一人、二人、そして 4
爺さんが目配せすればすっと背筋を伸ばしたのは植草さん。佇まいの奇麗な人だと感心する。
「これは植草龍司と言ってな、儂や吉野がよく使うホテルのホテルマンをしておる。
当面吉野の代わりにこの家の管理をしてくれる事になった」
紹介されればよろしくお願いしますと頭を下げていた。
「それでこれが瀬野芳夫だ」
「お噂はかねがね聞いております」
爺さんがふむと頷いた所でこの紹介は終わった。
これでいいのかと思うもそれだけ植草さんの知識がそれだけ豊富だと言う処。俺だと名前と顔が一致しない事例に発展するからややこしいんだよと自分を擁護しておく。
だって人の顔って年月はもちろん髪形、化粧一つとっても別人になる。よく見ればわかるかもしれないけどそこまで人に興味を持てなかった俺の悪い癖だ。
「それにしても綾人君は相変わらず太っ腹だね。
せっかく手に入れたこの豪邸を人任せにするなんて早々まねはできないよ」
「いずれ処分をすることが前提なので気兼ねなく何でもやるつもりなので」
そういうものかと驚く瀬野さんに
「とりあえずは居心地よくするためにいろいろな修理をしようかと思います。その後は旅館みたいにしてちょっと楽しもうかと思いまして」
決して飯田さんのご実家のお店の部分が素敵だったから真似をしたくなったというわけではない。
これだけ手の込んだ家を堪能するにはただ暮らすだけじゃもったいないから。
「アイヴィーにもセキュリティをお願いしたし、当面はまだここでごたごたに付き合わないといけないので」
爺さん付き物件はそれなりに楽しかろうというように気楽に言って見せた。
本来名は畑や山の事、飛び地にもかまってあげたいし残された空き家問題も何とかしたい、フランスの城にも行きたいしイギリスの家の様子も気になるし・・・・・・
「うわ、ひょっとして今すごく忙しい時期じゃん。爺さんの家でまったりしている場合じゃないかも」
「その為に植草がいるのだろう。他にやる事があればさっさと済ませてこい」
「いえ、そこは任せられる人材があるので押し付ければいいのですが、その指示を出す前の段階なので休み明けには一度家に帰ります」
なんてうっかり口に出したのが間違いだった。
瀬野さんの目が光った。
ヤバいと思えば
「だったら宮下君呼んでよ。宮下君といっしょにテレビに出てみない?
結構二人にテレビに出てほしいって話があるからさ。
多紀の映画で実物のモデルになったくらいなのに全然出てこないからヤキモキしているんだよこの業界。第二弾のPVも出ているのに本人が全く出てこないからね。スタジオに現れた話は噂になっているから、いくら動画で有名でも素顔の綾人君をみんな見たがっているよ」
「いえ、俺達はテレビに出ないことをモットーにしているので」
今まで何度も依頼はあったが断ってきた。なので今までと同じくきっぱりと断るもそこはスカウトの鬼。
全くあきらめない顔をして長くなりそうな説得を始めようとするので
「飯田さん、少しアイヴィーの様子見に行きましょう!」
巻き込まれないようにと飯田さんを誘って逃げ出す俺たちの背中に瀬尾さんは
「蓮司、説得してこい」
「マジっすか・・・・・・」
すでに巻き込まれていた蓮司にすまんと謝りつつもとにかく逃げ出すことにした。
俺は飯田さんの手を引っ張って屋敷の外まで脱出。もちろん蓮司もついてくる。
アイヴィーを捕まえて浅野さんには出かけてきますと断りを入れればとりあえずすっかり常連になってしまった近所の喫茶店に入れば突然の蓮司の出現にあまりお客のいない喫茶店は静かに沸いた。
そこは蓮司にとっていつもの事なのか気にしないというようにコーヒーを頼んでいた図太さはさすがに見習えないなとあくまでもチキンな俺はその逞しさにこうやって乗り切るのかと勉強をする。
「で、社長さんどこまで本気?」
「名前だけでも欲しいくらい。契約してくれれば別に活動とかは今まで通り動画配信だけでOKって事とファンからのプレゼントとかの仕分けの手伝いとか依頼の窓口にもなるって言ってくれている」
「却下。あくまでも俺と宮下のコンビでやっているし、仕分けはもう会社を作っているし窓口は俺がやっているから問題ない。よって何のうま味もない分却下」
立ち上げて天手古舞だったころならウェルカムだったかもしれないけど今頃言われても何も響く言葉はない。
「挙句に専門の税理士と弁護士も雇っている。俺たち二人とも仕事を持ってるから芸能界なんて横の繋がりはいらないから余計に必要ない」
「相変わらず引きこもり体制だな」
「顔なじみ程度の距離で良いんだよ。横からとやかく言われるのはフランスの城のリフォームで十分」
「まあ、城のリフォームとなれば足りないものしかないだろうから皆さん売り付けに来るだろうからな」
せっかく一つ一つ足を運んでこの目で選び、手に取って確かめてきたものでそろえようとしたところをパンフレットでチョイスしないといけないのか意味不明だったが、皆さんに言わせれば俺の方が謎の行動だったらしい。
いいじゃん。
アンティークの目利きを独占しながら勉強できたことを思えば滅多に出来ない経験だぞと今も骨董市があると聞くとちょっと足を延ばしてしまうのは趣味の範囲ならお犬様の気に障らない問題のない程度だろう。
「どのみちテレビなんて出る暇なんてない。
フランスにも顔を出しておきたいし、イギリスにもいきたい。畑のお世話に山の手入れ、ウコ達とも戯れたい。
何よりあの家の手入れをしたい。
できれば茶室を全面フルリフォームレベルで」
雰囲気は悪くはないが、奥様の趣味の場なのであまり足を運んでないのか痛みがひどい。
せっかくの茶室、数年で潰すにしてもこのままにしておくのは忍びなく思うくらい手が込んでいた。
集めた茶器たちや香炉のコレクション。
飯田さんのお母さんの話しの聞きかじり程度しかしらないけど、かなりこの趣味につぎ込んだ情熱と知識は飾りのままにしておくにはもったいないもの。
俺が保持している間ぐらい生前の状態を復元したいと思うのはただの俺の我が儘。
仕方がない。
この茶室の壁を塗った職人さんの腕を俺はめっぽうほれ込んでいる。
漆喰を塗るぐらいしか今まで依頼したことなかったけど土壁がこんなにもしっとりとした美しさを持つとはしらなくって、ここにきて急にうらやましく思ってしまったのは口にはしないけど。
「相変わらずめちゃくちゃだな」
「予定はかなり先まで埋まっているので絶対無理です」
ちゃんとお断りをしておく。
だけど蓮司も負けない。
「映画の番宣の数分でいいのに」
「出ません」
「俺と一緒に……」
「出るわけありません」
「ならせめて初日の舞台挨拶に……」
「それだけのために東京に出てくるなんてするわけないだろ」
負けないとあきれながら言う俺の向かいで飯田さんがその通りと強く頷き、俺の隣に座るアイヴィーはまだ流暢な日本語の会話が分からないからとマンゴーパフェを堪能していた。




