40話 誰も読めないダイイングメッセージ
私はケイトに包丁を突き付けれた状態だった。半ば脅されている状態のまま、ケイトの言う事を聞く他ないようだった。
「来なさいよ!」
包丁を突き付けれたまま、彼女に誘導され雑木林をぬけて森に入る。
いつの間にか日が影ってきて、肌寒さに襲われるが、それは気候にせいだけではないようである。
ケイトはまるで死んだような目で私を脅しながら、ぶつぶつと文句を言う。
「全くどうして事件の調査なんかやってたのよ? あのまま放っておけば、あの牧師が逮捕されて終わったのに」
「このまま放っておく事はできなかったのよ…」
包丁の刃先はよく研がれているのか、綺麗に光っていた。こんな状況なのに、自分を殺す凶器になるかも知れないものを冷静に眺めていた。
「馬鹿ね」
ケイトは邪悪な笑みを隠さない。やっぱりこの女は殺人犯である。同情心を抱いていた事を後悔した。実際自分を殺そうとしているし、確実の彼女の中に殺意はあったのだ。事故にも見える殺し方だったが、今こうして私を脅す事で殺意があった事を証明していた。
チェリーの家が見えてきた。ここまで来ると人気はない。
この村の26回目の殺人事件の被害者は私だろうか。村の人達の「またか…」という呆れた顔がありありと想像でき、ちっとも嬉しくはない。むしろちょっと悲しい。アラン保安官は全く捜査をしないだろうし、牧師さんは「こんな事なら無理矢理にでも洗礼を受けさせればよかった!」と嘆いているかもすれない。
こんな状況ではあるが、そんな事を考えると私の頭は少々冷静になってくる。
脅しているとはいえ、何かスキを見せつるはずだ。その時を狙うしかない。私は注意深くケイトの様子を伺った。
「どうするの? チェリーの家で私を殺すのね?」
「ものわかりが良いじゃない。遺書も書いてもらうから」
「遺書?」
「そうよ。自殺に見せかけて殺すんだから」
私はため息が出る。
ケイトに同情心を持った自分が心底情けない。やっぱり日本は平和過ぎる。こんな邪悪な人がいるなど、普通に日本で暮らしていたらわからなかった。
チェリーの家に入り、椅子に座らされ、ペンと紙を渡される。
「さあ、ここで私の言う通りに書くのよ」
「別の事書いたらどうなるの?」
「その時は殺すしか無いわね」
ケイトは私の喉元に包丁を突きつける。包丁のヒヤリとした感覚が、ありありと伝わってくる。
「まさかあなたが犯人だったなんて、アビーとジーンはショックでしょうね」
私は泣き落とし作戦に出ることにした。何かケイトにスキを作らなければと考えていた。
「あなたの事をママみたいに慕っていたのに」
「いやよ、あんなクソガキ」
ケイトはそう吐き捨てた。やっぱりケイトはアビーやジーンに対しても良い感情を持っていないようだ。やっぱり絵やクッキーを捨てるわけである。
「絵やクッキーを捨てるなんて酷い事をするのね」
「あんなもの要らない。自分の子供でもないのに」
「あなたが母親にならなくてよかったわ」
ついつい皮肉がもれる。やっぱり泣き落とし作戦は失敗だ。思えば犯人にとってかなり幸運な偶然が続いている。この機会を逃すわけはない。私を自殺として見せかければ、ケイトは逃げられる。
「私はあなたが、子供達を守るためにも殺人したと思ってたのね。そんな事はなかったようね…」
私はため息をつく。
「マークが子供を殺したがっているのは知っていたわよ。でもあの子たちを護るために人殺しなんてするわけないじゃない。あなた、頭が相当能天気ね」
「日本語ではそういうの頭お花畑っていうのよ」
頭お花畑と英語で表現するとしたら、「happy-go-lucky」か「overly optimistic」だろうか。ケイトは「overly optimistic」と言っていた。これは度を越して能天気という意味で、ネガティブなニュアンスもあり日本語の頭お花畑と意味が近い。こんな状況でも英語豆知識が浮かんでくるなんてやっぱり私は「overly optimistic」なのだろう。遠くの方で森に住む野鳥達が騒いでいるが。
ケイトに言われた通りに遺書を書く。ケイトは、「この異世界で生活しにくく、絶望した」という旨の遺書を書くように命じられたが、違和感が残る。
「日本語で書いた方が良くない?」
「英語で書かなきゃ読めないだろ!」
度を越して能天気な私にケイトはイライラし始めた。
「でも日本語で書きたいな。書いて良いでしょ? どうせ読める人はいないわ」
実はプラムに日本語を教えていたので、プラムだったら読めるはず。もうこれに賭けるしかない。私が死んだらコージー村の殺人事件調査は彼女にして貰うのが適任だろう。
「まあ、良いわ。好きにしたら?」
「ええ」
私は日本語で「犯人はケイト。私は自殺はしない」と書く。
「なに、この文字は?呪文?」
漢字、カタカナ、ひらがなが混じった日本語のケイトが眉を顰める。
「読めないでしょうね。最後に本音を書かせてよ」
「変な書いたら殺すから」
「勝手にすれば良いわよ」
私は目を閉じる。浮かんでくるのは、何故かこの村の硬い田舎パン。アナに不味い野菜ジュース。リリーの店の入浴剤や化粧水。
クラリッサの無邪気な笑い声にプラムの激しいツッコミ。庭ではしゃぐアビーとジーン、それに彼らを追いかけるモフモフ小動物のエリマキ。
それに童話にでも出てきそうな可愛い教会。牧師さんのおっとりとした笑顔が最後に頭の中に浮かんだ。私は、「牧師さん、好き!」となんとも呑気で馬鹿らしい言葉を日本語で書いた。こんな事を書いても仕方がないのに。
「気がすんだ?」
「ええ」
ケイトはここで薄く微笑み窓の外を見る。外で野鳥がかなり大きな声で騒いでいた。
私はそのスキをついて持っていたボールペンでケイトの手を突き刺した。
「いやぁ、いたい!」
意外にもボールペンは凶器になったようで、血が溢れている。ケイトは身を捩りいかなり痛がっていたが、包丁は頑なに握りしめていた。しかし、これでも一撃を加えられたのは確かだ。
私は、痛がっているケイトを無視して逃げる。
「待て!」
そう言われても待つもりはない。私は身を翻し、走ってチェリーの家から出る。
後をチラリと振り返ると、鬼の形相で包丁を持ってケイトが追いかけてきている。怖くて仕方ないが、ここで負けるわけには行かない。
チェリーの家から出ると、とにかく森の中を走った。いくら不便な村を歩きまわっていても、息が切れる。やっぱり便利な日本で安穏と暮らしていたツケを感じる。走っているだけなのに、息が切れて意識も消えかかっていた。
森の出口あたりにたどり着いた時は、体力は限界だった。ケイトの殺されなくても、私の体力の無さで死ぬかもしれない?
森の出口でリリー、アラン保安官、そして牧師さんの姿が見えた時、幻にしか見えなかった。
「マスミ!」
いつも温厚そうな牧師さんが慌てている。無能な保安官も包丁を振り回していたケイトを捕らえていた。
「マスミ!」
「牧師さ〜ん」
夢かもしれない。私は牧師さんに飛びついていた。リリーの黄色い声を聞きながら、やっぱり夢にしか思えなかった。
「よく頑張った! 感動した!」
牧師さんのその言葉は、昔の日本の総理大臣の名言とそっくりだなぁとどうでも良い事を考えた後、意識がブツリと途切れた。




