食べ物の恨み。期間限定商品を勝手に食べてしまった時は特に厄介だと思う
親譲りの食いしん坊で生まれた時から損ばかりしている。コンビニの屋根の上で暮らしていた時、屋根から飛び降りて一週間ほど腰を抜かしたことがある。空腹で一刻も早くゴミ箱を漁りたかったのだ。
吾輩はもののけである。名前は特に無いが最近は「けだま」と呼ばれている。見た目のまんまである。吾輩の見た目が饅頭型の毛玉のようなフォルムをしているからのようだ。もっといい名前をつけてほしいものである。因みに吾輩は猫ではない。
吾輩は流浪の身である。日本各地を旅する流れものだ。今は訳あって須藤という人間に飼われている。不本意である。吾輩は人間が嫌いだ。何故なら奴らは吾輩の言葉を理解できない低脳な生き物だからだ。
人間は吾輩の言葉が「もふもふ」としか聞こえないらしい。以前世話になった女にお礼を言ったら「何もふもふ言ってるの?」と言われた。失礼な話である。
なんだ「もふもふ」って。ゆるすぎるわ。吾輩は高貴なもののけである。高貴な吾輩にそのようなゆるい要素は不要なのだ。
須藤は人間である。無口である。基本何も発しない。しかし、須藤は使える奴である。理由はわからないが須藤は吾輩の言葉が理解できるのだ。変な奴だ。
吾輩は須藤に好物であるファ◯チキとチャ◯ちゅーるを定期的に買わせている。ファ◯チキとチャ◯ちゅーる、どちらも誠に神秘的な味で吾輩の生活に欠かせない存在である。
なにが神秘的ってファ◯チキのあのカリカリとした衣、それから滲み出る肉汁、あれは犯罪級の美味さである。それからチャ◯ちゅーる、あれは一度食べたら忘れられない中毒性がある。もう吾輩はあの味の虜だ。そんな神聖な食べ物を買ってきてくれる須藤は本当に便利な人間である。
須藤は吾輩の自慢の小間使いである。でも「小間使い」や「使用人」と呼ぶと怒るので仕方なく「須藤」か「飼い主」と呼んでやっている。吾輩は気遣いもできるもののけなのだ。褒めてくれても良いぞ?
さて、そんな須藤の話はこの際どうでも良い。今、吾輩は今世紀最大の危機に直面している。どれぐらい大変な事態かと言うと吾輩はこの件によって命を落とすかもしれないのだ。なにが起きたか、それは須藤が買ってきた期間限定販売のチーズインファ◯チキを勝手に食べてしまったのだ。
これは今シーズンもうどの店にも置いていない貴重なものなのだ。それがたまたま運良く残っているのを須藤が見つけて吾輩の分と須藤の分で二つ買って来てたのだ。しかしだ。やってしまったのだ。
なんだその目は、貴様吾輩に喧嘩を売る気か?何度も言わせるな。ああそうだ、吾輩は食欲に負けてしまったのだ。
須藤にも原因がある。これは吾輩だけが悪い訳ではない。須藤が牛乳を買い忘れて再び出かけたのが悪いのだ。チキンをテーブルに置いたまま。そう、須藤があんな所に美味しそうなものを置いたからいけないのだ……と思ってもなんだか胸騒ぎがする。吾輩は須藤の逆鱗に触れてしまう気がするのだ。
べ、別に須藤の事が怖い訳ではないぞ。吾輩は人間なんぞに後れをとるようなもののけではない。ふん、須藤なんて吾輩の相棒のバスタオルで叩けば一撃である。吾輩のバスタオル捌きは日の本一、いや世界一なのだ。
しかし、しかしだ。絶対に有り得ない話だが須藤が何か秘めた力を持っていたら、いくら吾輩であっても対処しきれぬ可能性がある。吾輩は用心深いのだ。よく言うであろう?「かもしれない運転」と言うではないか。何事にも用心するに越したことはないのだ。
さてどうしたものか、食べてしまったものは仕方がない。代わりと言ってはなんだが須藤の役に立つことをして許しを乞うとしよう。なんだか屈辱的だが仕方がない。そうだ洗濯物を畳んでやろう。取り込んだ洗濯物が山積みになっているからな。これを畳めば須藤は手を叩いて喜ぶであろう。ふん、喜ぶ須藤の顔が目に浮かぶわ。
とととととととと……(洗濯物の山に向かう足音)
むむっ、あっあれは、下ろしたてのタオルではないか!洗濯物の山のてっぺんに置かれているのは見るからにふわふわそうなタオル!く、くそう目に見えぬ力がっ……ひ、引っ張られる…………堪え……きれぬ……
とうっ!(大ジャンプ)
ばふん!!(洗濯物の山のてっぺんに着地)
がささー(洗濯物の山が崩れる)
ふわふわや!ふわふわやで!!お日様の匂いがする!これは気持ちえーなー!あたたかいしふわふわやしあたたかいし、極楽やなあ。大満足や!ふん、今日の昼寝はここでしよ。ここなら絶対にいい夢見られるわ。ん?…………あっ畳んであった洗濯物もぐしゃぐしゃに…………ああ……なんってこった……
…… 1分後 ……
一旦洗濯物は何事もなかったことにしよう。そうだ、それがいい。洗濯物の山は勝手に崩れた。急に傾いたかと思ったら崩れて来て畳んであったものも巻き込んでぐしゃぐしゃになった。うん、そうだ、そうなのだ。吾輩は悪くない。
しかしだ。このままではいかん。何も須藤の役に立てていない。何か、何かできる事は……あ、ボールが転がっておる。そういえば昨日吾輩へのプレゼントだとか言って買ってきよったな。
ふん、須藤の奴め吾輩がボールなんぞで遊ぶ訳がなかろう。出したままにしていても仕方がない。押し入れにでも片付けておこう。ん?そうだ片付けだ。部屋のものを片付けておいてやろう。うむ、それがいい!須藤の喜ぶ顔が目に浮かぶわ。まずこのボールから片付けるとしよう……
ころころころころ……(拾おうとした手をすり抜けてボールが転がる)
待たぬか。何故逃げる。
ころころころころ……(再びうまく掴めずボールが転がる)
こやつめ!待てっ!おらぁ!おらおらぁ!
…… 10分後 ……
「ただいまー」
お、須藤、帰ってきたか!何ぼさっとしている。はよお前も一緒に遊べ!楽しいぞ!ボールがな、めっちゃ転がんねん。これは堪らん!
「いや、ボールは転がるものだから。てか、昨日ボール渡しても見向きもしてなかったろ。どうした急に」
ん?そうか?ボールはおもろいぞ。これはいいものをもらった。ありがとうな!ほら須藤、ぼさっとしてないではよこっち来いや。ボールで吾輩と遊べ!
「…………勝手だなお前は。ん?けだま、お前この部屋はどうした?」
…………ん?何の事だ?………………な、なんだこの惨状は!
洗濯物が部屋中に散らかっているではないか。吾輩がボールと戯れている間に一体何が起きたというのだ。吾輩ではない。断じて吾輩ではないぞ。
そうだ、きっと曲者だ、家の中に曲者がいるのだ。曲者が部屋を荒らしたのだ。くそう、気配に気づけなかった。いつの間にか侵入して部屋を荒らして出ていきおったのだ。なんて奴だ。
「ほう……けだまのせいではないって言いたいのか?」
お、お前吾輩を疑うのか?この吾輩を愚弄するのか!なんたる侮辱。祟り殺すぞ。
「けだま。もう一回聞いてやる。この部屋を荒らしたのはお前か?」
わ、吾輩がそんな事する訳がなかろうが!いつまで疑っておる。いい加減にしないと本当に吾輩の堪忍袋の緒が切れるぞ。
「本当にけだまじゃないんだな?違うならかまわないが、もしお前の仕業だと後からわかれば…………なあ?」
……………………
「沈黙は肯定と捉えるぞ?」
ご、ごめんなさい…………
「くだらない嘘をつくな。こんなの片付けたらいいだけなんだから」
これからは……そうするとしよう…………
「ほら、牛乳のついでにシュークリームも買ってきてやったから食べてから一緒に片付けるぞ」
シュ、シュークリーム!お前ええやっちゃなあ!もう早くそれを言えよ。食べよ食べよ。食べて片付けや!
「……お前反省してるか?」
し、失礼な。ちゃんと反省しているに決まっているであろう。
「ならいいけど」
さ!早くシュークリームを!
「はいはい、わかったわかった……」
ん?どうした須藤?シュークリーム早くよこせ。
「なあ、けだま。テーブルに置いてあったファ◯チキはどうした?」
えっ?…………あ。そ、それはきっと曲者が……
「あ?」
ご、ごめんなさい……