9話 楽しいきのこ狩り
霧の森は、牧場から歩いて数十分の場所にあった。田舎の畦道をただひたすら歩く。アビーとジーンは少々機嫌が良くなったようで、何か歌を歌っていた。歌はこの国にある民謡だそうだが、私は全くわからない。
「ところで新しく来たパン屋の噂は聞いた?」
私は牧師さんにこの話題をふる。悪霊がついていると言って人々を驚かしているなんて、やっぱり不気味である。
牧師さんも珍しく渋い顔。というかこの話題はあまりしたく無いようではある。
「ああいった偽預言者みたいなものは、人々を惑わしますからね。牧師としては容認できませんよ」
「そっか。でもリリーとアナも変なパン屋と一緒にいたらしくの。心配」
「そですか…。私もジェイクがあのパン屋と一緒にいるのを見ましてね」
「本当?」
あのジェイクも?そう聞くと人事ではない。やっぱり嫌な予感がそてしまう。
「まあ、大したことにはならないとは思いますが、やっぱり少し心配ですね。あとでそのパン屋とも話をしてみようかと思います」
「聞いてくれるかしらね?」
「大丈夫でしょう。たぶんちょっと目立とうとした嘘だと思いますし」
「そうかなぁ…」
牧師さんはちょっと楽天的すぎる気もした。まあ、スマートフォンもパソコンもテレビもないこの村では、人々の悪意を知るきっかけもあまり無いのでそんなものだろう。
しばらく歩き、霧の森につく。もう秋なので、木々は黄色や赤に色づき、葉の擦れる音も軽さを感じる。
「わーい、きのこ!」
「きのこ!」
アビーとジーンは森の入った事がよっぽど楽しかったのか、はしゃいでいた。ようやくいつの通りである。
私も牧師さんもちょっと笑顔になり、森の中できのこを探し始めた。
「あれ、あそこの人が」
私が指さす方向に一人の老婆がみた。木の根元を見て、専用のナイフできのこうぃ収穫していた。
「ネルじゃないですか」
「牧師さん、ネルって誰だっけ?」
どこかで聞いた事がある名前だったが。
「ミシェルのおばあさんですよ。この村上の住人ですよ」
ジャスミンから聞いた事を思い出した。
ネルは私達の気づき、こちらにゆっくりやってきた。西洋風な顔立ちが一般的なこの村でが珍しく、ネルの顔立ちはちょっと薄めだ。髪も黒く、背もあまり高くはない。ミシェルひいばあちゃんが日本人転移者というのは、本当のようである。
「あらら、牧師さん。アビーとジーンも。どうしたの?」
ネリは上品に笑って挨拶してきた。この村の住人では珍しく、田舎くささうぃ感じない。動きやすい服装だったが、笑顔や姿勢がピンと緊張感がある。
「この方は? まあ、私の母の似てるじゃない?」
「私は日本人なんです。実は転移者で」
「まあ!」
ネルはちょっと興奮したように笑った。
「そうなの。嬉しいわ、懐かしい。本当に母にあった気分よ」
ネルに喜ばれ、軽くハグをする。
なぜかアビーとジーンは再び不機嫌になりはじめ、牧師さんが宥めていた。だいたいアビーとジーンが不機嫌になった理由は想像つくが、ここで叱ったり宥めたりするのもネルの手前なんとなくしにくい。
「じゃあ、ネルも一緒にきのこ狩りしません?」
「いいわね、牧師さん」
こうしてネルも交えてきのこ狩りが始まった。
牧師さんはどれが毒きのこかどうかわからないというので、きのこ図鑑を貸してやった。
その分私もどのきのが食べられるものかわからなくなったので、ネルに教わりながらきのこを採る事にした。
「これはエヘエヘダケね。根元がちょっとピンク色なので、食べられるわ」
「うーん、難しいですね。毒性があるヘロヘロダケと見分けがつきませんよ」
私とネルは、エヘエヘダケを藤でできたバスケットに入れる。
アビーとジーンが相変わらずキャッキャとはしゃぎ回り、牧師さんを困らせていたが、いつもの調子が再び戻って来たようだ。あの二人はしばらく放っておいても良いだろう。
「しかし懐かしいわね。日本人に会えるなんて」
「私も、親近感がある顔たちの人を見てちょっとホッとします」
「あらあら、そうね。ここは堀の深い顔が多いものね」
ネルはしばらく笑っていたが、急に笑顔を引っ込める。解毒作用がある白いシルシルダケもバスケットに入れながら、何か考えていた。
「ここの毒きのこは、意外と危険だからね…」
「亡くなった人もいるとか」
「ええ。私の夫がそう。このシルシルダケをきちんと取っていればよかったわね」
ちょっと悲しそうに顔を伏せる。この話題は避けた方が無難だろうが、ネルはまだ話をしたがっていた。
「ここで転移者は生きる逃れ大変でね。ぜいぶんと母は苦労したわ」
「ええ」
私は深く頷く。カーラの事を思い出し、私は本当の運が良かったと思い知る。
「でも、母はここで運良く結婚できたからね。村の教会の牧師さんだったのよ」
「そうなんですか?」
それはいい話ではないか。私もそうなりたいと頭に花が咲く。
しばらくネルと日本の事について話をした。第二次世界大戦の事を言うと、「かえって転移して良かったわね」と笑っていた。ネルのいう事はもっともである。一応この国はもうずっと戦争をしていないし、疫病も流行っていない。日本にい頃は疫病も流行っていたが、おそらく収束はしていないし経済の悪化の言っとだろう。
そう思うと、こうしてこの世界に逃れられた事は運が良かったのかもしれない。ちょっと心も軽くなる。アビーやジーン、胡散臭いパン屋の事は心配だが、概ねこの村での生活は平穏だった。後は殺人事件がなければ完璧である。
「マスミ、お腹すいたよぉ」
「お腹すいた!」
アビーとジーンがお腹すいたと騒ぎ始めたので、適当なところでレジャーシートを広げてお昼をとる事にした。
サラサラと小川が流れているそばにレジェーシートをひいてみんなで座る。黄色や赤に落ち葉の絨毯のおかげで、あまり字面もゴツゴツとしてなく、座りやすかった。木々も黄色た赤に色づき、空は薄い水色で長めもよく、川が流れるせせらぎの音もなんとも気持ちがいい。
アビーとジーンもこんな自然に癒されたのか、さっきよりは大人しくなっていた。
牧師さんと私が弁当を出し、みんなで食べる。眺めのいい場所で食べる生ハムの田舎パンのサンドイッチはいつもより美味しく感じる。偶然にも牧師さんも田舎パンのサンドイッチを持って来ている。やっぱり外で食べるサンドイッチは美味しいものだと皆んな思っているのだろう。その証拠に食べながら皆んな笑顔だった。
「ところでアビーとジーンはレアきのこのウオンウオンダケは見つけた?」
私は聞くが、二人は頬を膨らませて首を振る。
「やっぱりあのレアきのこを見つけるのは難しいですよ」
「そうね、牧師さん。もつけたら結構な臨時収入だけど」
比較的この森に慣れているネルもレアきのこは滅多に見ないと言う。
「まあ、こんなに収穫出来たんだからいいじゃない?」
ネルはカゴいっぱいに入った収穫したきのこを見る。
「そうね。こんなきのこ取れるとは想像しなかったわ」
私もネルに同意する。確かに食べられない毒きのこも多かったが、こんなに豊作とは予想外だった。これだけあったら料理は連日きのこ祭りである。
「こんなに食べ切れるー? 牧師さん!」
アビーの指摘はもっともだった。いくら子供が二人いても牧師さんの所で食べ切れるだろうか。
「そうだなぁ。この量だったら礼拝の後の料理にして配るといいかも…」
牧師さんは何か閃いたようでぶつぶつ言っていた。
「でもさすがに明日は急だし、疲れてない?」
明日は日曜日なので、礼拝があるが今から準備するのは大変そうだ。そうじゃなくても牧師さんは説教準備などで忙しい。
「だったら来週にでのきのこ祭りでもやればいいじゃない?そっちの方が村の人も喜ぶと思うよ」
ネルの提案に牧師さんはやる気を見せていた。
「だったらデレクも手伝わせて、いっぱい作った方がいいかも。私もきのこ祭りの準備手伝えると思うし」
私がこう言うと、来週教会の庭できのこ料理を村人に振る舞うきのこ祭りを開催する事に決定した。
「いいアイディアよ。私も行く!」
ネルもその提案に楽しそうだった。私もこれはいいアイディアだと思う。
「アビーとジーンはきのこ料理は何食べたい?」
牧師さんはニコニコと笑いながら聞く。
「私はきのこのシチューが良い!」
「僕はきのこのスープ!」
「意見は割れてしまったな。ますみは?」
「そうね。私もシチューに1票。キッシュも悪くないけど、皆んなで食べられそうだし、この時期のシチューはいいわね」
秋とはいえほんのりと肌寒くなって来たそろそろサラサラとしたスープより濃厚なシチューも食べたい気分である。
「僕はキッシュでもいい!」
ジーンもそんな事を言い始め、どのメニューにしようか決まらない。結局大きな鍋にシチューを作る事は決まったが、他のメニューは後でデレクと相談して決める事になった。どうせだったら、あちらの世界料理もつくって村人にも楽しんで貰おうという事に決まる。
「楽しみね、アビー、ジーン」
私は子供達に声かけ、二人とも笑顔を見せ始めた。この様子では二人のメンタルは大丈夫そうだ。この時は確かにそう思っていた。




