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人生負け組のスローライフ  作者: 雪那 由多


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一人、二人、そして 11

 爺さんの末の孫問題は意外とあっさり終わった。

 こう……どろどろとしたドラマのような展開を期待していたのだけど、教育ノイローゼ気味の母親から距離をとれるならばと父親がすぐに決断をしたのだった。

 もちろん母親の方は絶叫しながらの半狂乱になったけど

「あれだけ叫べば酸欠になり意識を失うというものだろう。

 病院で気が付いてやっと落ち着いて稔典に留学しろと認めよった」

 そっと息をこぼし

「やっとカウンセリングを受ける気になってくれた。

 もっと早く決断してくれれば稔典はバイオリンの才能を引き出すことのない人生だったかもしれないが、親子三人が一緒に育つ人生を歩めたのかもしれないのに」

 今となればどっちがいいのかわからんと言う爺さんだが

「十年後に巣立つのか今巣立つのかの差です。ご両親に送り出してもらえるだけ良しとしましょう」

 なんて話すのはあの日から二か月たった真夏の盛り。

 稔典君はチョリの家に住み込みでレッスンを受ける傍らきちんと学校も通う事になった。

 禁止されていた体育も参加するように命じられ、あまりの運動能力のなさに笑われるよりも倒れるという結果にクラスメイトは今まで以上に腫れもの扱いをする結果となった。

 走ったこともなければボールを投げたこともない。プールで泳いだこともなければダンスだって踊ったこともない。

 だけどそこは一生懸命に取り組もうとする稔典にクラスメイトもいつの間にか助けてくれるようになったといい……

 チョリの短期のレッスンが実を結び、二学期にはイギリスの学校に行く事になって一学期の終わりとともにサプライズでクラスメイトがお別れ会を開いてくれるのだった。

 音楽は教養の一環で何か得意とすることもの多い学校なので、音楽室に移動してクラスメイトの弾くピアノ伴奏で合唱してくれるという別れの歌。

 やっぱりどんな関係であろうと幼稚園の頃からずっと一緒に過ごしてきた仲間が去っていくのは寂しく、そして簡単に会えない距離。

 お別れの記念品を配ればバイオリンの絵が描かれた色紙にみんなの応援メッセージ。

 チョリが迎えに行けば車の中で涙を落とす稔典君に

「いい仲間だな」

 友達と言わずに幼稚園から一緒に過ごしたクラスメイトを友人と呼べなかった稔典君だけどその言葉には小さく頷くのを微笑ましく眺め、イギリスに行く前にフランスの城へと二人で向かうのだった。


 ビデオによる審査は受かり、オンラインでの面接も終えトントン拍子で入学準備をはじめるのだった。

 その前に一度フランスでマイヤーとゆかいな仲間達によってレッスンを受けるというある種拷問にも近い歓迎を受ける稔典君だったが、当の本人は世界的指揮者や奏者達と出会えてテンションマックス。城の滞在の間はオリヴィエと一緒にくっついての行動は微笑ましいと眺めていた。

 しかし試練もある。

 ここは働かざる者食うべからずを家訓とする城主の城。

 芝刈り、雑草抜き、畑の世話、烏骨鶏の世話とやる事はいっぱいの上に体力が追い付かず、時差と言う体内時計の調整は苦にすることはなくとも筋肉痛との戦いに皆さんあるあるだよねと微笑ましく眺めていた。

 何せ、稔典君のお世話をした半数が稔典君と同じような境遇で育ったのだ。

「それなー!」

「わかる!ほんと人形かって思うよな!」

「楽器が弾けないどころが楽譜も読めないのに口挟むなって言うんだよな!」

 と言う同じような経験をした方が多いことにびっくりはしていたようだけど、無事学校も始まり寮に入っての生活を教えてくれたOBのおかげですんなりと学校にも溶け込み


「夜になると毎晩写真とメッセージを送ってくれるんだ。

 稔典が幸せに暮らせていて本当に良かった」


 どこのホテルだろうかと言う病院の一室での報告。

 すっかりやせ細ってしまった爺さんはすでに食事がとれなくなり点滴の生活となっていた。

「独り立ちするのを見守らなくていいのですか?」

 少しでも長く生きてほしいと願うように言えば

「なに、毎晩稔典がレッスンの曲を送ってくれる。稔典のソロコンサートを独り占めできる贅沢ならこれ以上ない」

 同じように孫達を大切にしてきた好々爺が最後に見せてくれたのは安堵の微笑み。

 気がかりだった稔典君の事が解決したというにはまだ早いものの、爺さんに買ってもらったバイオリンを構えた写真を病室に飾り……


 余命宣告をずいぶんすぎた秋の終わりの頃、綾人がこの冬の初雪を迎えた日に旅立ちの連絡を受けるのだった。





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