックと白髪交じりの頭の初老の男。
二人の顔を俺は見たことがある。
「バリー・シュタイン……に、確かもう一人はリチャード……」
父親の親友とその部下だ。
リチャードは旅にも同行しておらず、一度しか対面していないので、確証は持てない。
「久しぶりだな。キバ、元気にしていたか?」
口調とは裏腹に、バリーの表情は冷たい。
「そこまで元気じゃなかったよ。自分が原因だけど、そっちも元気じゃないみたいだね、だいぶ老けてる」
親父と同い年とは思えない老け方だ。
「苦労が多くてな……ローナ……困った奴だ、〝オウカ〟をこの世界に持ち出すなんてな」
「ハァイ、パパ」
現実世界で再会する気まずそうな二人の親子の様子を交互に見つめる。
「ローナ、反抗期もいい加減にしろ。お前は別にこの世界が好きなわけでも何でもないだろう。キバが無事ならそれでいいんだろう?」
「そうよ。だけど、ユグドラシルの完全開放にはキバ君と私のビフレストの欠片が必要でしょう? 私とキバ君の体にはすでにビフレストの欠片が埋め込まれている。ビフレストの欠片は力の制御が難しく、完全開放すると苗床である人間は死ぬと言われている……」
「だから、裏切ったのか? 父を」
「自分の国民をこっちの世界に移住させる期間を早めるためだけのために、自分の子供と親友の子供を犠牲にするような大人には、私は従いたくないわ!」
バリーに対して、あっかんべーをする。
「仕方がないだろう、後一年で世界樹の魔力は切れる。街を破壊し、改変でこの世界を書き換える地道な作業では一年では世界の改変は完了しない。迅速にやらなければならない。そのためにはお前たちのビフレストの欠片が必要なのだ。それに苗床が死ぬと言われているのも、ただの言い伝えだ。実際、世界改変魔法・ユグドラシルを発動した記録はない。お前たちが死ぬかどうかは誰にもわからないのだ。所詮はただの迷信だ。だから、とっとと諦めて父に従え」
バリーが手を伸ばす。
が———、
「やだぷ~~~~」
ローナはにべもなく断り俺の背中に隠れる。
「……キバ。お前は昔から素直な子供だったよな。お前は協力してくれないか? 現実世界よりも異世界の方が楽しかっただろ? この世界に帰って来てがっかりしただろう?」
バリーはろくにこの世界を知らないはずなのに、確信を突いた言葉を言ってくれる。思わず吹き出しそうになってしまった。
「キバ、手を貸せ。現実世界を異世界にするんだ」
「バリー、一ついいか?」
「何だ?」
「さっきの口ぶりからすると、世界改変を一年以内にどうしてもしたいみたいだけど、それはどうして?」
「……? いま言ったばかりだろう?」
「改めて、はっきりとした言葉で聞きたいんだ。今ユグドラシルで現実世界はじわじわと侵食を受けている。俺とローナが危険になるようなリスクを冒さなくても、ビフレストの欠片を酷使しなくても、バリー・シュタインの目的は達成できる。
なのに、なんで俺たちを狙う? なぜ玉座で座して自分の計画が完了するのを待たない?」
「決まっている。俺が〝英雄〟であり、王だからだ。お前に王にのしかかる責任がわかるのか? 王は常に国民の安全を守らなければならない。健やかでいさせなければならない。王は民によって支えられている。民は王を支えている限り、何物にも脅かされない楽園を享受する権利がある。だから、一年で魔力枯れが起こることを知らせずにこの計画は完遂させなければならないのだ。
国民の心に不安が宿った瞬間、王は力を失う。それは仕方がない、王座の常だ。常に安全で安心ができる環境を提供し続けるのが王であるべきからだ。ならば俺は人々を救った〝英雄〟として、いや責任のある〝大人〟として、人々のために自らの感情全てを捨てなければならない。
俺は例え、お前たちの命が失われる方法を取らなければいけないとしても、国民の安心安全を守るためなら、迷わずその手段を取る。
俺は優しい〝英雄〟であり続けなければいけないからだ」
バリーの眼に、曇りはない。
控えているリチャードも満足そうにうなずいている。




