29話 とんでもない
ジェイクの医院を後にすると、私は霧の森の方へ歩いていた。
前来た時にじは意識していないので気づかなかったが、確かに森の近くに小屋のようま家がぽつんとあった。「ソニアのアトリエ」という表札もある。ここで間違いないだろう。
仕事中だとしたらソニアに会うのを躊躇われるが、ここまで着て逃げるわけにもいかない。
少し緊張はしたが、玄関の扉をノックした。
「あら、こんにちわ」
ソニアが出てきた。まるで私の事を知っているかの様な口ぶりだった。
ベリーショートの小柄な女だった。白シャツにジーパンというラフな格好だが、胸の大きさがよくわかる。もっと色っぽい女を想像していたが、胸以外はシンプルそのものだ。でも、なんというか、男性向けの漫画に出てくるようなあざとさを感じ、女性陣に嫌われる理由がすぐにわかる。
日本では女子校で働いていたが、ソニアのような娘がいたら間違いなく嫌われそうだ。男性が好みそうな庇護欲を掻き立てる小動物感と妙にエネルギーの強い野性味が、ソニアのあざとい雰囲気を作っているようだ。
女性向きのロマンス小説ではこんな雰囲気の女は主役にでてこない。少女漫画もそうだ。地味で冴えないグズグズと鈍臭い女ばかりであるが、こういう女は現実にモテている所を見た事はない。まあ、どちらにしても顔が良ければモテるのだろうが。
「あなたがマスミ?」
「ええ」
「噂はよく聞いてるわ。上がって!」
意外にもソニアは私に友好的態度を示して、家に上げた。
家の中は、描きかけの絵ばかりが置いてあった。微かに絵の具のような匂いもする。絵はなぜかきのこをモチーフにしたものが多く、シュールだ。なぜかきのこが人を襲ったり、逆に人間と恋人同士だったり私にはよくわからない独特な世界観の絵ばかりである。
「お客さんが来てくれるなんて嬉しい!」
ソニアはぴょんぴょん跳ねながら、ブラックティーを持ってきてテーブルに置く。派手なレインボー色に個性的なソファに腰掛けて向き合った。あざとい女だが、同性の私に前でもぶりっ子しているという事は、裏表は無さそうではある。
ソニアはあざといぶりっ子らしく、首を傾けて、上目遣いで私を見ながらブラックティーをすする。男性だったらキュンキュンしてしまうだろうが、生憎私の性別はメスであった。
「まさかマークが死んじゃうなんてね」
ソニアは笑いながら、マークが可哀想と言う。嫌な女である。子供っぽく無邪気であるので、男性はイチコロかも知れないが、やっぱり私は女である。少しも心を動かされない。それどころか、ジェイクの女に趣味が悪すぎるとしみじみ思う。
「あなた、マークと付き合っていたんじゃないの?」
「ええ、そうよ。でもいつまでも死んだ人を思っていてもね。次行きましょうって感じ」
やっぱり嫌な女だ。第一不倫でもあるし、マークの死について何も悲しんでいないのが恐ろしい。日本では余命〜年のラブストーリーが流行して居たが、ソニアにそう言った本を読ませても少しも感動し無さそうである。
「村の人は、みんな私の事をビッチとか言ってるでしょ。知ってるし」
一応ソニアは自分の評判を知っているようだ。ちなみに英語では尻の軽い女はeasyやslutとも表現される。slutの方が強い言い方で「淫乱」みたいな意味になってしまう。
「いいのよ、別に。私は好きな風に生きてるだけ」
「そう…」
ソニアは不倫していた事にも何も思っていない様子だった。
「ねえ、マスミ。恋愛なんて自由でいいと思わない?」
「思いませんね。少なくとも不倫は、奥さんが悲しむでしょ」
「そんな事言ってるからモテないのよ」
何でモテないのを知っているのかわからない。やっぱりソニアに良い印象は持てない。思わずムッとしてしまった。
「私は別にケイトと取り合っていたわけじゃないしね」
「そんな事言って、嫌な女ね。ケイトはけっこう追い詰められてたわよ」
「ふーん」
ソニアは興味が無さそうにブラックティーを啜る。
「何か事件について知らない?」
「知らないわよ。でも私とマークは中良かったわよ。問題ないわね」
そうは言っても怪しい。ただ、本当に動機は無さそうに見える。嫌なお女ではあるが、徹底的にぶりっ子をしているし、裏表も無さそうだ。嘘をついているようにも見えない。
「むしろマークの方がケイトを嫌ってたわよ」
「え、本当?」
あの夫婦不仲であるのは決定的だが、実際マークが何を考えて居たかは何も知らない。
「マークは、パン屋だったけど魔術師だったじゃない?」
「そうね…」
その話はアナから聞いた。
「でも、最近やっぱり元いた世界に帰りたくなったらしいし、また変な儀式をするつもりだったみたい」
「は? どういう事?」
「ああいった儀式では人間の命を差し出すのが良いそうね。とくに自分と仲がいい存在を生贄にすると悪魔が喜ぶ見たい。ケイトを生贄にしたいって言ってたわ」
想像以上に嫌な話である。やっぱりマークには一ミリも同情が出来なくなってしまった。
・マークはケイトを殺したがっていた
メモに書くが想像以上に不仲である。いくら元いた世界に帰りたいからと言って奥さんの命を犠牲にするなんて、信じられない。
「そもそも何でマークは、あっちの世界に帰りたかったの?何か知ってる?」
「まあ、パン屋は思ったより儲からない見たいね。王都では、ふわふわなパンが珍しいって簡単にちやほやされたらしいけど、すぐ飽きられたそうよ。その後、各地を転々としてたみたいだけど、思ったより商売が上手くいかず、負債もかなりあったそうね。可哀想なマーク」
そうは言ってもソニアは全くマークについて同情しているようには見えない。無邪気に笑って、ブラックティーが美味しいと過剰に喜んでいた。男はなぜか喜ぶ女が好きだが、ここまっでぶりっ子していると、疲れないのだろうか?と心配になる。
「マークが殺された日、あなたはどこにいたの?」
「ここで仕事してマークに会いに行ったよ」
「え、やっぱりあなたが犯人?」
「ひっど!私じゃない!」
ソニアはぷーっと頬を膨らませた。つくづくぶりっ子女であるが、重要なのはそこでは無い。
「ケイトと会ってたみたいだからすぐ帰ってきたわよ。そうね、殺すとしたらやっぱりケイトでしょ。自分の夫び命を狙われてたら、私でも毒でも仕込んで殺しとくし」
ソニアは本当に悪魔のように笑顔を作っていた。
・あの日マークはケイトと会っていた。
・毒きのこ原因で無いとしたらケイトが一番毒を仕込めるチャンスがある。
「ところで、あなたはジェイクについてどう思ってるの?」
余計なお世話かとは思ったが、思い詰めているジェイクが可哀想で一応聞いてみた。
「ああ、ジェイクね」
半分笑いながらソニアが言う。嫌らしい態度だが、男性には無邪気で可愛い女に見えるかもしれない。
「私、あの人嫌いなのよね」
ジェイクが聞いたらさぞショックを受けるだろう。しかしイケメンでモテる事に関してはハードルが全くないジェイクにとっては逆に興奮するのかもしれない。ジェイクの女の趣味の悪さにはドン引きではあるが、理由はわかる気がした。
「あなたもジェイク好きなの?」
「いいえ、全く」
「そう。可哀想な人」
そう言ってまたクスクスと笑っていら。ソニアは相変わらず怪しく変な女ではあるが、殺人を犯すのかは謎だった。
「きのこの絵がいっぱいあるけど、きのこ好きなの?」
「ええ。毒があるものは美しいでしょ。私みたいでしょう?」
ふざけてるとは思ったが、この自由で裏表のないソニアが犯人には見えなくなってしまった。
だったら誰が犯人?
捜査は完全に手詰まりに陥っていた。ケイトも怪しいが、私が勝手に怪しいと思っているだけで証拠がない。そもそもマークに死因もわからない。
ソニアの小馬鹿にしたような笑顔を見ながら、完全にお手上げ状態である事を悟った。




