第23話 「———こんな世界、価値なんてあるの?」
富士見丘中学校の裏手にある、笹塚公園にやってくる。
深夜0時。
そんな時間でも、東京では人は歩いているし、車通りもそこそこある。
人通りが完全にない場所というのは東京ではありえない。
だから、多少人目につかない場所で妥協しようと思った。そこで〝オウカ〟を召還しようと。
何人かには見られるだろう。だけど、アニメだとそういう時は「見間違いか……」と勝手に納得して無視をしてくれる。
そうなるだろうと思った。
後から考えれば、なんて軽率な判断だったんだろうと思う。
「行くよ」
「うん」
いつも気だるげな表情の赤城百合が、表情にワクワク感をにじませている。こんなにウキウキしている女の子を見るのは初めてだ。
「来い、〝オウカ〟……」
なるべく小声で召喚する。誰にも注目されないように。
足元に召喚陣が展開され、まばゆい光を放ち機神〝オウカ〟が出現する。
「うわぁ……!」
赤城百合は、目を輝かせて〝オウカ〟を見ていた。
「行くよ!」
赤城百合に手を伸ばし、
「うん!」
彼女はその手を取った。
〇
〝オウカ〟に乗って、東京の街を疾走した。
なるべく気づかれないようにビルを飛び廻り、東京の街の上空をウサギみたいに飛び跳ねて移動する。
どこか人目のないところで落ち着きたかった。
下は恐ろしいほどの騒ぎになっていたかもしれない。
別にそれでもよかった。
今この世界の人間は誰も異世界のことを把握していない状態なのだ。なら、こうして姿を見せつけてやって異世界の存在を認知させてやった方がいい。
それがいい結果につながるかもしれないから。
三十分ぐらい走り回っただろうか。
気が付いたら、海に辿り着いていた。
「江ノ島だ……この時間帯だと真っ暗だね……」
特に目指していたわけじゃないが、神奈川の有名な観光地に辿り着いていた。
ここは東京と違って、時間が遅ければ人の気配はなかった。
さらに人目を避けて江の島大橋とは逆側の、岩屋付近に〝オウカ〟を回り込ませ、俺たちはコックピットから出る。
〝オウカ〟の掌に三人で乗り、夜の海を眺める。
「凄いね……こんなものが現実にあるなんて」
「本来はないんだよ。この世界にあっちゃいけないものなんだよ。だから俺は」
「戦わなくていいよ」
————え?
ローナが言ったと思った。
女の子の声だったから、そういうセリフをローナは絶対に言うと。
だが、実際に口を動かし、言葉を発したのは、赤城百合だった。
「こういうのが次々とこの世界に来るんでしょ? 別にいいんじゃない?」
「赤城……さん?」
「さっきさ、この世界を守るって藤吠言ったけどさ。別にいいんじゃないって思うんだ。守らなくても。私も別に皆を守ってほしかったわけじゃない」
「何を言ってるんだ?」
「夜の海って怖いね……」
俺の言葉を赤城百合は無視し、海を見下ろす。
「真っ暗で、何も見えなくて、何がいるかわかんない。もしかしたら、大きな生き物がこの下にいて、私たちを狙っているかもしれない。〝オウカ〟ちゃんを食べちゃうほど」
「誤魔化すなよ。何で、この世界を守ってほしくないなんて言うんだよ。三崎とか四柴とか友達だろ。そいつらを山中みたいに殺されたくないだろ?」
「別にいいよ。ローナちゃんみたいに異世界の人に入れ替わっても……あいつらのことを友達だと思ってるけど、私友達って言うのが具体的にどんなのかよくわかってないのかもしれない……もしかして、今この瞬間もあの二人に何かが起きて死んだとしても、私は何の感情も持てないと思う。だから、どうでもいい」
海を見つめる、百合の顔は普通だった。
瞳に狂気をはらんでいるわけでもない。普段学校で見せるのと同じような顔で、世間話をするように言う。
「私ね。処女じゃないんだ」
「……ッ⁉ そ、そう……」
いきなりの告白だった。
赤城百合も高校生なのだ。俺は童貞だが、今時のJKはそういうのも早いだろう。別にすでに性体験があったとしても異常なことではない。
「がっかりした?」
「いや、別に……付き合ってるわけでもないし」
「そう、残念」
「残念? 何で?」
「がっかりしてたら、藤吠は私のこと好きってことじゃん? そうだったらいいなぁって、思っただけ」
「————ッ!」
すかさず、ローナが両手を広げて間に割り込み、歯をむき出しにして赤城百合を威嚇する。
「ハハッ……冗談じゃん。本気にしないでよ。でもまぁ、ローナさんがどんな人かよくわからないけどさ。もしも本気で藤吠のことが好きだったらいいよね。好きな人相手に処女を捧げられて……私は違うから」
「え……」
「流れって言うのかな……私の家にさ、三崎と四柴が男を三人連れてきたんだ。大学生で、バンドやってるらしくて顔はジャニーズ系だった。その中のボーカルの人に初めてを上げちゃった」
「………流れって、好きじゃなかったのか? その人とその後付き合ったりとか?」
百合は首を振った。
「三崎はその中の一人と付き合ってた。〝イケメンとやれるチャンスは滅多にないし、この人テクニック凄いから、勉強しとけ。大丈夫、実際皆処女なんて好きでもない相手とやって適当に捨ててるから〟って。実際三人の中で処女は私だけだったし、そんなものかと思って、あの部屋でやった。私の家のゲーム部屋で」
「……そっか」
どういう感情で聞けばいいんだろう。
俺は相槌をうつことしかできない。
「確かにその人はカッコよくて、本当にテクニックが凄かったみたいで、セックスしているときは気持ちよかった。
だけど、なんだかわからないけど……朝になって家に誰もいなかった時、涙が出てきた。あの家で一人で泣いたの。その時になんか、思っちゃったっていうか気が付いちゃったっていうか。漫画やアニメみたいな、キラキラした人生は自分にはないんだなぁって、夢も希望も何もない、ただわかりきってる人生を送るだけなんだなって。
それが例え奴隷のように毎日こき使われて、特に愛してもいない男と結婚して、ストレスをため込む毎日だとしても、自分を幸せと思い込んで、八十とか百歳まで生きなきゃいけないんだろうなって。
そう思うと———全部投げ捨てたくなっちゃう」
百合はゆっくりと〝オウカ〟の掌の端へ歩いていった。
まさか、飛び降りる気じゃ————、
「やめろ!」
「ハハッ……動揺しすぎ。落ちないよ。まぁ、別に落ちてもいいとは思ってるけど……ねぇ、藤吠。藤吠も一緒でしょ?」
「何の話だ?」
「こんな世界、なくなってしまえばいいって思ってるでしょ?」
「別に……そんなことは……」
「目を見ればわかるよ。私の顔いつもつまらなそうにしてるなって思ってたでしょ」
百合は自分の貌に人差し指を這わせ、
「藤吠も同じ表情をしているよ」
「————ッ」
認めるしかない。
図星だ。
俺はこの世界を————こんな世界なくなってしまえばいいと思っている。




