一月十九日 水族館
この日は大学終わりに水族館に行った。
もともと最近日常にマンネリを感じていたので、何かにっきにかけるくらいには派手なことをしたいと思っていた。元来人とのコミュニケーションがないから友達を誘って何かをする程度のことでもかけてしまうのだけれど、大学終わりなのにもかかわらず、生憎私は独りぼっちだったために一人で存分に人生を謳歌してやろうと決心した。
上野の美術館に行ったときは学生証を見せるだけでただでは入れたが、水族館はタダでとはいかない。魚や動物を見るのも教養の一つと思うから大学側や行政側と結託してちょっと安くしてほしいと思ってしまう浅ましさが少しあったが、この浅ましさを乗り越え、貧乏性を打破してこそ初めて真に自由な活動と経験ができるのだ。2600円のチケット代は高い。けれども、そのチケットも本のしおりになる。何が釣り合わないことがあろうか。
今回入ったのはサンシャインシティ水族館。池袋という秋葉原に続く第二のオタクの駅の北の方に会って、アニメイト広場を超えたところにある。サンシャインシティという複合型ショッピングモールもあるが、やはり最近麻布台ヒルズにかよっているせいか年季の差、というものを感じてしまうな。後は特にフードコートなどの内容の充実さだろうか。麻布台ヒルズがお洒落めに寄っているのであれば、こちらは戦う企業戦士とお金に余裕のないファミリー層に寄り添ったチェーン店と子供ご愛顧のキャラクターグッズが立ち並んでいる。
私もそこで側とハーフ天丼を食べた。お値段は千円を切っていたと思うし、リーズナブルで助かった。それにしても和食というのは塩分濃度が高いものだったので、すぐにも喉がカラカラになってしまったが。
水族館に立ち寄るのは久々のことだった。特にサンシャインシティの水族館には着た覚えがなかったから新鮮な感覚だっただろう。入ってすぐに小展示があり、海老やカニがお出迎えしてくれる。勿論、和食屋のショーウィンドウにならぶ天ぷらみたいな姿ではなく、髭をこそいで洗う姿すらある生の生き物たちばかりだ。
特に最初に度肝を抜かれたのはアジの大群が回遊している水槽があって、何百というアジがその銀の体に光を反射させながら、竜巻のように水槽の中を飛んでいるのだ。その姿は一斉に同じ方向に進んでいく軍隊のようにも見えるし、自然の中で発生する大嵐のようにも見える。
美術館に並んでいる絵というのはこういう自然を切り取ったものにやはり過ぎない。彼らの偉業はきっと未来永劫滅ぶことはないだろうが、この生命の躍動に匹敵するものは相当少ないだろうと美術が好きな自分は打ちのめされた。
タコの足の間のヴェールが揺れる姿や熱帯雨林に棲息する魚たちを観察するのもいい。水族館というのはどうして海月の展示を毎回癒しがテーマでしてしまうのだろうか。暗いムーディーな部屋で青白い光に照らされた海月たちが自分の意思とは違う大きな見えない流れに乗って水槽内を延々と上に下に行きかっている姿を見ると、生きているのか死んでるのか、植物と同じカテゴリーの生物のようにすら見えてくる。脳みそがないのだから自我というモノはないのだろうけれども、惑乱されるだけの生き方というのは人間の視点で少しもの悲しいものもあるような、それだけでよく生きられることにうらやましさすら覚えるようでもある。悲喜こもごもだ。
それでもってその日は更に四時から餌槍体験をすることが出来たので、私も六百円ほど払っていってきた。大水槽を上から見下ろせて、かつバックヤードも見れる。これは岸部露伴的に言えば「リアリティ」を追求できる絶好のチャンスだ。水族館の飼育員はどんな人がいて、裏では水槽をどのように扱っているのか。調餌場の規模はどのくらいか、餌はどのように混合されるのか。これらを知る機会があるなんてなかなかない。これだけで今日来てよかったと思えた。
私のほかに八人の客がこの餌槍体験には参加していて、私と同じように一人で来た男子大学生はどうやら肴に興味があるようで、傷つきやすい太刀魚をどのように輸送してきたのかを聞いていた。聞くところによると太刀魚などは釣りで釣れることがままあるらしいが、それを飼育するとなると口元がケガしているために餌を中々摂取してくれず、死んでしまうケースが多いらしかった。だから、網に引っ掛かったものの中から提供されているとか。耳に挟んだ程度だし、記憶もおぼろげだから本当にそうなのかは私も不確かだ。けれども、有意義な話を聞けたし、小魚たちが餌に群がる姿を見下ろすのはお金持ちが恋に餌をやるアレに似た感覚があった。
その後お土産屋さんでマスキングテープとか、ステッカーシールとか買ってしまった。魚の標本モチーフのステッカーは個人的に持っているノーパソに張り付けたいと思ったし、他にも大学の先生にプレゼントしようかなと思って買ったものもある。いままでさんざん空回りしながら受けてきた身だから先生からしたらいきなりプレゼントされるというのも気持ち悪いかもしれないが、うちの大学の先生はみな外国から来ている方が多い。だから、少しでも日本に来てよかったなと思っていただけたらいいなと思っている。そうすれば、インバウンドの輪がまた広がるかもしれないし(下世話資本主義)
ともあれ、水族館では写真や動画を取っていたから、これから先また見返そうと思った。
サンシャインを後にした私はこの後また大学に戻って初めて部室に侵入してみた。初めてというわけではないけれども、一人であけて勝手に中に入るのは初めてだった。そこには一言ノートみたいに誰が何をしたか、近況報告するノートがあるのだが、それに今日の水族館の出来事を書いておいた。次にまた行くときにどのように付け加えられているのかを見るのが楽しみだ。
家が汚いために大学で作業や小説のアイディアを練りつつ、九時ぐらいに家に着いた。
大冒険の後にはこまごまとしたお土産と写真、そして、出費一万円が手元に残った。




