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魂の行方 〜彼女が平穏な世界へやって来るまで〜

作者: 毛利秋王

2020年7月に書いた作品で、当初はnoteに投稿していた短編小説を再編集しました。

今回、久々に読み返して、徹夜で一気に書き終えた記憶が蘇ってきました。









“1”




 昨日はあまりに色々な出来事がありすぎた。正確にいえば一昨日から続いていたのだが、最近の僕は宇宙や自然と一体になれていなかったのかもしれない。


 昔から僕は空や海、雲、それに山といった自然を眺めるのが大好きで、当時は分からなかったが、その無限のエネルギーを感じ取る力を持っていたように思う。


 だが、成長していくにつれ、自然の中にあるエネルギーをキャッチできなくなっていった。それはほとんどの人が同じなのかもしれないし、もっと言えば、物心ついた時点で自然と交流できない人の方が多いのかもしれない。特に、科学が発展しすぎてしまった現代では、生まれた時点でコンピューターを使って世界中の誰とでも交流できるようになったため、霊的な力とか、そういうスピリチュアルな体験ができる人が殆どいなくなったのではないか、と僕は感じている。


 断っておくが、僕は何の根拠も無くこんな話をしているわけではない。理由はいくつもあり、自分の今までの半生を振り返ってみると、あらゆる場面において科学では説明がつかないような出来事に遭遇した過去があるからだ。それについては今回割愛するが、昨日あった出来事に関しては僕個人の記録として書き残しておこうと思う。


 勢いで、生まれて初めて出会い系サイトへ登録した。


 だが、それは非常に悪質なサイトだと知り、個人情報を載せてしまったため、後になって僕はとてつもない不安感に襲われた。


 どうすればいいのかも分からず、人に相談するわけにもいかず、その日、僕は彷徨うように夜の街を歩いた。“リアルな出会い”を求め、ひたすら街を彷徨い続けた。……が、新型コロナウイルスの影響でどの居酒屋もバーも閑散としており、殆ど客が入っていなかった。


 3時間以上歩いているうちに、僕は少しずつ落ち着きを取り戻していった。

『いい人生勉強になったし、良しとしよう』

と、その時は気持ちを切り替えることができた。


 だが、翌日の夕方、もう一度そのサイトについて調べていくうち、

『これから何をされるか分からない……』

という強烈な不安感に襲われた。


 情けないとは思ったが、親友の藤堂さんに電話で助けを求めた。

 事情を説明すると、彼は冷静に聞きながらも一緒に悩み、思考を巡らせ、僕へアドバイスをしてくれた。


 藤堂さんの的確なアドバイスのおかげで僕は

『何とかなる』

という気持ちになったが、それでもまだ心の中で不安の火が消え切らずにくすぶり続けていた。


 僕は、どうしても“彼女”に話を聞いてほしくなった。


 だが、彼女……ケイさんが今何処に住んでいるのかも僕は知らず、今の彼女の電話番号も分からない。


 僕は、再び不安に押し潰されそうになった。


 頭の中がグニャグニャと捻れるような感覚に襲われたその時、乱れた心を打ち消すように僕のスマートフォンが鳴り響いた。


 画面には“非通知”と表示されていた。

 このとき僕は“彼女”からなのか、もしくは悪質サイトから早速電話がきたのか、という思いが半々だった。


 恐る恐る電話に出ると、向こう側から懐かしい声が聴こえてきた。



 その声の主は、間違いなくケイさんだった。









“2”




 スマートフォンの向こうから聴こえてくる、懐かしい声……。その声はケイさんに間違いない。そう思ったが、もし、万が一にも例の悪質サイトからだったらどうしよう。僕は声の主に問いかけた。


「もしもし、どなたですか?」


 僕の質問に対し、声の主は一瞬躊躇したのが電波を通して伝わってきた。そして、少しばかり丸みがかった声で“彼女”は口を開いた。


「あの……タカオさん、ですよね?」

 “彼女”は確認するように僕の名前を訊いてきた。


『間違いない、彼女だ』

 そうは思っても、昨日騙されたばかりの僕はまだ電話の相手を信じるわけにはいかず、用心に用心を重ねて質問を続けた。

「あなたは“Kさん”ですか?」

 イニシャルを言うのは賭けだったが、その時の僕にはこう質問するしか方法が思い浮かばなかった。

「あっ……はい」

“彼女”は戸惑いながらも頷いているのが感じられた。

「フルネームは○○さんですよね?」

 用心しているつもりが余裕が無くなったのか、いつの間にか僕はストレートに名前を言ってしまった。

「……はい」

 彼女……、つまり、ケイさんが答えた。


 声の主がケイさんであるとハッキリ分かった僕は安堵したのか、いつも彼女に電話をしていた勢いで、この二日間の出来事を話した。


 彼女に話しながら、涙がとめどなく溢れ出した。ケイさんが居なくなってからというもの、僕は何とか毎日を無難にやり過ごしてきた。だが、いつも傍に居て、いつでも僕の力になり、僕の応援をしてくれた彼女が何処か遠くへ行ってしまい、自分でも知らず知らずのうちに孤独に支配されそうになっていたのだろう。恋人同士なんて関係でもなく、不思議な縁で繋がったケイさん。いつも傍で僕を支えてくれていた彼女の声に甘え、冷静さを無くし、勢いで間違った方向へ行ってしまった自分の愚かさを僕は正直に告白した。


 彼女はいつもと同じように僕の話に耳を傾けてくれていた。

 

 だが、それは“ケイさん”ではなかった。









“3”




 僕が一通り話し終えた後、彼女が口を開いた。


「私の身体はケイさんだけど、私は別の人です」


 電話の向こうで話している人が何を言っているのか僕は分からず、理解できなかった。だが、その声や喋り方はケイさんに間違いないはずだが、よく聴くとその声は以前の彼女と比べて丸みをおびた幼げな印象を受けた。


『ケイさんだと思っていた人が、実は違っていた? じゃあ、この人は、一体誰なんだ?!』


「あなたは誰なんですか?」

 僕はもう一度、彼女の名前を訊いた。


「私は……“アイ”」

 彼女はそう答えた。


 どうりで話していた時に会話が?み合わなかった部分があったわけだ、と僕は理解した。


 彼女……“アイさん”が言うには、二カ月前にケイさんのご両親が亡くなられ、その時にケイさんと入れ代わるように“私(つまり、今話しているアイさん)”が出てきた、とのことだった。


 そして、アイさんは僕に関しての記憶を全て失っていた。


 失っていた、というより、“最初から僕という存在を知らなかった”、という表現の方が正しいのかもしれない。

 僕といつ何処で出逢ったのかも覚えていないし、そもそも“アイさん”にとってはこうやって僕と話をするのも初めてのことで、だから彼女はよそよそしいかしこまった口調で僕と話していたのだと思った。


 彼女について僕が知る限りのことを話した。彼女が生まれ育った場所、家族関係など、ひとつひとつ、ゆっくりと丁寧に説明した。実家の周りは山に囲まれていて、近くに大きな川が流れている話をすると、アイさんは驚きを隠せなかった。


 僕は彼女の中にいる“何人かの別の彼女”の話もした。その“別の彼女”達の名前を僕が言うと、アイさんは絶句した。まるで『自分以外にその子たちの名前を知っている人はいないはずなのに』と言わんばかりに。


 僕が彼女についての話をイチから説明していると、時々、彼女はとても混乱しているようだった。僕はこれ以上話すのはまずいと感じたため、途中で話すのを止めた。


 彼女が今、どんな状況で生活しているのか気になり、仕事の話を訊いてみることにした。



 そして、彼女の現状を訊き、僕は信じられない思いに駆られた。









“4”




 今の彼女がどんな風に毎日を過ごしているのか? “アイさん”は、その幼げな柔らかい口調で語り出した。


 “ケイさん”の時から勤めていた職場が何処にあるのか、どんな職種だったのかは“アイさん”も分かっていたようだ。……が、そこで働いている人達のことや業務内容に関しては“全く知らない状態”で、彼女……つまり、“アイさん”はその仕事をイチから覚えているのだと言った。

 それまで彼女と接してきた周りの人達も、なぜ彼女が今まで出来ていた仕事が急に出来なくなったのか、なぜ彼女の話し方や雰囲気が変わったのかも理解が出来ずに困惑しているだろう。

 だが、周囲の人達以上に戸惑う自分自身の心を抑え込みながら、右も左も分からないまま、アイさんは必死で毎日を過ごしていたのだ。


 それまでの人間関係を全て断ち切り、ケイさんは新しい土地へと去って行った。


 ケイさんは以前、よく僕にこんな話をしていた。

「誰も私のことを知らない所へ行きたい。私のことを誰も覚えていなくていい」


 遠くを見つめながら語っていた彼女のその目には、この世界が映っていないように見えた。


 アイさんとなった彼女は、仕事に関する記憶を失ったのではない。“最初から無い”のだ。ケイさんの時に教えてもらったはずの仕事を、アイさんだと周囲に悟られないようにして、彼女は全てをイチから覚えていく。それがどんなに大変なことなのか、僕には想像もできない。


 電話の向こう側からアイさんの声が聴こえてきた。

「仕事を覚えるのに必死で、毎日がバタバタしているので……。仕事が終われば、疲れて、家に帰って寝るだけなんです」

 申し訳なさそうに語る彼女の声を聴いて、僕はまた涙が溢れ出した。


 実の父母から、そして兄弟からも愛情を注がれずに育ち、地獄のような日々を生き抜いてきた彼女が、生きる術として、彼女には幼い頃から別人格が存在していた。自分の身を守るために、彼女自身の心が無意識のうちに“別の彼女”を生み出したのだ。


 そして、歳をとった実の両親にどれだけ尽くしても、彼女という人間を最後まで認めてもらえなかったのではないか?


 あるいは、死の間際に両親が謝罪の言葉を彼女に伝えたのか?


 それは僕には分からないが、両親の死をもって、ケイさんは自分の役割を全うしたのかもしれない。


 役割を終えた彼女は、新しく生まれた“アイさん”という人格に自分の身体を託し、ケイさんの魂は天国へと旅立ったのかもしれない。そんなことを僕は考えていた。


 あんなに優しいケイさんが、何故、虐待を受けなければならなかったのか?


 何故、家族から愛情を注いでもらえなかったのか?


 何故、彼女は幸せになってはいけなかったのか?


 彼女は生まれつき優しい人だというのを僕は知っているし、彼女のことを知っている人は皆同じ思いのはずだ。


 それなのに……何故?!



 僕は、心が締め付けられるほどの痛みを感じた。









“5”




 ところで、入れ代わるようにして生まれたアイさんは、どこまで“彼女ケイさん”について知っているのだろう?

 ケイさんが生まれ育った場所のことを知っている。ケイさんの家族のことも知っている。しかし、家族とケイさんがどういう関係だったのかまでは知らないのではないか、と僕は感じた。

 それと、僕のことを知らないと言っていたが、だとすると、どうやって僕に電話を掛けてきたのか? 気になった僕は彼女に訊いてみた。

「どうやって僕の電話番号を知ったの?」


「頭の片隅にタカオさんの名前と電話番号が残っていて、それで、電話を掛けてみたんです」


「何で僕に電話しようと思ったの?」


「それは……『電話してほしい』と言ってるのが聴こえたので……」

 困惑しながらも、アイさんはハッキリとした口調でそう言った。


 彼女に話を聞いてもらいたいという僕の願いが彼女の心に届いたのか? 僕自身、霊的な力というものを信じてはいるが、そんなことが本当にあるのか? だが、祈るような気持ちでいた僕に、こんなにタイミングよく彼女から電話が掛かってくるなんて、普通に考えたらあり得ない。


 少しばかりの沈黙が流れた後、彼女が口を開いた。

「……あの、すみませんけど、今日もバタバタして疲れているので、もうお風呂に入って休まないといけないんで、お電話切ってもいいですか?」


 僕はまだまだ話したいことがあったし、訊きたいこともあったが、これ以上彼女を混乱させてはいけないと思い、頬に流れた涙の跡を手で拭いながら、アイさんに言った。

「そうだね、毎日大変だもんね。ゆっくりお風呂に浸かって休んでね。暑いから、熱中症に気を付けてね」


「はい、ありがとうございます」

 丸い、愛らしい声でアイさんは答えた。


 最後にもう一言だけ、僕は彼女に伝えた。

「もし、アイさんが僕に何か話したいことがあれば、いつでも電話してきてね。仕事、無理しないでね。今日は本当にありがとう」


「はい、ありがとうございます」

 再び電話の向こうから幼い彼女の声が聴こえた。


「じゃあ……またね」



 僕は、別れを惜しむように、ゆっくりと、ゆっくりと、電話を切った。









“6”




 彼女の電話があった夜から一週間が過ぎた。その間、再び彼女からの電話はまだ掛かってきていない。


『アイさんは元気にしているだろうか?』


 あれからというもの、僕は彼女のことが頭から離れずにいる。

 朝起きても、仕事中も、人と接している時も、帰宅してから一人で居る時も、布団に入って寝る時も。

 傍目にはいつもの僕と変わりなく映っているのだろう。いつもと同じように、毎日を笑って過ごしている僕がいる。


 だが、心の中ではいつも彼女のことを考えている。


 彼女のことを考えているのは今に始まったことではないし、ケイさんが遠くへ行ってからも僕はいつも彼女を心配し、元気でいるようにと心の中で祈り続けていた。

 ひょっとしたら、そんな想いが彼女に通じたのかもしれない。


 毎日、彼女のことを想い続けていても、寂しさ紛れに魔が差してしまい、新たな出会いを求めて勢いで出会い系サイトに登録し、悪質なサイトに引っ掛かってしまった。そんなどうしようもない自分に彼女は手を差し伸べてくれ、今の彼女を知った僕は、自分自身の愚かさに気付き、自分を恥じた。

 彼女の困難に比べれば、僕の悩みなんて本当にどうでもいい、下らない問題だ。悩みのうちにも入らないし、不安になること自体が馬鹿馬鹿しく思えてきた。


 彼女が近くにいてくれたらと、今でも思う。だが、以前の僕と違うのは、もう迷いが無くなっていることだ。


 たとえ彼女が近くにいてくれなくても、たとえどんなに寂しくても、僕は彼女を想い続ける。


 “アイさん”の言葉を何度も思い出しているうちに、もしかすると“彼女”は今、こういう状態でいるのではないかと僕は考えるようになった。

 彼女と電話している時、人生の役割を全うしたケイさんの魂は天国へと旅立ったのかもしれない、と思っていた。

 だが、新しく生まれたアイさんが、知りもしない僕に電話を掛け、僕の名前と電話番号が頭の片隅に残っていた、と言っていた。


 “ケイさん”は、今も“彼女”の中に存在していて、疲れ切った心と身体を休ませているのかもしれない。


 そんな彼女が僕の身を案じ、アイさんに電話してもらうよう頼んだのだ。

 

 多分……いや、きっとそうだと思う。

 

 ケイさんは閉じこもったまま、もう再び外へは出てこないのかもしれない。

 

 アイさん達に残りの人生の全てを託し、今度こそ、“別の誰か”が幸せになってほしいと願い、自らその身を隠したのかもしれない。

 

 僕はもう二度とケイさんに逢えないのだろうか?

 

 彼女と共に過ごした一分一秒が尊く、それは僕の心に生き続けるだろう。

 

 それでも、たとえ“ケイさん”でなくなったとしても、僕は彼女の全てを受け入れるし、彼女の中にいる“別の彼女達”も、僕には必要なんだ。

 

 その気持ちはこれからも変わらないし、寧ろ、より強くなり、僕にとって彼女は“魂の片割れ”だというのを確信した。

 

 彼女は今、新しい人生を毎日必死で生きている。

 

 僕には落ち込んでいる暇なんて無い。再び彼女と出逢えるまで、僕は、僕の人生を精一杯に生きる。

 

 ケイさんはよく僕にこんなことを言っていた。

 

「最初から自分という存在が無かったことにしてほしい」と。


 彼女は最初からこの世界にいなかったのかもしれない。


 この混沌とした、狂った世の中で、愛の無い中で、なんとかして彼女は一人で生き抜いてきた。


 もう、僕は迷わない。


 “彼女”がどんな人格で、誰であったとしても、どの“彼女”も優しくて、僕にとって大切な人だ。


 ケイさんが傷ついた心と身体を癒せたら、この世界へやって来ても大丈夫なんだと思えるようになったら、その時に、僕は再び彼女と出逢いたい。


「ここはもう安全な世界なんだ! 私が普通に存在してもいいんだ!」


 そう感じて、安心して彼女が外へ出てきてくれたら、優しく包み込んであげたい。



 僕は、その日がやって来るのを待ち続ける。







(完)





初めてまともに書けた短編小説ということで、個人的にとても思い出深い作品です。

後で“完全版”として長編小説にしようかと考えていた時期もありましたが、この作品はこれ以上いじらない方が良いと判断しました。


暫くの間は過去に書いた短編小説を投稿する予定です。

著者は今回のような作品だけでなく、かなり変な作品も書いています。


一週間に一作品投稿する予定なので、今作を読んで気に入った方は次回も楽しみにしていて下さい。

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