救済
…ガタンッ
スマホの落ちた音が部屋内に響き渡る。
「嘘…でしょ…?」
あいつの1番最新の投稿には"結婚"の文字と写真。
白いタキシードを纏ったあいつの隣には、
ウェディングドレスを着て照れくさそうに笑うドラ子。
なんで、なんで、なんで、なんで?
頭の整理が追いつかない。
あいつとドラ子が、結婚…?
動揺と衝撃で目が眩む。
ドラ子はどういう心情で個展に招待したのか。
手が震える。
あいつが私と付き合っていた事を、ドラ子は知っていたのだろうか。
だとしたらなんで。
あいつは?いつから2人はデキていた?
私とは遊びだった?
サイゼリヤにいったら何でいっつも真イカのパプリカソースを頼む?
分からなくて分からなくて、
分からないことだらけで痛くて辛くて吐きそうで、
吐いたところで何も解決しないのは分かってて、
でもひとつ分かることがあるとしたら、
あいつが最後に言った言葉。
「おまえはほんとにバカだな。」
ドラ子とデキていることにいつまでも気づかなかった私。
本当に本当に大バカだ。
…
もはや怒りも悲しみも感じなかった。
その代わりに、胸の奥の何かがプツンって、切れた気がした。
そっか、結婚したかったんだ。
そりゃあ私とは別れなきゃだ。
私は邪魔者だったんだ。
別れてから、ずっと私はあいつに縛られていた。
心の中のあいつにずっと。何をする時もずっと。あいつがチラついた。
でももう大丈夫。
あいつは新しい道を進んでる。
私も進まなきゃ。
非現実的なこの現状をなぜかすんなり受け入れられる自分が不思議で、そしてありがたかった。
顔を上げ、窓を開けると、遠くで太陽が山の間からこちらを眺めていた。
自然と体が動く。
筆を右手に、パレットを左手にとる。
イーゼルの上にあるキャンパスを見つめる。
赤、青、黄。
色んな色を使って思いのままに描く。
淡くぼやけた朝日が鮮明に見えて、またぼやける。
頬に伝うあいつとの思い出たちを親指の背で拭い、そしてまた、描く。
何時間経っただろう。
気付けば、目の前にある真っ白だったはずのキャンパスには綺麗で雄大な朝日が描かれていた。
「これ、私が描いたんだ。」
急にどっと疲れが襲う。
いっぱい描いて、いっぱい泣いて、お腹が空いた。
たまには朝ごはんでも食べよう。
大好きな卵焼きと、ウインナー、あとみそ汁もつけよう。
…
人生史上、1番豪華な朝ごはんを食べた後、
1番お気に入りの服を着て、これまでで1番かわいく化粧して、外に出る。
玄関を出て、エレベーターの横にある、誰も使わないさびれた階段をゆっくり登りながら思いにふける。
情熱的な赤色の膝部分が破れたジャージ。
知性と理性を感じさせる青色のSwitchライト。
胸を高揚させるような黄色の歯。
私の三原色はいつだって、あいつだった。
私はあいつに染められた。
色んな色が混ざって、真っ黒になって、もう他の色ではもう塗り直せないぐらいに染められた。
もう他の人は好きになれないんだろうなあ。
あいつのことも私色に染めたかったなあ。
最上階に着き、鉄製の重い扉を押し開ける。
ギィイイ
風が私にまとわりついて、また離れていく。
「ほんと。バカみたい。」
朝を過ぎ、賑わいを増した都会の喧騒に身を任せる。
「3、2、1…。」
カウント終了と同時に私は、
最後の1歩を踏み出した。