第24話 異世界の現実
早稲田に出現しているヴァレンシア宮殿。
その大広間には三人しかいない。
ヴァレンシア王である、バリー・シュタイン。その側近で右腕である水泡将軍・リチャード・レイ。
そして、バリー・シュタインの養女で魔王の娘であるトゥーリ・シュタイン。旧姓トゥーリ・バビロンだ。
トゥーリは拘束されていた。
黒い水の枷が手足に嵌められ、宙吊りになっている。
水の手かせは一部が天井にまで伸び、足がつかず、トゥーリは力なくうなだれる。
身に着けていた鎧はすでに剥がれ、衣服もボロボロになり、肌が露出していた。
「お前は俺たちの旅には途中参加だったよな?」
バリーは王だと言うのに地べたに座っていた。
地べたに座って缶ビールを煽っている。その姿は春の時期に花見を死ながら飲んでいるおっさんにそっくりだった。
「…………」
目の前に傷ついた少女が拘束されていなければの話だが。トゥーリは唇を噛みしめ沈黙を守る。
「二十年前、この現実世界で藤吠双臥は命を落とした」
藤吠双臥———藤吠牙の父親だ。
「そして俺たちの〝異世界〟にやって来た。輪廻転生。それぞれの世界はそれぞれのゾーンを持っており、通常、ソーガの魂は現実世界のゾーンに行き、浄化され現実世界で新しい命として転生するはずだった。だが、時折、ゾーンに行かずに俺たちの世界に迷い込んでしまう人間がいる。異世界が魔力を有しているからか、人の意志に共鳴する魔力の特性ゆえか、理由はわかっていないが、ソーガは俺たちの世界に渡ってきた。
そういう人間を俺たちは———渡り人と呼ぶ。
ヴァレンシア王国で俺とソーガは出会い、意気投合した。そして、魔王に支配された世界を救うために人々の力になるために旅に出た。
勇者のソーガ、剣士の俺、魔法使いのマリア、シスターのシェリー。困難だったが楽しい日々だった。旅を続けるうちに俺たちは愛を知った。ソーガはマリアと結婚し、俺はシェリーと結婚した。そして子供が生まれた。
魔王に辿り着く、最後の人の村——ゼツで俺たちは我が子を愛した。我が子のために生きなければならず、魔王を倒すことは二の次になっていた。
俺はそんな自分が嫌だった。
魔王を倒すという大望を得て旅立ったはずが、途中の村でその夢を諦めなければいけない。自分の子供を恨んだ。だが、そんなことを思う自分自身はもっと悪辣なものに思えた。
ゼツ村での六年間は地獄だった。何かしたいのに、日々の生活に追われて何もできない。子供と妻を愛して自らを慰めても過去の自分が囁き続けた。
———おい、英雄になるって夢はどこに行ったんだ?
いっそのこと狂ってしまえば楽だった。いや、狂っていたのかもしれない。
十年前にお前が村に来てくれなければ……俺はシェリーとローナを自らの手で殺していた。
トゥーリお前が機神と共にゼツ村に来てくれなければ」
バリー・シュタインの前に現れたのは巨大な鉄人。魔王の刺客かと思い、絶望した彼の前に現れたのは、まだ体が小さく幼いトゥーリだった。
———お願い、父を止めて!
そう、言ってトゥーリはソーガを頼ってきたのだ。
「あの時は、私は正しいことをしていた! していたつもりだった! だけど、こんなことになるのなら……私は……」
「何もしなければよかった? 何もしなければ魔王は世界を滅ぼしていた。世界樹を独占していた当時の魔族は魔法技術の発展が著しくなっていた。小生物の巨大化。機械で動く鉄の人形。そして魔導兵器。
魔導兵器———ラグナロク。
一発で一つの山を吹き飛ばす魔力の爆弾。破壊のために歪にゆがめられたその爆弾はただ破壊の限りを尽くすだけでなく、その地に二度と生命の立ち入りを許さないほどの〝毒〟をまき散らす。
お前はその使用を止めたかったんだよな。間違っていないさその判断は。人族全てを消し去り魔族の楽園を創ろうとしていた魔王サタンの考えは、間違っている。だから、俺たちを頼った。そして俺たちはお前の意思をくみ取り、魔族の発展した魔法技術を応用し魔導機械文明を作り上げた。世界樹をミストラルの塔で囲い、魔力を吸い上げ、全ての知的生命体が平等に生きられる楽園を作った」
「魔力枯れ」
バリーの言葉をトゥーリが遮る。
「サタンも! あんたも! 無理やり世界樹から大量の魔力を引き出した! そのおかげで世界樹は枯れ始めた! 生命は循環できるだけのエネルギーしか使っちゃいけないのに! 無理をすると壊れるんだ!」
「ああ、今は異世界人は誰もそのことに気が付いていない。
俺たちの世界が魔力を失って後一年で滅びるなんて。
だから————この世界を貰いに来たんだ。俺たちは」
「そんなこと許されていない!」
「ソーガは許している。でないと、現実世界に帰った時にビフレストの欠片を持ち帰ったりしない。現実世界と異世界の繋ぎ目となるビフレストの欠片を。奴が持って帰らなければ、世界改変魔法・ユグドラシルは発動すらしなかった」
「……だったら! どうしてソーガを殺したの?」
「……見たのか?」
驚いて目を見開いてトゥーリを見るバリー。
「ヴァランシア宮殿裏の花畑を見た! もう……冷たくなったソーガの体が弔ってあった! あれはバリー、あなたがやったことでしょう⁉ どうして⁉ ソーガとあなたは親友同士だったはずなのに!」
「ああ……どうしてなんだろうな……どうして、俺はソーガを殺さなきゃいけなかったんだろうな……」
バリーは顔を抑えた。
そして、指の端から静かに涙を流し始めた。
「え……?」
開き直ると思っていた。笑い飛ばすと思っていた。
そんな反応を予想していたトゥーリにとって、バリーの涙は戸惑いしかもたらさなかった。
「彼は裏切ったのですよ」
代わりとばかりにリチャードが答える。
「私とバリー、そしてマックスがこの世界に初めて来たときのことです……」




