鋼の丘ー花鋼の街ー
***(7993年)
門の閉まる少し前に街に着いたことと、ちょうど時期的に宿が埋まる時期であることが災いして、どうにかこうにか宿をとって、次の日。
ルレイに助けてもらったお礼をしたいからついてきてくれと言われて仕舞えば、断る理由もなくアヅサとフェイはルレイについていった。
朝の日差し、人々が起き出して動き出す時間だ。鋼色の街路樹の葉と朝露がきらきらと光を乱反射している。街の奥の方に立つ煙突が、朝一番の煙を吐き出していた。
人間のだす様々な雑多な音が、開き始めた店とともに街にこだましている。おはようと声を掛け合う街の人々、心地よい誰かの生きる音、隣人の生活する音、不快感のないざわめきが間を通り抜けてゆく。
ルレイが荷を届ける予定となっていた商店へと向かい、ルレイの娘の居場所を聞く。
商店の主人もルレイの娘であるユアンから、ルレイの死を聞かされていたが、顔見知りであったために生存を盛大に喜ばれ、主人が気を回して、ユアンを呼びに行ってくれることになった。
商店の片隅でソワソワしながら待っていたルレイ。息を切って走り込んできた女性が、ルレイの顔を見てみるみるうちに涙を浮かべて突貫した。
「父さん!」
「ユアン!」
女性の勢いを受けて、抱きとめたルレイ。
顔色のあまり良くない女性がルレイに抱きついて泣いているのを見て、フェイはそっとアヅサの顔を覗き見た。優しそうに微笑んでいる姿。フェイはアヅサの視線の先を辿って、微笑んでみた。そうすべきだと思ったからだった。
アヅサと商店の主人が苦笑してみせ、フェイが微笑みを浮かべるのに飽きた頃、ようやっとユアンは泣き止んで、目尻に浮かんでいた涙をルレイに拭われていた。
この人に助けられたんだ、そう語るルレイにユアンは涙を滲ませながら頭を下げてきた。
「ありがとうございます、ありがとうございます!!」
アヅサの手を強引に捉え、礼を言うユアンにルレイとアヅサは苦笑している。
フェイはただじっと見ていた。
何度も続く御礼に、アヅサはようやっと口を開く。自分が何かを言わないと、このまましばらく拘束されそうだとも思ったからであった。
「いいのよ。偶然といえば偶然だもの」
「でも、せめて食事くらいは奢らせてください」
そうだそうだと声を上げる商店の主人の声に背中を押されてか、ユアンは押し切るように言う。
ユアンの手によって両手を拘束されたまま、ただ感謝の気持ちがこもった表情で見つめられ、アヅサは笑った。
「わかったわ」
ところ変わって。近くの評判の飲食店に入って、注文を終えて一息をついた。
「私、ラーカス・ユアンと言います。父を助けていただいて、本当に、本当にありがとうございます!」
こうして女性の顔を見てみると、先ほどまでの印象とは打って変わって、フェイにはかなりやり手の商人のようにも見えた。 頭を下げるユアン、その隣でルレイも同じように頭を下げていた。
そして、ルレイの手でどんと卓上に置かれた重そうな袋にアヅサは笑みを保ったまま苦い顔をした。
「アヅサさん、受け取ってください」
じっと見つめられて、アヅサは大きく息を吐く。一体いつの間にそれを持ってきたのか。
「わかったわ。受け取るわよ」
渋々、アヅサはその袋を受け取る。チラリと中身を見て、アヅサは思わずギョッとしていた。
「こんなに受け取れないわよ!」
「いいんです。もらってください」
「いやよ。せめて半分までよ。それ以上というなら受け取らないわ」
じっと視線が交わる。ルレイがため息をついた。
「わかりました。半分ですね。もらってください」
ほうと息をついてルレイの手によって中身の分けられた袋をアヅサは受け取って、もう一度中身を見て、それから背負い袋にしまった。
それを見ていたユアン。アヅサが顔を上げるとほぼ同時に口を開いた。
「何か、私にできることはありませんか」
そう言って、すがるようにアヅサを見つめるユアンに、ルレイはただ苦笑しながら慈愛のこもった目を向けている。ここでルレイが止めないのは、ルレイ自身がお礼をしたいからでもあり、一度はもうみることができないだろうと覚悟したユアンの姿を見ることができて嬉しいからであり、それらがあるが故に止める必要性がないからであった。
ゆえに、アヅサは少し困っていた。ルレイとユアンは何がなんでもアヅサのために何かをしようとしていることがわかったからでもあり、わかったがゆえの問題もあったからだ。
一番であった必要事項を手伝ってもらうためには色んな意味で、タイミングが悪かった。場所も、時期も、連れ合いも。
現在の一番の必要事項を手伝ってもらうにも場所がよろしくない。言伝等を頼むにしても、一人は場所は掴めそうになく、もう一人の目的の人物のいる〈雷鳴の城〉は〈風の丘〉の中心に存在しており、〈風の丘〉は〈鋼の丘〉の南隣の地圏であった。
つまり、あまり意味がない。時期が違えば、〈鋼の丘〉にしばらく滞在しても良かったので、言伝も必要ではあっただろうが、〈誓約の街〉にある学校が新学期なので学生や教授が帰ってきて人が増えるのに加え、とある教授を思うとアヅサは早いこと〈誓約の街〉から逃れたかったのである。
アヅサの今現在の一番の必要事項は、〈雷鳴の城〉にいるメイベルという人物に会うことであった。それが、ラウンドマスター第七席〈嘆きの巫女〉に会うことにもつながっていたからであった。
考え込んだアヅサ。会話の止まったテーブルに、タイミングよく頼んだ食事が運ばれてきた。
「ごめんなさい、ちょっと考えさせてもらうわ。だから、先に食べてもらえるかしら?」
「いいえ、いいんです。私が、アヅサさんのためにやりたいと思っているので、ゆっくりと考えてください!」
「じゃあ、お言葉に甘えて食べるとしよう。フェイさんも、アヅサさんもどうぞ」
「あら、ありがとう」
「……ありがとう」
ルレイによって差し出されたカトラリーを受け取り、運ばれてきたお肉の煮込み料理に手をつけた。
大皿であったそのお肉の煮込み料理は美味しかったこともあり十分もたたずにスープまでも綺麗に平らげられていた。
食事中も他愛のない話に相槌を打つだけで考え込んでいたアヅサ。
アヅサがふと思いついたのはちょうど取分けられたスープを飲み干した頃合であり、その思いつきは彼女にとってもかなり珍しい選択であった。
「……シュ・ランレンを知っているかしら」
「シュ・ランレンですか? ……ええと」
ぽつりと、水が滴り落ちるようにこぼされた言葉。
口ごもる。目が泳いだ。毅然としているユアンにしては珍しいことなのだろう。じっとユアンを見つめたアヅサ。そして、ゆっくりと口を動かした。まるで何かの儀式のようにもフェイには見えた。
「幻の蘭」
「……伝言か頼み事は何を?」
アヅサの発したその言葉は、音の絶えない周囲とは違い、静謐の中で発されたようでもあった。ユアンが驚いたように、一瞬目を見開いて表情を作り上げた。きりりと仕事人の顔つきになったユアンに、アヅサは手元で何かを書いた紙を渡した。
「かしこまりました。お伝えしておきます」
折り畳まれた紙をほんの少し広げた後、アヅサに返した。処分は如何様にでも、そう言ってユアンは笑う。
そんなユアンを見て、何を思ったのかアヅサは戯れのように言った。
「あなた、メイベルの弟子?」
「ふふふ」
にっこりと笑うその様は、肯定の意を言外に示すもの。されど、風潮する気はなく、勘違いされてもいい。そんな態度であった。
アヅサはひとつため息をついて、肩をすくめる。
「とんでもない娘を持っているわね」
「そりゃあ、この歳で一人前を認められるほどですからね。でも、こんなことでいいんですか?」
笑うルレイ。彼にとって嬉しいものであるのは明白だった。
「いいのよ、こんなもので。じゃあ、私はこの辺でお暇させてもらうわ。元気でねルレイ、ユアン。お世話かもしれないけれど、獣避けを新調することをお勧めするわ」
「ふふっ。はい、ありがとうございました」
「もちろん、そのつもりですよ。アヅサさん。本当に、ありがとうございました!」
アヅサはフェイを伴って、店の外に出た。
その後ろ姿を見て、ルレイとユアンは顔を見合って笑った。
アヅサはまるで一仕事を終えたような気分でいながらも、まだこの街でやるべきことには一つも手をつけていなかったので、嘆息しながら目的地の方へと足を向けた。
「どこへいくの?」
「協会よ。依頼達成の報告と、次の依頼を受けないとね。せめて〈雷鳴の城〉までは止まらずに行きたいもの」
「ならなんで、依頼を受けるの?」
「あら、あなたのためという言葉だけでは足りない?」
アヅサは、フェイの頭の良さに感心した。
それもそうである。依頼といった時間のかかる寄り道となるものを排除してしまったほうが早く旅はできる。アヅサの持っているお金もかなりあることもあって旅費を集める必要もないので、依頼を受けるメリットはほぼないと言ってもいい。フェイの経験のためと前に言葉にしたが、どうもそれだけでは納得できなくなったようでもある。
そのことに気がつくまで、フェイの精神状態や急激な環境変化への対応から見ても、もう少しはかかるであろうとアヅサは思っていたのだが。
アヅサの言葉を吟味しているのか、少し時間を空けてフェイはうんと言った。
「率直に言うと、私のためであり、貴方のためよ。ちょっと懸念事項があってね」
「懸念事項?」
「ごめんなさい、せめて〈雷鳴の城〉についてから言わせてちょうだい」
「……わかった」
この人通りのある通りの真ん中で歩きながらする話題でもなかった。そして、思いの外にアヅサの語調が重苦しいことに、フェイは首を傾げながらも了承の意を示したのだった。
どこの〈地圏対応協会〉も同じ外装なのか、〈誓約の街〉で見たものをとほぼ変わらない見た目の建物に、アヅサは緊張することもなく、迷いなく足を踏み入れた。
時間として、朝食後から少し時間が経っていたからか、カウンター前は一人二人並んでいるくらいであった。すぐに順番は回ってきて、アヅサはフェイを連れてカウンターの前にたった。
依頼用ボードと登録票である金のカード、そして採取した草葉のはいっている袋を受付嬢にわたす。
「これ、お願いするわ」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
一度奥に消えた受付嬢。こんな朝っぱらから達成依頼を持ち込むのはかなり少ないので、他の人はこのように時間はかかっていない。
依頼用ボードとカードを手に戻ってきた受付嬢は、両方をカウンターの上に見せるように置いた。
「こちら、依頼の達成状況でございます」
ボードを手に取ってさっと見たアヅサは、フェイに渡した。等級と枚数が表示されていて、Aはなく、Bがほとんどと、C、Dが幾らかあった。ボードの表記によると等級C以上で1、1倍、等級A以上で1、3倍の依頼料が支払われることになっているようだった。
「では、依頼達成料はいつも通り口座の方に追加させていただきました」
「えぇ、それでいいわ。あと、この依頼と同じような〈陽鋼の街〉で報告できるものはあるかしら」
「少々お待ちください。こちらでいかがでしょうか」
受付嬢は、フェイが手に持っているボードと同じものをさっと取り出してアヅサに見せた。
アヅサは、依頼内容を確認して頷く。
「えぇ、これでいいわ」
「かしこまりました。以上でよろしいでしょうか」
「えぇ、ありがとう」
フェイからボードを返してもらって、アヅサは受付嬢にそのボードを手渡す。
受付嬢が何やら操作をしたのち、そのボードと主にアヅサのカードも返された。
背後で軽く一礼した受付嬢を背に、協会内に設置されている椅子に座りその横にフェイを誘導してボードを前に置いた。そのボードには、『依頼7993ー鋼の丘ー採集E 鋼の花』と表記されている。
それを見て、それからフェイはアヅサに顔を向けた。
「等級ってどうやって決まるの?」
「等級って、依頼の等級のことかしら」
「えっと、納品したほうも」
「? ああ、納品した薬草のことね」
そうしてアヅサはボードをさっと操作した。
先ほど見せてもらったものと同じ内容になっている。ボードの上を滑るアヅサの指。その指を目で追いながら、アヅサの言葉を追った。
「等級は難易度で分けられているの。Aが一番難しい、もしくは難しい結果得られるもので、Eが一番簡単、もしくは一番簡単に得られるもの、そういう考えでいいわ。だから、依頼の等級はAが一番難しくて、Eが一番簡単。納品や採取に関する等級は、Aが一番品質が良くて、Eが一番品質が悪いということになる」
「さっきの、CとDは」
「私のも混じっているかもしれないけれど、腕前と慣れの差ね。Aがなかったのは時間が経ちすぎているからでしょうね」
「じゃあ、協会に近い場所で取った方がいいの?」
「ええ、そうよ。でも、近い場所にはないこともあるから注意が必要ね」
そう言いながら、アヅサの指は動いて、新しく受注した依頼に、依頼用ボードの表示は変わっていた。依頼書の一番下、目立つように大きい米印の後に、自然の花の採取をお願いしますと書かれているのが、フェイの目に妙に残った。
「今回受けた依頼は『依頼7993ー鋼の丘ー採集E 鋼の花』よ」
「この、7993はどういうこと?」
「あぁ、これは依頼が出された年のことよ。今年は地歴7993年だからね。で、〈鋼の丘〉で鋼の花を採取してくると言う内容になるわ」
「鋼の花?」
頭に疑問符を浮かべたようなフェイに、アヅサは意味深に笑みを浮かべた。
「こういうものの情報はどこにあると思う?」
「人?」
「そうね、それもあるわ」
「……本?」
少し考えてからのフェイの言葉に、アヅサは笑みを深め、楽しそうに頷いた。
「そう、それが一番古いこともあるけれど、確実ね。協会には資料庫があるのよ」
依頼用ボードを袋にしまい、立ち上がったアヅサをフェイは追う。受付であるカウンターの左隣にある扉へと進む。入り口から見ても、奥にひっそりとその扉はある。
扉にプレートがかかっていて、資料室と示されている。扉は、軋むことなくするりと開いた。時間的にも、混む時間はとうに過ぎている。
細長い机が一つと、その向こうに本棚が並んでいる。細長い机には手前に四つほどの椅子と、向こう側に一つあるようで女性が座って本を読んでいた。
扉をフェイが閉める。それとほぼ同時に、女性は本を閉じてうっすらと笑ったようだった。
「何か、お探しでしょうか」
「鋼の丘の植物の分布の資料を探しているわ」
「少々お待ちください」
受け持ちの女性はくるりと背を向け、棚の本に手を伸ばした。引き抜いてパラパラとめくり、閉じてアヅサに渡した。
「こちらになります」
「ありがとう」
受け持ちの女性は読書に戻る。
アヅサは椅子を引いて、カウンターにもなっている机に本を置き、椅子に座った。フェイもアヅサを真似て椅子に座る。
本を開き、目次をめくり、鋼の花の表記を探したアヅサ。目次から目当てのページにとぶ。
そのページには、簡単な地図に植生の分布が線と色で示されていた。
アヅサが背負い袋から丸められた紙を取り出す。机の上に広げられた資料の横に広げられたそれは、例の地図だ。
対応させるように、それぞれの資料を両手の指で指し示す。それを目で追って、フェイは首を傾げた。
「ひはがねの街?」
「そう、次に行くのは〈陽鋼の街〉。〈鋼の丘〉の中央の街。近い分布はここね。でも一応こっちにもよりましょう」
「いちおう?」
「ええ。場所によってはないことも時期によってはあり得るから、いくつか事前に候補地を探してからいくの。今は採取難度Eだからそういうことはないけれど、採取難度が上がると場所さえわからなくなることも多いから、事前の準備は大切なのよ」
「そう」
フェイは資料と地図をじっと眺めた。アヅサの指の先、その近しいところに、飾り文字で〈陽鋼の街〉と区切られている。
〈花鋼の街〉から〈鋼の丘〉の中央の方に伸びる街道の先に〈陽鋼の街〉。〈陽鋼の街〉から一つは北西に、一つは南へと伸びる街道があって、北西に伸びる街道の先は〈雪鋼の街〉、南へと伸びる街道の先は〈月鋼の街〉とあった。
その街道の上に、小さく数字が書かれている。そのことに気がついたフェイは、〈花鋼の街〉から〈陽鋼の街〉に繋がる白い線の上の数字を読んだ。
「3日?」
「あぁ、これを読んだのね。これは必要日数で、徒歩で行くなら最低これだけはかかる日数を記録しているの。多少切り詰めた日数だから……今回は1、5倍から2倍は見積もるけどね」
「じゃあ……5日?」
「そうね。状況によるけれど、採取をするし最長7日とみて準備するわ」
フェイは頷いた。
アヅサは資料をめくり、指でなぞる。文面は研究者らしい緻密さで、すでに乾いているインクがアヅサの指の下で文字列をつくっていた。
資料には季節別の花々が挿絵付きで描かれている。
「今回の依頼は、鋼の花だったよね。どんなモノなの?」
「ええ、そうよ。どんなモノ……それを語るにはまず、この〈鋼の丘〉の特徴から話さないといけないわね」
資料をフェイにも見せるように置いて、アヅサは地図を指し示した。その指先の先は〈鋼の丘〉だ。
「〈鋼の丘〉はあらゆるものが鋼でできている場所。生きているものから、石や水まで。けれど、鋼ではないものもある。それが地面。そして石や水、生きものでも鋼ではないものがあるわ」
「なんで?」
「なんででしょうね。まだわかってないのよ。今回の依頼で集めるものは鋼の花。何でもいいから鋼になっている花を取ってくるようにという依頼よ。多分装飾品ようね」
「何でもいいんだ」
「何でもいいみたいね。鋼の花だもの」
ふと、フェイは昨日の夕方、〈花鋼の街〉に入る前に見た風景を思い出していた。太陽光を受けて反射する葉を、壁を。
「けれど、どうしても開花時期はあるし、簡単に取れるものも、簡単には取れないものもあるから、希少なものはまた別の依頼として受け取ってくれるわ」
「そうなんだ」
「ええ」
よくよく見れば描かれる花々は時期別に分けられている。そして、それぞれに植物の名前や木々の名前、採取難度までもが書かれていた。
「今の時期だと、この辺りかしら」
アヅサの指先がえがく円の内にあるのは、17の月から19の月までに盛りとなる花々と書いてある。
「今の時期?」
「今日が17の月の5週目の月の日(17の月の26日)だから、17の月か18の月に盛りになる花々が時期と言えるわね」
この大陸、この地域において、一年は720日である。そして、一月を30日として24の月が存在している。一月は一週間を6日として、5週間で成り立っている。一週間のそれぞれの日を早い順から陽の日、月の日、空の日、土の日、水の日、風の日となる。17の月の5週目の月の日は、17の月の5週目の2番目の日であるので、26日になるというわけだ。
椅子に立てかけてある背負い袋から紙とペンを取り出して、アヅサはさっと線を引いた。
資料と地図を見ながら、フリーハンドでさらさらと迷うことなく線を引いていく。フェイが見惚れている間にアヅサの手で白紙から簡単な地図が出来上がっていた。鋼の花の分布も含めたその地図は、この世に一つしかないものだ。そのことを理解しているのは、読書をしながらもアヅサとフェイのことをそっと見守っていた資料庫の受け持ちの女性のみである。
「さて、これでいいでしょう」
ペンを置いて、資料と地図、そして新しく作った地図とを見比べ直したアヅサは小さく笑う。アヅサの手の内にあるその今描かれたばかりの地図を、フェイは半ば呆然としたように見ていた。
パタンと資料である本をアヅサが閉じた音で、フェイははっとした。
「フェイ、何か気になることはあったかしら」
「ないよ」
「じゃあこの資料は返しましょう」
その言葉に、この場を受け持っている女性は本を脇に置いた。本を両手で持ってアヅサは女性に渡す。
「お見事ですね。貴女のような考えが探索者全員にしっかりと刻まれるといいのですが」
「あら、そう?」
「はい。未だに物事をわかっていない人たちが荒らすことも多いのです。〈Mr.ルーケ〉によって多少マシにはなりましたが」
はて、なんのことだろうと首を傾げながらも、手を動かして地図をしまいながら聞いていたアヅサは、〈Mr.ルーケ〉という最近聞いた名前を出されて、ようやっとなんのことを言っているのかがわかった。少し前には、準備をほとんどせずに街から離れる協会に所属している人が多いのだと協会の職員の誰かが言っていたことを思い出したからだ。その状態を改善するために、〈Mr.ルーケ〉によって協会に所属したら必ず研修を受けるようにと義務化されたのだから。
「そういえば、研修を義務化していたわね」
「はい、そうなんです。そのおかげで資料庫も見直されましたし、〈Mr.ルーケ〉様々です」
資料庫が見直されたことはアヅサも知らなかったので、驚いていたが。
少し話しすぎましたね、ご利用ありがとうございました、と女性が小さく頭を下げて読書に戻る。アヅサもありがとうとかえして、資料庫から出た。フェイも小さくありがとうと言って、アヅサに続いた。
協会からも出て、アヅサはフェイの背に手を当てて、いく道を促す。
「じゃあ、食料の準備をして一夜明かしたら〈陽鋼の街〉に出発しましょうか」
「うん」
その足で市場で食糧を買い込み、宿に戻る。
入ってすぐの受付で声がかけられる。朝のうちに頼んで、洗ってもらっていた衣服が洗い上がったそうなので、そのまま受け取って部屋に戻った。
ちょうど昼を告げる鐘がなっている。背負い袋を床に、受け取った洗濯物をベッドの上に置いて、アヅサは椅子に座った。フェイももう一つ空いている椅子に座る。
薄暗くさえ感じる部屋の中。けれども昼間で太陽光を窓から取り入れているために、本来ならばそこまで暗いとは感じないだろう。
ただ、フェイの目にはいまだぎらぎらと外壁や街の装飾の鋼が反射した太陽光が居残っていた。
「お昼にしましょうか」
アヅサが苦笑したのは暗く見えにくい中でもよくわかった。アヅサが背負い袋から取り出す物達を受け取って机の上に配置していく。
差し出された水差しを受け取った後、最後にコップが2つ出てきて、1つを受け取って水を満たし、もう1つも満たした。
その間にアヅサがさっとバスケットからサンドウィッチを取り分ける。木製の皿の上で幾つものサンドウィッチが彩りよく並んでいた。
それぞれがそれぞれの食前の挨拶をして、サンドウィッチに手をつける。朝が豪華だったがゆえか、アヅサもフェイも手と口の進みは遅い。それでも、旅慣れた身のアヅサは早々に食べ終えて、コップの水を空けていた。水差しから水を注ぎ入れて、コップを手にフェイをじっと見つめた。
フェイが食べ終わるまで、時折水を飲みながらもそのままアヅサはフェイを見つめていた。その視線に居心地悪く感じながらも、スピードは変わらずにフェイはサンドウィッチを食べ終える。コップを手に取って一口飲んだところで徐にアヅサが口を開いた。
「フェイ、貴方字は読めるのよね」
「? うん。一応」
本当に唐突に、何ら関係のない話を持ってこられたので、フェイは訳のわからないままに頷いた。一応とつけたのは、難しい単語やあまり見たことのないものは読めなかったからだ。
「じゃあ、何か読む? 私も少し、やっておきたいことがあるし」
そう言って、アヅサは机の上を片付け出した。フェイも片付けを手伝いながら、そういえばと思った。こんな感じで時間が空いているのは、初めてのことじゃないだろうかと。
アヅサと出会ってからこれまで、こんなにも時間がある時はなかったのだ。そう、フェイはこれまでずっとこういった空き時間は疲れて寝ているか、アヅサの指導を聞いているかの二択だったのだから。
そんな中で、何かを読むかと聞かれても、フェイに知識はない。覚えているものをと言われても困るほどに、覚えていないし、知らないのであった。
「……どんなものがあるの?」
「そう、ね……」
ここでようやっとアヅサは、フェイの状況についてを認識したらしい。ほんの少し息を詰めて、アヅサは苦く笑っていた。
背負い袋の中をあさっていたアヅサ。少しの時間をおいて、これはどう? と渡されたのは、かなり薄いもので、紙を束ねてあるだけのものであった。少し黄ばんでいる古そうな紙の束。表面の題名らしき走り書きが色褪せ、それでもなお生き生きとした感情を訴えかけてくる。
少し前にもらったものなの、そう言うアヅサの表情は懐かしげだ。アヅサの言葉と、この古さは一体どういうことなんだろうとフェイは思うも、そういうこともあるのかなと流すことにした。
アヅサはその冊子と辞書を渡してきてからは、机の上に紙を広げてフェイのことをが関せずといったように真剣に書き物を続けている。フェイはチラリとアヅサを見て、辞書を横に置いて冊子のページをめくった。
表紙としてある走り書きの題名とは裏腹に、中身の文章は整った字で読むのに苦労はない。スラスラと、というほどの速さではないが、年相応の速さでフェイはその冊子を読み進めていく。
その様子をそっと伺っていたアヅサは、わずかに笑みを漏らす。時折首を傾げ、辞書を広げるフェイを、書き物をしながら微笑ましく見守っていた。
そして、その日は過ぎ去ってゆく。
日は傾き、夜の帳が街を覆う。日が傾く頃には、フェイが読んでいる途中の冊子を横に置くように伝えられ、軽く食事をとって、日常の雑多な作業を終えて、アヅサに教わりながらもフェイのものはフェイ自身の手で明日出立の準備を終えて横になる。そっと、アヅサがランプの火を消して、その一日は終わる。
翌朝。
いつも通り、アヅサが動く音で目が覚めたフェイ。すでに着替えを終えているアヅサは、荷物の確認を進めている。これまで通ってきた街道と同じように、必要な装備は特にない地圏であるが故に、アヅサに気負いはない。そして、宿屋であるが故に外ほどの警戒もアヅサにはなかった。
アヅサから差し出された朝食を食べ、フェイもその確認に参加する。この街からは、フェイの荷物はフェイ自身で持つようにとアヅサから言われていた。それであるが故に、必要なものを自分で確認するようにと昨日も確認したし、今日も最終確認をするのだ。初めが肝心なのだからと、アヅサが妥協する気はない。自分の手でしっかりと行えるようにと、時折指示を出すも、これまでの旅で見てきたでしょう、昨日教えたでしょうと促すことも少なくはなかった。
確認を全て終えた頃には、日が昇り始めている。
それぞれ荷物を持って、宿を出る。人々が外に出るにはほんの少し早い時間。だけれど、日は家々の鋼に反射して、目を焼く。
来る時とは大体反対側にある門を、入る時よりも簡素に名前だけ確認された。
「〈誓約の街〉とは、違う」
「そうね、〈誓約の街〉には学園があるから警備も厳重なのよ」
驚いたフェイにそう返したアヅサ。
〈不忘の民〉の街を思い出して、そういうものかと思うも、フェイは首を傾げた。
ならば、フェイ自身は、どうしてあの場にいることができたのか。
警備が厳重なら、どうやって入ったのか。
記憶を辿っても、その答えは導かれることはなかった。
***(地歴7993年/17の月/5週目/月の日・17/26)
門の外には、畑が広がっている。
畑と呼ぶには些か大きな木々が並んでいて、一見果樹園のようでもある。
果樹もある、野菜用の畑も遠くに見えた。けれど、一番メインとなっている木々は花のためのものである。
なぜ、〈花鋼の街〉と呼ばれるのか。
その理由が、〈鋼の丘〉の中心側に広がる花々のための畑である。鋼の花が特産であるが故の、〈花鋼の街〉であるのだ。フェイとアヅサが訪れていないだけで、〈花鋼の街〉内には、鋼の花の専門店も存在している。
緩やかに昇るその曲線を埋め尽くすように、木々が、花々が風に揺られている。街道を挟んで、少し先の頂点を超えてもなお、続いているように見受けられた。
「うわぁ……」
「〈花鋼の街〉だもの。養殖しているのよ」
「ようしょく」
「簡単に言うと、人の手で育てているってことよ」
ところどころ鋼色に染まった木々が、さわさわと揺れて街道の端にも影を落としている。背後から昇ってくる太陽が遠くの花々や木々に反射して、眩しいぐらいだった。朝であるが故、まだマシと言うべきか。それとも朝であるが故に鋭いと言うべきか。
足早になるフェイ。アヅサは慣れているのか、経験からか、普段と変わらないペースで歩こうとしていたが、フェイに合わせて少し速度を上げた。
少し先に見えていた頂上に辿り着く。
そこから見下ろした、〈鋼の丘〉の原風景にフェイは声を漏らしていた。
「これは……」
「木々があまりないでしょう? 丘と銘打ってるもの。森や林じゃあるまいし、こんなものなのよ」
「やっぱり、眩しい」
木々はあまりない。ただ、広大に緩やかな坂が延々と続いている。街道となる踏み固められた土の道の横は、膝丈ぐらいの草花が風に揺られている。
鋼色がところどころ混じり、キラキラというよりはギラギラと太陽光を反射していた。
たまに生えている木だけが影を丘に投げ出していて、風に合わせてゆらゆらと揺れていた。
アヅサが服の合わせから紙を取り出す。協会の資料室でアヅサがえがいていた地図だ。太陽光にかざすようにして、地図を眺めていたアヅサは少し屈んで、フェイにも見せた。
描かれた線と内容をじっと見つめ、その内容を正確に読み取ってフェイは言った。書いていたところを見ていたからだろう。
「……しばらく街道を行くの?」
「よくわかったわね。そうよ街道を逸れるのは早くても今日の午後ね」
もういいかしらとアヅサが聞けば、フェイはこくりと頷いたので、アヅサは地図を懐にしまう。
すっと遠くを見て、歩き出すアヅサ。そのアヅサに遅れないように、フェイも続いた。
さて、街道を行く2人だが、昼頃まで景色にも出来事にもさしたる変化はなく、一度だけ馬車が通り過ぎていったぐらいであった。
街道から降りて、お昼ご飯を食べたあと。
丘に降り立つ。街道たる土の道から、ぎらぎらと鋼色の混じる草原のうちに。
〈不忘の草原〉とはまた違った感触を足の裏に感じる。時折固く、時折ぐちゃりと引き攣れていくさまが足の下でおこる。感触は面白いけれども、とても歩きにくい。硬度がところどころ違う床である。引っかかって転んで仕舞えば、怪我は免れない。ゆえに、ゆっくり歩きなさいと指示したアヅサに頷きを返して、フェイはゆっくりと歩くことにした。
歩く速度の遅くなったフェイの速度に合わせて、アヅサの歩みも遅くなる。だが、アヅサは硬度がところどころに違う状況をこれまでにかなり経験してきているのか、慣れた様子でフェイの速度に合わせている。
だが、日程的にはかなり余裕を持って試算したために、アヅサとフェイが目的である鋼の花があるであろう場所につくのは、それから一昼夜もたたぬうちであった。
アヅサが採取することを選んだのは小さな花がポロポロと咲くキンモクセイであった。風に売られたりほんの少し触るだけでほろほろとおちていく、その小さな鋼の花を拾ってアヅサは小さな巾着袋に入れていく。側で真似するようにフェイも鋼の花を拾っては、巾着袋に流し込んで行った。
さぁと吹いた風に流されるようにはらはらと舞う黄色と鋼色の入り混じる花。その先を見たフェイは思わず、わぁと声を上げた。
抜けるような、うすい蒼の空。太陽光を遮る霧が、薄らとかかったような丘が延々と続いている。所々差し込んでくる太陽光にきらきらと鋼が光を反射している。風に舞う黄色い花弁。きらきらと鋼色の花弁が太陽光を反射して、幻想的でさえあった。
花々を体に纏わり付かせながら、風に応えるようにくるくると回るフェイを、アヅサは微笑ましそうに目元に笑みを湛えながら、花を採取していた。ある程度して、満足したのかフェイは回るのをやめて、アヅサの近くに戻ってきて、鋼の花を集めに戻る。
目敏く、一つの花を取り上げたアヅサは、首を振って言う。
「これは、だめね」
「なんで?」
「鋼といっても、こんなに薄いと曲がったり折れたりするよ。ほら、君の足元にも」
急に背後からかけられた声に、フェイはびっくりして飛び上がる。アヅサは目を見開いた。
抜けるような薄い青の空、その中から抜け出たかのような、そんな印象を与える人だ。蒼穹を写した髪色と、瞳の色。白いローブをその身に纏うさまは、まるで朝靄のうちに現れる人ではないもののようであった。
フェイが、自分の足元に散らばる花を見て、彼の言った通りに花が曲がったり折れたりしていることに気がついた。それをそっと手に取りあげる。
その人物のことを知っていたアヅサは、彼の名前を呼んだ後、ゆっくりと立ち上がる。
「テレイア!? ……貴方、なんでここに?」
「……アヅサ。久しぶり」
淡々と言葉を紡ぐ、小さく若々しい少年の姿をした、白い蒼穹の写し身に対する、アヅサの漆黒。爛々と翡翠がフードを払った下から覗く。
蒼穹は、静かに全てを写して、そこに佇んでいる。まさにその様を体現したひと、であった。その蒼穹は、アヅサを一瞥したのち、じっとフェイのことを見つめている。その蒼穹の色は、観察すると言うにはあまりにも無機質な瞳であった。
アヅサはため息と共に、テレイアに一歩近づく。
「相変わらずねぇ、知識に一直線なところは」
「別に。君が言えることじゃないと思うけど。……で、その子が例の?」
「えぇ、そうよ」
テレイアは、アヅサよりも背が低い人であった。アヅサが近づいて、テレイアの隣に立っていると姉と弟のようにも見え、テレイアとフェイの身長差はさほどないほどであった。一応、テレイアのほうが高かったが。
『例の』と言われて、フェイはぴくりと身体を反応させる。アヅサが普通に返しているのを見て、フェイは首を傾げる。
不思議だった。気味が悪かった。
『例の』なんて、言われる理由をテレイアという初対面の人物が知っていて、保護してくれているアヅサが坦々とそれに応えたことが。
「ふぅん。そっか、君が。……あぁ、自己紹介したほうがいいね。
僕はテレイア、テレイア・サルアート。……通り名はアスールか〈蒼の隠者〉。
一応ラウンドマスターの第二席を預かっているよ」
興味なさそうな雰囲気を醸し出しながら、不本意だと顔全体で表しながら、テレイアは肩をすくめる。肩書きに何も価値がないことを認識しながらも、世間では必要であることを理解している、そんな声音だ。
フェイは目を瞬いた。
アヅサがわざわざ会いに行こうとしている人と、同じ身分らしき人。そんな人と、唐突に出会うなんて想定すらしないことである。テレイアの出で立ちからして、現実味のない出会い、フェイはただひたすらに戸惑っていた。
「貴方が、ラウンドマスターの第、二席?」
「そう。……ふぅん、話したんだ」
フェイの言葉、一から十を読み取るその手腕は、流石〈青の隠者〉と称される人というべきか。そも、ラウンドマスターは何かしらの秀でが無ければなれないのだから、立場に見合った実力は充分に持っているのであった。
「話すわよ。で、何か用事?」
「君こそ変わらず合理主義で排他主義だ。優しく見えるだけの博愛主義」
「私の講評を聞きたいんじゃないんだけど」
「そうだね。必要だったみたいだよ?」
アヅサの動きが止まった。
フェイの耳には、長らくテレイアの講評が残ることになる。だが、このことはまた別の話。
「……そんなに、切羽詰まっているの?」
「さぁねぇ。巫子の視ているものは近くて遠いから」
「……そう。貴方、フェイに何かを言うために来たのね」
「さぁね。巫子は何も伝えてこないから。でも、行けってことはそういうことでしょ」
そういうこと。詰まるところ、フェイをみて、テレイアの感じたままに言うことが必要になる、そう言うことなのだろうとアヅサは思う。
そう言いながらも、テレイアはフェイの前にたった。さほど変わらぬ高さの視線。ほんの少しだけ高い位置から蒼穹の目がフェイの紫紺の瞳を射抜いていた。
「君は、世界を知りたいとは思わないのかい?」
フェイは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
ぽんと投げ渡された疑問は、とても簡潔で、それでいながら深淵であった。吹く風を我観せず、絹糸のようにも見える蒼穹を揺らしながらテレイアはそこで、フェイの反応を漏らすまいと見つめていた。
「そういうこと。確かに、必要かもね。……私には出来ないことだし」
アヅサの呟いた声も聞こえないほど、フェイはただ戸惑いの中にいた。その問いは、これまでアヅサが後回しにしていたことであり、それでいながらも遠回しに聞こうとしていたことでもあった。
けれど。フェイを保護した身であるアヅサには、どうしてもはっきりとした言葉で問いかけられない問いであった。アヅサには、人に飼われると言うことが、どう言うことかはっきりと理解できていないと思っていたから。
「それから……後は。……みたことのあるものだけが全てじゃない。見たことのない、したことのないものは沢山あるんだよ。……例え、どれだけ長く生きていてもね」
ボソリと付け加えられた言葉は、アヅサの方向を見て言っていた。アヅサは自分に言っていることだとも思いながら、テレイア自身に言っていることなのだろうとも感じていた。
フェイは、わからぬままにその言葉を復唱する。
じっとフェイを見ていたテレイア。そして、数秒ののち、テレイアはここに来て初めて口元を緩ませ、一瞬の間だけ微笑んだ。
「じゃあ、僕はこの辺で。……フェイ、君が巫子に会うまでにどんな結論を出そうとするか、楽しみにしているよ」
そして、テレイアはふらりと片手を振って、後ろを向いた。
白いローブと蒼穹の髪が、空と靄に紛れて。数秒後にはそこに誰もいなくなる。
ただ、テレイアの持つ蒼穹と同じ蒼穹が、太陽光を反射する丘の上で広がっていた。




