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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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足跡は残すつもりがなくとも残っていく 6

 フランス帰りはいつも通り青山さんにご挨拶して飯田さんとオリオールの話しで盛り上がり、話疲れて眠りについて起きる頃飯田さんの出勤となる。

 それに合わせて俺も少し出かけることにする。

 フランスからの帰り道に爺さんが入院したとメッセージが届いた。

 急遽お見舞いに行く事になったのだが……

 浅野さんが迎えに来てくれて案内してもらえば広いなんて笑えるくらいの豪華なホテルのような一室に案内された。

 大きなベッドに応接セット。トイレはもちろんお風呂にミニキッチンまでついているのだから一体ここはどこかと思うも

「驚いただろう。普通の金持ちでも泊めてもらえんぞ」

「バアちゃんの時は普通の大部屋だったし、オフクロの時は檻付きだったし。病院って言うのはいろんな部屋があるんだな」

 ぎょっとしたのは浅野さんだけで

「自由はないという点においてはどれも共通だ」

 なんて言っている合間に第二秘書さんが淹れてくれたお茶と栗羊羹を頂く。安定の美味さに檻付きのあの景色なんて吹っ飛んだ。

 美味いは正義。正義の価値が決定した瞬間だ。

「それにしてもずいぶんと仰々しい姿ですね」

 点滴にバイタル測定の爺さんなんてガン無視で栗羊羹のお替わりを頂く。二切れ目もうまー。

「なに、これが病人の正装だよ」

「まあ、バアちゃんもしてたしね。

 おふくろの場合は拘束帯って言うの?ベッドに縛り付けられていたからまだ自由があっていいね」

「それは、ずいぶんとひどい病院だな」

 檻付きに拘束帯。それだけでどんな病院かなんてわかってしまう条件だが

「まあ、躓けば転ぶ、寝返りすれば骨が外れる、自分の体重も支えきれないとなれば当然だ」

 最後まで骨が折れて苦しむ姿をかわいそうと思えなかった俺は鬼の子だと言われても仕方がないと思っているが、それでも俺を罵る言葉を吐き続けたオフクロはまさに鬼女だと思えばこの親にしてこの子ありと言うやつだ。

 詳しく知らないだろう爺さんだが、会長なんてやっているくらいだから人間の仄暗い部分も知るお人で、チューブにつながれた痛々しい姿のくせに俺を憐れむ視線は年の功という事で俺は納得しておく。 

「ずいぶんと苦しんだようだな」

「当然の事をした結果なので自業自得ですよ」

 その言葉で俺が母親の愛情を得られなかった事も含めての結果は俺の胸の内だけにとどめておく。

 だけど爺さんはそれすら見透かしたかのように少しだけ目を伏せて

「そうか……」

 たったその一言でこの会話を終わらせた。

 込み入った事はともかくまだ俺がこの件に対して向かい合えてない事をこれだけの情報で汲み取ったのは爺さんの圧倒的社交スキルだと思えば少しだけこれ以上俺を掘り下げて知ろうとしないでくれと祈ってしまう。

 まあ、そこは化け物爺さん。

 何も言わずに気を使ってくれたのが返って申し訳なく思うも

「稔典はどうだったか聞いても?」

 こんな俺の事よりかわいい孫の方が大切らしい。それは当然という事でこの化け物爺さんでもただの爺バカになり下がるのだからかわいいものだとすでに脂下がった顔に俺の心も軽くなる。

「城の方で同じ学校に通う年上の子だけど指揮科の子供と偶然知り合い、無事友達になりました。

 当面週末はその子と二人で城の方に通ってマイヤー達に教えてもらう予定となっています」

「それはいい友達ができたな。どんな子だろうか」

 嬉しそうに目じりを下げる好々爺に

「フランスで新聞でも写真付きでよく見かける有名な政治家の末の子供です。

 前に城を内々でお披露目した時にマイヤーのタクトを受け取って指揮者を目指しているかわいらしい子供ですよ」

 言えば動画も見ている事もあって心当たりもあり顔を歪めるも

「心強い友達ができたと言えばいいのか、危険に巻き込まれないか心配と言えばいいのか……」

 心配症な爺バカに

「冒険するのが子供の仕事なので見守るのが大人の務めです」

 もちろん道を外しそうになれば口どころか手でも足でも出してくださいと言えば目を見開いてから

「そうだな!それこそ一生に一度味わう青春と言うものだ!」

 なんてカカと笑う。

 きっと同じ思いをした事があるのだろう。

 もしくは歯を食いしばって諦めたかの二択。

 後者のような気がするのでそこは突っ込まずに舌が滑らかになったところで

「ご自宅の事でお話があります」

 少し真剣な顔で言えば

「ああ、儂も話がある」

 こうやってタイミングが合うという事は植草さんから話が通っているという事だろう。

 同じことを考えていたというように二人して失笑して

「やっぱり東京のど真ん中で旅館と言うのは無理でしたね」

「吉野には無駄遣いをさせて悪かったと言うものだが」

「いえ、想定はしていたとはいえ植草さんみたいな有能な方を周囲が放っておくほうがおかしかっただけの話しです。

 スカウト失敗としながらも植草さんの新たな出発をお祝いしましょう」

「ふむ、お前と言うやつはほんと懐が深いと言うか、損な性格と言うか」

「どのみち騒がしさと引き換えに爺さんにも快適に過ごしてもらえていたようなので十分でしょう」

「一流のサービスマンにあれこれ世話をしてもらったのだ。これにはまだ気づかない気づかいと言うものを堪能させてもらった。浅野にも十分勉強になっただろうし、何より儂が快適だった」

 血の気も悪く肌に張りもないもののこの歳で良い体験をしたというように笑顔は満足と言う。

「俺としてはせっかくの企画のお客様が爺さんだけって言うのが残念だったけど」

「なに、儂を訪ねてくる奴らにはもったいないくらいのサービスを受けた。植草のプロの根性を見させてもらったよ」

「その中にホテル経営者をさらっと混ぜるなんて酷いと思わない?」

 なんて浅野さんに聞けば爺さんに忠実な浅野さんは困ったように笑っているだけ。

 俺の文句もよくわかるけど、絶対爺さんの下僕と言うように爺さんに味方をする秘書さんだからまあ、仕方がないけどね。

 おかげで今度はアメリカのニューヨークにある大手のホテルに単身渡米すると言う。

 ちなみにこの成り行きは完全の行ったきりのミッション。

 ホテル経営者と爺さんの間で直接面識はなかったそうだが、友人がちょうどこちらに来ているからと見舞いがてら顔合わせをさせてみたらしい。向こうも爺さんの名前を知っていたようなので最後に面会したいと言う流れだったという。

 そんな予測不能の突然の来客に対する植草さんの対応と面識はないのにアレルギー持ちの御方に対する完璧なサービス。

 面識はなくても著名な方のある程度の思考は把握しているというプロ根性には脱帽だ。




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