20話 隣人愛
ハードボイルド村はコージー村の隣にある栄えた村である。コージー村と違い駅もあり、ここから王都に出る事も可能である。
駅に近くはカフェなどの商業施設はもちろん、市場もありコージー村の住人もここでよく食材を調達している。
今日は市場には用はない。
市場につづく道の反対方向の道を歩き、警察署につく。この土地の役所や図書館などはレンガ作りだったり、蔦が絡まっていたりして趣があるが、警察署は日本でありそうなそっけないコンクリートの二階建ての建物だった。
私は受付に行き、まずアラン保安官を呼び出した。あの無能そうな顔を思い浮かべて、イライラとするが詳しい事情を聞かなければならない。
それに死因も気になる。あの状況で毒キノコを死因と決めつけるのは、やっぱり無能としか言いようが無い。ネルだって不審に思っているのに。
アラン保安官は、ニコニコと機嫌が良さそうにやってきた。
「おお、転移者のマスミじゃないか」
「機嫌が良さそうね。事件の事で気づいた事があるから、お話できる?」
「オッケーだよ」
思わず顔を顰める。この軽くてバカっぽノリで本当に事件調査など出来るだろうか。本当に信用できない男だと思う。
「どこで話聞こうかな〜」
アラン保安官は鼻歌を交えながら応接室を探していたが、空いてる部屋が見つからず、結局取り調べ室で話をする事になる。こうして無機質なイスと卓しかない部屋に通されると、ちょっと緊張はしてくる。別に自分はやましい事はしていないが、ちょっとドキドキしてくる。もし犯罪者はここの来て平気でいられるのなら、サイコパスかもしれない。
「で、マスミ。何の用かい?」
アラン保安官は、腑抜けた笑顔を浮かべている。
「機嫌が良さそうね。本当に何かいい事あった?」
「実はこの事件を早期解決できたから昇給と昇進したんだ。全くあの殺人事件ばかり起こるコージー村にはみんな手を焼いて放置していたからね」
さりげなく怖い事をいう。やはり出世してこの男は浮かれていたようだが、私は不安しか感じない。
「解決ってどういう事? 牧師さんが犯人って事?」
「うん!」
そんな子供のような満面の笑みを見せられても納得できるわけがない。
私は毒きのこが本当に死因になったのか説明するが、アラン保安官は耳を塞いで「あー、あー聞こえない!」とのたまっていた。
「あのね、重要な事なんだけど、ちゃんと聞いてくれない?」
「聞こえんな!」
アラン保安官はあくまでも聞く耳を持たないらしい。こうしていかにも無能そうなアラン保安官を目の前にすると杏奈先生の気持ちがわかる。自分が調査した方がいいんじゃないかと思うのは、当然の事のように思う。
「でもね、牧師さんが犯人じゃない可能性だってあるのよ。誤認逮捕じゃない。何を根拠に牧師さんを逮捕したの?」
「もともと噂があったんだよ。マークと牧師さんが揉めてたってね。あの今教会は悪魔を呼んでいる異端だって噂を聞いたぜ。うん、そんな事やってるなら犯人だよ」
何の根拠もない推理である。たぶんアラン保安官は、日本では絶対警察官にはなれないと思う。私は彼の無能さにだんだん頭が痛くなる思うがした。
「もういいわ。牧師さんと面会できる?」
「まあ、少しだけだぞ」
こうして私は牧師さんに会う為にアラン保安官と一緒に面会室に向かった。
面会室はアクリル板で仕切られ、牧師さんと直接会えない仕様になっていた。
疫病に感染対策みたいで、既視感があある。生徒との面談室もアクリル板で仕切られていたし、コンビニや書店のレジもこんな感じである。
しばらくして牧師さんが部屋にはいってきた。髭が伸びて髪はボサボサ。ちょっと気だるくてセクシーに見えてしまった事は、胸の奥にしまっておこう。
「マスミか」
「牧師さん大丈夫?」
「へへ、ずーと祈って賛美していましたから、意外と元気ですよ」
確かに身体は辛そうだったが、目には妙に力がある。メンタルは大丈夫そうだが、このまま濡れ衣を着せておくわけにはいかない。
「牧師さん、聖書を差し入れに一応持ってきたよ。全部暗記してると思うけど、一応」
「本当ですか?嬉しいですね!」
ここで牧師さんは初めて笑顔を見せてホッとする。やっぱり心までは冷え切っていないようである。
「あとでアラン保安官に渡しておくから」
「ありがとう、マスミ。なんか聖書の言葉を聞きたくなってしまったな」
牧師さんにリクエストされ第一コリント13章やイザヤ書の43章を朗読した。牧師さんを励ますつもりで朗読したはずなのに、何故か自分まで元気になっていくような感覚を覚えた。
日本のホテルには聖書が置いてあると聞く。どうやら自殺防止に置いてあるらしい。私はその意味はわからなかったが、今はよくわかる気がした。理屈はわからないが、やっぱり神様の言葉は力はあり、人間に勇気を与えているのかもしれない。やっぱり、聖書を差し入れとして持ってきてよかったかもしれない。
「私、真犯人を捕まえるわ!」
ちょっと大きな声で宣言した。杏奈先生やカーラの事件は渋々調査をしていたが、今回は牧師さんの濡れ衣が着せられている。
もちろん、牧師さんが100%犯人では無いとは言わないが、可能性はかなり低いだろう。別に根拠は全く無いが、「牧師さんは無実!」と信じてしまう気持ちがあった。
「ありがとう、マスミ」
「実はあなたの事疑ってたのよ」
「え!?」
「でも、やっぱり動機もないし、こんなの神様を信じるあなたが人を殺すわけがないわ」
私はキッパリと言った。
牧師さんはそんな私に面食らっていた。驚きで目を瞬かせている。なんか、目から鱗が落ちたような顔にも見える。
「ありがとう、マスミ!」
「ええ。何を置いても犯人を捕まえるわ」
そして牧師さんはちょっと目頭が熱くなっていた。
「マスミがこんな隣人愛に溢れた人とは思わなかった。見直しました」
「いえ、そんな高尚な思い事件調査するわけでは無いんですが…」
「僕も愛しています、マスミの事を」
これではまるで愛の告白ではないか。
でもこれはあくまでも隣人への愛である。男女の愛では無い事がすぐにわかる。でもこんな純粋な目で言われたら、もう素直に喜ぶ以外できない。
「ええ、私あなたの事を愛してる。だからきっと犯人を見つける!」
「頼もしいですね。ありがとう、マスミ」
私がこう言うと、牧師さんは本当に嬉しそうに笑っていた。牧師さんは、決してイケメンではない。どちらかといえば地味なタイプのブサメンであるが、とてもかっこ良く見えてしまった。杏奈先生の事件の時に助けられた時以上に眩しく見えた。
「牧師さんは事件について何か気になる事はない?」
「そうですね…」
牧師さんはしばらく考えた後に口を開いた。
「そういえばマークとケイトが言い争いをしてるのを見たことあるな…」
「いつ?」
「たぶん彼らが来たばかりの頃だったと思いますが、湖の近くで。あんな所にいるのも今考えるとおかしいですね」
「何を言い争っていたか覚えてる?」
「うーん、何か子供がどうとか聞こえたけど、わからなかった」
この事は一応アラン保安官にも伝えたそうだが取り合ってくれなかったという。
・やっぱりケイトとマークは不仲?
・「子供」で揉めるとは?彼らには子供はいないはずだが、妊活の事で揉めていたんだろうか?
「アビーとジーンは元気ですか?」
「クラリッサのお屋敷が広くて物珍しいみたい。あの家はデレクやプラムも私もいるし、意外と落ちつく始めたわ」
「そうですか…。やっぱりあの子達が気になりますよ…」
そう言って牧師さんは、再び暗い表情を見せる。
「だめよ、そんな暗い顔したら。今はあの子達の親はあなたよ?」
「そうですね…」
「アビーやジーンの為にも一刻も早く犯人を探すわ!」
私は再び元気よく胸を張った。
「そうですね、以外とあなたは逞しいですね」
牧師さんはそんな私を見て苦笑していた。




