第2話 序章―――夢か現か。
「するなよ!」
「わっ!」
え?
男の人の声が間近で聞こえた。
「ちょ、ちょっと君大丈夫?」
「え?」
目を開けると、目の前には男性駅員さんがいた。
ざわざわとした喧騒が聞こえる。
新宿駅の山手線のホームだった。椅子に俺は座り、駅員が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「あ、あの……ここはいった……いや、新宿駅ですよね? わかります。わかってます……けど、えっと……?」
「キミ居眠りしてたの? 心配で声をかけちゃったんだけど、その制服どこの学校? 中学生? それとも高校生?」
「高田馬場にある戸髙高校です。い、今何時ですか?」
「六時半だけど?」
今日は学校が四時に終わった。それから軽く遊ぶということで、二駅先の新宿にやって来た。新宿に着いたのが四時半になっておらず、そこから二時間近くゲーセンでダラダラと過ごしていたと思う。
「あれ————?」
思い出した。
六時十五分だ。
時間が止まる直前、俺は携帯で時間を見ていた。山中がいったいいつになったら格ゲーに飽きてくれるのか、うんざりしながら時間を確かめていた。そこから何分経ったのかわからないが……。
ピロピロピロピロ……!
携帯が鳴った。俺は駅員さんに「すいません」と軽く謝り携帯の通話ボタンを押して耳に当てた。
「もしもし、山中か?」
駅員さんがうんざりという感情を若干顔に出しながら、手で〝どうぞ〟というジェスチャーを確認しつつ、意識を耳に集中させる。
「おい、藤吠ェ‼ 今どこいるんだよ⁉」
うるさ……。
思わぬ大声に耳がキーンとなる。だが、山中は決して怒っているわけではない。それはすぐにわかった、山中の声の向こうでピコピコ激しい電子音が響いている。
山中はまだゲームセンターの中にいるのだ。
「新宿駅……のホーム」
「はぁ⁉ お前いつの間に……帰るんなら帰るって言えよぉ‼ いきなりいなくなったから田代と二人で探したじゃん‼」
「ごめんごめん……あの、ヘンな質問するけどさ。俺いなくなったのに気が付いたの、どのくらい前? っていうのは……いつ俺がいないことに気が付いた?」
「……五分ぐらい前だよ‼ もういいから‼ 今度は帰るときは帰るって言ってから帰れよ‼ じゃあな‼」
「ああ……ごめん」
俺の言葉を聞く前に、すでに山中は通話を切っていた。
五分で新宿の駅に俺は移動していた?
山中が今いるゲーセンは、新宿駅からも歩いて十分程度。走れば不可能ではない……が、そもそも俺たちは普段新宿への生き返りで新宿駅・山手線を使わない。高校から副都心線が通っている西早稲田駅が近いため、そこを使って新宿三丁目の駅で降りている。
だから、そもそもここに居ると言うこと自体がおかしい。
「友達は大切にした方がいいよ」
山中の声がでかかったせいか、駅員さんに会話の内容をばっちりと聞かれていた。
「まったく……」とため息交じりの言葉をはきながら、俺に財布と生徒手帳を差し出してくる。
「落としてたよ。えっと……何て読むんだ? ふじほえ……が?」
俺の生徒手帳を見ながら、眉をひそめている。
「ありがとうございます、読みづらいですよね。藤吠牙って読むんですよ。牙ってカッコつけた名前であんまり好きじゃないんですけど……父親が動物学者で……ッ⁉」
手に取った瞬間ゾッとした。
駅員さんが渡した生徒手帳と財布は確かに俺の〝モノ〟だった。
————血まみれだった。
「え、え……⁉」
「もう九月だからね。文化祭か何かだろ? それともハロウィンかな? 渋谷でやるようなバカ騒ぎはやめてくれよ」
血まみれの財布と生徒手帳を渡しておきながら彼は笑っていた。
「その恰好。仮装か何かだろ?」
自分の格好を見下ろす。
制服が腹の部分で、分割されていた。
断面付近は赤く染まり、血が流れてしまったと言うことがわかる。だが、その下の地肌は綺麗だ。肌色の俺の皮膚は全く損傷していない。
「コスプレとか多いし、僕は理解があるつもりだからそんな格好してもなんとも思わないけどさ。中には冗談がわからないで本当に大けがをしてるんじゃないかって思う人もいるから。何かで隠した方がいいよ、それじゃあね」
最後まで駅員は俺の格好を仮装だと思い込んでいた。
夢じゃ———ない。
俺は黄金の巨人と赤い獣の戦いに巻き込まれて、命を落とした。
さらに証拠を裏付けるように———掌も血で真っ赤に染まっていた。