第20話 黒炎のバリー
早稲田大学があった場所が宮殿と化している。
白磁の大理石製の大きな宮殿の広間。玉座が設置され、そこにバリーは座っている。
「マックスが帰ってこないが?」
「……ええ、遅いですね」
彼の隣にはリチャードが控えている。
「殺されたんじゃないのか?」
「誰にです⁉ この世界に私たちに対抗できる存在など!」
「〝オウカ〟」
「⁉」
「この世界で何度か妙な魔力の気配を感じていた。もしかしたら〝オウカ〟が来ているんじゃないか?」
「魔王の遺物。機械の神———機神。すべて破壊すればよかったものを……」
苦々し気にギリギリと歯ぎしりの音を立てるリチャード。
「許せよ、リチャード。俺にだって情はある。娘のおもちゃをそう簡単に壊すことはできない。それに、そのおもちゃのおかげで俺たちは英雄になれたんだ。あいつが裏切ってくれたおかげで……」
バリーの視界でキラッと何かが光り、彼の口角が上がった。
「な」
一瞬———。
それはまばたきをする間もなかった。
バリーの手には光る剣が握られていた。
「バリー⁉」
遅れてリチャードが反応する。
何者かがバリーの顔めがけて剣を投擲したのだ。
「全く困った奴だ……」
その何者かが誰かは、バリーにはわかっていた。
剣は銀色の魔力を帯びていた。
「バリー・シュタイン!」
トゥーリ……シュタイン。
騎士の鎧をまとった愛娘をバリーは両手を広げて歓迎する。
「お前だったのか……トゥーリ! お前もこの世界に来ていたのか! 全く困ったちゃんめ。ダメじゃないか。父さんに向かって剣を投げちゃあ!」
「うるさい! お前をもう父とは呼ばない! バリー・シュタイン! 強化!」
トゥーリが両こぶしを打ち付けると、魔法陣が浮かび上がり、彼女の全身に魔力の光が宿る。
跳ぶ。
彼女が蹴った大理石の床が抉れ、吹き飛ぶ。
風を纏った高速の跳躍————右こぶしを握り締め、振りかざす。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
拳はバリーの顔面を捕え———、
「反抗期も大概にするんだな」
ボウ、と炎が燃え上がった。
バリーの顔面から吹きあがった。
「クッ————」
スカッ—————、
からぶった。
完全に拳はバリーの顔面を捕え、避けられる速度でもなかった。だが———当たらなかった。
轟々と炎が燃え盛る。
バリーの首から吹きあがる。
「俺にその程度の攻撃が効かないのはわかっているだろう?」
炎が集まり人間の口の形を構成する。そこから、バリーの声が響く。
「黒炎の悪魔……」
畏怖の感情をこめて、トゥーリが呟いた。
黒炎————。
バリーの肉体はまさに、自然界には存在しえない色の火炎と化していた。
「俺の魔獣化の特性を忘れたわけじゃないだろう。俺は体を全てを燃やし尽くす黒煙と化す。
だから……その、気を付けろよ? 俺の黒炎は熱すぎる」
バリーが座っていた大理石の玉座に、黒炎が移り———燃え上がる。黒炎の勢い凄まじく、火柱は高く———玉座は完全に炭とかして消滅してしまった。
そして、トゥーリにも黒炎が燃え移っていた。それはほんの火の粉程度のものだったが、燃え広がり、身に着けていた鎧を炭に変えた。
床に落ちる鎧と衣服の一部に全く目もくれず、敵意を持ってバリーを睨み続けるトゥーリ。
「魔獣化……それも、私たちの力だった! 私たち一族の、〝魔族〟の!」
「その通りだ。お前の協力には感謝をしている。トゥーリ・シュタイン。お前の存在がなければ〝魔王〟は倒せず、ヴァレンシア王国の発展もなかった!」
「私は倒すことだけを望んでいた……殺すことはなかった!
私の本当の父親————魔王サタンは母も私にも手を挙げ、人間を滅ぼすことを考えていたクズだったけど……殺すことはなかった! 私は父殺しの汚名を着るためにあなたたちに協力したわけじゃない!」
涙目になりながら、再びバリーに殴りかかろうとするトゥーリ。
「リチャード」
「は」
「頼む。俺だとトゥーリを殺してしまう」
「はい」
リチャードは懐から、缶に入ったコーラを取り出した。
普通の自販機で買うことのできる、ジュースだ。
「この時代は便利ですね。どこでも水分が手に入るのですから。こんなものでも……私には武器になる!」
リチャードがコーラの缶をトゥーリに向かって投げ、
「水縛!」
———破裂させた。
爆弾のように缶が弾け中のコーラが噴出し、トゥーリの体が吹き飛ぶ。
吹き飛んだコーラはうねり、空中を走り、飛んでいくトゥーリの体に追いつき、その手足に絡まり———拘束する。
「クッ—————!」
手足をコーラで縛られた状態になり、床に転がるトゥーリ。
まだ、闘志は絶やさず、バリーたちを睨みつける。
「どうした、どうした? 何をそんなに怒っている? トゥーリ、お前たち魔族も俺たちの世界で平和に暮らしている。もうすぐこちらに来るが……永遠の平和を俺たちが……いやお前がもたらしたんだぞ? トゥーリ・シュタイン」
「その名前でもう呼ぶな! 私はトゥーリ・バビロン! 魔王サタン・バビロンの娘よ!」
「プッ……!」
その言葉を聞いた途端、リチャードが噴き出した。
リチャードのリアクションが相当不愉快だったようで、トゥーリは眉尻を上げて全身を震わせた。
「何がおかしいの⁉」
「その言葉、十年前にも聞きましたよ。その時は、〝トゥーリ・バビロンと呼ぶな!〟 そう言っていたらしいですね」
「……ッ! そうよ!」
「〝トゥーリ・バビロンではなく、トゥーリ・シュタイン! 魔王サタンから魔族を解放する!〟そう息巻いていたらしいじゃないですか?」
ニヤニヤしながら、からかうようにリチャードは言う。
「そう、十年前。私たちはバリーとソーガと……あの子たちと……私たちは魔族を解放するために魔王に反逆した。私たちは正しいことをしていた。英雄になった! でもその結果がこれよ! 平和を手にした途端、傲慢になり、別の世界を侵略し始めた!」
「クククッ……! コウモリのように陣営をころころと変えるあなたにバリーを攻める資格はありませんよ」
「黙れ! 十年前、旅に同行しなかった臆病者が! 見てきたように語るんじゃない!」
「二人とも、とりあえず黙れ。うるさい」
バリーが静かに釘をさすと、ピタリと口論が止み、シンとなるなる。
バリーはトゥーリへ歩み寄り、
「なあ、トゥーリ。十年前俺たちは〝勇者〟だったよな」
「……ええ。英雄だった。あなたとソーガたちは」
「それは違う。今が〝英雄〟なんだ。あの時の俺たちは何もなかった。だけど楽しかった。ソーガが俺たちの世界に迷い込んで、一緒に旅をして、愛を知って、子供が生まれ、責任が生まれて心が折れかけたが、お前がいたおかげで俺とソーガは最後まで夢を諦めずに魔王を倒すことができた。
〝英雄〟になったのはそれからだ。
だから俺たちは〝英雄〟になった責任がある。平和を永久にしなければいけない責任が」
「その結論が———これなの?」
宮殿の天井を見上げるトゥーリ。
「ヴァランシア宮殿。私たちの家。だけどここは私たちの世界じゃない。この世界を本当に犠牲にしないといけないの?」
「俺たちの世界には限界が来ている。トゥーリ。俺たちの異世界は魔族も人間も魔物も差別なく、平等な世界だ。
誰も嫌なことはしなくていいし、それを押しつけることもない。みんな自由にやりたいことをやって過ごしている世界だ。だが———ちょっと冷静に考えればわかる。そんな社会は破綻する。そんな社会で誰がトイレを掃除するんだ? 誰が事故で死んだ猫の死体を片付けるんだ? 誰もやりたがないだろ。だからそれを今〝魔力〟にやらせている。機神の技術を応用した人形を使って町を掃除させている。
そんな世界が長く続くと思うか?」
「…………」
トゥーリは視線を逸らす。
その反応はバリーの望んだ反応だったようで嬉しそうな笑顔を浮かべ、両手を広げる。
「この世界は魔力に満ちている!」
狂気に満ちた瞳で天を仰ぐバリー。
「ユグドラシルによる世界改変! 現実世界の物質を異世界物質に変質させるとき、膨大な量のエネルギー、魔力が生まれる……すでにこの街には大量の魔力が満ち、魔獣化の時に消費する膨大な魔力量も優に確保できる。
俺たちの世界に———終わりはない」
「終わる……いずれ終わる。遅いか早いかの違いだけで! それを延長させるためだけに他の世界を巻き込んでいいはずがない!」
「許されるんだよ。俺たちは生きてるんだから、人は生きている限り生き続けなければならない。生き物として自殺を選んではいけないんだよ。生き物は生きている限りその生を楽しんで謳歌しなければいけない! だから俺たちは俺たちの世界を謳歌するためにありとあらゆるものを壊す。壊してでも生き延びる! それが生命としての正しい在り方なんだよ」
「その結果が、何も残らない砂漠だとしても?」
「その砂漠にも花は咲くさ。後の花が何を想おうが俺たちの知った事じゃない。後の花には後の花の生命がある」
「勝手すぎる……この世界の人たちは何も悪くないのに」
バリーはトゥーリを見て笑った。死んだ目をして、口角を上げて笑顔を作っていた。
「この世界の人間は悪くない。その言葉には同意しよう。だが———この世界の人間は本当に生きることを望んでいるのか?」
「当たり前でしょ⁉」
「違うな。俺たちがやっていることはこの世界の人間が望んでいたことだ。この現実世界の人間が、な」
「…………嘘をつかないで」
トゥーリの表情が、険しくなる。
「これはこの世界の人間の意思を酌んでやっていることだ————、
藤吠双臥。
二十年前俺たちの世界にやって来た〝勇者〟。あいつの望みを叶えるために俺たちはこの世界を破壊しているんだよ」




