34話 平和ボケな日本人です
チェリーの家は、湖のそばの道を抜けた所の森にあった。
転移者保護の仕事のため、夏中はよく足を運んでいたが秋になってからはあまり行っていない。
森の中はもうすっかり秋だ。木々は茶色や赤に色づき、地面は落ち葉の絨毯がひかれている。そこを歩くとカサカサと軽い音が鳴った。
「チェリーの家って今どうなってるの?」
「今は空き家のはずよ」
プラムが聞く。今、チェリーは王都で身体や精神の治療を受けているため空き家のはずだった。
杏奈先生の事件の時は、マリエというモフモフ小動物を生贄に捧げて変な儀式をしていたが、一応その後アラン保安官が調査のために儀式に関係するものは、押収されたと聞いていたのだが。
あの事件の時は、チェリーの家のそばで犯人と対決し危うく殺されかけた。今はプラムと一緒にいるからさほど怖くは無いが、当時の事を思い出すと良い気分はしない。転移保護の仕事中もなるべく思い出さずに、機械的に仕事をしてさっさと帰るようにしていた。
チェリーの家は、家というよりは小屋という雰囲気の古い家である。そういえば外観はソニアの家に似ているが、中は人気が無い。
鍵が閉まっていたが、再びプラムがあっけなく開けてしまった。
「お邪魔します〜」
「全くあなたは律儀ね」
プラムに少々呆れられながら、チェリーの家に足を踏み入れる。
前に来た時は、変な儀式をやっていた跡があった。あのマリエという小動物の死骸や魔法陣やお札の数々を思い出すと気味が悪いが、今はそう言ったものは置いていない。
「一見普通のね…」
何も収穫がなさそうで私はため息を吐きそうになる。
「でもちょっと待って、マスミ。まだ本棚には怪しい本がいっぱいあるわ」
プラムが指さす方向には、本棚があった。そこには願いを叶える方法や高次元の存在を召喚する方法などの怪しいタイトルの本ばかりある。どれも読み込まれた古い本で、紙や背表紙が日に焼けていた。
「アナが言ってたのはこの本ね」
私とプラムは本棚から適当に一冊引き抜き読んでみる。中身は呪文の文言や儀式に方法が詳細に書かれていて、見ているだけでも気分が悪くなる。さすがのプラもムも眉間に皺を寄せ、難しい顔を見せていた。杏奈先生に事件の時も思ったが、こんな怪しい事をして願いを叶えて嬉しいだろうか?
この世界では全く役に立てないとはいえ、私は日本では一生懸命努力して英語を取得した。好きなロマンス小説を洋書で読むための努力ではあったが、コツコツ一歩ずつ進むのは充実感もあった。こんなズルをし、儀式で動物を殺しながら願いを叶えたいと思う事が心底理解出来無い。ある日突然願いが叶うよりも、一歩ずつ進んで行く方が絶対楽しいのにと思えてならない。
「これ、ノート?」
一見本の様に見えるノートが本棚にあるのに気づく。立派なハードカバーで、表紙は魔法陣の様なものが書いてあり怪しげな本と差別化ができていない。パッと見ただけでは、本にしか見えないだろう。
「ちょっと怖いわ。ね、プラム代わりにこのノートの中見を見てくれない?」
私ちょっと甘える様にプラムに頼む。男性には決して出来ないが、王子様の様にカッコいいプラムにはちょっと甘えて見たくもある。
「しょうがないわね。どれどれ」
プラムは私の代わりに本の様に見えるノートの中見を読み始めた。
最初は冷静なプラムの顔だったが、だんだん青ざめてきた。いつも冷静なプラムにしては珍しい事である。しかもしばらく無言で固まったように話さない。
「プラム、な、何が書いてあったの?」
プラムは深いため息をつく。怖がっている様子は無いが、ノートの内容には引いているようだった。
「これはマークのノートよ」
「え!?」
だとしたら大きな手がかりが得られるだろうか。ちょっと私もドキドキとしてくる。
「でも、あまり気持ちの良い内容じゃないわよ…。これは、マスミ読める?」
プラムは心配そうに私を見ていた。
さっきは、プラムに甘えてしまったがいつまでもそうするわけにはいかない。牧師さんの濡れ衣はアビーとジーンの一件で晴れるだろうが、犯人が捕まったわけでもない。
ちょっと怖いが、意を決してノートを見る事にした。プラムからノートを受け取り、最初からページを捲る。
意外にも綺麗な文字で、魔術や儀式、呪文について記録してあった。マークは元の世界にいた時は、アレイスター・クロウリーという魔術師に心酔していたようで、クロウリーを讃える言葉がいくつも散らばり、聖書やキリスト教を否定的のようだ。おそらく牧師さんの悪評を流したのもマークだろう。
マークは、この世界に来たのも魔術を極める為だったらしいが、あろうことかキリスト教が根付いた国家。マークの魔術はあまり性能は良くないのだろう。元いた世界の知識を活用して商売し、一財産築いていたようだがそう簡単に上手くいかなかったようで、元の世界に戻る事を考える。
しかしやっぱり中途半端の技術しかないマークは失敗を重ねていた。悩んだすえ、この国の魔術師家系の人物を探し、ついにチェリーの居場所も突き止めるが、もう彼女は去った後。チェリーが残したこの本棚の書物を使い、日々魔術に熱中している様子もノートに記録されている。猫や犬なども生贄として殺していた様で、思わず私の表情が曇る。
ケイトの事も書いてあった。もともとは昔いた町で知りあい結婚したそうだ。ケイトは精神障害もあり、マーク曰く「簡単だった」と記録していて、嫌な気分しか残らない。最初は夫婦仲も良かったそうだが、マークが魔術に熱中し始めてからお互い冷え始めたようである。
最も問題なのは、最近の記述だった。魔術にべ熱中したマークはメイトを生贄として殺す計画を立てていた。しかもマークが殺される翌日が満月の日で、ケイトはギリギリ助かったと言える。
ロマンス小説にはあまり無いが、漫画や小説では魔法や魔術師が礼賛されているものも多い。こんな記述を見ると、人智を超えた能力を使うことが怖くなってきて全く憧れない。
「どう思う?マスミ」
「そうね、マークはケイトを殺そうとしていた…。その前にマークをケイトを殺したかったんじゃ無いのかな…」
「しれにケイトは不妊で子供が出来ない事もかなり悩んでいたようね。もともと精神的に危ういようだす、思い詰めて殺した可能性が高いわ」
もちろん憶測であるし、確実に殺意を持って殺したとは言えないだろう。でもケイトがマークを殺す動機は確実にある。
もし自分の夫がこ生贄として差し出そうとしてきたら?
彼女の立場の自分が立ったとしたら、身を守る為に何か行動を起こす。もちろん殺しはしないと思うが、追い詰められて思考力がなかったら、極端な行動に出てしまっても仕方ない。
ケイトの事を思うと胸が痛くなる。プラムが顔を青くし、しばらく言葉が出なかった理由がよくわかると思った。
「可哀想なケイト…」
私はノートを閉じると、思わずつぶやいてしまう。カーラや杏奈先生は自業自得な面もあったが、ケイトについては同情してしまう。
「でも、このノートで気になるのは大人より子供を生贄に捧げるとより願いが叶うって書いてある事ね…」
プラムはぶつぶつと呟いた。それを聞いて、今度は私の顔が凍りつく番だ。
「もしかして、アビーとジーンも生贄として狙われていた可能性ある…?」
「あるでしょうね。『ケイトで失敗したら、次は子供だ』って書いてあるのよ。もしかしたらマークがアビーとジーンを狙っていた可能性がある」
それを聞いて心臓が止まる様な思いがした。やんちゃな子供達だが、もしマークの餌食になっていたとしたらと思うと気が気じゃない。
「もしかして、ケイトは自分の身を守るというより子供達の為にマークを殺した可能性無いかな?」
だとしたら本当にケイトには同情心しか持てない。子供達が苦手な様子もあったが、あれはどう接して良いのか分からずにそうなってしまった感じもする。
「本当に可哀想ね、ケイトは。ロブや元村長は全く同情出来ない犯人だけど」
プラムは再び深くため息を吐く。
「どうする?マスミ。動機があった事は分かったけど、殺意を表明する硬い証拠はないわ」
「そうね…。でも、もしかしたらケイトだったら話せば自供してくれるんじゃなな?」
「どうかしら。腐っても犯罪者よ」
プラムは吐き捨てるように言う。
・ケイトにはマークを殺す動機はある
・子供達を守る為に殺した可能性も大。
・殺意があった事の証拠は無い
・状況だけなら自己死にもとれる
「このまま放っておくのは無理?」
思わずそんな事も呟いてしまう。死因が腐った小麦粉を食べた事だとしたら、このまま事故死として処理出来ないだろうか。
「ダメよ、マスミ」
プラムは厳しかった。そうだろうとは思ったが。
「あの手帳を破ったり隠蔽工作は一応しているわ。犯人は同情出来る部分もあるけど、完全に清い心じゃないわよ」
「でも…」
「アビーとジーンが引き金を引いたとはいえ、牧師さんは間違って捕まってるのよ」
そう言われると何も言い返せない。シチューを食べた後にマークが具合が悪くなった事は犯人とてっては幸運だろうが、濡れ衣を着せられた人が居るのは許しがたい。
「マスミはちょっとお人好しで平和ボケすぎるわ。繊細とも言える」
日本では繊細である事は長所になり事も多いが、この世界ではそうでも無いようだ。実際元の世界の職場にいたアメリカ人などから、「日本人はナイーブすぎる」と言われた事もある。
「子供を守る為に人殺しなんてする?それこそマスミの希望的観測で、何の証拠もないわ。私はやっぱり自己防衛のためだけに殺したと思うけど?」
プラムはあくまでも冷静で甘いとこりは見せない。
「そう、かもね…」
「そうよ。マスミの住んでた日本って良い人が多いのかしらね?少し呑気過ぎるんじゃない?」
「そうね。治安はいいわよ。女の人が夜コンビニでバイトしたり、で歩いても大丈夫だし、子供も一人で登校できる」
「嘘‥」
プラムは日本の治安の良さに口をあんぐりさせて驚いていた。
「この村ではともかく、王都じゃそんな生活絶対無理よ。マスミがお人好しの理由がわかった気がするわ」
「でもこの村も殺人事件頻発しているわよね‥」
その事実は全く笑えない事だった。やっぱり平和で呑気そうなこの村の治安はかなり悪いのかも知れない。
「ま、それは仕方ないわ。どうする?ケイトを捕まえる?」
私がコクリと頷いた。
「お人好しの呑気ものって言われそうだけど、明日にでもケイトに話してみる」
「話してわかって貰えるかしらね?」
プラムはちょっと小馬鹿にした様に私を見ていた。でもほんの少し心配している目もしていた。彼女なりに何か思う所があるのだろう。
「わからないけど、身を守るためにマークを殺したのなら、ロブや元村長よりはわかってくれると思う」
「まあ、マスミの気がすむような形を取るのがいいわね。何かあったら絶対言うのよ。あと、あのスプレーも持っていきなさい」
まるでプラムは母親みたいだと思った。アビーとジーンのママは本当は私ではなく、厳しくて優しいプラムの方がいいとは思ったが。
「ありがとう、プラム」
「ええ。本当にあなたはお人好しね。よく今まで生きて来れたと思わわ」
少し呆れたプラムの声を聞きながら、ケイトに自白させるよう願うしかない。
事件を捜査しているが、私は警察でも探偵でもない。できる事はないかもしれない。それでも、もう村で死体を見たくも傷ついている人も見たくはなかった。




