影響
いらない事は考えるだけ無駄で、結局、ドラ子の個展へ足を運んだ。
久しぶりに、本格的に外に出た。
日差しの暴力的なまばゆさが目の奥を突き刺す。
暑い。風の匂い。生きている心地がする。
会場に入ると、多くの人がいて、幾つもの飾られた絵たちが来客者を出迎える。
モデルやモチーフはどの絵も違っていて、綺麗な薔薇の絵があれば、長く凛々しく伸びた顎の絵もあった。
そのどれもが、優しい筆遣いで、それでいて力強くて…ドラ子の表現力に圧倒される。
「…ねぇってば!」
「わあ!」
「わあ!じゃないよ。何回呼んでも反応しないから立ったまま死んでるのかと思った。」
ドラ子はクスッと笑う。
正直、見入ってた。ドラ子の絵に呑み込まれてた。
ドラ子の絵を見てる間だけは、あいつのことを忘れられていた。
「ドラ子、すごいねほんとに。」
頭で考えるより思わず先に言葉が出た。
ドラ子には人を魅せる力がある。ほんとにそう思える絵だった。
「やめてよ、照れるじゃん。
そうだ、パカ美も絵。描いてみたら?
ここ最近、デジタルでしか描いてなかったでしょ?」
ドラ子の言う通り、私は就職してからパソコンを使い、画面上でしか絵を描いてなかった。
「絵の具の存在すら忘れてたよ。帰ったら描いてみようかな。今日はほんとにありがとう。」
「うん。こちらこそありがとう。元気になってもらえてよかったよ。」
あんなに落ち込んでいたのに。
本当に友達って、ドラ子ってすごいなって思った。
あの時ドラ子が電話をくれなければ、今頃私はどうなってたんだろう。考えたくもない。
大事な何かを思い出せた気がして、ふわふわした気持ちで帰路を辿った。
家に着き、玄関を開ける。
買い出しに行く用のサンダル1つだけが私を迎え入れる。
そうだ。あいつ、もういないんだ。
さっきまで嘘みたいに薄れていた孤独感が、時間差で、まとめて襲いかかってくる。
刺さるような寂しさに耐えながら押し入れの戸を開ける。
いつかを最後に使わなくなった黄色味がかったパレットと、頭が暴れた筆を奥から取り出し、強めに叩いて埃を払う。
あいつの思い出もろとも飛んでいけばいいのに。
涙を堪えながらイーゼルを立て、キャンパスを乗せる。
絵の具を少量の水で溶き、その上に筆をなぞらせる。
…までは良かった。
浮かばないイメージと走らない筆。
非情にも歩みを進める時計の針と、それに焦りを覚える私。
気づけばもう深夜4時。何時間考えてたんだろう。
出てこなかった。あの日の私とは違うんだ。
会社で、言われた作業をこなしていただけだったから?
ドラ子の絵には及ばないってわかっているから?
あいつと別れてしまったから?
理由は分からないけど、私が描けなくなったのは確かだった。
もうどうだってよくて、プライドなんか捨てて、
何か描きたいものを探すために私はSNSを開いた。
「そういえば、あいつ。今、なにしてんだろ。」
柏原あいつ。名前を入れて検索してみる。