大学ライフ
放置した小話を書き上げてみました陸斗編。
アルファポリスで終わってからしばらくして書き上げたのでアルファポリスに掲載してないと言うところを見逃してください。
初めての大学生活。
誰も知り合いどころか顔見知りもいなくて正直心細い。
それはみんな一緒だと思ってたのにすでにどこで知り合いになったのかみんな顔見知りと言うようにおしゃべりに花を咲かせていた。
と言っても大半が男子のこの学部。
そして定員の少なさにあっという間に居場所が部屋の隅っこになってしまった。
だけど問題ない。
今までだってそうだったじゃないか。
高校時代がすごく恵まれたので両隣に藤二と渉がいないのが少しの寂しさを覚えるものの元に戻ったと思えばどうってことない。
少し寒い廊下側でお勧めされた本を読みながら時間を潰すのが日課になっていた。
そんなとある授業の初日。
「本日初日はみんなの自己紹介から始めよう。
名前と出身地、そしてどうして建築科を選んだのかを教えてほしい」
父さんより少し若いだろう講師の言葉に緊張してしまう。
「じゃあ、窓際の前から後ろへの順番で行こうか」
そういって順々に自己紹介を始めていく。
喜ばしいのか悲しいのか同じ出身地の人はいない。
あとは緊張しないで自己紹介できるかどうか。ああ、どんどん緊張していく。
ちょびっと目じりに涙がたまる。
こんな時に藤二と渉がいればと思えばくじけそうになった時
「俺が建築科を選んだのはたまたま見た動画で古民家の再生をしていて……」
その言葉をきっかけに顔をあげる事が出来た。
「俺も動画で古民家再生を見て、この動画を見て古民家の事を学びたくて……」
「あんなぼろぼろの古民家が綺麗な家に生まれ変わるのを……」
「俺もいつか放置されたの古民家を再生して……」
なんて自己紹介がみんな古民家動画の賛辞を始める。
そうなんだ!あの家は本当に素晴らしいんだ!と頷いていれば俺の番になった所で
「うーん。みんな古民家動画に夢中なのはわかったから、最後の篠田。動画以外のネタで頼むぞ」
そんな講師の辟易いた声とどこかくすくすと笑う声。
ああ、なんか昔に戻ったななんて思いながらも俺はもう昔の俺ではない。
この手はタブーだろうけど、もし何かあれば容赦なく使ってもよいと言われている。
むしろそんな状況なら使えと念を押されたのでありがたく使わせていただくことにした。
スマホを操作してサクッと動画をみんなに見せれば失笑がこぼれ、講師もどこかむっとした顔。
だけどそんなものなんて怖くはない。
もっと怖い顔をする人を俺は言っているから、迷惑なんて思わず背筋を伸ばせと言われた日の事を思い出せば顔をあげて声を出す事が出来る。
「この動画ですが、4:30~から出ているのが高校一年だった時の俺で、この動画の中に兄も映っています」
ざわりと空気がゆらぐどこか驚きが満ちていた。
「篠田、冗談は……」
講師の戸惑う声なんて無視をする。
「この家は兄の友人の家の離れで、兄が独立して地元に戻って来た時に折角だからと建て直しの依頼を貰ったものの、古民家の経験がないからと地元の工務店に依頼を頼み、古民家再生のお仕事をする仲間の方達が集まった時に学ばせてもらった家になります」
おおー、っと謎の感銘が響き渡る。
「そして、動画では名前は伏せられていますがこのチームのリーダーとなった森下さん。
先生の先輩で、頼もしい後輩とお聞きしたのでこの学科を選ばせてもらいました」
なんて立派な事を言ってみたけど実はこれは対策の一つとして教えてもらったうちの一つ。
その言葉は驚異的な力があり
「え?森下先輩と知り合いなの?」
講師の震えた声。
「あ、はい。兄と連絡が取れない時の為に俺も連絡先を教えてもらっていますので……」
そこで通話。
あいつ、ちょっと調子に乗りやすい奴だから何かあった時は迷わず電話かけて来いと言ってくれた言葉に甘えさせてもらう。
俺って情けないけどこの年になっても守られ過ぎているって落ち込むところだろうけど本当の問題は俺じゃないから、付け込もうとする相手が悪いと言われて遠慮はしないと周囲からも説得されてきた。
指をすっすっと動かしてザ、通話。
『陸斗君?どうしたの?』
「あ、森下さんお世話になります。
今ちょうど離れの動画から森下さんの話題が上がった所で……」
『ああ、ひょっとして馬場の講義か?
馬場!久しぶりだなあ!』
「先輩?!本物?!」
『本物とは寂しいなあ。あれだけ食わせてやったのに』
ゲラゲラと笑う森下さんの声になんとなくどういう関係か理解できた。
「先輩ごめんなさい、今講義中で……」
『俺のかわいい教え子に俺に電話させるような状況にする講義なんて意義があるのか?』
緊張に背筋が伸びる声だった。
教室中が静まり返るが、俺は知っている。
何気ない普段の声のはずなのに身動きどころか呼吸すらできなくなる人の静かな怒りと言うものを。
馬場先生は涙目で、室内も何やら緊張したまま放置されている。
だけどそれ以上に問題が一つ。
「森下さん、申し訳ないけどスマホのバッテリーがかなりピンチなので……」
別の時間にお話をしてくださいと言えば
「あー、今授業中だったな。みんなも悪かったな。こんなポンコツな後輩だけど技術だけは俺がしっかりと仕込んでおいたから腕だけは信じてくれ」
そうやって人間性は放置されていくのですね。
そう言いたかったけど忙しいのか向こうから切られた通話の中にとても大切な家族の声が聞こえた。
圭ちゃんも頑張って働いている。
こんな些細な嫌がらせなんて気にしている場合じゃない。
まだまだこうやってたくさんの人達に守られているんだ。
目標の資格をきちんととる。
大学に受かったからって言ってよそ事なんて考えている暇なんてない。
心も頭の中もリセットすればそこで講義終了のチャイムが鳴った。
他の講義同様席を立って次の教室に向かおうとすれば
「篠田、だったな。
確か次の講義一緒だったよな。一緒に行かないか?」
授業後あっという間にグループに分かれたものの青森から来ていた人が俺に声をかけてきた。
動画に興味もあった人だけど
「なあ、あの古民家に使っていた柱とか全部規格外だったけどどういったものなんだ?
あ、うち林業やっててさ、こう見えても材木を見る目があるつもりなんだけどあの太さの木なんて今時手に入らないだろ?親父と話していたんだけど樹齢何年かって話になって。
他にも壁に使っていた杉とか漆喰も良いよな。
って言うかなんで竈オーブン、じゃなくって……」
怒涛の質問に言葉どころか意識までもっていかれたけど、さすがにしゃべりすぎたと思って
「悪い、ずっと疑問に思っていた事が解決しそうだったから」
なんて照れたように笑い
「あ、改めて今井諒太。よかったらLIMEの登録お願いします」
改めてと言ったようにどこか冷静したように緊張した今井に
「うん、こっちこそよろしく。登録は移動しながらでもいいかな?」
「あ、次の校舎遠かったな」
「うん。急いで移動しないと間に合わないよ」
「じゃあ急ごうか。そうだ、昼はどうする?って言うか午後の講義は?」
「とってるからどこかでお弁当食べるつもり」
「じゃあ一緒に食べよう!」
言いながら見せてくれたお弁当はいかにも手作りと言った弁当袋。
「独り暮らしだとやっぱり自分で作る方が安く上がるからね」
「だね。俺は知り合いの家に間借りさせて貰ってるけど生活費は切り詰めてるから晩御飯の残りを詰めてるぐらいだよ」
「なかーま!」
なんて向けられた笑う顔に何も自分だけが切り詰めた生活をしているわけではなくみんないろいろな努力をしている事を知れば少しだけほっとする自分がいて、だけどたくさんの人に守られている事に気付かされれば
「俺って恵まれてるんだ」
なんとなく申し訳なく思うも不思議と温かい気分になった。
『いいか?大学なんて勉強だけする所じゃない。たくさんの人と意見交換する場所でもある。勉強は前提だが勉強以外の事も交流する事こそこれからの自分の財産になる。むしろたくさんの人と交流して財産を築いてこい』
むしろこれが課題だと出された宿題に確かにそうだと入学して数日を過ぎて理解した。
この掛け替えのないありがたさがたくさんの応援と気づき
「頑張ろう」
勉強以外にも大切な事があると言ってくれた恩人の言葉に小さな声と共に決意をして、卒業後も交流を続ける友人を初めて自力で出会った陸斗だった。
ラストって書いたのにそのあと書き上げれたからもったいなくってあげてみた。
またこういったことがあった時はどうぞ思い出してお付き合いください。