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おいていかないで

作者: ホチ

 ふたりの後をこっそりとつけていく影がある。

 坂木だ。

 坂木には最近心配な案件があった。友人の田中の付き合いがどうも悪いのだ。いつ聞いても「ちょっとな」というばかりで誤魔化されていた。するとどうだ。気になって学校帰り、後をつけてみると女子と下校しているじゃないか。

 「なんだよそれ・・・」くやしい、寂しい、うらやましい。そんな様々な感情が坂木の中で生まれては消えた。

 その日の坂木は田中と知らない女子をただ眺めることしかできなかった。

 家に帰り坂木は自分の部屋にカバンを放り出しベッドに寝転がった。目をつぶり今日のことを思い起こしていると、ふつふつと怒りがわいてきた。田中に彼女ができたのはうらやましい、たしかに先を越されたという悔しい気持ちもあるが、友達が幸せならこっちも嬉しい。祝ってやりたい。なのになぜ教えてくれなかったのか。自分としては田中とは互いに親友だと思っている。なんでも話せる仲だと思っていたのに。自分がその立場なら1番に田中に報告するはずだ(自慢も含めて)。それなのに田中はそれをしてくれなかった。そのことに坂木は怒っているのだ。

 少し意地悪してやろう。あの二人の恥ずかしい瞬間を写メに記録してやろう。田中は怒るかもしれないがかまうものか。向こうが悪いのだ。恥ずかしい思いをさせてやる。 「ごめん、秘密にしていて悪かった」と謝罪させてやる。そしたら自分の溜飲も下がることだろう。それに田中が秘密にしていた理由も聞けるだろう。

 オモシロクナッテキタナ。坂木は一人笑みを浮かべた。その笑みは年齢が一回り小さい子供のそれだ。

 そうと決まればさっそく明日にでも二人の後をつけてやろう。楽しみになってきた。坂木はそのままの勢いで学校で出された宿題に手を着けることもなくゲーム機に電源を入れた。



 ふたりの後をこっそりとつけていく影がある。

 波川だ。

 休日、街を歩いていたとき波川は愕然とした。同じ陸上部だったライバル、綾子が男子と一緒に歩いている姿を見かけてしまったのだ。衝撃。いくら私たち3年生は引退したからといってこんなにも早く彼氏ができるなんて。

 うそでしょ?陸上部ではコンマ数秒を競い会う関係にあり、互いに認めあい刺激しあえる仲だった。勉強でもほぼ互角だった。だけど容姿では(この年頃によくあるうぬぼれかもしれないが)自分の方が勝っていると思っていた。それなのに綾子には彼氏がいて私にはまだいない。信じられない、認めたくない。何かの間違いに違いない。ただの友達かもしれない。きっとそうだ、そうに違いない。だけどちょっと気になる。

 ふたりの姿が遠くなっていく。波川は焦った。

 「何事も確認は必要よね」波川は綾子と友達?の男子の後を気づかれないよう慎重にふたりの追跡を開始した。


 田中は学校帰りは坂木と一緒に帰ってくれた。だが休日はまたしても「ちょっとな」だった。坂木は「きた」と心の中で叫んだ。この日に実行しよう。姉ちゃんにデジカメ借りないと!


 「やっぱり街にくりだしてきたか」

 休日、デートといったらここしかないとばかりに坂木は街で田中が現れるのを待っていた。そしたらどうだ。やはり田中は現れた。あの女子と一緒に。

 「くそ〜、絵に描いたような典型的なデートしやがって」

 「みてろよ」坂木は姉に借りたデジカメを握りしめふたりのあとを追いかけ始めた。


 ふたりのデートは見ているこっちが恥ずかしくなるものだった。

 初々しく手を握り楽しそうに笑っている。ウインドゥショッピングに始まり今は雑貨屋で商品を物色している。

 始めはノリノリでふたりの写真を撮っていた坂木であったが、バカバカしく感じてきた。幸せそうなふたりとそれを追いかけている自分。哀れだ。こんなしてたって・・・もう帰ろうかな。そんなとき坂木は自分と同じようにふたりを眺めてい女の子を見つけた。あれ?あの子学校で見たことあるな。何やってんだ?


 あぁ、やっぱり付き合ってるんだ。波川はがっかりした。見てればわかる。あれがただの友達のわけがない。見るからに恋人同士じゃない。それもなりたてホヤホヤの!こっちが恥ずかしくなるじゃない。

 いいなぁ・・・。学生生活は陸上に夢中だった。楽しかったし綾子っていうライバルもいて充実していた。後悔なんてこれっぽちもしていない。だけど私だって年頃の女の子だ。恋もしたいし、もちろん彼氏と一緒にデートもしてみたい。

 部活を言い訳にするつもりはないが波川には残念ながら縁がないものだった。だから部活を引退して「私も!」というときに綾子のこの姿を見てしまった。陸上じゃ互角だったというのにこんなところで差をつけられてしまった。

 数十メートルも先を走られているように波川は感じていた。

 勝負をしているわけではないのに感じる敗北感。

 ぼんやりとふたりを眺めていた波川の視界の端に自分を見ている男が映った。怪訝に思い視界の中央にその男を捉えてみると、校内で見たことのある顔だった。


 目が合ってしまった。どうやら向こうもこちらに気が付いたようだ。坂木は気まずそうにペコリと軽く会釈した。

すると相手も会釈を返し、そしてあろうことか坂木の方に歩きだしてきた。「あの子も俺のこと知ってるんだ」続けて思う「変なとこ見られた」坂木は焦った。あの子は間違いなく坂木を目指して歩いてきている。田中の恥ずかしい姿を見てやろうと思っていたのにデジカメを持ってふたりの後を追いかけているという坂木自身の恥ずかしい姿を見られてしまった。「名前は知らないけどやっぱり田中と一緒にいる子の友達なんだろうな・・・なんて言い訳しようドン引きされるのは目に見えてるけど・・・」

 坂木のすぐそばにまでその子が近づいてきた。もう一度軽く会釈する。

 「もしかしてあのふたりのことつけてるの?」

 その子が話しかけてきた。

 「これは・・・その・・・うん。だけど誤解しないしないで欲しいんだ。俺はデート中のふたりの男の方の友達でさ。ちょっとあいつの恥ずかしい姿を写真に収めてやろうとして・・・いたずら心ってやつかな。だから彼女の方に迷惑かけるつもりはないんだ。あの・・・君は、ごめん、名前知らないんだ。けどきっと彼女の方の友達だろ?嫌な思いさせたなら謝るよ」

 そういって坂木は相手に怒られる前に頭を下げた。

 「いい趣味してるね・・・だけど私も同じか・・・。実は私もつけてたんだ。だから私に謝らなくっていいよ。謝りたいんならふたりに直接言って。私も謝る側だから」彼女は続けた「それで恥ずかしい写真は撮れたの?」

 「まぁ撮ったといったら撮ったけど・・・なんか悲しくなるだけでさ。もう帰ろうかなって思ってたとこ」デジカメをこねくり回す。

 「そう・・・。あっ、ふたり次の所行くみたいだよ。あっちにあるのは・・・」

 映画館だ。

 「まだ帰るには早いみたいだよ。行こ、決定的瞬間を撮れるかもしれないよ。」

 彼女はふたりの後を追い始めた。坂木はもうあまり乗り気ではなかったが、勢いに引っ張られて追いかけた。


 デート中のふたりを追いながら坂木と波川は互いに軽く自己紹介をした。顔は知っていたが名前とクラスを知ったのはこれが初めてだった。

 「波川さんは見たことあったけど田中の彼女さんは全然見覚えなかったな」

 「綾子は普段おとなしいからね。たいがい教室の中にいるから同じクラスにならない限り知らないのも無理ないかもね」


 「本当に俺らも入るの?」

 映画館の中に入っていくふたりを見て坂木は尋ねた。

 「あたりまえじゃない。映画館よ。これはたぶん・・・キスするわね。撮るならその瞬間よ。」波川は完全に調子に乗っていた。目がキラキラしている。

 「そこまでするつもりはなかったんだけどな・・・」

 たしかに計画当初はそんなことも考えていた。しかし幸せそうなふたりを見ていて悪い気がしてきたのだ。

 「とにかくここまで来たんだし中に入ろうよ。あのふたりを最後まで見届けてあげなくちゃ」

 波川はズンズン進んでいく。

 「どうも波川さんには逆らえない、それに流されてしまう。」お金を持っていないという波川さんの分のチケットまで買いながら坂木は「男が弱いって本当だな」と実感した。

 映画には開始早々から退屈させられた。落ち着いた、動きのない内容で、ド派手でこれぞエンターテインメントのような作品ばかりしか観ない坂木にはつまらないものでしかなくジャンルは何かと聞かれても答えることはできない。

 横に座っている波川さんといったら、はなから映画には見向きもせずふたりの様子を観察していた。

 坂木たちはふたりの様子がギリギリわかる程度のかなり後ろの席を選んでいた。空席が目立っているのにおかしな客だと思われないだろうかと坂木は少し気にした。


 「ねえ」

 映画が始まって30分くらい経過しただろうか、ふたりに動きがなくつまらなそうな表情をしていた波川さんがこちらを見ずに話しかけてきた。なんだか表情がマジだ。

 「私さ、わかったの。なんでこんなに悔しかったのか。初めは彼氏ができた綾子に対して悔しいんだと思ってた。でも違った。田中君に対して悔しかったんだよ。私、田中君にやきもちやいてた。あのね、いつも綾子の隣には私がいたんだ。なのにそれが突然田中君になっちゃった。私の綾子が盗られたって感じたのかもしれないね。私の知らないうちに綾子が私の知らない綾子になっちゃってて、私のことをおいていっちゃった気がするの」

 そこで坂木も気がついた。自分もそうなんだと。波川の独白ともとれる言葉はストンと胸に落ち、妙に納得できた。

 「そうか、それだよ。俺は田中に秘密にされて怒ったんじゃない、田中の隣が俺じゃなくなって怒ったんだ。なんか・・・」

 「カメラ貸して!」

 波川がささやきながら叫んだ。坂木はとっさに手渡した。

 「どうしたのさ?」

 「ほら、あのふたりいい感じよ。決定的瞬間を納めるチャンスよ」

 「え、それって今の話の流れ的に終わったんじゃないの?」

 「それはそれ、これはこれよ。これじゃあ本当にただの負け犬だわ。ここでなんとか一矢報いてやらないと・・・来た!」

 ふたりの顔が近づいていっている。

 (ちょっと待て・・・設定オートのままなんじゃないのか?それじゃあ・・・)

 「よせ!」

 遅かった。真っ暗な映画館の中、物語も佳境というときに、あまりにも場違いなフラッシュが瞬いた。観客全員がこちらを向いた。もちろんふたりもこちらを向いていた。


 「だからごめんって」

 もう数え切れないが、それでも坂木と波川はふたりに謝った。場所は近くの喫茶店だ。

 当然映画は最後まで観ることもなく、急いで退散した。田中と綾子も言うまでもなくすさまじい表情で出て来た。謝罪と説明のため4人は喫茶店を選び(もちろん坂木と波川の奢りで)、ひたすら謝るこの場面が続いている。

 「じゃあもうわかったよ。だけどさ、秘密にしてたのは悪かったけど別に坂木のこと嫌いになったわけじゃないよ。それに俺の隣がどうのって言われてもさ。俺たちは今まで通り友達で、関係が変わるわけないよ」

 田中は少し困った様子でそんなつもりは全くなかったという感じだ。綾子もまったくの同意見だという。

 「ただ、少し先に行ったってのは当たってるかもな」

 田中はそう言うと、綾子と照れた様子で目線を交わした。

 これにはさすがにくるものがあった。

 「みてなさいよ、必ず追いついてやるんだから」「すぐに肩を並べてやるさ」波川と坂木が意気込むと、「だけど別に焦るものじゃないだろ」「追いつくのが目的で彼氏を作るなんで変じゃない?」田中と綾子はあきれていた。

 「いいの」「いいんだ」ふたりを追いかけるふたりの目標は決まった。

何かありましたらご指導ねがいます。

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