明日、地球は滅亡する
前編
ぽろぽろと粉雪が舞い落ちる2月のある日、僕は嘘を付いた。
「明日……地球は滅亡するんだ」
精一杯の焦り顔を作りながらそう告げる。
僕の言葉を聞いた鷹見咲 桃花は目を見開く。
その反応を見て口角がにやにやと上がりそうになるのを必死に堪える。
そうだ……中学3年間もの積み重ね、全てはこの時の為の布石だったんだ!
「黒崎 太郎……あーあの真面目そうな人ね」
僕の名前を聞いた者は皆揃ってこんな反応を返す。
同級生、先輩後輩、先生……果ては親でさえも。
真面目な人間というのは言い換えてしまえばつまらない人間だという事だ。
大して印象に残っておらず辛うじて浮かぶ光景は机にぽつんと座り込んでいる悲しい様。
だがそれをストレートに伝えるのもどうかと思った末の評価が何か真面目そう。
これが真実なのだ。
……我ながら言ってて悲しくなるが反論の仕様が無いのも事実。
特に行動を起こそうともせず、面白いジョークを言う訳でもない。
そんな無味無臭としか表せない生活を送って来たんだからな。
まぁ直球でつまんない人間と時々言われたりもしたが。
だったらそれを利用してやろうと僕は思い立った。
先の印象を抱いていたのは幼馴染である桃花とて例外ではない。
「あんたって本当無口で真面目だよねーそんなんで学校楽しいの?」
「いやまぁ……正直あんまり面白くはないけど」
「あはは!高校一緒で良かったねー……私居なきゃ毎日さびしーぼっち生活確定でしょ?」
「……」
「いっそ髪染めたりして高校デビューとかしてみれば?つまんない人間は虐められちゃうかもよ~」
一緒に帰っていると終始僕の陰キャっぷりを桃花は弄ってくるのだ。
多分悪気はないんだと思うが、なら傷つかないのか?とは行かない。
むしろ忌憚の無い意見ってヤツとしてうわお前陰キャやな~wって烙印を押されているんだ。
いっそ悪意てんこ盛りで言われた方がマシな気さえしてくる。
今回はそれに対してのささやかな復讐のつもりだ。
信憑性を高めるために設定を修飾していく。
「科学者の父さんが言ってたんだ……巨大な隕石が地球に直撃するって」
「……え?あんたのお父さんデザイナーじゃなかったっけ?」
「い、いや……それは気のせいだよ。僕の家に科学本めっちゃあるし」
中々に下手くそな言い訳だが勝算も無くこんな事を行っている訳じゃない。
僕にはしっかり考えがあるんだ。
桃花も父さんの職業はさておき、まだ腑に落ちないと言った様子で質問を続けてくる。
「は?いやそんな事になってたら普通テレビとかで言うでしょ?」
至極真っ当な疑問だ。
だがそんな質問が来るのは既に想定済みである。
「最期は穏やかに……それが政府の方針だとさ」
「……どゆこと?」
「要は、避けられない現実を前に絶望するくらいなら……知らずに死んだ方がマシって事だね」
これもよく考えなくても分かるくらいガバガバな言い訳だ。
そんな理屈がまかり通って国民全体に隠蔽できる筈も無いし……
百歩譲ってそこに目をつぶっても結局俺が伝えちゃってるじゃんって話だ。
世界内でもトップクラスの機密情報をたかが一研究員が知れるのもおかしい。
ましては息子に漏らしてしまってるのなら守秘義務も守れていないことになる。
冷静に噛み砕いてみれば、すぐに冗談だと悟り鼻で笑えてしまうだろう。
……が、それは一般人を例にしての場合。
目の前に居る彼女は……それとは少しずれている。
「……マジで?」
僕の言葉を受けて愕然と肩を落とす桃花。
その様子からは今の与太話を本気で信じてしまっていることが伺える。
そう、桃花は少し抜けている部分があるのだ。
さすがにあからさまな嘘は見抜けるが、ガチっぽい雰囲気を作ると一気に騙されてしまう。
現に先週も友達に体育教師(男)が性転換したと言う話をされて本気で信じそうになっていた。
少し真面目そうに語ってやるだけで流されそうになる。
ある種桃花こそ一番真面目と言えるのかもしれない。
僕はその表情を見て勝ったと言わんばかりのしたり顔を浮かべる。
勿論向こうからは目を逸らしながら、だ。
受験が終わった後の開放感溢れる時期だからこそやれた。
真面目だ。面白みのない人間だ。このままじゃ虐められてしまうぞ?だったか……
随分と好き勝手言ってくれたがその真面目で面白みのない人間に騙される気分はどうだ?
むしろその印象が話の信憑性を高めていく。わざわざ嘘を付きはしないと。
さながら自分自身に苦しめられていると言った所だろうか?
素晴らしい。僕の目論見は完璧に成功している。
家に帰ったら盛大に高笑いをしてやろうじゃないか。
ぶっちゃけ冷静に考えてみると物凄くしょうもない話だし、結構最低な事をしている気もする。
だが正直僕はそこまでこのくだらない作戦に全霊をもって望んでいる訳じゃない。
成功の見積もりは……高くても4割程だろうか?
そもそも地球滅亡と言う時点で荒唐無稽な題材だろう。
例えどれだけ桃花が天然で、精一杯言い訳をしようとも信じてもらえない可能性は十二分にあった。
また、ドッキリだという事を明かしてもそこまで後腐れは残らないだろうと思っている。
「……やっぱ嘘なんじゃん!もー本気で信じちゃったんだけど!?」
精々返ってくる反応はそんなもんだろう。
少しの安心、信じしまった気恥ずかしさ、真面目だと言う印象への変化。
ドッキリに対する完璧なリアクションの心境配分だ。
桃花は俯いてぶつぶつと何かを言っている。
そろそろ頃合いだろうと思い僕はネタバラシをしようと顔を再び彼女の方へ向けた。
「って言うのは実はう」
桃花の行動によって途中で言葉は遮られてしまう。
壁を背にして僕のすぐ横に彼女の腕がある。
所謂壁ドンという奴だ。
眼前には目元に雫を浮かべた桃花が居た。
その反応に思わず
「……ぅん?」
と間の抜けた返答を寄こしてしまう。
「……毎日ずっとつまんなそうに本読んで、誰とも会話しようとしないで……」
顔に垂れる涙を拭こうともせず桃花は嘆くように語り出す。
いやちょっと待って……何か雰囲気おかしくない?
「でも、別に全然悪い事じゃないし……出来るだけ皆の手助けしようと影で頑張ってたよね?」
「……え?」
泣いていることもそうだが、桃花の言葉に僕は驚かされる。
お前は……そんな所まで見てくれていたのか?
「それ知ってて私……褒めもせずに陰キャとか言って馬鹿にして……ぐすっ……最低だよね」
「も、桃花……」
僕の隣で壁を掌で叩いていた筈が、いつの間にかその手は弱弱しく肩から垂れていた。
何故?なんて聞かなくても分かる。
桃花は僕の嘘を本気で信じて……本気で今までの行いを反省しているのだ。
手に力を籠める余裕すらなくなるほどに。
前者はともかくとして後者は完全に想定外だ。
本気で自分の言動を省みていて……あまつさえ泣き出すなんて……!
途端に罪悪感という縄が僕の胸をぎちぎちと締め付けてくる。
だが、これだけじゃなかった。
「全部終わっちゃうって分かってから言うってのも酷いし……私が伝えたいってだけなんだけど……」
桃花は声を揺らしながらも必死に想いを伝えようとする。
……やめてくれ、と身勝手ながらも思ってしまう。
もうこの時点でも胸が激しく痛んでいる。本当にはち切れそうなほど。
勝手に騙しておいて何を言ってるんだという話だが、本当にそれだけはダメだ。
「ずっと真面目で、誰に対しても優しくて……私の弄りもちゃんと受け入れてくれて……」
だが僕の心の叫びは届かない。
この流れで言われることなど容易に想像できる。
「まずは本当にごめんなさい。今までずっと太郎の優しさに甘えて不快な思いをさせてきて……」
桃花は深々と頭を下げた。
「違う。違うんだ桃花……」
慌ててどうにかしようとするも聞く耳を持ってはくれない。
顔を下げたまま桃花は続ける。
「こんな事伝える資格もないけど……それでも最後に言わせてもらうね」
半ば祈りにも似た懇願。
「待って」
だがそれは届かない。
「小学校の頃からずっと、貴方の事が大好きでした」