私は叶わぬ恋をした
私は叶わぬ恋をした。
初めての一目惚れだった。
初めての恋だった。
あの日のことははっきりと覚えている。
少し肌寒い秋の朝、通学電車に乗り、なんとなく一番まえの車両に座った。
私の斜めガラス越しに運転している若い男性の車掌さんにふと目をやった。
すらっとした背中、真剣そうに線路を見つめる凛々しい目、スッと伸びた鼻筋、髭ひとつない綺麗な肌、ハンドルに添えられている細長い綺麗な手。
私はそれを見た瞬間恋をした。
息をするのを忘れるほど、その人に心を奪われた。
その人のためなら何を犠牲にしてもいいと思った。
その日から私は毎日一番前の車両に乗るようになった。
その人のいる電車の30分はとても短く感じられた。
毎日乗っていると、その人が運転する時間帯がわかるようになった。
火曜日と木曜日の朝、そして金曜日の夕方。
金曜日の夕方が一番私にとって特別な時間だった。
電車に入ってくる夕日が車掌さんの横顔を照らす。
より凛々しく爽やかで余計私の心を奪い取った。
ある日私はその車掌さんに話しかけることを決意した。
「いつも安全に運転していただきありがとうございます。実はずっとあなたの運転を見ていました。」と
それはとても勇気のいることだった。
私のことをただ知ってほしい。
そんな思いが私の背中を押した。
金曜日の夕方、私はいつもは買わない切符を買い、電車に乗った。やはりその車掌さんはいつもの運転席にいた。
その切符は丁寧に財布の中にしまった。
私の手汗がついてしまったら車掌さんには渡せないから。
いつもの駅に着いた。
「次は中田〜中田駅です。お忘れ物のないようご注意ください。」
心臓の音が私の体に伝わってくる。もう少しだ。
汗ばむ手を拭き、きっぷを取り出した。
電車に出ると、あの車掌さんが立っていた、
私は車掌さんに近づく。
「ありがとうございました〜。」
車掌さんは優しく爽やかな声で私のきっぷを受け取ろうとする。
何度も家で練習した車掌さんへの言葉。
「あの...」その言葉を言おうとした瞬間、それは「あっ...」という掠れた声に変わった。
その人の左薬指には指輪がついていたのだった。
夕日に照らされて、目を閉じたくなるほど輝いていた。
「どうされましたか?」
車掌さんは私の顔を見る。
指輪より眩しく、切なくて目を閉じた。
「いつも安全に運転していただきありがとうございます。」
私はそれだけ告げ、逃げるように駅から降りた。
その日はずっと布団にうずくまって泣いていた。
その日から私はあの席には座らなくなった。
私は初めて恋をし、初めて失恋を経験した。
今でもあの車掌さんの横顔を忘れることはできない。