古民家生活憧れますか? 5
飯田さんのカレーは庭にレンガを積み上げただけの簡単ピザ釜で焼き上げた焼きカレーだった。チーズもたっぷりとかけられた焦げ目が芸術的で嗅覚だけでなく視覚からも俺の胃袋を刺激してぎゅるるるると盛大な欲求を訴える。
飯田さんは何も言わずに、でも顔を逸らせて肩を震わせるながらもまだ釜に何か入っているのか覗く様子を後ろから見ていれば長い棒を使って引っ張り出したのは
「ナンだ!」
「ピザ釜があるなら米よりもこっちだろう」
「ナンなんて久しぶりだ。こうなるとピザも食べたい」
「なら明日の昼食は決まったな。畑の野菜をふんだんに使うぞ」
「コーンたっぷりのやつお願いします!」
「烏骨鶏のスモークとか言えよ!半熟卵とか言えよ!」
「ジャンクな食べ物に飢えているので普段食べれないのでお願いします!」
「普段食べれない物を普通に食べてやがる贅沢なやつの嘆きなんて俺は羨ましいとは思わんぞ!!」
言いながら川の水で冷やしていた缶ビールを引き揚げてきて二人同時にプシッとプルタブを開ける。
シュワワワワ……
吹き出すビールの泡に手を汚しつつ、縁側に料理を挟んで並んでの夕食は右側の太陽がいまにも山間に隠れようとしている所。
山間の村の朝は遅く、夜は早い。
うちの場合朝は早く夜も早く、前は烏骨鶏達を追い回して小屋の入れていたもののめんどくささに放棄していればこれぐらいの時間になると勝手に小屋に帰り出すチキンぶりにさすが鶏と感心してしまう。最もこいつらの場合小屋に張り巡らせた板の好きな場所を陣取りたいだけだろうが。卵を生む場所を用意してやればみんな順番待ちしてる光景は微笑ましく見守って卵を頂く。最も烏骨鶏なのでなかなか見ることのできない光景だが。
そんな日が沈む景色を眺めながらチーズがとろけるカレーをナンで掬って共に食べれば究極の至福の時間。飯田さんが勤める店で食べたらいくらだろうと計算しながらビールをもう一本開ける。飯田さんも焼いただけのナスやパプリカ、シシトウでカレーをすくいながら至福の顔で食べている。きっと俺と違って食べる事に喜びを感じる人なのだろう。
俺は美味い物に美味いと言える程度の人間だが飯田さんは食材の美味さに感動までするタイプの人間だ。人より何倍も味蕾が発達しすぎていて苦労したと言っていた話を聞いた気もしたが、今はそれを全て使って喜びに変える人にこの山奥は格好の安らぎの場だと言う。街中の空気にもいちいち反応するから厄介だとは言っていたが……
まあ、俺には分かり切ることができない話。こんな山奥がいいのなら休日ぐらい遊びにおいでと言う程度。
飯田さんには料理以外何もない、そんな料理の会話に俺は耳を傾けながら相槌を打つ。俺は知らない野菜の、でも飯田さんには身近だった野菜から作る未知の料理の話しに耳を傾ける。
ピザ釜の余熱を使って出来た烏骨鶏の卵のプディングは甘さ控えめでデザートには贅沢過ぎる一品。プディングの底にはレモンの砂糖漬けの物が細かくカットされたものが敷き詰められていて甘さと酸味、いくらでも食べれるレモンプディングは青山さんのレストランにもないメニュー。
寒すぎてこの地では育つことがないレモンの木なれどレモン自体は麓の町でも世界中どこにでも売っている奇跡の普及率の果実。
いつの間にか食べ終えた食事を片付ける飯田さんを横に俺は棚から一つの瓶を取り出す。
「洗い物が終わったら飲みませんか?」
「レモン酒ですね。密かに前から声をかけてもらえるのを待ってました」
中わたを取って果実と皮を漬けた手間暇かけた一品。房の形の残る果実事グラスに入れてつけて何年経っただろうレモン酒を傾ける。
カチン
ガラスのぶつかる涼しげな音に耳とグラスを傾けながら
「所で、あの戸棚の梅酒や何やらは綾人さんが作ったもので?」
「あー、梅酒はバアちゃんが作ったものばかり。瓶には梅干しが干からびているから冬場に焼酎に入れて飲むのがおすすめ。風邪のひきかけにはお湯で戻して飲むって言う我が家の楽しみ方があったり、どっかにブランデーとハチミツで漬けたやつもあるな」
アレは甘いからと言いながら二人して台所の戸棚の前まで移動して次々に瓶を取り出していく。
山査子、金木犀、無花果、琵琶、林檎……
既に果実はないけど瓶の蓋に書かれた文字はバアちゃんのもの。漬けた年は古くは十年近く昔のものがある。
「随分溜め込んだな」
「俺も一緒に調子乗って作ったからな」
レモン、オレンジ、プラム、ユズと書かれた文字の違いで一目瞭然。
だけどシェフはそれらを眺め
「一通り試したいですね」
必ずワインを持って一晩で二本飲む酒豪は物欲しそうなお預けをさせられてるワンコの瞳で俺をじっと見ている。
じっと、じっと……
自慢じゃないが俺はこの視線に勝てた試しはない。
「一杯ずつだぞ」
ぱあああああと輝く顔と瞳に早速楽しもう!おつまみは任せろと言わんばかりに既に落とした薪にではなくIHコンロの前に立つ。持ち込んだフライパン達は飯田さんの私物。既に支配された台所はこんな山奥には場違いなものがそろってしまっていて、いつの間にやら用意された食材に……
これから繰り広げられる宴は絶対終わる気がしねえ!
既に香り立つ匂いによだれを飲み込みながら今度は俺が待てをする番。
香ばしい料理が机に並ぶのを待ちながら俺は一人先に匂いで呑み始めれば、先に呑むなんて酷いと言わんばかりの顔が急ぎ足で料理を持ってやって来る。
ニジマスの香草焼き、烏骨鶏のチーズ挟み、クレソンとべーコンのオムレツ。
よくぞこの短時間で作った感心しながら改めて
「「かんぱーい!!」」
山のようにあるぐい呑を並べ、芳しき香りに笑みを浮かべれば夜は更けていった。