1話 村の生活は平和です
カーラの事件が解決して1ヶ月が経った。
暑い暑いと喘いでいたが、もうすっかり秋だった。
私は「猫の手」という何でも屋を作り、忙しく働いていた。子守り、ペットの捜索、恋愛相談、店番、品出し何でも依頼されれば断ら無いスタンスの仕事だ。村人の厚意により、今のところ仕事は順調だった。
タピオカ屋が廃業になったデレクも冬に向けてカフェ作りに順調だ。上手くいけば杏奈先生のカフェがあった場所にオープン予定で、建物の建築も始まっている。事件の影響でミッキーとリリーの店しかないスカスカに商店街も、新しく店が出来る噂もあり、ロブの店に跡地も改装業者が入っていた。
また、事件の影響で人口が減っていたコージー村だが、秋にまた人が越してくるという噂もあり私は密かに楽しみだった。
ちなみに転移者保護の仕事しているが、転移者らしき人物はゼロ人だった。今のところ怪しい人物も殺人事件も起きていないので、私は少しホッとはしている。どうかこのまま何事も無ければ良いと祈らずにはいられなかった。
「ジミー、こんにちわ。元気?」
「おぉ、マスミか。どうぞ、上がってくれ」
私は「猫の手」の仕事で、毎日この老人・ジミーの家に通っていた。孤独で病気がちの老人であり、親族の依頼での仕事だった。毎日こうして家に行き、様子を確認し、軽く食事をとって帰り、親族に報告する流れになる。
このために料理上手のデレクに色々と料理を教わり、ある程度は出来るようになった。
デレクからはカーラの事件の後に甘い告白をされたものだが、今のところ良い返事はしていない。デレクは誰にでも甘い言葉を吐いているし、私も牧師さんに片想い中。牧師さんと何か進展している様子はないが、正直なところデレクには全く興味が持てない。
「何か、悩みかい?」
そんな事を考えていたので、ジミーに心配された。
「いえ、何でもないんですよ。お茶でも飲みます?」
「ああ、頼むよ」
私はつとめて明るい営業用の笑顔を作り、キッチンの向かって湯をわかし始めた。
ジミーもキッチンび入ってくる。時々おにぎりなどの日本食を作るのが珍しいのか、時々料理をしている所を見にくる事があった。
「マスミ、今日は何作ってくれるんだい?」
「そうですね。ちょっと冷蔵庫の中を見ますね」
ジミーには時々買い物もして持って行っているので、だいたい中身は把握しているが、一応中身をのぞく。
「そうですね、ミルクも卵も小麦粉があるし、パンケーキはどうでしょうか?」
「パンケーキ?」
ジミーにとっては初耳だろう。元いた世界では定番のおやつメニューで、食事として食べる地域もあるが、この村でがほとんど食べられていない料理だ。
私も一度この村でパンケーキを再現しようと失敗したが、クラリッサの有能メイドが私の拙い説明からレシピを再現。
その後、クラリッサがパンケーキを気に入りお茶会での定番メニューになった。今は転移者で料理人志望のデレクもいるので、ふわふわでもこもこのパンケーキも希望すれば食べられる。私もこの仕事を始める為にデレクから料理を習い、パンケーキぐらいはささっと作れるようになった。
「ええ。日本でも人気の小麦粉料理なんですけど、サラダやお肉と一緒に食べても美味しいです。私が目玉焼きと一緒に食べるのが好きですね」
「聞いてると美味しそうじゃないか。是非作ってくれ」
いつもよりも目が生き生きとしたジミーが言う。という事で今日のメニューはパンケーキに決定した。さっそく材料をはかり、卵を割り入れて混ぜる。
「けっこうダマになってるな。もっとかき混ぜないとダメじゃないか」
パンケーキの生地が入ったボウルをみて、ジミーはツッコミを入れた。
「実はパンケーキはあんまり混ぜない方がいいみたいなんです」
「へぇ、そういうもんかね?」
「なぜかわからないけれど、混ぜすぎるとふわふわにならないんですよね」
デレクにもあまり生地を混ぜるなと言われている。前にきちんとかき混ぜたパンケーキも試しに作った事があるが、やっぱりあまり混ぜない方がふわふわな食感になった。
フライパンを温め、一度濡れ布巾の上に置く。こうする事で生地がくっつかない。この世界にあるフライパンはフッ素加工などはされていないし、鉄製でちょっと重い。正直なところちょっと使いにくいが、何故か出来上がりが美味しい。鉄分もとれて栄養面がいいのかもしれない。
「じゃあ、さっそく焼いてみますよ!」
フライパンに生地を落とし、火加減を見ながら、焼いていく。表面が毛穴のようにぷつぷつとしてきたら、良い匂いがキッチンに広がる。
「なんか、良い匂いじゃないか。これは美味そうだ」
「日本にあるパンケーキは、もう少しバニラの匂いが濃いんですけどね」
日本のホットケーキミックスは確かバニラ香料が添加されていたはずだ。それに比べると甘い香りは落ちるが、焼き立ての良い香りがする。これはこれで悪くない。
他にベーコンや目玉焼き焼いたりしてお食事形のパンケーキが完成した。暖かブラックティーとともに食べる事にした。
このジミーの家は、クラリッサの屋敷ほどの広い食堂はない。リビングのテーブルにパンケーキやブラックティーの器をおく。
晴れていれば庭で食べる事もあるが、今日は少し曇っているし、もう秋で風も少々冷たくなってきたので今日は室内の方が良いだろう。
「これは美味い!」
デレクは、パンケーキを食べてにっこりと笑顔を作った。
「前にマスミが作ってくれたオニギリやピザトーストも美味しかったけれど、これは美味いな」
目玉焼きのトロトロの半熟の黄身をフォークで崩しながら、ジミーはパンケーキを頬張る。表面は綺麗なきつね色に焼け、今日は見た目も上手くいったち思う。私もニコニコと笑いながらパンケーキをフォークとナイフで切り分けて頬張った。
「ところでマスミは最近どうだい? 仕事は」
「そうですね。ジミーやみんなのおかげで順調ですよ」
「それはよかった」
パンケーキのおかげか、ジミーはいつもより饒舌だった。
「ニホンには帰りたくないのか? こんな美味しいものがいっぱいあるのに」
確かにポテトチップスやホイップクリームたっぷりのったコーヒーが恋しい時もある。スマフォやパソコンも無いにも不便で仕方がない。でもその分、ちょっとした事でも感謝できるし、この土地の料理は感動するほど美味しくがないが、健康や美容には良い買った。実際持病の偏頭痛も無くなったし、肌荒れも全くしなくなった。これは、アナの野菜ジュースの効果が大きいだろう。
「そっか。でも家族と会えないのは悲しいな」
「そうですね。でも考えても仕方ないですから。アビーやジーンももっと酷い状況ですからワガママも言えませんよ」
「そうだなぁ。あの子たちは心配だ」
「え?何かあったんですか?」
ジミーはここでちょっと苦い顔を見せる。
アビーとジーンは、この殺人時事件だらけの町の教会で世話になっている子供だ。両親が人を殺してしまい、孤児のような状況だった。確かにちょっとヤンチャすぎる子供達だが、概ね問題ないと思っていたが。
「いや、ちょっと小耳に挟んだんだが、ちょっと牧師さんが大変みたいで」
「そうなの?心配だわ」
「ああ、あんな小さな子供がな」
確かにアビーやジーンは子供らしく可愛いとは思えない部分が多いが、境遇を思うと同情しかない。
「仕事終わったらちょっと牧師館の様子見てみるわ」
「ああ、そうした方がいいかもな。しかし、このパンケーキ美味いな。明日も作ってくれよ」
ジーンはシワだらけの顔をさらにくしゃりとさせて笑った。
「ええ。わかったわ。この村にもパンケーキブームが来るかもしれないわね」