プロローグ
日本にいた頃、杏奈先生とこんな話をした事がある。
受け持ちの生徒が遅刻してきた。それは別にきちんと謝って遅刻した理由を言えば良いのだが、その理由が酷かった。綾本アキという生徒で、異世界もののライトノベルが好きだった記憶がある。時々、目をキラキラさせて人気作品の感想を語っていた事は記憶に残っている。
「実は異世界にトリップして、宇宙人に攫われそうになった子供を助けていました」
すぐに嘘とわかる。
嘘だとわかるが、綾本の話を聞いていると妙に引き込まれた。頭痛、歯医者、葬式などの現実に可能性がありそうな言い訳よりも聞く耳を持ってしまうのは事実であった。作り話の才能はあるかもしれないと思わされた。実際、綾本はネットで小説を書いていると語っていた。
結局、叱るのも馬鹿馬鹿しい気分になり、英単語のプリントを山ほど出して放免した。
「何でこんな嘘をつくんですかね? 杏奈先生は理由わかります?」
「そうねぇ」
杏奈先生はしばらく考えていた。荒唐無稽な嘘に杏奈先生も呆れて苦笑していたが。
「でも大きな嘘ほどバレないものよ。戦時中だってそうだったじゃない。明らかに負けているのに日本は勝っているというフェイクニュースをみんな信じたわけでしょ」
「確かに」
そういえばヒトラーが「大衆は小さな嘘より大きな嘘に騙されやすい」と言っていたの事も思い出す。
当時はそんな話も実際にあるのものかと他人事のように笑っていたが、コージー村にいる今は、そんな事があるような気もしてしまう。今のこの状況も嘘みたいというか夢みたいではある。
「ヒトラーの嘘に騙されたドイツ人も馬鹿だけど、戦時中の日本人も馬鹿よね。あの『欲しがりません、勝つまでは!』精神って何なのかしらね。我慢してれば勝てるなんて、あり得ないわよ。今も当時のことをすっかり忘れて平和ボケしてるってすごい国民よ。3S政策がこんなに上手く行ってる国も他にないんじゃない。若者の自殺や中抜き派遣業者も世界でダントツで多いし、日本って土地は呪われてるんじゃないかしら」
杏奈先生は、ウンザリしたように呟いた。私は苦笑しながら聞いていたが、それも一理あるかもしれない。
再びコージー村で殺人事件に巻き込まれ、私はそんな事を思い出した。私も何かの嘘に騙されているような気がした。それが何なのかはわからないが、現実から目を逸らしているような気もした。
ふと綾本の笑顔が頭に浮かんだが、すぐに消えてしまった。




