十二月五日 麻布台ヒルズとエルデンリング
昨日誕生日を迎えました。
これで二十歳になりました。法改正されて二年前から聖人として大人の仲間入りをしてたわけですが、飲酒や喫煙が合法的に許されるようになってようやく自分に時が降り積もったな、と思いました。
最近は今まで以上に自己肯定感が上がっていますし、精神的にも安定している気がします。
これまでは蛹の中でうぞうぞと蠢く羊水のようなものだと自分のことを思っていましたが、今はもう少し晴れ渡ったイメージがあります。四つ角がちゃんとある黄金長方形のように成った気分です。
そのおかげというわけか、最近は冬にもかかわらず行動力がメキメキ上がっている。動くということは生きるということ、たくさん動く気力があるということは生命として成長しているということ。
動ける幸せをかみしめています。
更にカフェやショッピングモールでお金を使うことも多くなってきたから、社会性の動物に進化したような感覚です。
なぜショッピングモールなどに行くようになったかと言えば、新しいバイト先が六本木一丁目近くに新設された麻布台ヒルズというところだからです。大規模複合施設である麻布台ヒルズは虎ノ門ヒルズや六本木ヒルズなどのヒルズ系列を手掛けていることで有名な森ビル株式会社の新設施設。
中は六本木という地域を代表したように高級ブランドからアーバンライフスタイルを盛り上げるものでいっぱい。本屋の中に文房具屋や絹の展示、カレーやコンビニが複合している有りようで今の時代の需要の最先端をデザインしているようなところです。
オープンしたのが11月24日とのことなのでまだ日は浅いですので、これから一月にかけて更に多くの店がオープンする予定なのだそうです。現状でもかなりの賑わいを見せていますが、かつて私が働いていたディズニーのお土産屋さんよりも来客数は多そうです。人口密度で言えば逆に逆転しますが、そのおかげもあって大量のお客さんに対し、足を止める必要性もさほどなかったので、とてもスムーズな移動が出来ます。難点なのは各ビルとの間の移動が少し複雑ということぐらいです。
香水やネックレス、指輪なんかをみると自分も買ってみたいと購買意欲を呷られますが高級品が多いもので香水も50ミリリットルで二万円を超えます。私からしてみればペットボトルの六分の一にも満たない量で二万円となると手が出づらいとまだ感じますが、いつかはお金をためて買ってみたいと思っています。アクセサリーも、ピアスなんかを楽しめるのは今の内でしょうから穴をあけてみたいところです。
麻布台ヒルズに来るお客さんは様々ですが、意外に子連れの母親が多い気がしました。というのもエレベーターを待っている際にベビーカーが連続して五人も来たりすることがざらでしたので、少子高齢化というのがまるで嘘みたいでした。
もうすぐクリスマスも近く、大学も一度ほんの短い間ですが、休みに入ります。そうなればさらに多く働くこともできるでしょう。その時は沢山のお金を握りしめて香水やアクセサリー、服なんかを友達を誘って買いに行きたいところです。
話は変わりますが、最近嵌っているゲームにエル電リングというのがあります。
オープンワールドのゲームで、買ってからもう一、二か月たつのですが中々歯ごたえのあるゲームです。ボスが強いのは去ることながら道中の雑魚キャラもそれなりに強く、レベルを上げるのにも一苦労した覚えがあります。今は火の巨人というボスを相手に悪戦苦闘をしているところで、重量無視の疑似フルライオネル装備(防御力が高い装備)にルーンの弧(手に入りづらい強化アイテム)、失地騎士イングヴァルの遺灰の使用(仲間NPCを呼ぶアイテム)、魔力ビルドだったのを月の女王レナラの力を借りて筋力・信仰ビルドにリビルドしてようやく第二形態に突入するのが簡単になってきたかな、と思うくらいの有様です。
つまりは全身全霊を注いで悪戦苦闘して敗北しているわけで、でも不思議とゲームをやめる気になれないんですよね。「無理ゲー」と「努力すればいけそう」の間を揺れている感じが歯ごたえになって、興奮させるのだと思います。一度活路が見えるとどんな無理ゲーでも攻略してやりたくなる、そんな感じじゃないでしょうか。次の一回で倒せるかもしれないと思わせるバランス調整がすごく面白く感じています。まったくまだ倒せていませんが。
元々エルデンリングを何で知ったかと言えば、いつもニコニコ動画で見ている愛の戦士くんが楽しそうにやっているのを見ていて「なんかよく分からないけど面白そうにやっているなぁ」ぐらいに思っているゲームでした。
ただその時は微塵もやりたいとは思ってなくて、このゲームは難しそうだな、ゲーム好き向きなゲームだなと思っていました。それに個人的にオープンワールドゲームは酔ってしまいそうで中々慣れていなかったのです。なので触れ合う機会もないだろうと思っていたのですが、バイトをしはじめ、お金がたまり始めたあたりで、自分がどうしてバイトをしているのか分からなくなった時期がありました。
あれだけ辛い思いをしてお金をもらうだけで、自分は何の欲も持っていない。これだけのお金を持っていても食べるのに使い、本を買うのに使い、それが本当に「満ちている」ということなのだろうか。と、自分の人生の灰色っぷりと無味乾燥っぷりを嘆いていた時期に何かに縋るように娯楽を求めていました。その時にそうだ、愛の戦士くんみたいに楽しくできるゲームがあればいいな、と思い返えして買ったのがエルデンリングでした。
何も楽しくないと思っていた自分にとって何かを楽しそうにやっている人は光で、なりたい目標で、人のあるべき姿でした。なんでもいい、どんな悪行でもどんな善行で、或いはそれ以下の価値で物語にもならないようなことでも全力で楽しいと言えることが私にとっての今のところの目標です。
だからその時の自分にしてみればエルデンリングという誰もが難しいと言いつつ、誰もが感動するゲームをプレイすること=楽しむことは何か一つの障害を乗り越えるような気もしました。
堕落しきった考えを上手く脚色しましたが、意外とこれがやっぱり思い通り難しくて、でも楽しいという今まで感じ難かった感覚を持ってきてくれました。難しいことを乗り越えるのは楽しい! そんな感覚はどんな生き方をするときも必要だと思います。何事も抑圧と解放、振り子の振れ幅のようなものであるというのを地肌で感じられるのは一つ成長につながると思います。
ゲームを楽しんだり、都会を探索したり、大人になってお金を使いだしたりとこの十一月から十二月は私の急速な成長です。そして、それは楽しいことだけにとどまりません。
大学の期末テストです。
さぁ、冬山の吹雪の中から大いなる巨人が焼き尽くす火を持って現れたぞ。
己を鼓舞し、鼓動を高鳴らせろ。
ゲームのように乗り越えていけ。
 




