人類はみな夢を見る。
「宝くじ買うやつの気持ちが知れない」
爆音が響くこのクラブ内で、ともきが言った言葉が頭に入るまで時間がかかった。
ともきはしばらく手に持ったタバコを見つめていたが、俺からの返答が遅いことで怒ったような顔をしてこちらに向き直った。
北海道、すすきののアーケード街を少し離れた場所にあるこのクラブは、毎晩人がパンパンに詰まっている。今日だって、月曜日の夜だというのに、大学生から仕事帰りのサラリーマンまで、いろんな人がいる。
俺とともきはそんなクラブのやや端っこにある椅子に腰かけていた。俺もともきも踊り狂った直後で汗だくだ。俺は酒を吞み、ともきはタバコをふかしていた。
「あんなの、当たるわけがない。確か、東京ドーム五、六個分の人間集めてその中の一人ぐらいらしいぜ。高額当選の確立。」
俺は黙って酒を煽っていた。確か雷に当たる確率よりも低いんだよなって返答したかったが、踊り狂って疲れた今、この爆音に負けないほどの大声で答えようとは思えなかった。
ともきは黙って立ち上がり、バーカウンターに酒を頼みに行った。戻ってくるまでに一〇分ほどの時間がかかったが、カウンターが混んでいたわけではなく逆ナンを受けていたからだ。
ともきはびっくりするほど顔がよい。同じ大学だったが、あいつは毎年ミスターコンで一位を取っていたし、女友達も多かった。経験人数は僕の指まで使っても足りなくなる。
対して俺は良くて中の下といった顔。経験人数を数えるときは腕の本数で足りてしまうし、逆ナンどころかナンパも成功したためしがない。
素直にうらやましいと思ってみていると、ようやく解放されたともきが帰ってきた。
タバコに火をつけなおし、口から煙を吐き出す。たったこれだけの動作に見とれる女の子がたくさんいる。男の俺から見ても美しい所作だった。
「きっと、みんな何かに夢を見ないと生きていけないんだよな。」
ともきは一言つぶやくとテキーラのショットを飲み干す。
のどが焼ける余韻を楽しんだ様子の彼は、にやっと笑みを浮かべてこちらに近づいた。
「知ってるか?インフルエンサーになるって言って就職蹴ったはやと。今コンビニでバイト三昧。」
「マジで?」
同じくらいにやついて返すと、俺の反応が求めていた通りだったようで、カカカっと笑って俺の酒を呑みだした。
「笑えるよな。あんな大手蹴っといて。」
俺らはひとしきり笑った。
「でもさ。」
俺は酒の入ったカップをあいつから取返し、それを見つめながら言った。
「それくらい夢を見ていないと、狂っちまうんだろ。」
クラブで流れる音楽が変わった。誰でも知っているような、海外の最新のEDMだ。クラブの奴らが一斉に同じ方向に揺れだす。俺はズンズンと体の芯を揺らす重低音で酔いが醒めてしまいそうになった。
ともきに肩をたたかれた。ふと顔を上げると、目の前にタバコが一本あった。
「ヤニ吸えヤニ。」
ニヤニヤ笑ってはいたが、バカにしているわけではないようだった。俺は何となく流れで吸った。
口の中に苦いとも辛いとも言えない煙でいっぱいになる。むせることはなかったものの、口の中を洗い流したくて酒を放り入れた。
酒が回り始めた俺らは、一度クラブの外に出て落ち着くことにした。
路地裏に体を預け、二人でタバコを吸う。暗いクラブとは違い、吐いた煙はいつまでも虚空を彷徨っていた。
「俺はいい年こいて夢に振り回されるなんて嫌だぜ。」
ともきが言った。
「俺は堅実に、安定した、平凡な人生でいいんだ。」
ともきは今、そこそこ大きな会社で営業マンをしている。そんなともきからすると、夢に生きる奴らはバカに見えて仕方ないのだろう。
「俺は……」
タバコを吸って酔いが回った俺は視界がぐにゃりとゆがんで見えた。汚い路地裏の道路に、一生懸命働いているともきや、大きいとは言えないがまっとうな会社で怒られる俺が見えた。タバコの煙の先を目で追って空を眺めると夢を追うと宣言してみんなに笑われていたはやとの姿が見えた。目をつむり頭を軽くたたく。
「大丈夫か?」
ともきが心配そうにこちらを見る。俺は手を振って無事をアピールして、もう一度口を開く。
「俺も普通の人生でいいかなあ。何事もなく生きて、なんとなくできた家族を大事に生きていくよ。」
お互い顔を見合わせ、にやっと笑う。
「じゃあそろそろ戻ろうぜ。」
俺はそういって立ち上がった。時間を見ると二三時三五分。もうすぐ日付をまたぐ。
「ああ。そうだな。……あっやべ。」
俺がどうしたと無言で聞くと、ともきはスマホの画面を見せながら言った。
「今日大空たいようちゃんの配信の日なんだよ。ほら、前言ったろ、北海道のご当地アイドル。二四時からなんだ。これは見逃せない。」
画面を見ると配信スケジュールが映っていた。確かに今日、配信があるらしい。
「じゃあ、俺そういうことだから帰るわ!じゃあな、今回こそうまく釣れるといいな!」
そう言ってあいつは帰っていった。
俺は誰もいなくなった路地裏でしばらくタバコを吸った後一人でクラブに戻る。
今日こそ、あいつのおこぼれをもらいに。
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