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5話 きのこ狩りに行きましょう

 牧師館の応接室に通される。小さなテーブルとソファ、あとは大きな家具のないシンプルな部屋である。


「マスミ、これ僕がお昼に作ったんですけど、食べてみます?」


 牧師さんはお盆に乗せたパンケーキと冷たい牛乳を持ってきた。


「パンケーキじゃないですか。どこでレシピ知ったんです?」

「デレクにこっそり教わりましたよ。これで少しはアビーとジーンが大人しくなればいいんですけどね」


 子供達のためにそこまでするのか。


 ちょっと感動してしまう気持ちもあるが、牧師さんの表情は相変わらず明るくはない。パンケーキ作戦は、どうも成功していないようである。


「まあ、食べましょうか」

「そうね。美味しそうね」


 とりあえず座って食べ始める。料理好きな牧師さんだけあって、パンケーキは不味くなかった。ただちょっとふわふわ感は弱い気がした。


「ちょっと生地をかき混ぜすぎました?混ぜる時には軽く時計回りに20回ぐらいの方がふわふわになるみたいですよ」

「へぇ、そうですか。今度やってみますよ」

「上手くいくといいですね」

「ええ。そういえばデレクが、あなたの事をすごく褒めてましたよ」


 今度は私の表情が曇る。誤魔化すように冷たい牛乳を飲む。


 デレクは私に告白をしてきたが、答えるつもりは無い。人生初のモテ期のような状態になったわけだが、こうして片想いの相手に話題を出されるのはいい気分はしない。しかも牧師さんはちょっと嬉しそうな表情である。デレクに嫉妬などは一ミリもしていない態度だ。


「僕はマスミとデレクはお似合いだと思うなぁ」


 この天然!と鋭くツッコミを入れたくなる。この天然さは、もはや鈍感である。村中には私の気持ちがバレバレであるのに、この人には夢にも思っていないようである。同時に牧師さんからみて私はアウトオブ眼中らしい。into眼中になりたいものだが、どうも希望は薄そうである。


「まあ、そんな話はいいじゃないですか。アビーとジーンの様子はどう? 私は高校の教師だったけど、何となく二人とも様子が変だと思うのよね」

「それが…」


 牧師さんはかなり言いにくそうだったが、事情をポツポツと話し始めた。アビーとジーンの両親は去年の夏頃に殺人事件の犯人として逮捕された。それから一年以上たつが、特にアビーは当時の事を思い出して精神不安のなっているようだ。


「それにアビーは頻繁に嘘をつくようになったんです」

「嘘?」

「仮病も多いし、たまに『天使のミカエルやラファエルが迎えにきた』とも言うんですよ。確かのミカエルは、聖書に出てくる天使なんですけどね」


 そう言って牧師さんは深いため息をつき、牛乳を飲む。この土地の牛乳は濃厚で美味しいが、アルコールは入っていないので酔えやしないだろう。


 やはりアビーはさっきお腹が痛いと嘘をついたのか。事態はなかなか深刻である。


「どうしましょうかね。マスミは学校の先生だったんでしょ?こういう時どうしていました?」

「そうですねぇ。私の受け持ちはアビーのような小さな子ではなかったけど、時々嘘をつく生徒はいましたね」


 生徒がつく嘘は、完全に自分の保身のためだ。叱られないために付いているような嘘である。アビーの事情とはちょっと違うわけだが。精神科医に連れていく方がいいのかもしれないが、この世界の医療は色々と不安があるし、アビーの嘘がセロトニンを増やしたりする精神薬の投薬で治るとも思えなかった。


「まあ、私の場合はとにかくよく話を聞きましたね。劇的に変わる事は無いですけど、話を聞いてくれて味方になる大人がいるだけでも勇気づけられるかもしれません」

「そうですか。でもあの子達は、ヤンチャで人の話を聞いてくれるかどうか」

「うーん、だったらどこかに出掛けるのはどうですか?遊園地とか」


 どこかにレジャーの行って解決する問題とも思えなかったが、少しは気晴らしにはなるだろうし、大人と一緒にいる時間が増えるのは悪くないのかもしれない。


「遊園地は王都にありますが、ちょっと遠いですね」


 レジャーをするというのは、ちょっと楽しい提案なので久々に牧師さんは笑顔を見せ始めてホッとする。難しい問題だが、やっぱりいつまでも深刻ではいられないだろう。


 ちょうどそこにエリマキが応接室に入ってきた。牧師館で飼われているモフモフ小動物で、胴が長く本当にマフラーのようにクビに巻きつく。本当はマリエという名前で占い師達からは変な儀式に使えると殺されていたらしい。占い師達からは霊性が高いという動物らしいが、どう見ても可愛いモフモフ動物にしか見えない。日本にはない動物で、強いていえば顔はちょっと日本のキツネに似ている。


 エリマキは牧師さんの首にくるりと巻きついた。お気に入りの場所のようだ。この牧師館の中でエリマキは一番牧師さんに懐いていた。


「おぉ、エリマキか。この子は本当に私に擦り寄ってくるのが好きですね」


 牧師さんはエリマキは、優しそうに見つめている。こうしてみると何か自然や動物に触れ合える所にアビー達を連れていくのが良いのかもしれないと思いつく。牧師さんもそのアイディアには賛成だった。


「動物園は遠いし…。あ、霧の森に行ってみようか?」

「霧の森?」


 初めて聞く名前だった。


「ええ、ここから歩いて30分ぐらいかかるんですが、牧場のずっと奥の方に森があるんですよ」

「初耳だわ。どんな森なの?」

「けっこう広いですね。キノコが取れる森だと有名で、いいピクニックスポットですね」

「いいじゃないですか。行きましょう!」


 これはキノコ狩りというものではないか。本当にスローライフである。アビーの事は抜きにしても良い提案だと思う。


「じゃあ、さっそく次の土曜日にいきましょう!」

「決まりね!」


 私達は、こうして霧の森にきのこ狩りに行くことを決定した。


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