第16話 赤城白太、バグで異世界へ
赤城白太の目の前には———竜がいた。
「———え⁉」
戸髙高校へ行き、異世界侵食事件の重要参考人として、藤吠牙を呼び出した。そこまでの記憶はある。だが、そこから先の記憶がない。
気が付いたら、目の前には異世界が広がっていた。
中世ヨーロッパのような街並みが広がり、巨大なドラゴンが街を闊歩し、空には島がいくつも浮いている。ペガサスが空を飛び、背中に悪魔の翼が生えた魔族と言える人々と人間が共存している街。
「ここは……どこだ⁉」
「ヴァランシア王国だよ。あんた、変わった格好をしているね」
露店を開いているおばさんが気さくに話しかけてくる。
「ヴァランシア王国……? 日本じゃないのか?」
「どこだい、そこは?」
おばさんは快活に笑い飛ばし、林檎を一つ投げた。
「困ってるみたいだからサービスしてやるよ。ここは平和と進化の王国ヴァランシアだからね。ここでは人間も魔族も魔物も関係なく、皆平和に暮らしているんだよ」
「……魔物とも?」
「見なよ」
街を闊歩しているドラゴン、サイクロップスが巨大な塔に向かって歩いて行っている。既にその塔の周囲には何体ものドラゴン、巨人系の魔物が資材をもって建築の作業をしている。
彼らが造っている塔は———先端が見えないほど高かった。
雲を突き抜け、天空の遥か先まで到達しているのではないかと思えるほどの、巨大な塔だった。
「あれは?」
「ミストラルの塔さ。あれの中心には世界樹があって、この世界に魔力を満たしている。あの塔を創ることで放出される魔力がさらに増えて、世界の魔力が濃くなってだいぶ生活が楽になってんだよ。あんなもの昔はなかったからね」
おばさんの指先が今度は塔からすぐ近くの街灯に指される。
「夜になったら灯るんだよ」
そう言った瞬間、白太の眼前を四角い鉄の箱が風を巻き上げて通り過ぎていった。凄まじい風圧が白太を襲い、思わずしりもちをつく。おばさんがその箱に向かって「どこみてるんだい!」と怒号を上げるが、全くスピードを落とすことなく箱は小さくなっていく。
箱の外観は———車にそっくりだった。
そしてタイヤがなく、下部に緑色の魔法陣のようなものが展開され、宙に浮いていた。浮いた状態で高速で飛んで行っていた。
「風車よ。あんなものも昔はなかった」
「空飛ぶ車なんて……魔法世界なのに、だいぶ未来的ですね……」
「なにが未来だよぉ。もうあるじゃないか。昔は考えもつかなかった魔法の道具がドンドン生み出されて生活も楽になっていく。世界樹が魔力を満たしているおかげでいつも豊作。食うモノにも困らない」
ガッハッハと笑うおばさん。
「天国みたいなところですね……」
白太の眼が徐々にトロンとしてきた。
この世界をもっと知りたい。そう思った瞬間だった———、
視界に突然女の子が出現した。
「何処? こ、」
そして、一瞬で消えた。
「———? 今のは?」
「ああ、偶にあるんだよ。見たことのない恰好の人だったり、見たことのない風景が、幻のようにこの街に現れては消える。
私たちは夢霊現象って呼んでるけど、あんたは例外みたいね」
「いや、例外じゃなくて……どうしてそんな落ち着いてるんです⁉ 日本人でしたよ、今のは!」
さっきの女の子は戸髙高校の制服を着ていた。
トゥーリの言う、異世界からの浸食に伴う何らかの現象であることは明らかだった。
「まぁ、王様がなんかしてるんでしょ。私たちには到底考えつかない何かを」
おばさんが再びユグドラシルの塔を仰ぎ見る。
「王様は私たちの想像もつかないことをやってくれる。魔王を倒して、機神なんてものを開発して、私たちの暮らしをどんどん良くしてくれる。だからこれもなんらかの理由があって、そのうち王様もちゃんと説明してくれるさ」
「…………」
侵略をしている側はこうも呑気なのか……。
全部ぶちまけてやりたかった。あんたは加害者で俺たち被害者大変な迷惑をこうむっていると。だが言ったところで状況が大きく動くわけもなく、この異世界にいて頼れるものがいない白太にとって、ここまで親切にしてくれるおばさんにたいして恩をあだで返すような真似はできない。
「あのおばさん。あの現象を見たり、俺と普通に話しているところを見ると、俺みたいな人間実は結構いる」
おばさんはにやりと笑った。
「実は———ね。さっきのみたいに幽霊のように一瞬で消えちゃうのがほとんどだけど、たまにあんたみたいにずっとこっちの世界に居座り続ける奴もいる。個人差なのか、魔法の影響かは知らないけどね。渡り人って呼んでるよ、そういう人間のことを。まぁとりあえず、あそこに行ってみるといいよ」
おばさんが指をさしたのはレンガ造りの大きな建物だった。
「ギルドさ。あんたたち〝異世界人〟は魔法は使えないだろうけれども、なにか仕事は紹介してくれるはずだよ。しばらくはこの世界にい続けなきゃいけないだろう?」
「ギルド……」
昔やったネットゲームで聞いて以降久しぶりにその響きを聞いた。
そう言えば、最近忙しすぎて全然あのゲームをやっていない。学生の頃はあんなに好きで寝る間も惜しんでやったのに。
「ギルドかぁ……!」
異常事態だと言うのに、白太の心はワクワクしていた。




