第22話 赤城百合の家
赤城百合の家は、高田馬場から少し電車を乗り換えていく笹塚にあった。
普通の二階建ての一軒家。まだ異世界からの侵食を受けていない。
「ただいま」
真っ暗な家。玄関を百合が開けると独特の匂いが俺の鼻についた。
他所の家の香りだ。
「誰もいないのか?」
「うん。お母さん一日中家にいない。議員をしてるから」
「議員⁉ 赤城ってめちゃくちゃいいとこの……お嬢様だったんだな」
「そんなことはないよ。その付き合いがいろいろあるみたいで、いつも家に帰ってこないし」
「そうだったのか……父親は?」
「いない。離婚したの」
「あ」
まずいことを聞いてしまった。
思わず口を押えるが、百合はその反応がおかしかったようで苦笑している。
「別にいいよ。今時珍しいことじゃないでしょ。くつろいでてよ」
そう促され、リビングの椅子に座る俺とローナ。
赤城家のリビングは、なんというか絶妙な———汚さがあった。
ゴミが散らかっているとかそういった典型的なゴミ屋敷とは言えないのだが、テーブルの隅には埃が乗っていたし、洗濯物もたたまれずにソファの上に積んである。
一応床は掃除機を定期的にかけているようではあるが。
何というか、母親との二人暮らしと言っているが、実質百合一人で住んでいるような家だった。
テレビの前に置いてある、百合と母親らしき人が映っている写真立ても埃被っている。
「私、晩御飯まだだったから」
百合がローナの隣の席にレンジで温めたカレーとおいて、食べ始める。
「いや、悪いな世話になって……」
「別にいいよ。友達が泊まりに来るのは珍しいことじゃないし」
「あの、三崎とか四柴とかが来るのか?」
「そう、たまり場なんだ。あそこの部屋が、そう」
ふすまを指さす百合。
締め切っていて、何となく不気味な雰囲気が漂っている。
「ゲーム部屋って呼んでる。いつもあそこでゲームするんだ。みんなで」
「へぇ~……そう、だったんだ」
何となく、本当に何となくだが、百合の心情が察せた。
母親が家に帰ってこないから、寂しいという気持ちがあったのだろう。多分このことを彼女にオブラートに包まずにぶつけても否定はしないと思う。
こんなに広い家に誰もいないのは、嫌だから。
「ねぇ、唐突なこと聞いていい?」
「ん?」
「兄貴に違和感を感じなかった?」
「え?」
百合はカレーを食べながらも俺をじっと観察していた。一挙手一投足見逃さ舞とするような様子だ。
違和感。
百合自身は感じていたのだろう。まぁ、戸塚警察署でのあの話の噛み合わなさからも明らかか……あの兄を名乗る異世界人は俺のことを知らなかった。今日の昼間に赤城白太に呼び出された俺のことを。
「まぁ……感じてるっちゃ感じてるけど、言葉では言い表しにくいかな」
「私はずっと感じてた……兄貴ってあんな感じじゃなかった気がする。もっと、もっと頼りなくて……上手く言えないけど、あの人は兄貴じゃない気がする」
「! 知っているのか? 赤城白太さんを」
「……わかんない。だけど、聞き覚えがある。気がする。頭がおかしくなりそうなの」
百合はスプーンを置いて、目をギュッとつぶった。
「学校で兄貴に話しかけられた時から違和感を感じてた。〝あれ? 兄貴ってこんな感じだったっけ?〟ってそれを考えてから、段々何かがずれているような感覚がしてきた。どうしておかしいと思わずに受け止めていたかわからない。普通に考えたらおかしいよね。名字が違う人を〝兄〟って呼び続けるなんて……やっぱりあのパール・レッドソンは本当の兄じゃないんだ」
「……赤城さん。馬鹿にしないで聞いてほしいんだけど、ここにいるローナは異世界人なんだ」
「…………」
「え?」
突然の暴露に百合は戸惑った様子。一方、ローナは自分の身柄を明かされたと言うのに、黙っていた。
「信じられないと思うけど、この世界は異世界人の侵略にあっている。今、この世界の人間が殺されて、そこに異世界人が居座っている。それに俺たちは誰も気が付けない。じわじわとこの世界が侵食されているんだよ。そういわれて信じられる?」
「信じ……られる。ローナさんが……ローナさんが教室にいた記憶……正直ないっていうか。思い出そうとするともやがかかる……ローナさんって藤吠の隣の席だよね……そこには男子が座っていたような気がする」
「そう! そうだよ、山中だよ! 覚えていない⁉」
「山……中……? あぁ……聞き覚えがある気がする」
「……ッ!」
ひそかに心の中でガッツポーズをとった。
ローナが赤城白太さんが救い漏れて、復元されなかったのは魔法のバグだと言っていた。それと同様に赤城百合の記憶が完全に塗り替えられていないのも、バグなのだろう。
「実は……」
俺は赤城百合に全部話した。
トゥーリに聞いたことを全て。止まった時間も、魔法も、〝オウカ〟のことも全て。
「そうだったんだね」
驚くほど、素直に百合は受け止めた。
「時間が止まっちゃうんなら私にはどうしようもないね」
「そうだ……ね。だけど、俺が守る。絶対に俺が赤城さんも学校のみんなも守るから、もう白太さんみたいな犠牲は出さない」
初めて、言葉にした。
この世界の側に立って守ると、初めて。
「ねぇ、藤吠。証明してくれる?」
「証明?」
「あ、別にできないならできないでもいいんだけどさ。魔法って使えるんでしょ? それを見てみたいなって。兄貴が全然別人になってるから納得はしているよ。異世界人が侵略しているって、だけど……魔法って言うのがあるなら見てみたくて。いいかな? ローナさん」
ローナが異世界人であることはすでに明かしている。
「ごめん、私魔法使えないんだ。藤吠君に全部上げちゃったから」
「言い方」
「え? エッチな話?」
「そう」
「違うだろ! ローナは俺を救ってくれたんだよ。その時に魔力を全部使い果たしちゃって、だから魔法が使えない。そういう意味」
「そうなんだ……」
心底残念そうに顔を伏せる百合。
だが、直ぐにパッと顔を明かるくさせて俺を見る。
「だったら! 〝オウカ〟を見せてくれない⁉」
「え?」
ちらりとローナの様子をうかがうが、彼女は何も答えてくれず、無言でうなずいた。
ご主人様の意のままに———そう、言っているような気がした。




