表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崩界地圏の旅人たち  作者: 燐火
地歴7993年
6/8

鋼の丘ー陽鋼の街ー



***(地歴7993年/17の月/5週目/風の日・17/30)


 地圏には、それぞれ力の及ぶ範囲がある。だからこそ、その地の特性や力の及ぶ圏内、すなわち地圏と称される。そして、その中でも力の強弱がある。

 〈鋼の丘〉の中でも一番力が強い場所、その場所付近にあるのが〈陽鋼の街〉である。


 何故、〈陽鋼の街〉というのかは、近づけば簡単にわかることだ。

 ぎらぎらと目を焼くかと思うほどの太陽光の反射。草木に緑色や他の色はほとんど見当たらず、ただ、鋼で構成されている。全ての草木が、ぎらぎらと太陽光を反射させているのだ。

 故に〈陽鋼の街〉。陽光が鋼を輝かせる街だ。



 テレイアと別れてから2日。

 フェイは、テレイアから与えられた疑問を歩きながら考えていた。とはいえ。4日ほど歩き続けていると言えども、慣れぬ道行であるが故に、深々と考えられる状況ではなかったが。


 ふと、その丘の上から眼下を見下ろして、その数秒後フェイは目を背けた。眩しかったのである。〈花鋼の街〉周辺とは比べ物にならないほどの、太陽光の反射がフェイの目を焼いたのだ。

 

 アヅサに渡された色のついた眼鏡、サングラスを渡されて、フェイは戸惑いながらもアヅサと同じように弦を耳にかける。途端に見やすくなった視界にほっと息をついたフェイを、アヅサが申し訳なさそうに目を細めて見ていた。


「ごめんなさい、〈鋼の丘〉特有のこの眩しさを忘れていたわ」

「〈花鋼の街〉の近くよりも、眩しいのはなんで?」

「〈陽鋼の街〉周辺の方が、鋼に置き換わっているものが多いからよ」

「ふぅん」


 なだらかな丘の頂上から、ゆっくりと降りていく。足元に伸びる土の街道だけが、さっきよりも暗くなった視界で、黒々と白い反射の中を貫いている。フェイは、いずれこの土の道も鋼に置き換わっていくのだろうか、と浮かんだ考えを横に置いて、テレイアからもらった質問をぼんやりと考えていた。

 そうして、ひとつ、ふたつと丘を超えた先、黒々と貫いていた道の先が突如に白く染まっていた。


「あれは?」

「街道の先の白いもの?」

「うん」

「あれが〈陽鋼の街〉よ」


 アヅサの言葉に、フェイはじっと目を凝らす。

 白く染まって見えたそれは、鋼が太陽光を反射しているからのようであり、〈花鋼の街〉と同じように、塀があるのだろうと窺い知れた。


 近づけば、白いのは鋼の太陽光による反射だけが理由ではないとわかる。ひらひらと揺れる白い布がたくさん、たくさん、塀や、塀の奥の家屋に掛かっているようであった。


「あのひらひらしているのは、布?」

「あら、よくわかったわね。そう、白い布を垂らしているのよ」

「なんで?」

「なんでだと思う?」


 フェイは、テレイアにもらった質問からやっと離れて、白い布が揺れる様をじっと見ていた。すぐそこにまで近づいてきた塀に垂れている白い布の隙間から、太陽光が差し込んで、時折強く白く光る。


「太陽光の反射を減らすため?」

「そうね、それもあるわ。あとは、あそこを見てみなさい」


 白い布が風に捲れ上がった。その隙間をサングラス越しに目を細めながら見て、フェイはハッとしたようにアヅサのことを見た。

 白い布がよく捲れているであろう端の部分よりも、あまり捲れないであろう真ん中の部分の方が損傷が少ないのだ。光り方も、傷のつき具合もかなり違って見えたのだ。


「傷がつきにくいの」

「そうね。鋼でできたものを替えるよりは、白い布を替えるほうが楽でしょう」

「……うん」


 アヅサに言われたことは、なんとなくだけれど想像できて、フェイは小さく頷く。確かに重いであろう鋼のものを替えるよりかは、布を替える方が軽いし楽であろう、と思ったのだ。


 捲れ上がったままの白い布をくぐり抜けて、塀の下、門の中に入る。太陽光が鋼に遮られて、サングラスをかけた視界は急激に暗くなる。アヅサがそのフードの中で、サングラスを押し上げたのを見て、フェイもサングラスを押し上げる。


 〈花鋼の街〉と同じ制服を着た、門番が頭の上に色のついたゴーグルをつけて、業務を行っていた。

 アヅサが身分証がわりの金のカードを提示すれば、今日の日差しは強いねといった軽い雑談と確認ののち、ほんの数分で通される。

 門のうちで、街の中の景色が見える頃には、アヅサがサングラスを下げたので、フェイもそれに倣った。街が見えてくるだけで、サングラス越しでも真っ暗な中から真っ白に変わって視界がチカチカするほどである。サングラスがなければ、簡単に目が焼けてしまうであろうほど。


 行き交う人のほとんどがサングラスであったり、色のついたゴーグルをつけているのだから、どれだけ太陽光が凄まじいのかがわかる。稀にいる、サングラスやゴーグルをつけていないのは、太陽光に慣れた猛者か、盲ーー目の見えない人であろう。

 太陽光が鋼に反射する光が強いのであって、太陽光自体は砂漠などに比べればそこまで強いわけではないので、白い服を着ている人は多いけれど、全員が全員真っ白な服を着ているわけではなく、全てが目に痛々しいというわけではなかった。


 すたすたと大通りの中、人を避けながら案内もなしに歩いていくアヅサを、今更ながらフェイは不思議に思う。アヅサは、何度もこの街に来ているのだろうか。それにしては、アヅサの持つ地図の異様な古さがわからないのであった。


 フェイの歩く速さを考慮して足を運んでいるアヅサ。フェイにとって苦ではない早さのまま、されど、物珍しい街を見たいと思うフェイにしては、少々早いと言いたくなる早さで、アヅサは進んでいく。


 ふと、フェイはザワザワとしている周囲のうちから、一際目立つ声が耳に届いて、その声の元を振り返った。ちょうどフェイの振り向いた顔の側にいたアヅサもつられてその方向を見た。


「我らが空、我らが仰ぐ御光、天空神ユゼ様に祈りを」


 広場を通り抜けたその声は、よく通る年若い女性の声でありながら、どこか重厚ささえある声だった。それはつくられた声でありながらも、人の耳に残るような、聞きやすく調整された声である。


 広場の端。人が集まったとしても人の移動の邪魔にならないそんな場所で。白ではない、サングラス越しでは多分としか言えないのだが、おそらく空色の服を纏った少女が手を組んでいた。長い髪を風に遊ばせながら、少女は祈り、声を上げを繰り返している。サングラスをかけていないその姿は、どこか場違いでさえあった。


「珍しいわね、こんなところで」


 ふと立ち止まったフェイに釣られるように立ち止まって、アヅサはそう呟いていた。

 少女は未だに声を上げ続けている。声が枯れないのか心配になるほどに。


「珍しい?」

「ええ。あの子が信仰しているのは、〈天空教〉ね。〈天空教〉はこの辺では教会が建ってないから、あんなふうに活動しているのを見るのは珍しいのよ」

「〈天空教〉?」

「そう。そういえばフェイの故郷は……大陸の北東だったわね。〈天空教〉というのは、天空神であるユゼを主神とした自然を神格化した宗教よ」

「えっと、自然が神様ってこと?」

「まぁ、そんな感じでいいわ。」


 ちなみに、今アヅサとフェイがいる〈鋼の丘〉があるのは、大陸を二分する〈空越の山脈〉の東側における南西部である。


「あと、この辺りではあんまり受け入れられにくいから仕方がないのかもしれないけれど」

「そうなの?」

「えぇ。この辺りは〈風の民〉が強いからね」

「??」

「多分、すぐにわかるわ」


 頭に疑問符を浮かべたフェイに、アヅサは苦笑して告げた。




 アヅサが目指していた場所は〈地圏対応協会〉である。

 白い布を垂らされた、鋼の外観からは想像もし得ないが、内部は普通の木の板張りであり、柔らかな印象を与えている。フェイがこれまで他の街で見た内観と、ほぼほぼ一緒であった。


 ただ一つ、違う点があるとするならば。

 扉を開けてすぐ左側にステージが設けられていて、そこで何人かの人が講談らしきものを行っていると言う点である。

 アヅサは、彼らには目も向けずに依頼達成の報告及び納品を行なう。フェイは、アヅサと職員の手元を見つつも、ちらちらとステージの方を振り向いた。

 次なる依頼を進めてくる職員をさらりと躱して、アヅサはフェイを伴って、ステージの方へ進んだ。


 ちょうど、話の切れ目だったらしく、まばらな拍手がステージ上の人を称えている。一礼して、そのまばらな拍手に苦笑しつつも答えながら、降りてきたその人が、アヅサを見てその真赤な目を見開いた。


「うえっ、〈翡翠の旅人〉!」

「……ルスー」


 アヅサの呼び声は、アヅサを〈翡翠の旅人〉と呼んだ男に比べれば冷たく硬い。

 一瞬、顔を顰めて、それからフェイに今気がついたかのように、にこりとその男・ルスーは笑った。近づいてきながら、器用なことをしているルスーに、アヅサは大きくため息をついてみせる。

 アヅサのすぐそばまで歩いてきたルスーは、小声で叫ぶと言う器用なことをしてみせた。


「なんであんたがここにいんだよっ!」

「それは、こっちのセリフよ? ……というか、貴方のことだから、既に知っているでしょうに」

「知るかよ。お前、割と神出鬼没じゃねーか」


 そう? と首を傾げたアヅサに、ルスーはそうだよと返して、アヅサの腕をとって、すでに次に講談するであろう人が上ったステージから離れる。フェイとしてはやけに持て囃されてステージに上り話し始めた人が気になったのだけれど、アヅサとルスーが人の輪から離れていくので、アヅサについていく。


 職員が動き回っているカウンターにほど近いベンチにフェイとアヅサを座らせて、ルスーもその隣に座った。

 ルスーは自身の長い茶髪を背後に投げ飛ばして、行儀悪く足を組んで頬杖をついた。


「で。こんなところに何をしにきたんだ? 〈翡翠の旅人〉さんよぉ」

「ちょっと。やめてくれる?」


 アヅサは顔を顰める。周囲をさりげなく確認する様に、アヅサはよほどその名前で呼ばれるのがいやらしい。〈翡翠の旅人〉、聞いたことのないその呼び名に、フェイは首を傾げた。


「〈翡翠の旅人〉?」

「あー、こいつの通り名だよ。ま、古いけどな」

「……そうよ」


 チラリとアヅサを見たルスーは、アヅサの不本意そうな顔を見つつも、その顔に仕方がないなぁとでも言うような色を見つけて、軽く説明をする。アヅサ自身には説明する気はなさそうであったのだから。アヅサは、しぶしぶルスーの説明にうなづいた。


「で、何か用?」

「これといった用はねーよ。あんたがこんなとこにこんな時期にいるなんて思ってもなかったから、思わず声に出ちまっただけだしな」

「あー……まぁ、そうね。本当ならもっと南か北にいる予定だったもの。正しいわ」


 ルスーはアヅサが遠くの方を見ながら言った、その言葉にわかりやすく目を見開いた。

 急に振り向いたことで、ルスーの髪が揺れた。アヅサを見つめるその赤い目を、フェイはチラリと見た。その赤い深淵を、覗き込むことをフェイは躊躇していた。恐怖からではなく、直感を理由にして。


「は? じゃあお前……」

「あなたの思う通り、依頼を受けることになってね」

「へぇ。……だからか」

「だからよ。で、貴方はなぜここにいるのかしら」


 今度は、アヅサの目がじっと、ルスーを見つめた。

 その翡翠をうけて、ルスーは一度目を閉じた後、真剣な眼差しで翡翠と視線をまじらわせる。


「俺も、やることがこの辺であってな。詳しい話は、ここではできねぇが」

「あら、私が聞いてもいいの?」

「あ? あー、お前は知っていたほうがいい話だろ。多分な」


 周囲は、アヅサとルスーの坦々とした静かな空間とは違って、異様に盛り上がっていた。

 先ほどまで、ルスーが立っていたステージには、別の人間が立っていて、その人が持て囃されているのである。周囲を観察してみれば、協会の受付員の人たちもステージに集中している。もはや協会内で個別の時間を持っているのは、フェイ、アヅサ、ルスーぐらいであった。


 立ち上がるアヅサとルスーに、慌ててフェイも立ち上がる。

 湧く協会の中を我観せずと横断する2人を追いかけて、開いた扉を手前に、フェイは振り向く。

 ステージの上で立つ人と目があった。一瞬合った目と目。すぐにアヅサの不思議そうな声をかけられて、前を向いたけれど、フェイはステージの上から静かに見下ろしていたその人の黄色の瞳がしばらく脳裏から離れなかった。






 協会を出て、ほんの少し歩いた後。アヅサはあっと声を上げた。


「宿をとってないわ」

「お? おー、俺もちょっとやることあったわ」

「で、どうするの? どうせ貴方なら私たちが泊まる宿は簡単にわかるでしょうけれど」

「いや、そんなすぐにはわからねぇから。普通に困るんだが?」


 道の端で立ち止まって話す大人2人。


「繁忙期はすぎているから、すぐにとれると思うけれど。私がいつも泊まっているところの予定よ。……これならわかるでしょ」

「あー、はいはい。そこにいけばいいんだな。……じゃ、また後でな」

「えぇ、遅くならなければいつでもいいわよ」


 人に紛れ込んだ、なかなか目立つであろう長髪を持つルスーは、その容姿の稀有さとは裏腹に、数秒後には、どこにいるのかさえはっきりとしないほどの没入を見せるのであった。

 その後ろ姿をチラリと目で追って。アヅサはすぐに目を逸らして、フェイの手をとった。




***(地歴7993年/17の月/5週目/風の日・17/30)




 するりと路地裏に入り込んだ、長身。恐ろしいほどに周囲の人に埋没していたはずのその長身の人は、路地裏に入り込むと同時に臓腑さえ凍らせるほどの威圧感を纏った。〈鋼の丘〉の、この〈陽鋼の街〉では当たり前の白いローブが、絶対零度の威圧感をそのまま表出させたかの如くまとわりついていた。されど、表通りには一切の変化を悟らせることなく、ただ、その男の望む対象のみにその威圧を届ける。


 〈陽鋼の街〉の表通りでは考えられないほど薄暗い路地裏の、地元の人でさえ滅多に来ないような狭い場所で長身の男、ルスーは足を止めた。

 チラリと上を目だけで確認をして、腕を組んで数十秒。


 ルスーはそのまま、部下たる客人を出迎えた。

 屋根の上から音も立てずに落ちてきた白いローブの男が1人。焦ったように、ほんの少し切れた息。多少は急いできたかと、ルスーはほんの少し威圧を緩める。


「ルスーさん」

「遅い」

「す、すみません」


 ルスーの威圧に、びくりと肩を跳ねさせる部下。その姿にルスーはため息をつきたいのを堪えて、その顔を顰めたままぼつりと言った。


「報告」

「は、はいっ!」


 部下が流れるように報告をしていく。

 彼らの活動の一件。三月ほど前に始まったことのうち、ここ一月、30日間に起こったこと、特に最終の5週目に起こったこと。それまでの4週はすでに報告はしてあったので、軽くおさらいのように流れを説明しながら、部下は話を続ける。


 ことの始まりは、三月ほど前に見つかった人身売買の痕跡であること。

 そこから辿り、売買を実施していた商会のいくつかは捕縛し、協会の警吏や街の警備隊等に突き出した。だが、大元の商会やら組織を追跡することはできなかったのである。

 そんな中で、ひと月前に〈誓約の街〉で人身売買されたとされる子が見つかり、屋敷を特定して、人身売買された子達を解放したまではよかった。が、その屋敷で決定的な証拠となる文書の入手はできず、解放した人身売買された子達の数名が行方不明となってしまったのである。


 そのうちの1人が、アヅサのつれているフェイである。

 フェイは保護された、アヅサによって。もう1人は、すでに保護済。

 そして、後3人が未だに行方不明であった。


 未だ残る大きな問題は二つ。

 一つは行方不明となった子ども達。

 もう一つは、決定的な証拠である。子供達も証拠になるが、それ以上に文書として、数や規模を把握しておきたい目的があったのだ。


 だが、その証拠となりうる文書は見つかっていない、のだという。


「は?」


 ルスーの顔が歪む。フェイやアヅサといた時の朗らかとは言いづらいものの、あるていど親しみやすさのあったものではない。絶句して、歪められた顔。

 大きくため息をついて、ルスーはかぶりを振った。


「何やってんだお前ら」

「申し訳ありません。決定的なものは、見つからず……」

「まぁ、いい。……あいつが子を拾ったのは、良かったのか悪かったのか」

「は、はい?」

「もういい、後始末してろ」

「はいっ!」


 飛び上がって(文字通りのことだ)、屋根の上に消えていった部下。

 今の今まで息を詰めるような威圧感が、どんよりと空間を暗がらせていたそれがふっとたち消える。


 ルスーは歩き出す。

 脳内でアヅサのいつも使っている宿までの道を思い浮かべつつ、ふっと笑う。

 よくない方へと向かっている、そうルスーは現状を認識していた。けれど、アヅサがフェイを拾っていたのは、不幸中の幸いなのかもしれないとも思っていた。

 だが。アヅサと話している中で出てきた情報でひっくり返った。


「あいつの予定になかった、なら……〈嘆きの巫子〉か」


 アヅサの言葉、アヅサの状況。

 そして。〈嘆きの巫子〉の導き。


 〈嘆きの巫子〉。何かしらのことが起こるときに裏で糸を引いていると思われる人物。そして、最悪の未来へとつなげない一手をうつ人物。それが、〈嘆きの巫子〉だ。

 久々に大きくことが動く、そう予見させる全てに、ルスーは口元に笑みを浮かべていた。


「さてはて、嵐の前触れかねぇ。……おっと、やべぇ。待たしてるんだった」


 ルスーは思わずと言ったようにつぶやいて見せて。いつものように、どこか芝居がかった言葉で、足を早めるのであった。





 ルスーがアヅサの部屋にたどり着くのは、一度別れてからさほど時間はたっていなかった。太陽の傾きがさほど変わっていなかったのだから、外は未だ眩しいままである。

 建物内でも鋼色は多かったが、外ほど強烈な光源はないゆえに、まだ目に優しい。


 机の上にはお茶の入ったコップが並び、軽くつまめるお菓子や軽食がバスケット内に雑多に詰められていた。

 椅子に座って、受け取ったコップをすぐさま飲み干したルスー。苦笑したアヅサが、そのコップにお茶を注いだ。ルスーは軽く頭を下げ、アヅサはお茶の入ったポットを机の上に置いた。


「この近くにいたのは、フェイに関することなのでしょう」

「あー、やっぱわかるよな。そうだ」


 アヅサの断定した言葉遣いと、その目に射抜かれて、ルスーは目を逸らして首肯する。

 椅子に座り直したアヅサは首肯されたが故に、逆に焦りをその目に浮かべた。フェイは突然の名指しに、目を見開いてカップを手に固まっている。


「話せるところだけでいいから話しなさい」

「フェイは……人身売買の被害者で解放できた子ども達の中で、行方不明者のうちの1人だ」

「……なんで貴方は〈鋼の丘〉にいるのよ」

「そのうちの1人……あぁ、フェイとは別のやつだ、がこの辺で見掛けられた、らしいんだが。多分からぶったな」


 からぶったと言う口で、態度さえも残念な様子を隠すことなく肩をすくめる。

 焦りののち、ジトりとしていた目線は、仕方のないものを見る生ぬるい視線へと変わっていた。


「そう……」

「で、だ。フェイは早急にこの付近を離れたほうがいい」

「加害者が捕まりきってないのかしら」

「お、さすが。その通りだ」

「その程度でほめられたくはないわよ」

「で、いつでる?」

「……急いだほうがいい、のね?」

「そうだな。出来れば、川越はしてほしいところだが」


 アヅサは、手に持っていたカップを机の上に置いた。じっとルスーの目を見る視線は雄弁で、真剣である。フェイは怒涛に続く会話に目をまわしかけながらも、フェイ自身にとって大事なことを話していることだけはわかっていた。それでもアヅサとルスーの会話は怒涛であったがために、会話の端端を拾うだけが精一杯であったが。


「〈風の草原〉にいくべきだと思っているの。だから、これから〈雷鳴の城〉までいく予定よ」

「〈雷鳴の城〉、な。メイベルに会いにいくのか。お前なら、会えるもんな」

「そうよ。よくわかったわね」

「メイベルを知らない輩なんて、モグリだろ」

「それもそうね……貴方、次の目的地は」

「は? あー……〈凪の丘〉だな。だが〈誓約の街〉はちょいと避けてぇから、〈粉粒の川縁〉だな」

「あら、ということは〈月鋼の街〉に行くということでいいのかしら」


 〈凪の丘〉は、〈鋼の丘〉からならば、〈誓約の街〉を超えた向こうにある。詰まるところ、大陸の東側にある地圏である。〈粉粒の川縁〉は〈不忘の草原〉の南にある、川を跨ぐ地圏である。北から流れてくるその川は、〈誓約の街〉の東側を経て、その南にある〈不忘の草原〉の東側をも経て、またその南にある〈粉粒の川縁〉を経て、南へと流れていく。最終的には海まで届く長く広い川である。

 そう、2人の目的地は違うが、方向は同じであった。


 頷きながら、にぃとルスーは笑った。

 それに少しだけアヅサは安心したように目を緩ませて、考え込んだ。


「ああ、そうなるな。〈風の草原〉に入る前ぐらいまでは付き合うぜ。そのほうがこっちも都合がいいからな」

「依頼は受けるべきではないわね。これまでは、逆に良い方向に働いてくれていたけれど、ここからは急がないと……」




***(地歴7993年/18の月/1週目/陽の日・18/1)



 翌日の朝早く。

 白白と遠くから登り始めた太陽が、目にきつく鋼を輝かせている。白布が軽減するとはいえ、眩しいことに変わりはない。太陽が登り始めた頃であるために、暑くはないことが救いであった。


 前日早く寝たフェイは元気に市場を散策している。アヅサはその様子を微笑ましそうに眺めながら、隣でふらふらと歩くルスーに苦笑した。


「どれだけ呑んだのよ」

「あ? 呑んでねぇよ。少し、気になったことがあってな、調べてた」

「……〈天空教〉かしら」

「はぁ? ……〈天空教〉、な。何か気になることでもあったか?」


 ルスーと朝に出会った際にふわりとただよった残り香は既にない。しかし、わかるほどにはルスーの顔色は昨日飲んだ人のそれである。

 ふらふらとしているルスーの顔が顰められたのをみて、アヅサは内心違ったかとルスーがこの街でわざわざ気になって調べていたことが外れたらしいことに気がつく。けれど、蒸し返しても、もう何も反応はしないだろうと諦めることにした。


 フェイは市場の野菜売りに突撃して、アヅサの指導の通り鮮度を確かめて、見様見真似で値切り交渉を行なっている。どうやらいくつかは成功したものの、納得いく出来ではなかったらしく少し不満げな表情で背負い袋に野菜の入ったカゴをしまっていた。とはいえ、初めてにしては上出来である。


「この辺で見るのは珍しかったもの」

「そうだな。〈風の民〉に止められてないのか」

「止められているけれどやっているということも、止められていないということもどっちもあり得るわね」


 アヅサは諦めて話題をそのままに話を続ける。では、ルスーは一体何を調べていたのだろう。

 そうやって話をしていれば、前を行くフェイが朝市からはずれるように歩いていた。 


 完全に朝市からはずれ、大通りをアヅサが事前に示していた通りに、フェイは歩いていく。

 すでに買いたいものは買い終えていて、早々に街から離れたいこともあって門の方へと進んでいる。


 家屋の背がだんだん低くなり、外壁が高く見えてくる。ひらひらと白布がはためく様がよく見えるようになっていた。時折目を刺す太陽光の反射に目を細めながら、思い出したかのようにアヅサが言った。


「本当に、ありがたいわ。私、今、時期なのよ」

「やっぱりかよ!? ばっっかじゃねぇの????」


 ルスーの大声に結構な人数が……朝なので少ないが、反応してルスーの方を見る。

 その視線に一瞬身体を震わせて、すぐに苦笑して会釈した。フェイも驚いたようにルスーを見ていたが先に行くように手で促され、アヅサが頷いたこともあって門の方を向いて先を歩いていく。


 少し門の方に近づけば、すぐに視線も収まる。ルスーは安堵したようにか、はたまた疲れたようにかため息をついた。

 門を通過するための短い列に並んだ。列が短い理由は、まだ朝市が賑わっているからだろう。


「で? お前が時期のくせに出歩いている理由がフェイってわけか」

「当たらずも遠からずってところね」

「……あー、くそっ。〈巫女〉にしてやられている気がするぜ」


 フェイはルスーの言葉にじっとアヅサを見つめた。アヅサは気にしなくていいのよとでもいうかのように、フェイの背中を撫でた。

 ルスーが頭を抱えているのをよそに、列は進んで、門番に身分証がわりのカードを提示すれば、街の外だ。


 太陽光をキラキラと反射させる、そろそろ朝露が消えていく鋼の草。

 上り始めた太陽光が、フェイには、サングラス越しでも。やけに煌めいて見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ